偽物が勝つ理由
翌朝、オタクミたちは三人で王都の街へ出た。
オタクミ、アーグ、そしてセラの三人である。
リアはロザリアから「王都の現在の創作事情を見て、意見を聞かせてほしい」と頼まれて宿に残り、シエルは文化施設を見学しに行っている。
レジナルドは、少し離れた場所から私服で護衛についていた。
負傷した肩はまだ万全ではないらしく、時折かばうような仕草を見せるが、周囲を警戒する目は鋭い。
「細かく見ていくぞ」
大通りへ出るなり、アーグが手帳を開いた。
「屋台を一軒ずつ回る。値段と品質、それから客がどのくらいの速さで買っていくかも確認する」
「……分かってるよ」
オタクミは不満そうに答えた。
昨日、王都に広がる偽物アクスタを発見した。
あの時は、今すぐ屋台へ怒鳴り込みたかった。
だが、アーグに止められたのだ。
怒りを向ける相手を、間違えるな。
その言葉が、まだ胸の奥に引っかかっている。
「今日は絶対に、何が起きてるのか突き止めるからな」
「その意気で頼む。ただし、売り手に飛びかかるのは調査ではないぞ」
「分かってるって!」
「昨日もそう言っていた気がするが」
「うるせえ!」
「朝から元気ねえ……」
セラが呆れたように呟いた。
王都の大通りは、朝から凄まじい熱量で動いていた。
荷馬車が石畳を鳴らし、店主たちが威勢よく客を呼び込む。
その中を少し歩いただけで、アクスタの類似品を売っている屋台が七軒も見つかった。
「……七軒」
オタクミが呆然と呟く。
「昨日は二軒見ただけでも十分ショックだったのに……」
「同じ通りだけでこれだ。ほかの地区にもある可能性は高いな」
アーグは淡々と書き留めた。
「価格にも多少の差がある。売り方も違うようだ」
「売り方?」
「見ていれば分かる」
その言葉の直後だった。
「さあさあ寄ってって! 王都で大流行の最新アイテム『アクスタ』だよ!」
一軒目の屋台の主人が、白く濁ったミスティアのアクスタを高々と掲げた。
「見ての通り、平べったくて硬い! 鍋敷きにヨシ! 冷たい飲み物の高級コースターにするもヨシ! なんと野菜まで切れるって評判だ!」
「ちげええええ!!」
オタクミが叫んだ。
いや、叫んでしまった。
通行人が何人か振り返る。
「なんだそのクソみたいな売り文句!? ミスティア様のお顔の上に水滴のついたコップを置くだと!? 野菜を切る!? 神聖なグッズを便利グッズ扱いすんな!!」
「落ち着け、バカ」
セラが、昨日と同じように首根っこを掴んだ。
「ぐえっ! またそれかよ!」
「またやらせるからでしょ」
だが、屋台の前にいた客は、オタクミの怒りなど気にも留めていなかった。
「へえ、これを下に敷けば机が濡れないのか」
「そうそう! 見た目も華やかだろ?」
「確かに。普通の木の板より洒落てるな」
客はアクスタを裏返し、表面を指でなぞった。
そこに描かれたミスティアの顔には、ほとんど視線を向けない。
「……おい」
オタクミは愕然とした。
「あの人、ミスティア様の顔を一度も見てねえぞ……」
「そりゃそうでしょうね」
セラが淡々と答える。
「あの人、コースターを買うつもりなんだから」
「コースターじゃねえええ!!」
悲鳴が大通りに響いた。
アーグは、そんなオタクミを横目に手帳へ何かを書き込んだ。
「用途への認識が違うな」
「違うなんてもんじゃねえよ!」
「売り手は平たい飾り物としてではなく、便利な板として売っている。客もその説明に従っている」
「だから間違ってんだろ!」
「その間違いが、売買の妨げになっていない。そこが重要なんだ」
オタクミは、口を開きかけて止まった。
確かに、その客は満足そうに硬貨を払っていた。
何も知らずに、嬉しそうに買っている。
それが余計に腹立たしかった。
「……あっちも見て」
セラが、少し離れた屋台を指差した。
「もっとひどいわ」
そこでは、別の実演販売が行われていた。
「いいかい坊主! この『アクスタ』ってのはな、こうやって持つ!」
店主が薄い板状の商品を指先に挟んだ。
「そして、手首のスナップを効かせて……投げる!」
ヒュンッ!
アクスタが宙を飛び、屋台の裏に置かれた木箱へ当たった。
カコンッ、と軽い音がする。
「ほらな! 平たいからよく飛ぶ! 護身用にもなるかもしれねえぞ!」
「わぁっ、すっげー! 魔物も倒せるかな!」
「おう、そいつは腕次第だ!」
「投・げ・る・なァァッ!!」
オタクミが涙目で地団駄を踏んだ。
「『スタンド』だぞ!? 立てて飾って尊ぶものなんだよ! なんで飛ばしてんだよ!! しかもミスティア様を投擲武器扱いすんな!!」
「……あんたの武器も、普通の使い方してない気がするけど」
「今は俺の話じゃねえ!」
セラの冷静な指摘を、オタクミは全力で振り払った。
アゴ型盾状の《タクミ・ブレイザー》については、今は考えたくなかった。
あれはあれで、解決していない問題なのだ。
「……つまり」
アーグが手帳を閉じた。
「そもそも、この街では『アクスタ』が何のための商品なのか、十分に伝わっていないらしい」
「らしい、じゃねえだろ! 完全に伝わってねえよ!」
「少なくとも、今見た店ではな」
アーグは、相変わらず慎重だった。
「商品だけが先に広がったのだろう。作り手の意図も、鑑賞する楽しさも、売り場では説明されていない」
「……そんな」
オタクミは、屋台に並ぶアクスタを見つめた。
ミスティアの姿を立てて飾る。
好きなキャラクターが、いつでも自分のそばにいる。
その喜びを形にしたくて、ラザリスで何度も試作を繰り返したのだ。
透明度にこだわり、絵を綺麗に見せる方法を考え、台座の形まで調整した。
それなのに。
王都では、ただの平たい板として売られている。
「……文化って、こんなふうに伝わっちまうもんなのかよ」
オタクミが、力なく呟いた。
アーグは答えなかった。
代わりに、屋台へ視線を向ける。
「もう一つ、調べたいことがある」
「……何だよ」
「仕入れ元だ」
◇
アーグは一軒の屋台へ近づいた。
名乗りもせず、ただの興味を持った客として商品を手に取る。
「珍しい品ですね。最近、よく見かけるようになりましたが」
「そうだろ? 今、王都じゃ人気なんだよ」
屋台の主人は愛想よく答えた。
「しかも安い。だからよく売れるんだ」
「なるほど。これだけ数があると、仕入れも大変でしょう」
「いやいや、最近はまとめて入ってくるからな。こっちは助かってるよ」
「どちらから?」
「北のほうだな」
アーグの指が、わずかに止まった。
「……北、ですか」
「ああ。そう聞いてる。荷馬車でどかっと来るんだよ。扱ってる問屋は一つじゃないみたいだけどな」
「特定の問屋から仕入れているわけではない?」
「俺らみたいな小売りには、そこまで分からねえよ。安く仕入れられて、売れる。それで十分さ」
「なるほど。参考になりました」
アーグは自然な笑みを浮かべ、商品を棚へ戻した。
屋台を離れたところで、オタクミが小声で尋ねる。
「北、か。王都の北側に問屋街でもあんのか?」
「……いや」
アーグの声が低くなった。
「それだけとは限らん」
「ん?」
「『北』という言葉には、聞き覚えがある」
アーグは、往来を行き交う荷馬車へ目を向けた。
「私がかつて身を置いていた、転売魔組織『プライス・カルテル』でも使われていた言葉だ」
オタクミの表情が変わった。
「……あいつらの?」
「ああ」
アーグは頷く。
「ただし、単純に方角を指すとは限らん。組織の内側で、符丁として使われることがあった」
「じゃあ、あの店の仕入れ元がカルテルってことか?」
「まだ決めつけるな」
アーグは即座に否定した。
「店主自身は、本当に北側から来る荷馬車の話をしているだけかもしれない。今も同じ言葉が同じ意味で使われている保証もない」
「……でも、怪しいんだろ?」
「怪しい。だから調べる」
アーグは手帳へ短く書き込んだ。
「どの屋台へ、どの問屋が、どんな値段で商品を卸しているのか。それを確かめなければ、何も言えん」
「……あいつらが関わってるなら、許せねえぞ」
「関わっていると分かった時に怒れ」
「うぐっ」
「今のところ、分かっているのは『北』という言葉が出たことと、複数の問屋が扱っているらしいことだけだ」
アーグは、オタクミをまっすぐ見た。
「昨日の話を忘れるなよ」
「……分かってるよ」
オタクミは、しぶしぶ頷いた。
アーグは再び歩き出した。
だが、その背中には、先ほどまでとは違う緊張があった。
オタクミはそれを見逃さなかった。
アーグ自身も、何かを警戒している。
それだけは確かだった。
◇
四軒目の屋台の前で、オタクミたちは再び足を止めた。
屋台には、ミスティアをはじめとする色とりどりのアクスタが並んでいる。
どれも白く濁り、絵柄の線もどこか粗かった。
その前に、若い母親と六歳くらいの子供がいた。
「ねえ、お母さん!」
子供が、屋台を指差す。
「これ、かわいい!」
「ほんとだ。かわいいお人形ね」
「これ欲しい!」
「ええ? また飾り物?」
母親は困ったように笑った。
けれど、値札を見ると表情が少し和らいだ。
「……あら。これなら買えるわね」
「いいの!?」
「一つだけよ」
「やったあ!!」
子供は、その場で飛び跳ねた。
母親が硬貨を支払い、屋台の主人が小さなアクスタを手渡す。
子供は、それを両手で大事そうに受け取った。
コースターでもない。
鍋敷きでもない。
ましてや、投げるつもりでもないらしい。
小さな手でアクスタを掲げ、太陽の光に透かして眺めている。
「きれい!!」
子供が満面の笑みを浮かべた。
白く濁った素材の向こうで、ミスティアの姿がぼんやりと見えている。
絵の線は正規品と違い、台座も不格好だった。
だが、その子は何度も角度を変え、嬉しそうに眺め続けていた。
「……」
オタクミは、思わず足を止めた。
子供は笑っていた。
母親も、その笑顔を見て微笑んでいる。
それなのに。
オタクミの目には、どうしても商品の粗さが映ってしまう。
「……あんなに喜んでるのに」
オタクミが、唇を噛んだ。
「それ、偽物なんだぞ……」
アーグは、隣で静かに見ていた。
「少なくとも、あの親子は欲しいと思ったものを買えたようだな」
「でも、もっと綺麗な本物があるんだ!」
「それを知らないのかもしれない」
「……っ」
「あるいは、知っていても買えないのかもしれん」
オタクミは言い返せなかった。
母親が値札を見て、少し安心したように笑ったことを思い出したからだ。
正規品の方が綺麗だ。
丁寧に作られている。
絵だって、リアが心を込めて描いたものだ。
それでも、あの親子が今買ったのは偽物だった。
どうしてだ。
どうして、そっちが選ばれる。
オタクミがそんなことを考えていた、その時だった。
「あっ!」
子供が、小さく声を上げた。
はしゃぎながら歩き出した足が、石畳のわずかな段差に引っかかったのだ。
身体が前につんのめる。
母親が慌てて腕を伸ばした。
子供自身は、何とか転ばずに済んだ。
けれど。
小さな手から、アクスタがすっぽ抜けた。
カランッ!
乾いた音が響く。
アクスタが石畳にぶつかった。
その直後。
パキンッ!
小さな破片が、地面へ散った。
「あ……」
子供が、呆然と立ち尽くした。
アクスタは三つに割れていた。
台座も外れ、ミスティアの姿が途中で途切れている。
子供は、しばらくその破片を見つめていた。
何が起きたのか、理解できないようだった。
やがて、その目に大粒の涙が浮かぶ。
「……う」
唇が震えた。
「うわああああん!!」
泣き声が、大通りに響いた。
「あらあら、もう……!」
母親が慌ててしゃがみ込む。
「怪我はない? 手、見せて」
子供の手を確かめ、傷がないことを確認すると、ようやく安堵の息をついた。
「よかった……。びっくりしたわね」
「こ、これ……っ!」
子供は、地面の破片を指差した。
「こわれちゃったぁ……!」
「そうね……」
母親は困ったように眉を下げた。
「安いものだったし、また今度買ってあげるから。ね?」
「やだあああ!!」
「もう、泣かないの」
母親は、地面に散った破片へ手を伸ばしかけた。
だが、子供の方が先にしゃがみ込んだ。
涙をぽろぽろこぼしながら、割れたアクスタを拾おうとする。
「危ないわ。割れたところを触っちゃ駄目」
母親がその手を止めた。
そして、子供の代わりに破片を拾い集めた。
「おうちに持って帰りましょうね」
母親はそう言って、破片を布で包み、子供の荷物へそっとしまった。
「ほら、もう行きましょう」
「……うっ……ひっく……」
子供は何度も後ろを振り返りながら、母親に手を引かれて歩いていった。
その小さな背中が、人混みに消える。
「…………っ」
オタクミは、拳を握り締めた。
目の前で、嬉しそうに笑っていた子供がいた。
買ったばかりの商品を、何度も光に透かして眺めていた。
それが、たった一度落としただけで割れてしまった。
「……ふざけんなよ」
オタクミの声が震えた。
「何だよ、あれ……」
ラザリスで作ったアクスタだって、絶対に壊れないわけではない。
試作品を作る中では、気泡や不純物が原因で、仕上がりに問題が出ることもあった。
だからこそ、職人たちと何度も調整してきた。
見た目だけではない。
手に取った時の感触も、台座の安定性も、できる限り良いものにしたかった。
それなのに。
目の前の商品は、あまりにも簡単に壊れてしまった。
「……あんなに喜んでたんだぞ」
オタクミが、低い声で言った。
「買ってもらって、あんなに嬉しそうだったのに……」
「……ああ」
アーグも、静かに頷いた。
「少なくとも、あの品は落下の衝撃に耐えられなかった」
「品質が悪すぎるだろ!」
「そうだな。ただし、あれ一つで同じ商品すべての耐久性までは分からん」
「そんなこと言ってる場合かよ!」
「だから、調べる必要があるんだ」
アーグの声は冷静だった。
だが、オタクミを突き放しているわけではなかった。
「安さの理由も、誰がどのように作っているのかも、まだ分からない」
「……」
「安いこと自体が悪いわけではない。だが、客が知らないところで品質まで犠牲になっているのなら、それは確かめるべきことだ」
オタクミは、何も答えなかった。
ただ、子供が消えていった方向を見つめていた。
あの子に、ちゃんとしたアクスタを見せてやりたい。
せめて、もっと丁寧に作られたものがあることを知ってほしい。
そんな思いが、胸の中で膨らんでいく。
「……本物だったら」
オタクミが呟いた。
「もっと綺麗だったのに。もっと、ちゃんと作ってあるのに……」
セラは何も言わなかった。
オタクミの横顔を見つめた後、そっと視線を逸らした。
◇
その後も三人は屋台を回り、七軒分の価格と商品の特徴を記録した。
似た品を扱っていても、値札や売り文句は微妙に違う。
鑑賞用として紹介する店もある。
便利な板として売る店もある。
描かれたキャラクターの名前すら、まともに説明できない店もあった。
そして、客はそれぞれの理由で商品を手に取っていた。
安いから買う人。
見た目が気に入ったから買う人。
実用品として便利そうだから買う人。
その誰もが、ラザリスで何が作られてきたのかを知っているわけではない。
「……何だよ、これ」
オタクミは、手帳を覗き込んで呟いた。
「品質が悪いから売れない、って話じゃねえのかよ」
「むしろ逆だな」
アーグが答えた。
「今のところ、品質の低い商品でも買う理由がある、ということが分かった」
「理由って……」
「値段もそうだ。用途への認識もそうだ。そもそも正規品との違いを知らない客もいる」
アーグは手帳を閉じた。
「良いものを作れば、必ず売れる。そう単純な話ではないということだ」
「……くそっ」
オタクミは、頭を掻きむしった。
「じゃあ、本物を作った人たちはどうなるんだよ」
「それも、見ておいた方がいいだろうな」
アーグが、路地の奥へ視線を向けた。
「正規品を扱っている店があると聞いている」
「……あるのか!?」
「ああ。ただし、あまり目立つ場所ではないらしい」
「だったら、行こうぜ!」
オタクミは勢いよく歩き出した。
「場所は分かるのか?」
「だから、こっちだ」
「先に言えよ!」
「貴殿が先に走り出したんだろう!」
セラが、深いため息をついた。
「ほんっと、面倒くさい男……」
◇
大通りの喧騒から外れた、細い路地。
そこに、小さな店舗があった。
古びた木製の看板には、控えめな文字で『アクスタ取扱店』と書かれている。
店先には、数点のアクスタが飾られていた。
白い濁りの目立つ屋台の商品とは違い、透明な素材の向こうに絵柄がくっきりと浮かび上がっている。
ミスティアの髪の流れも、目元の線も、見覚えのあるものだった。
「……これ」
オタクミが、息を呑んだ。
「本物だ」
アーグが、店先の商品を見て頷いた。
「仕入れについては、店主に確かめよう」
三人が店内へ入ると、奥のカウンターから女性が顔を上げた。
三十代くらいの、少し疲れた表情の店主だった。
「いらっしゃいませ」
店内には、透明な素材で作られたアクスタが丁寧に並べられていた。
窓から差し込む光が、滑らかな表面を照らしている。
絵の輪郭ははっきりしており、色の重なりも美しい。
台座の仕上げも、屋台で見た粗悪品とは明らかに違った。
「……懐かしいな」
オタクミが、小さく呟いた。
王都に来て、ようやく知っているアクスタに出会えた気がした。
アーグは店主に仕入れ元を尋ねた。
店主が説明する品の来歴と、店内に並ぶ商品の特徴を一つずつ確かめる。
少なくとも、目の前の商品は、ラザリスで自分たちが作ってきた正規品と一致していた。
「……ちゃんと届いてたんだな」
オタクミは、安堵の息を漏らした。
偽物ばかりが目に入っていた王都にも、自分たちが送り出した品は届いていたのだ。
けれど。
値札を見た瞬間、その安堵が吹き飛んだ。
「……高っ」
大通りの屋台で売られていた偽物の、およそ三倍。
ラザリスでの販売価格との違いも気になったが、今は何より、外の安値との差が大きく見えた。
「……売れてるんですか、これ」
オタクミが恐る恐る尋ねた。
店主は、少し困ったように笑った。
「正直に言うと……ほとんど」
「……え?」
「隣の大通りへ行けば、似たようなものがずっと安く売っているでしょう?」
店主は、ガラスケースの中の商品へ目を向けた。
「こちらがどう違うか説明しようとしても、値段を見ただけで帰ってしまうお客様が多いんです」
「でも、質が全然違うじゃないですか!」
「ええ。そうなんですけど……」
店主は、寂しそうに笑った。
「遠目には、どちらも透明な板に絵が付いているように見えるんですよね」
「……」
「こっちは絵が綺麗だとか、台座がしっかりしているとか、そういうお話をする前に『高い』と言われてしまうんです」
オタクミは、言葉を失った。
ついさっき、屋台で見た光景が蘇る。
安いから買った客。
コースターとして買った客。
飛ばして遊ぶものだと思っていた子供。
そして。
偽物のアクスタを買ってもらい、嬉しそうに笑っていた小さな子供。
「……本物なのに」
オタクミが呟いた。
「本物の方が、ちゃんとしてるのに……」
店主は、何も言わなかった。
その時。
「先生?」
入口から、聞き慣れた声がした。
振り返ると、リアが立っていた。
「リア!?」
「宿でお話が一段落したので、皆さんを探していたんです。大通りでレジナルドさんにお会いして、こちらにいると教えてもらいました」
店の外には、少し離れて周囲を見守るレジナルドの姿があった。
オタクミは頷いた。
「ちょうどいい。見てくれよ、これ」
リアは、店内に並んだアクスタへ目を向けた。
そして、すぐに表情を変えた。
「あ……」
彼女は、ゆっくりとケースへ近づいた。
「これ……」
「ああ。本物だ」
リアは、一つ一つの商品を確かめるように見つめた。
ミスティアの髪の流れ。
瞳の色。
自分が何度も描き直した、細かな表情。
「……ちゃんと届いていたんですね」
その声に、小さな喜びが滲んでいた。
しかし、値札を見た後、店主の話を聞くと、その表情が曇った。
「……売れていないんですか」
「正直、苦しいですね」
店主は苦笑した。
「良い品だと信じて仕入れたんですけどね」
リアは、しばらく何も言わなかった。
そして、小さく呟いた。
「……質が、全然違うのに」
昨日、粗雑に真似された自分の絵を見た。
今日は、本来の線や色がきちんと残された商品を見ている。
けれど、客が集まっているのは大通りの屋台だった。
リアは、ケースの前で立ち尽くした。
オタクミは、そんなリアの横顔を見た。
そして、何かを決めたように店主へ向き直った。
「……分かった」
「はい?」
「全部買う」
店主が目を瞬かせた。
「……え?」
「ここにある在庫、全部買う」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
セラが振り返った。
「何言ってんの、あんた!?」
「だって、売れてねえんだろ!?」
オタクミは、店内の商品を指差した。
「こんなにちゃんとしたものが、誰にも見てもらえずに残ってるんだぞ!」
「だからって、全部買う必要ある!?」
「ある!!」
「ないわよ!!」
店主は二人を見比べ、困惑していた。
「あの……お気持ちは嬉しいんですけど……」
「施しのつもりじゃねえんだ」
オタクミは真剣な顔で言った。
「俺は、こういう品が売られてることを、ちゃんと知ってほしいんだよ」
店主の目を、まっすぐ見つめる。
「外で安い偽物が売れてるからって、本物を作った人たちの仕事が無かったことみたいになるのは、嫌なんだ」
リアが、顔を上げた。
オタクミは続ける。
「だから、まず俺が買う。ここにあるものが、ちゃんと欲しいと思える品なんだって、俺が示したい」
店主は、しばらく黙っていた。
それから、少しだけ目元を緩めた。
「……ありがとうございます」
その声には、かすかな震えがあった。
だが。
「……ところで」
アーグが、静かに口を開いた。
「財布は?」
「…………」
オタクミが固まった。
「……ん?」
「財布だ。貴殿、今いくら持っている?」
「…………」
オタクミは、慌てて自分の懐を探った。
右。
左。
もう一度、右。
そして。
「……あれ?」
何も出てこなかった。
「……おい」
セラが、半眼になる。
「まさか……」
「……アーグ」
オタクミは、ゆっくりと振り返った。
そして、手を差し出した。
「貸してくれ」
「……今月の立て替えは、これで四件目だぞ」
「そこを何とか!!」
「最初に財布を確かめてから宣言しろ!!」
アーグの声が、店内に響いた。
リアが思わず吹き出す。
セラは額を押さえ、店主はどう反応すればよいのか分からず立ち尽くしていた。
「……だが」
アーグは、小さく息を吐いた。
「今日のところは、投資として認めてもいい」
「マジで!?」
「ただし、無制限ではない。持ち帰れる量と、支払える金額を確認してからだ」
「全部じゃ駄目か!?」
「全部買うつもりなら、まず計算をしろ!!」
「ぐぬぬ……!」
結局、アーグが立て替えられる金額と持ち運べる量を確認し、その範囲でオタクミが正規品をまとめて購入することになった。
店主は丁寧に箱へ品を詰め、礼を言った。
オタクミは、その箱を抱えて店を出た。
ひとまず、何もせずに帰るよりはよかった。
リアも、少しだけ安心したような顔をしていた。
だが。
路地を抜け、大通りへ戻ると。
「さあさあ! 安いよ、安いよ!」
昨日と変わらない声が響いていた。
「今だけお得! 人気のアクスタだよ!」
屋台には客が集まっている。
硬貨が渡される。
白く濁った商品が、次々に売れていく。
オタクミは、抱えた箱へ視線を落とした。
確かに、正規品を買った。
あの店の売上にはなっただろう。
けれど。
大通りの光景は、何一つ変わっていなかった。
「……なあ、アーグ」
「何だ」
「俺があの店の商品を買ってもさ……」
オタクミは、売れていく偽物を見つめた。
「あっちの屋台は、全然困らねえんだな」
「……そうだな」
アーグは、静かに答えた。
「一つの店から商品を買っただけでは、この通り全体の売れ方までは変わらん」
「……くそっ」
オタクミは、箱を抱える腕に力を込めた。
正規品の方が綺麗だ。
丁寧に作られている。
自分たちは、そういうものを届けようとしてきた。
それなのに、王都では安い偽物が次々に売れている。
客は、自分たちと同じ理由で商品を選んでいるわけではなかった。
知らないから買う者もいる。
安いから買う者もいる。
別の用途を求めて買う者もいる。
そして、何より。
あの子供のように、嬉しそうに買っていく者もいた。
オタクミは、ぎゅっと唇を噛み締めた。
何が正しいのか。
どうすれば、作り手の仕事が報われるのか。
どうすれば、あの子のような思いをする人を減らせるのか。
まだ、答えは出ていなかった。
「……もっと調べねえと駄目だな」
オタクミが呟いた。
「ああ」
アーグが頷いた。
「今日分かったことは、まだ入口にすぎん」
オタクミは、大通りを見渡した。
王都の市場は、今日も賑わっている。
粗悪な品を売る屋台にも、丁寧に作られた品を置く店にも、それぞれの事情がある。
そして客にも、客の選ぶ理由がある。
その全部を見ないまま、ただ偽物を追い払えばいいとは言えないのかもしれない。
けれど、だからといって、このままでいいとも思えなかった。
オタクミは、抱えた箱を持ち直した。
大通りの向こうで、また一つ、白く濁ったアクスタが売れていく。
その光景を、今度は目を逸らさずに見つめた。
偽物が選ばれる理由は、少しずつ見えてきた。
けれど、その状況をどう変えればいいのかは、まだ何一つ分からなかった。




