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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
9 本物の価値、偽物の想い

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偽物が勝つ理由

 翌朝、オタクミたちは三人で王都の街へ出た。


 オタクミ、アーグ、そしてセラの三人である。


 リアはロザリアから「王都の現在の創作事情を見て、意見を聞かせてほしい」と頼まれて宿に残り、シエルは文化施設を見学しに行っている。


 レジナルドは、少し離れた場所から私服で護衛についていた。


 負傷した肩はまだ万全ではないらしく、時折かばうような仕草を見せるが、周囲を警戒する目は鋭い。


「細かく見ていくぞ」


 大通りへ出るなり、アーグが手帳を開いた。


「屋台を一軒ずつ回る。値段と品質、それから客がどのくらいの速さで買っていくかも確認する」


「……分かってるよ」


 オタクミは不満そうに答えた。


 昨日、王都に広がる偽物アクスタを発見した。


 あの時は、今すぐ屋台へ怒鳴り込みたかった。


 だが、アーグに止められたのだ。


 怒りを向ける相手を、間違えるな。


 その言葉が、まだ胸の奥に引っかかっている。


「今日は絶対に、何が起きてるのか突き止めるからな」


「その意気で頼む。ただし、売り手に飛びかかるのは調査ではないぞ」


「分かってるって!」


「昨日もそう言っていた気がするが」


「うるせえ!」


「朝から元気ねえ……」


 セラが呆れたように呟いた。


 王都の大通りは、朝から凄まじい熱量で動いていた。


 荷馬車が石畳を鳴らし、店主たちが威勢よく客を呼び込む。


 その中を少し歩いただけで、アクスタの類似品を売っている屋台が七軒も見つかった。


「……七軒」


 オタクミが呆然と呟く。


「昨日は二軒見ただけでも十分ショックだったのに……」


「同じ通りだけでこれだ。ほかの地区にもある可能性は高いな」


 アーグは淡々と書き留めた。


「価格にも多少の差がある。売り方も違うようだ」


「売り方?」


「見ていれば分かる」


 その言葉の直後だった。


「さあさあ寄ってって! 王都で大流行の最新アイテム『アクスタ』だよ!」


 一軒目の屋台の主人が、白く濁ったミスティアのアクスタを高々と掲げた。


「見ての通り、平べったくて硬い! 鍋敷きにヨシ! 冷たい飲み物の高級コースターにするもヨシ! なんと野菜まで切れるって評判だ!」


「ちげええええ!!」


 オタクミが叫んだ。


 いや、叫んでしまった。


 通行人が何人か振り返る。


「なんだそのクソみたいな売り文句!? ミスティア様のお顔の上に水滴のついたコップを置くだと!? 野菜を切る!? 神聖なグッズを便利グッズ扱いすんな!!」


「落ち着け、バカ」


 セラが、昨日と同じように首根っこを掴んだ。


「ぐえっ! またそれかよ!」


「またやらせるからでしょ」


 だが、屋台の前にいた客は、オタクミの怒りなど気にも留めていなかった。


「へえ、これを下に敷けば机が濡れないのか」


「そうそう! 見た目も華やかだろ?」


「確かに。普通の木の板より洒落てるな」


 客はアクスタを裏返し、表面を指でなぞった。


 そこに描かれたミスティアの顔には、ほとんど視線を向けない。


「……おい」


 オタクミは愕然とした。


「あの人、ミスティア様の顔を一度も見てねえぞ……」


「そりゃそうでしょうね」


 セラが淡々と答える。


「あの人、コースターを買うつもりなんだから」


「コースターじゃねえええ!!」


 悲鳴が大通りに響いた。


 アーグは、そんなオタクミを横目に手帳へ何かを書き込んだ。


「用途への認識が違うな」


「違うなんてもんじゃねえよ!」


「売り手は平たい飾り物としてではなく、便利な板として売っている。客もその説明に従っている」


「だから間違ってんだろ!」


「その間違いが、売買の妨げになっていない。そこが重要なんだ」


 オタクミは、口を開きかけて止まった。


 確かに、その客は満足そうに硬貨を払っていた。


 何も知らずに、嬉しそうに買っている。


 それが余計に腹立たしかった。


「……あっちも見て」


 セラが、少し離れた屋台を指差した。


「もっとひどいわ」


 そこでは、別の実演販売が行われていた。


「いいかい坊主! この『アクスタ』ってのはな、こうやって持つ!」


 店主が薄い板状の商品を指先に挟んだ。


「そして、手首のスナップを効かせて……投げる!」


 ヒュンッ!


 アクスタが宙を飛び、屋台の裏に置かれた木箱へ当たった。


 カコンッ、と軽い音がする。


「ほらな! 平たいからよく飛ぶ! 護身用にもなるかもしれねえぞ!」


「わぁっ、すっげー! 魔物も倒せるかな!」


「おう、そいつは腕次第だ!」


「投・げ・る・なァァッ!!」


 オタクミが涙目で地団駄を踏んだ。


「『スタンド』だぞ!? 立てて飾って尊ぶものなんだよ! なんで飛ばしてんだよ!! しかもミスティア様を投擲武器扱いすんな!!」


「……あんたの武器も、普通の使い方してない気がするけど」


「今は俺の話じゃねえ!」


 セラの冷静な指摘を、オタクミは全力で振り払った。


 アゴ型盾状の《タクミ・ブレイザー》については、今は考えたくなかった。


 あれはあれで、解決していない問題なのだ。


「……つまり」


 アーグが手帳を閉じた。


「そもそも、この街では『アクスタ』が何のための商品なのか、十分に伝わっていないらしい」


「らしい、じゃねえだろ! 完全に伝わってねえよ!」


「少なくとも、今見た店ではな」


 アーグは、相変わらず慎重だった。


「商品だけが先に広がったのだろう。作り手の意図も、鑑賞する楽しさも、売り場では説明されていない」


「……そんな」


 オタクミは、屋台に並ぶアクスタを見つめた。


 ミスティアの姿を立てて飾る。


 好きなキャラクターが、いつでも自分のそばにいる。


 その喜びを形にしたくて、ラザリスで何度も試作を繰り返したのだ。


 透明度にこだわり、絵を綺麗に見せる方法を考え、台座の形まで調整した。


 それなのに。


 王都では、ただの平たい板として売られている。


「……文化って、こんなふうに伝わっちまうもんなのかよ」


 オタクミが、力なく呟いた。


 アーグは答えなかった。


 代わりに、屋台へ視線を向ける。


「もう一つ、調べたいことがある」


「……何だよ」


「仕入れ元だ」


     ◇


 アーグは一軒の屋台へ近づいた。


 名乗りもせず、ただの興味を持った客として商品を手に取る。


「珍しい品ですね。最近、よく見かけるようになりましたが」


「そうだろ? 今、王都じゃ人気なんだよ」


 屋台の主人は愛想よく答えた。


「しかも安い。だからよく売れるんだ」


「なるほど。これだけ数があると、仕入れも大変でしょう」


「いやいや、最近はまとめて入ってくるからな。こっちは助かってるよ」


「どちらから?」


「北のほうだな」


 アーグの指が、わずかに止まった。


「……北、ですか」


「ああ。そう聞いてる。荷馬車でどかっと来るんだよ。扱ってる問屋は一つじゃないみたいだけどな」


「特定の問屋から仕入れているわけではない?」


「俺らみたいな小売りには、そこまで分からねえよ。安く仕入れられて、売れる。それで十分さ」


「なるほど。参考になりました」


 アーグは自然な笑みを浮かべ、商品を棚へ戻した。


 屋台を離れたところで、オタクミが小声で尋ねる。


「北、か。王都の北側に問屋街でもあんのか?」


「……いや」


 アーグの声が低くなった。


「それだけとは限らん」


「ん?」


「『北』という言葉には、聞き覚えがある」


 アーグは、往来を行き交う荷馬車へ目を向けた。


「私がかつて身を置いていた、転売魔組織『プライス・カルテル』でも使われていた言葉だ」


 オタクミの表情が変わった。


「……あいつらの?」


「ああ」


 アーグは頷く。


「ただし、単純に方角を指すとは限らん。組織の内側で、符丁として使われることがあった」


「じゃあ、あの店の仕入れ元がカルテルってことか?」


「まだ決めつけるな」


 アーグは即座に否定した。


「店主自身は、本当に北側から来る荷馬車の話をしているだけかもしれない。今も同じ言葉が同じ意味で使われている保証もない」


「……でも、怪しいんだろ?」


「怪しい。だから調べる」


 アーグは手帳へ短く書き込んだ。


「どの屋台へ、どの問屋が、どんな値段で商品を卸しているのか。それを確かめなければ、何も言えん」


「……あいつらが関わってるなら、許せねえぞ」


「関わっていると分かった時に怒れ」


「うぐっ」


「今のところ、分かっているのは『北』という言葉が出たことと、複数の問屋が扱っているらしいことだけだ」


 アーグは、オタクミをまっすぐ見た。


「昨日の話を忘れるなよ」


「……分かってるよ」


 オタクミは、しぶしぶ頷いた。


 アーグは再び歩き出した。


 だが、その背中には、先ほどまでとは違う緊張があった。


 オタクミはそれを見逃さなかった。


 アーグ自身も、何かを警戒している。


 それだけは確かだった。


     ◇


 四軒目の屋台の前で、オタクミたちは再び足を止めた。


 屋台には、ミスティアをはじめとする色とりどりのアクスタが並んでいる。


 どれも白く濁り、絵柄の線もどこか粗かった。


 その前に、若い母親と六歳くらいの子供がいた。


「ねえ、お母さん!」


 子供が、屋台を指差す。


「これ、かわいい!」


「ほんとだ。かわいいお人形ね」


「これ欲しい!」


「ええ? また飾り物?」


 母親は困ったように笑った。


 けれど、値札を見ると表情が少し和らいだ。


「……あら。これなら買えるわね」


「いいの!?」


「一つだけよ」


「やったあ!!」


 子供は、その場で飛び跳ねた。


 母親が硬貨を支払い、屋台の主人が小さなアクスタを手渡す。


 子供は、それを両手で大事そうに受け取った。


 コースターでもない。


 鍋敷きでもない。


 ましてや、投げるつもりでもないらしい。


 小さな手でアクスタを掲げ、太陽の光に透かして眺めている。


「きれい!!」


 子供が満面の笑みを浮かべた。


 白く濁った素材の向こうで、ミスティアの姿がぼんやりと見えている。


 絵の線は正規品と違い、台座も不格好だった。


 だが、その子は何度も角度を変え、嬉しそうに眺め続けていた。


「……」


 オタクミは、思わず足を止めた。


 子供は笑っていた。


 母親も、その笑顔を見て微笑んでいる。


 それなのに。


 オタクミの目には、どうしても商品の粗さが映ってしまう。


「……あんなに喜んでるのに」


 オタクミが、唇を噛んだ。


「それ、偽物なんだぞ……」


 アーグは、隣で静かに見ていた。


「少なくとも、あの親子は欲しいと思ったものを買えたようだな」


「でも、もっと綺麗な本物があるんだ!」


「それを知らないのかもしれない」


「……っ」


「あるいは、知っていても買えないのかもしれん」


 オタクミは言い返せなかった。


 母親が値札を見て、少し安心したように笑ったことを思い出したからだ。


 正規品の方が綺麗だ。


 丁寧に作られている。


 絵だって、リアが心を込めて描いたものだ。


 それでも、あの親子が今買ったのは偽物だった。


 どうしてだ。


 どうして、そっちが選ばれる。


 オタクミがそんなことを考えていた、その時だった。


「あっ!」


 子供が、小さく声を上げた。


 はしゃぎながら歩き出した足が、石畳のわずかな段差に引っかかったのだ。


 身体が前につんのめる。


 母親が慌てて腕を伸ばした。


 子供自身は、何とか転ばずに済んだ。


 けれど。


 小さな手から、アクスタがすっぽ抜けた。


 カランッ!


 乾いた音が響く。


 アクスタが石畳にぶつかった。


 その直後。


 パキンッ!


 小さな破片が、地面へ散った。


「あ……」


 子供が、呆然と立ち尽くした。


 アクスタは三つに割れていた。


 台座も外れ、ミスティアの姿が途中で途切れている。


 子供は、しばらくその破片を見つめていた。


 何が起きたのか、理解できないようだった。


 やがて、その目に大粒の涙が浮かぶ。


「……う」


 唇が震えた。


「うわああああん!!」


 泣き声が、大通りに響いた。


「あらあら、もう……!」


 母親が慌ててしゃがみ込む。


「怪我はない? 手、見せて」


 子供の手を確かめ、傷がないことを確認すると、ようやく安堵の息をついた。


「よかった……。びっくりしたわね」


「こ、これ……っ!」


 子供は、地面の破片を指差した。


「こわれちゃったぁ……!」


「そうね……」


 母親は困ったように眉を下げた。


「安いものだったし、また今度買ってあげるから。ね?」


「やだあああ!!」


「もう、泣かないの」


 母親は、地面に散った破片へ手を伸ばしかけた。


 だが、子供の方が先にしゃがみ込んだ。


 涙をぽろぽろこぼしながら、割れたアクスタを拾おうとする。


「危ないわ。割れたところを触っちゃ駄目」


 母親がその手を止めた。


 そして、子供の代わりに破片を拾い集めた。


「おうちに持って帰りましょうね」


 母親はそう言って、破片を布で包み、子供の荷物へそっとしまった。


「ほら、もう行きましょう」


「……うっ……ひっく……」


 子供は何度も後ろを振り返りながら、母親に手を引かれて歩いていった。


 その小さな背中が、人混みに消える。


「…………っ」


 オタクミは、拳を握り締めた。


 目の前で、嬉しそうに笑っていた子供がいた。


 買ったばかりの商品を、何度も光に透かして眺めていた。


 それが、たった一度落としただけで割れてしまった。


「……ふざけんなよ」


 オタクミの声が震えた。


「何だよ、あれ……」


 ラザリスで作ったアクスタだって、絶対に壊れないわけではない。


 試作品を作る中では、気泡や不純物が原因で、仕上がりに問題が出ることもあった。


 だからこそ、職人たちと何度も調整してきた。


 見た目だけではない。


 手に取った時の感触も、台座の安定性も、できる限り良いものにしたかった。


 それなのに。


 目の前の商品は、あまりにも簡単に壊れてしまった。


「……あんなに喜んでたんだぞ」


 オタクミが、低い声で言った。


「買ってもらって、あんなに嬉しそうだったのに……」


「……ああ」


 アーグも、静かに頷いた。


「少なくとも、あの品は落下の衝撃に耐えられなかった」


「品質が悪すぎるだろ!」


「そうだな。ただし、あれ一つで同じ商品すべての耐久性までは分からん」


「そんなこと言ってる場合かよ!」


「だから、調べる必要があるんだ」


 アーグの声は冷静だった。


 だが、オタクミを突き放しているわけではなかった。


「安さの理由も、誰がどのように作っているのかも、まだ分からない」


「……」


「安いこと自体が悪いわけではない。だが、客が知らないところで品質まで犠牲になっているのなら、それは確かめるべきことだ」


 オタクミは、何も答えなかった。


 ただ、子供が消えていった方向を見つめていた。


 あの子に、ちゃんとしたアクスタを見せてやりたい。


 せめて、もっと丁寧に作られたものがあることを知ってほしい。


 そんな思いが、胸の中で膨らんでいく。


「……本物だったら」


 オタクミが呟いた。


「もっと綺麗だったのに。もっと、ちゃんと作ってあるのに……」


 セラは何も言わなかった。


 オタクミの横顔を見つめた後、そっと視線を逸らした。


     ◇


 その後も三人は屋台を回り、七軒分の価格と商品の特徴を記録した。


 似た品を扱っていても、値札や売り文句は微妙に違う。


 鑑賞用として紹介する店もある。


 便利な板として売る店もある。


 描かれたキャラクターの名前すら、まともに説明できない店もあった。


 そして、客はそれぞれの理由で商品を手に取っていた。


 安いから買う人。


 見た目が気に入ったから買う人。


 実用品として便利そうだから買う人。


 その誰もが、ラザリスで何が作られてきたのかを知っているわけではない。


「……何だよ、これ」


 オタクミは、手帳を覗き込んで呟いた。


「品質が悪いから売れない、って話じゃねえのかよ」


「むしろ逆だな」


 アーグが答えた。


「今のところ、品質の低い商品でも買う理由がある、ということが分かった」


「理由って……」


「値段もそうだ。用途への認識もそうだ。そもそも正規品との違いを知らない客もいる」


 アーグは手帳を閉じた。


「良いものを作れば、必ず売れる。そう単純な話ではないということだ」


「……くそっ」


 オタクミは、頭を掻きむしった。


「じゃあ、本物を作った人たちはどうなるんだよ」


「それも、見ておいた方がいいだろうな」


 アーグが、路地の奥へ視線を向けた。


「正規品を扱っている店があると聞いている」


「……あるのか!?」


「ああ。ただし、あまり目立つ場所ではないらしい」


「だったら、行こうぜ!」


 オタクミは勢いよく歩き出した。


「場所は分かるのか?」


「だから、こっちだ」


「先に言えよ!」


「貴殿が先に走り出したんだろう!」


 セラが、深いため息をついた。


「ほんっと、面倒くさい男……」


     ◇


 大通りの喧騒から外れた、細い路地。


 そこに、小さな店舗があった。


 古びた木製の看板には、控えめな文字で『アクスタ取扱店』と書かれている。


 店先には、数点のアクスタが飾られていた。


 白い濁りの目立つ屋台の商品とは違い、透明な素材の向こうに絵柄がくっきりと浮かび上がっている。


 ミスティアの髪の流れも、目元の線も、見覚えのあるものだった。


「……これ」


 オタクミが、息を呑んだ。


「本物だ」


 アーグが、店先の商品を見て頷いた。


「仕入れについては、店主に確かめよう」


 三人が店内へ入ると、奥のカウンターから女性が顔を上げた。


 三十代くらいの、少し疲れた表情の店主だった。


「いらっしゃいませ」


 店内には、透明な素材で作られたアクスタが丁寧に並べられていた。


 窓から差し込む光が、滑らかな表面を照らしている。


 絵の輪郭ははっきりしており、色の重なりも美しい。


 台座の仕上げも、屋台で見た粗悪品とは明らかに違った。


「……懐かしいな」


 オタクミが、小さく呟いた。


 王都に来て、ようやく知っているアクスタに出会えた気がした。


 アーグは店主に仕入れ元を尋ねた。


 店主が説明する品の来歴と、店内に並ぶ商品の特徴を一つずつ確かめる。


 少なくとも、目の前の商品は、ラザリスで自分たちが作ってきた正規品と一致していた。


「……ちゃんと届いてたんだな」


 オタクミは、安堵の息を漏らした。


 偽物ばかりが目に入っていた王都にも、自分たちが送り出した品は届いていたのだ。


 けれど。


 値札を見た瞬間、その安堵が吹き飛んだ。


「……高っ」


 大通りの屋台で売られていた偽物の、およそ三倍。


 ラザリスでの販売価格との違いも気になったが、今は何より、外の安値との差が大きく見えた。


「……売れてるんですか、これ」


 オタクミが恐る恐る尋ねた。


 店主は、少し困ったように笑った。


「正直に言うと……ほとんど」


「……え?」


「隣の大通りへ行けば、似たようなものがずっと安く売っているでしょう?」


 店主は、ガラスケースの中の商品へ目を向けた。


「こちらがどう違うか説明しようとしても、値段を見ただけで帰ってしまうお客様が多いんです」


「でも、質が全然違うじゃないですか!」


「ええ。そうなんですけど……」


 店主は、寂しそうに笑った。


「遠目には、どちらも透明な板に絵が付いているように見えるんですよね」


「……」


「こっちは絵が綺麗だとか、台座がしっかりしているとか、そういうお話をする前に『高い』と言われてしまうんです」


 オタクミは、言葉を失った。


 ついさっき、屋台で見た光景が蘇る。


 安いから買った客。


 コースターとして買った客。


 飛ばして遊ぶものだと思っていた子供。


 そして。


 偽物のアクスタを買ってもらい、嬉しそうに笑っていた小さな子供。


「……本物なのに」


 オタクミが呟いた。


「本物の方が、ちゃんとしてるのに……」


 店主は、何も言わなかった。


 その時。


「先生?」


 入口から、聞き慣れた声がした。


 振り返ると、リアが立っていた。


「リア!?」


「宿でお話が一段落したので、皆さんを探していたんです。大通りでレジナルドさんにお会いして、こちらにいると教えてもらいました」


 店の外には、少し離れて周囲を見守るレジナルドの姿があった。


 オタクミは頷いた。


「ちょうどいい。見てくれよ、これ」


 リアは、店内に並んだアクスタへ目を向けた。


 そして、すぐに表情を変えた。


「あ……」


 彼女は、ゆっくりとケースへ近づいた。


「これ……」


「ああ。本物だ」


 リアは、一つ一つの商品を確かめるように見つめた。


 ミスティアの髪の流れ。


 瞳の色。


 自分が何度も描き直した、細かな表情。


「……ちゃんと届いていたんですね」


 その声に、小さな喜びが滲んでいた。


 しかし、値札を見た後、店主の話を聞くと、その表情が曇った。


「……売れていないんですか」


「正直、苦しいですね」


 店主は苦笑した。


「良い品だと信じて仕入れたんですけどね」


 リアは、しばらく何も言わなかった。


 そして、小さく呟いた。


「……質が、全然違うのに」


 昨日、粗雑に真似された自分の絵を見た。


 今日は、本来の線や色がきちんと残された商品を見ている。


 けれど、客が集まっているのは大通りの屋台だった。


 リアは、ケースの前で立ち尽くした。


 オタクミは、そんなリアの横顔を見た。


 そして、何かを決めたように店主へ向き直った。


「……分かった」


「はい?」


「全部買う」


 店主が目を瞬かせた。


「……え?」


「ここにある在庫、全部買う」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 セラが振り返った。


「何言ってんの、あんた!?」


「だって、売れてねえんだろ!?」


 オタクミは、店内の商品を指差した。


「こんなにちゃんとしたものが、誰にも見てもらえずに残ってるんだぞ!」


「だからって、全部買う必要ある!?」


「ある!!」


「ないわよ!!」


 店主は二人を見比べ、困惑していた。


「あの……お気持ちは嬉しいんですけど……」


「施しのつもりじゃねえんだ」


 オタクミは真剣な顔で言った。


「俺は、こういう品が売られてることを、ちゃんと知ってほしいんだよ」


 店主の目を、まっすぐ見つめる。


「外で安い偽物が売れてるからって、本物を作った人たちの仕事が無かったことみたいになるのは、嫌なんだ」


 リアが、顔を上げた。


 オタクミは続ける。


「だから、まず俺が買う。ここにあるものが、ちゃんと欲しいと思える品なんだって、俺が示したい」


 店主は、しばらく黙っていた。


 それから、少しだけ目元を緩めた。


「……ありがとうございます」


 その声には、かすかな震えがあった。


 だが。


「……ところで」


 アーグが、静かに口を開いた。


「財布は?」


「…………」


 オタクミが固まった。


「……ん?」


「財布だ。貴殿、今いくら持っている?」


「…………」


 オタクミは、慌てて自分の懐を探った。


 右。


 左。


 もう一度、右。


 そして。


「……あれ?」


 何も出てこなかった。


「……おい」


 セラが、半眼になる。


「まさか……」


「……アーグ」


 オタクミは、ゆっくりと振り返った。


 そして、手を差し出した。


「貸してくれ」


「……今月の立て替えは、これで四件目だぞ」


「そこを何とか!!」


「最初に財布を確かめてから宣言しろ!!」


 アーグの声が、店内に響いた。


 リアが思わず吹き出す。


 セラは額を押さえ、店主はどう反応すればよいのか分からず立ち尽くしていた。


「……だが」


 アーグは、小さく息を吐いた。


「今日のところは、投資として認めてもいい」


「マジで!?」


「ただし、無制限ではない。持ち帰れる量と、支払える金額を確認してからだ」


「全部じゃ駄目か!?」


「全部買うつもりなら、まず計算をしろ!!」


「ぐぬぬ……!」


 結局、アーグが立て替えられる金額と持ち運べる量を確認し、その範囲でオタクミが正規品をまとめて購入することになった。


 店主は丁寧に箱へ品を詰め、礼を言った。


 オタクミは、その箱を抱えて店を出た。


 ひとまず、何もせずに帰るよりはよかった。


 リアも、少しだけ安心したような顔をしていた。


 だが。


 路地を抜け、大通りへ戻ると。


「さあさあ! 安いよ、安いよ!」


 昨日と変わらない声が響いていた。


「今だけお得! 人気のアクスタだよ!」


 屋台には客が集まっている。


 硬貨が渡される。


 白く濁った商品が、次々に売れていく。


 オタクミは、抱えた箱へ視線を落とした。


 確かに、正規品を買った。


 あの店の売上にはなっただろう。


 けれど。


 大通りの光景は、何一つ変わっていなかった。


「……なあ、アーグ」


「何だ」


「俺があの店の商品を買ってもさ……」


 オタクミは、売れていく偽物を見つめた。


「あっちの屋台は、全然困らねえんだな」


「……そうだな」


 アーグは、静かに答えた。


「一つの店から商品を買っただけでは、この通り全体の売れ方までは変わらん」


「……くそっ」


 オタクミは、箱を抱える腕に力を込めた。


 正規品の方が綺麗だ。


 丁寧に作られている。


 自分たちは、そういうものを届けようとしてきた。


 それなのに、王都では安い偽物が次々に売れている。


 客は、自分たちと同じ理由で商品を選んでいるわけではなかった。


 知らないから買う者もいる。


 安いから買う者もいる。


 別の用途を求めて買う者もいる。


 そして、何より。


 あの子供のように、嬉しそうに買っていく者もいた。


 オタクミは、ぎゅっと唇を噛み締めた。


 何が正しいのか。


 どうすれば、作り手の仕事が報われるのか。


 どうすれば、あの子のような思いをする人を減らせるのか。


 まだ、答えは出ていなかった。


「……もっと調べねえと駄目だな」


 オタクミが呟いた。


「ああ」


 アーグが頷いた。


「今日分かったことは、まだ入口にすぎん」


 オタクミは、大通りを見渡した。


 王都の市場は、今日も賑わっている。


 粗悪な品を売る屋台にも、丁寧に作られた品を置く店にも、それぞれの事情がある。


 そして客にも、客の選ぶ理由がある。


 その全部を見ないまま、ただ偽物を追い払えばいいとは言えないのかもしれない。


 けれど、だからといって、このままでいいとも思えなかった。


 オタクミは、抱えた箱を持ち直した。


 大通りの向こうで、また一つ、白く濁ったアクスタが売れていく。


 その光景を、今度は目を逸らさずに見つめた。


 偽物が選ばれる理由は、少しずつ見えてきた。


 けれど、その状況をどう変えればいいのかは、まだ何一つ分からなかった。

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