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偽物が勝つ理由

 翌朝、オタクミたちは三人で王都の街へ出た。

 オタクミ、アーグ、そしてセラの三人である。


 リアはロザリアに「王都の現在の創作事情を見て意見を聞かせてほしい」と頼まれて残り、シエルは公式の文化施設を見学しに行っている。レジナルドは少し離れた場所から私服で護衛についていた。


「細かく見ていくぞ」


 大通りに出るなり、アーグが手帳を開きながら言った。彼の声には感情が混じっておらず、極めて冷静な実務家のそれだった。


「屋台を一軒ずつ回る。値段と品質、そして客が買っていく『速度』を確認する」


 大通りは、朝から凄まじい熱量で動いていた。

 少し歩いただけで、アクスタ(アクリルスタンド)の類似品を売っている屋台が七軒も見つかった。


 だが、その光景を観察し始めたオタクミは、品質の低さ以上に「ある致命的な異常」に気づき、頭を抱えることになった。


「さあさあ寄ってって! 王都で大流行の最新アイテム『アクスタ』だよ!」


 一軒目の屋台の主人が、濁ったミスティアのアクスタを掲げて声を張り上げていた。


「見ての通り平べったくて硬い! 鍋敷きにヨシ、冷たい飲み物の高級コースターにするもヨシ! なんと野菜も切れる優れものだ!」


「ちげええええ!!」


 オタクミが、思わず血走った目で叫びそうになる。


「なんだあのクソみたいな売り文句!? ミスティア様のお顔の上に水滴のついたコップを置くだと!? 野菜を切る!? 神聖なグッズを便利グッズ扱いすんな!!」


「落ち着け、バカ」


 セラが冷たい声でオタクミの首根っこを掴んだ。


「あっちも見て。もっとひどいわ」


 セラの指差す先、三軒目の屋台では、さらに斜め上の実演販売が行われていた。


「いいかい坊主! この『アクスタ』ってのはな、こうやって持つ! そして手首のスナップを効かせて……投げる! 平たい空気抵抗ゼロの形状だから、見ろ! 手裏剣みたいに飛んでいくぞ! 護身用の武器だ!」


「わぁっ、すっげー! 魔物を倒せるかな!」


「投・げ・る・なァァッ!!」


 オタクミが涙目で地団駄を踏む。


「『スタンド』だぞ!? 立てて飾って尊ぶものなんだよ! 誰も正しい使い方を分かってねえじゃねえか!! 文化が歪んで伝わってる!」


「市場に新しい概念が投下された初期段階では、よくあることだ」


 アーグが淡々とメモを取りながら言った。


「本物を知る者がいないのだ。使い方が分からなければ、人間は自分の知っている用途に当てはめて消費する。……それ以上に厄介なのは、供給元だ」


 アーグは手帳を閉じ、そのうちの一軒に近づいた。

 名前も身分も明かさず、ただの興味を持った客として話しかける。


「珍しい品だな。これは、どこから仕入れているんだ?」


 屋台の主人は、疑う様子もなく愛想よく答えた。


「北のほうから仕入れてるんだ。最近、急に安くドカッと入るようになってな」


「ほう。どこの問屋から入れているんです?」


「複数あってな。荷馬車でまとめて来るから、一箇所とは言えないんだよね。俺たち下っ端は売るだけさ」


「なるほど。ありがとう」


 合流したオタクミが、首を傾げて小声で言った。


「北、か。王都の北側に問屋街でもあんのか?」


「……いや」


 アーグの瞳が、ふと険しく、冷たい光を帯びた。


「『北』というのは、方角のことではない。私がかつて身を置いていた……転売魔組織『プライス・カルテル』の内部で使われる隠語だ」


「なっ……!?」


「……奴らの言う『北』とは、市場を北風のように食い荒らす『上層部の指示』、あるいは『出処の分からない大量の不正在庫』を意味する」


 アーグは、大通りの奥を睨み据えた。


「意図的な大量供給だ。ただの海賊版業者ではない。カルテルが、意図的にこの王都の市場を制圧しにきている」


 転売魔組織『プライス・カルテル』の影。

 その事実が重くのしかかる中、四軒目の屋台の前で、オタクミたちは再び足を止めた。


 屋台の前に、二人連れの客がいた。若い母親と、六歳くらいの小さな子供だった。

 子供がアクスタを指差して、母親の袖を一生懸命に引っ張っていた。


「これ、かわいい!」


「ほんとだ、かわいいお人形ね。……買う?」


「買う!!!」


 母親が、屋台に書かれた値段を見た。庶民でも手の届く「安さ」だった。硬貨が支払われ、取引が成立する。


 子供が、屋台の主人から偽物のアクスタを受け取った。


 コースターでも手裏剣でもなく、その子はそれを両手で大事そうに持ち上げ、太陽の光に透かして見た。白く濁った光だったが、子供の顔はこれ以上ないほど輝いていた。


「きれい!!!」


 子供が満面の笑みで言った。

 母親が、その笑顔を見て優しく「よかったね」と微笑む。


「……」


 オタクミは、その親子の背中を、唇を噛み締めながら見つめていた。


「あんな白く濁った安物を……あの子は騙されてるんだ」


「騙されていない」


 アーグが冷酷な事実を告げた。


「その子は欲しかったものを手に入れた。この取引において、誰も不満を持っていない」


「でも、本物じゃない! あんなの……!」


 オタクミが反論しようとした、その時だった。


「あっ」


 先を歩いていた子供が、はしゃぎすぎて足をもつれさせ、転びそうになった。

 その拍子に、小さな手からアクスタがすっぽ抜けて、石畳の地面に落ちた。


 パキィンッ!


 乾いた、ひどく安っぽい音が響いた。


 ラザリスで作られた本物のスライム製アクスタならば、子供の背丈から落とした程度では絶対に割れない強靭さがあった。


 だが、カルテルが流通させたその粗悪な偽物は、ガラス以下の脆さで、地面に落ちた衝撃だけで無残に三つに砕け散ってしまったのだ。


「あ……」


 子供が、地面に転がったバラバラの破片を見て、ぽかんと口を開けた。


 そして数秒後、その目に大粒の涙が浮かび、わあぁぁっ! と泣き出してしまった。


「あーあ、ほら言わんこっちゃない。はしゃぐから落とすのよ」


 母親がため息をつき、泣く子供の手を引いた。


「ほら、泣かないの。安物だったんだし、怪我がなくてよかったじゃない。また今度、お利口にしてたら買ってあげるから」


 母親は砕けた破片を拾うことすらせず、泣きじゃくる子供を引っ張って、大通りの人混みへと消えていった。


「…………っ!!」


 オタクミは、石畳に放置された、白く濁った破片を震える目で見つめていた。


「カルテルの粗製濫造だ」


 アーグが、無機質な声で言った。


「安く大量に作るため、素材の耐久性など一切考慮されていない。すぐに壊れれば、また新しいものを買わせることができる。それが『安い偽物』の消費サイクルだ」


「ふざけんな……!!」


 オタクミの怒りが、沸点を超えた。


「あの子にとって、あれはたった数分でも『本物の宝物』だったんだぞ! それを、あんな簡単にゴミにしやがって……! 騙すだけじゃ飽き足らず、思い出ごと粉々に割って儲けるってのかよ!」


「それが市場の現実だ」


 アーグは、怒りに震えるオタクミに告げた。


「あの屋台を叩き壊しても何も変わらない。本物を知る機会すら持てず、あんな粗悪品を掴まされるしかない……この『構造』そのものを憎め」


 七軒目の屋台を確認し終えた後、周囲を警戒していたセラが「ねぇ、あっちを見て」と声を上げた。


 大通りの喧騒から外れた、薄暗い路地を一本入った場所。そこに、小さな店舗があった。


 古びた木製の看板には、誇らしげに『ロザリア公認 正規取扱店』と書かれていた。


 オタクミたちが無言で店内に入ると、そこには「本物」があった。


 光に当てると内側から虹色に散乱し、ちょっとやそっと落としたくらいでは絶対に割れない高純度のスライム製アクスタ。品質は間違いなく、オタクミたちが知る本物だった。


 だが、値札に書かれた値段は、外の偽物の「三倍」だった。

 そして――客は、一人も入っていなかった。


 カウンターの奥で、三十代くらいの女性店主が、手持ち無沙汰に座っていた。


「……売れていないんですか」


 いつの間にか合流していたリアが、悲しそうな声で聞いた。


「正直に言うと……ほとんど」


 店主が、自嘲気味に笑って言った。


「隣の大通りに行けば、似たようなものが安く並んでるから。値段を見た瞬間に『高い』って言われるんです。なんで高いのか、どんなに丈夫で美しいかを説明しようとしても……話を聞いてもらえる前に、帰られてしまう」


「質が、全然違うのに」


 リアがガラスケースを見つめて言った。


「遠目から見た時の『見た目』は、そんなに変わらないから。……値段だけで選ぶ人には、うちの『価値』が届かないんです」


 オタクミが、無言でケースからアクスタを一つ持ち上げた。

 窓から差し込む細い光に透かす。水晶の内部で光が屈折し、美しい虹色がオタクミの顔を照らした。


 落とせば簡単に砕け散る偽物とは違う、確かな魂の重みがあった。


「人は『良いもの』ではなく、『手に入るもの』を選ぶ」


 アーグが、小声で呟いた。


 オタクミは、アクスタをそっと棚に戻した。

 そして、店主に向き直った。


「全部買う」


 オタクミが、短く言った。


「今日、ここにある全部を買う。在庫、全部出してくれ」


「ぜ、全部って……そんな」


「在庫が尽きないように、施しをするためじゃない」


 オタクミは、真っ直ぐに店主の目を見た。


「お前たちが正しいものを売っているということを、俺が証明したいからだ。あんな簡単に割れちまう偽物に、この世界を支配させてたまるか」


 店主の目が、少しだけ潤んだように見えた。


 その沈黙を破るように、アーグがため息をついて横から口を挟んだ。


「……財布は?」


 オタクミが、ハッとして自分の懐を探る。空っぽだった。

 彼は気まずそうにアーグの方を向き、手を差し出した。


「アーグ、貸してくれ」


「……今月の立て替えは、これで四件目だぞ」


 アーグは呆れたように頭を振りながらも、懐から分厚い革袋を取り出し、カウンターに置いた。


「……だが、今日のところは投資として認めてやろう」


 オタクミが買い占めた大量の本物のアクスタ。

 だが、その箱を抱えて路地裏を出た彼らの心は、少しも晴れていなかった。


 大通りでは、相変わらず七軒の屋台が、カルテルの息のかかった脆い偽物を飛ぶように売り捌いている。


 経済という名の残酷な怪物が、オタクミたちの「本物」を、音もなく飲み込もうとしていた。

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