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本物は高い。でも偽物はもっと高くつく

 王都の中央区にある高級宿に荷物を置いた後、オタクミたちは全員で街の視察へと出た。


 ロザリアはお忍びのフードを深く被り、レジナルドは少し離れた場所から私服で護衛についている。


 大通りは、本当に賑やかだった。


 香ばしい匂いを漂わせる焼き菓子の屋台。異国の色鮮やかな布を広げて客を呼ぶ行商人。石畳の上を笑いながら駆け抜けていく子供たち。壮麗な劇場の前には、新作の演目を知らせる巨大な看板が立て掛けられていた。


 この街の賑やかさは本物だった。人々の活気は、嘘偽りのない本物だった。


 そして、その活気の中に混じるように――「グッズ」が売られていた。


「あ」


 リアが小さく声を上げ、足を止めた。


 大通りと交差する少し狭い路地の入り口。そこに出ている一つの屋台に、透明なアクリル素材――いや、水晶素材で作られた人形が、ずらりと並んでいた。


 キャラクターを平面のまま立体化する、オタクミたちがラザリスで開発した「スライム製アクリルスタンド(アクスタ)」である。


 ミスティアの形をしたものだけでなく、他にも数種類のキャラクターが並んでいた。中には、ラザリスではまだ公式に流通させていないはずの、リアのスケッチブックにしか存在しないはずのキャラクターまでが混じっていた。


「広まってる!!!!」


 オタクミが歓喜の声を上げ、屋台の方へ駆け寄ろうとした。

 自分たちがラザリスで作った文化が、王都という巨大な市場の末端にまでしっかりと根を下ろしている。プロデューサーとして、これほど嬉しいことはない。


 ガシッ。


 だが、その首根っこを、セラが背後から無言で力強く掴んだ。


「なんだよセラ! 離せって!」

「よく見て」


 セラは、前を向いたまま冷たい声で言った。


「見てる!! 広まってるだろ!! 大成功じゃねえか!!」

「もっとよく見ろって言ってんの!」


 オタクミは文句を言いながらも、セラの視線の先――屋台の前へと目を細めた。


 屋台の前には、六歳くらいの小さな子供がいた。

 その手には、たった今屋台の主人から受け取ったばかりのアクスタが握られている。親が買ってくれたらしく、子供はそれを宝物のように両手で包み込み、満面の笑みを浮かべていた。嬉しそうだった。


 子供は、太陽の光にそれを透かして見ようと、アクスタを空高く掲げた。


 陽光が、透明な素材を通り抜ける。


 その瞬間。


 オタクミの背筋を、氷のような悪寒が駆け抜けた。


 アクスタが、光った。

 だが、その光は――「白かった」のだ。


 内側が、白く、均一に、ただ濁ったように白く光った。


「……え?」


 オタクミの足が完全に止まる。


 本物の水晶は違う。純度の高い魔力水晶は、太陽の光を受けると、内部の構造に反射して「七色の虹」のように美しく散乱する。ラザリスの工房で、職人たちと血を吐くような思いで作り上げた本物のアクスタは、全てそうだった。

 でも、子供の手の中にあるそれは、ただの濁ったガラスか、あるいは質の悪い代替素材のように、白く鈍く光っただけだった。


「……ラザリスの路地裏で出回っていたものと、同じだな」


 オタクミの横に並んだアーグが、静かに、しかし刃のように鋭い声で言った。


「偽物だ」


 オタクミは、屋台の看板に書かれた文字を凝視した。

 値段が書いてあった。ラザリスで適正価格として設定している「本物」の、半額以下の値段だった。


 売り手の男は愛想よく声を張り上げ、通りすがりの客が次々と足を止め、その安い偽物に手を伸ばし、硬貨を支払っていく。


「……ふざけんな」


 オタクミの拳が、ギリッと音を立てて握り込まれた。


「それだけじゃない」


 アーグが、さらに別の屋台を顎でしゃくった。


「あそこも見てみろ」


 少し離れた場所にある別の屋台。そこにあるアクスタの台座には、金色のシールのようなものが貼り付けられていた。


 丸い円の中に、アルファベットの「R」の文字が入ったマーク。


 フードの奥で、ロザリアがハッと息を呑むのが聞こえた。


「……俺たちがラザリスで考えた、ロザリアの『公式公認マーク』に……」

「似ている」


 オタクミの言葉を、アーグが引き継ぐ。


「完全に同じではない。フォントの角度や大きさが微妙に違う。だが、遠目には区別がつかない。あれを見た王都の市民は、ロザリア様が公認した品質保証付きの公式商品だと信じ込んで買う」


「違います!」


 ロザリアが、思わず声を荒げた。


「私が公認したものではありませんわ! あんな粗悪品……!」

「分かっている」


 アーグが宥めるように言う。


「でも、買う側は分からない。それが問題なのだ」


「クソが……!」


 オタクミが、今度こそ屋台に向かって怒りに任せて歩き出そうとした。


「待て」


 アーグが、その腕をガッチリと掴んで引き止めた。


「待てるか! あいつら、俺たちの文化をパクった挙句、偽物に公式のマークまでつけて騙してやがるんだぞ!」

「待つんだオタクミ殿」


 アーグの声は、オタクミの熱を冷やすように徹底して理性的だった。


「今、あの屋台に怒鳴り込んでも、何も解決しない。相手は末端の売り子だ。ただの商売でやっている。今追い払ったところで、翌日には別の場所で別の者が同じものを売るだけだ。」


 オタクミが、ギリッと歯を食いしばって足を止めた。


「……」

「今は、状況の正確な把握を優先しろ。今日は、この街の『全体』を見るんだ」


 アーグの目は、怒りに震えるオタクミを冷徹に射抜いていた。


「今、感情で動けば……貴殿は、間違った場所を殴ることになる」


 オタクミは無言のまま、アーグの手を振り払った。そして、偽物が次々と売れていく屋台を横目で見ながら、血の滲むような思いで歩き続けた。


 大通りの賑やかさが、今はひどく空虚で、暴力的なものに感じられた。


***


 その夜。


 宿に戻る直前の、人通りの途絶えた夜の石畳の上で。

 先頭を歩いていたロザリアが、ふと立ち止まった。


 彼女は振り返り、フードを少しだけ下げて、遠くでまだ煌々と燃えている大通りの光を見つめた。


「……改革は進めて入るのです」


 独り言のような、か細い声だった。


「公式公認マークの制度、流通ルートの透明化、粗悪品への課税。ラザリスでの実験を経て、王都でも同じ法律を敷きました。……全部、方向は正しいはずでしたの」


「でも」と、オタクミが背中越しに言った。

「でも、追いついていない」


 ロザリアの声は、震えていた。


 それは、オタクミがこれまで見てきた、傲慢で、オタクで、圧倒的な権力を持った「女王陛下」の声ではなかった。

 自分の力が及ばない巨大な壁の前で、どうしようもない無力感を抱えて立ち尽くす、一人の不器用な人間の声だった。


「……なんで」


 オタクミは、その背中に向かって絞り出すように問うた。

 なぜ、王国のトップである彼女が動いているのに、この街は変わらないのか。


 返事は来なかった。


 ロザリアはただ、夜の闇に沈む王都をじっと見つめているだけだった。


 オタクミの腰で、ゴルドスが鞘の中で静かにしていた。


 神であるゴルドスには、この王都に渦巻く「見えざる悪意」の正体が、薄々と感じ取れていた。しかし、それを今語ることは、オタクミにさらなる絶望を与えるだけだと知っていた。


 王都の華やかな光の奥には、確かな悪意と、経済という名の冷酷な怪物が潜んでいる。


 彼らの戦いは、剣と魔法ではなく、もっと泥臭く、もっと複雑な盤上へと移行しようとしていた。

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