王都アストリア到着
城門が、でかかった。
「でかい」などという陳腐な言葉で表現することすら躊躇われるほどに、それは圧倒的な質量と権威をもって天を突いていた。
馬車が十台並んでくぐれるほどの幅を持つ、白亜の石造りの門柱。その両側には、アストリア王国の紋章を刻んだ盾を構える門番が、四人ずつ等間隔で立っていた。彼らは一様に、微動だにしない完璧な直立不動の姿勢を保っていた。
だが、その完璧な姿勢のまま、全員の視線と、おそらくは思考そのものが完全に「固まって」いた。
彼らの目の前、王都の関所を通り抜けようとしているのは、八頭立ての白馬に引かれた異形の乗り物だった。
前方は、太陽の光を反射して極彩色にギラギラと輝くミスリル銀の装甲。そこには、身の丈以上もある巨大な美少女の顔がデカデカと描かれている。しかも、その後部には、無理やり溶接された黄金のロイヤル・リムジンの客室が繋がり、牽引されていた。
さらには、その二つの車体を繋ぐ連結器のカバーには、イケメン二人が絡み合う謎の絵(レジナルド作の鋭利なアゴの残骸)までがうっすらと見え隠れしている。
「……なんですか、あれ」
右端の門番が、前を向いたまま、腹話術のような声で隣に囁いた。
「分からん...」
隣の門番も、一切表情を変えずに答えた。
「馬が八頭いますね」
「いますね」
「車体に、巨大な……女性の顔が描かれていますね」
「描かれていますね」
「後ろに、王家の黄金の客室が繋がっていますね」
「繋がっていますね」
「……どう処理しますか」
「分からん!」
長年、王都の玄関口を守り続け、数々の魔物や密輸業者を瞬時に見抜いてきた屈強な門番たちのマニュアルに、「痛リムジン・トレーラー」という項目は存在しなかった。
彼らの視線が、極彩色の車体と黄金の客室の間を、まるで壊れた振り子のように往復し始めた、その時だった。
「ご苦労」
御者台から、一人の大男が堂々と前に出た。
朝陽を受けて白銀の鎧を輝かせているのは、王国騎士団長レジナルドである。彼の顔には、先ほどの「アゴ盾」による死闘の疲労と、何事かを吹っ切ったような奇妙な清々しさが同居していた。
「王家護衛の依頼で同行している。騎士団長、レジナルドだ」
門番たちが、ビクッと肩を震わせた。彼らはレジナルドを見た。見てから、その後ろにある巨大な美少女の顔を見た。見てから、またレジナルドを見た。
尊敬する騎士団長が、なぜこのような破廉恥極まりない極彩色の馬車の御者台に座っているのか。門番たちの脳内で、認知の不協和が警報を鳴らしている。
「……お、お通りください」
数秒の沈黙の後、最も階級の高い門番が、引きつった声で言った。
「ありがとう」
「そちらの……ええと、その後ろの……派手な馬車も」
「同行している。私の『盾』と同じ、確かな魂が宿った車体だ」
「……は、承知いたしました!」
痛リムジン・トレーラーが、重々しい車輪の音を響かせて城門をくぐった。
門番たちの焦点の合わない目が、極彩色の車体が完全に城壁の向こうへ消えるまで、虚ろにその後ろ姿を追っていた。
「でかい!」
馬車が王都へ入った直後、オタクミが客室の窓から身を半分ほど乗り出して叫んだ。
「すげえぞ! なんだこの街! ビル群みたいじゃねえか!」
「危ないです、先生!」
リアが慌ててオタクミの首根っこを掴み、客室の中へと引き戻した。
「落ちたらどうするんですか! もう少し落ち着いてください」
「でもでかいぞリア! ラザリスの街ごとすっぽり入りそうなくらいだ!」
「でかいのは分かりますが、子供みたいにはしゃがないでください」
オタクミが興奮するのも無理はなかった。
窓の外に広がるのは、片田舎のラザリスとは次元の違う大都会だった。石畳の大通りは、ラザリスのメインストリートの三倍以上の幅があり、その両側には石造りの重厚な建物がどこまでも連なっている。一階が華やかなショーウィンドウを備えた店舗で、二階以上が住居という構造が多かった。
上空には色とりどりの看板がせり出し、通りを行き交う人々の数は、まるで祭りの日のように密集していた。
「ラザリスの十倍、という話は誇張ではなかったな」
向かいの席で、アーグが冷静に眼鏡の位置を直しながら言った。
「人口密度も、流通の規模も別格だ。この街で起きていることは、ラザリスの牧歌的な論理では読めない」
「どう読む」
オタクミが真剣な顔で振り返る。
「今日と明日で、徹底的に市場を調べてから判断する。推測で動けば、この規模の街では必ず致命傷になる」
「……ようこそ。王都アストリアへ」
ふと、窓の外をじっと見つめていたロザリアが、静かな声で言った。
それは一国の女王としての誇らしい声だった。でも、オタクミの耳には、その声の底に、ほんのわずかな「何か」が混じっているように聞こえた。
翳り、とも言えなかった。疲弊、というのとも少し違った。それは、途方もない壁を見上げている人間の、諦観に似た響きだった。
「長い間ここにいると、見えなくなることがありますのよ」
ロザリアは、行き交う群衆を見下ろしながら続けた。
「何が、ですか?」リアが小首を傾げる。
「……自分が変えたかったものが、どれだけ変わっていないかが」
ロザリアはそれきり口を閉ざし、扇で顔の半分を隠してしまった。
誰も、何も言えなかった。華やかな王都の光の中で、馬車の客室にだけ、重く冷たい静寂が降りていた。




