致死性顎粉砕!!(フェイタル・チン・クラッシュ!!)
「我が魂の切っ先……その身に刻めェェッ!!」
レジナルドは、手にしたアゴ型の盾を構え、大地を蹴った。
だが、その構えは「盾」のそれではない。
盾の表面に彫られたイケメン騎士の顔を敵に向けるのではなく、異常に長く伸びた「鋭利なアゴの先端」をドリルや槍のように前方へ突き出し、全体重を乗せて突進したのだ。
負傷した肩に、鋭い痛みが走る。
それでも、レジナルドの足は止まらなかった。
ズバァァァン!!
セドラーが放った特大の『価格吊り上げ(インフレーション・ボム)』に、アゴの先端が激突した。
極端に細く尖った切っ先が、巨大な値札の塊の中心へ食い込む。
ビリビリビリッ!!
幾重にも重なった値札が、一直線に裂けていった。
「な、なんだとォ!? 俺のボムが、アゴで割られた!?」
だが、切り裂かれた値札に記された数字は、なおも跳ね上がっていた。
EP086でオタクミが斬った値札も、切断された後に爆発した。
今回も同じだった。
ただし、レジナルドは立ち止まらなかった。
「ぬおおおおッ!!」
盾の先端を突き出したまま、値札の塊を押し抜く。
裂けた塊は左右へ押し分けられ、レジナルドの進路から外れていった。
その直後。
ドドォォォンッ!!
分かれた値札の塊が、左右で爆発した。
爆風が、レジナルドの鎧を激しく叩く。
「ぐっ……!」
負傷した肩が軋み、足元がわずかによろめいた。
しかし、レジナルドは盾を構えたまま踏みとどまった。
爆発は、街道の左右へ広がっている。
レジナルドとオタクミの背後にある馬車へ、直撃することはなかった。
「……よし!」
後方で見守っていたオタクミが、思わず拳を握った。
『おおっ! 正面から受け止めるのではなく、攻撃を左右へ押し分けたのでござるか!』
腰の神器の鞘から、ゴルドスの声が響く。
「……まさか、あのアゴにこんな使い道があるとはな!」
オタクミは、レジナルドの背中を見つめた。
レジナルドの突進は、まだ終わっていなかった。
◇
「クソッ、ふざけやがって!」
セドラーは驚愕に目を見開き、慌てて両手を地面に叩きつけた。
「ならばこれならどうだ!
『買い占め在庫の絶対障壁』・フル・スタック!!」
ゴゴゴゴゴ……!
街道の地面が震えた。
先ほどレジナルドの長剣を弾き返した、未開封の限定品を思わせる段ボール箱が、今度は数十重にも折り重なって出現した。
それは城壁のように高くそびえ立ち、セドラーを守る分厚い防壁となる。
「無駄だ無駄だァ! その違法改造盾で殴ろうが、俺の『未開封美品ウォール』は破れねぇ! 市場の需要が集中した硬度は絶対だ!」
レジナルドは、答えた。
「面で殴るなど、愚か者のすることだ。私の美学は……全てを貫く、この『鋭角』にあり!」
その突進の勢いは、微塵も衰えない。
彼は分厚い胸板を逸らし、盾を槍のように脇へ抱え込んだ。
爆発を突破した直後で、呼吸は荒い。
肩の傷も痛む。
それでも、レジナルドは前を見据えていた。
護るべき者を背に。
己の信じる鋭さを、その手に握り締めて。
「我が魂の鋭さ、とくと味わえ!!
奥義! 致死性顎粉砕!!!」
ドッゴォォォォンッ!!!
レジナルドの全速力の突進と、極限まで研ぎ澄まされたアゴの先端が、最前列の段ボール壁に激突する。
長剣の斬撃は弾かれた。
しかし、今度は違う。
広い刃を打ちつけるのではなく、極端に細い先端の一点へ、突進の力を集中させた。
アゴの切っ先が、段ボールの表面に深々とめり込む。
ビリッ!
「ギャアアアア!! やめろォォ!! シュリンクが! 外装フィルムが破れるゥゥ!!」
セドラーが、自らの身を切られるような悲痛な絶叫を上げた。
「外箱の角が潰れた! 封印シールが切れた! やめろ! 未開封美品の価値が『箱傷みあり』に暴落するゥゥ!! 俺の……俺の資産があああ!!」
「破邪の切っ先、止まることなし!!」
バリィィィッ! ズドォォォン!!
レジナルドの異常なアゴ盾は、箱を次々と突き破っていく。
尖った先端が小さな穴を開け、続く突進の衝撃がその裂け目を押し広げる。
外装フィルムが破れ、箱の角が潰れ、未開封を示す封印が次々と剥がれていった。
何重にも重なっていた箱が、内側から裂けて崩れていく。
「やめろォォォ!! それ以上やったら、全部ジャンク扱いになっちまうだろうがァァ!!」
しかし、レジナルドは止まらない。
負傷した肩が軋む。
足元の土が跳ねる。
盾を抱え込む腕に、激しい衝撃が返ってくる。
それでも、ただ一点を見据えて突き進む。
バキィィィン!!
最後の箱が、砕け散った。
「ひっ……!」
土煙の向こうから飛び出してきた「鋭角の狂気」が、呆然と立ち尽くすセドラーの眼前に迫る。
「待て、待っ――」
ズシュゥゥゥッ!!
鈍い衝撃音が響いた。
美学盾の鋭利すぎるアゴの先端が、セドラーの胴体へ深々と突き刺さった。
「がはァッ……!!」
セドラーの口から、赤く濁った魔力流体が噴き出した。
彼は信じられないという顔で、自分の腹に突き刺さっている「イケメンのアゴ」を見下ろした。
「だ、だから……」
全身から、ひび割れるような光が漏れ始める。
セドラーは、最期の力を振り絞ってツッコミを入れた。
「盾で……刺してくんな……!
武器のカテゴリが……根本的に間違ってんだろ……ッ!!」
ピカーーーーッ!!
その理不尽すぎる悲鳴を最後に、転売魔人セドラーの体が弾け飛んだ。
無数の「半額シール」が、夜の森へと舞い散っていく。
市場価値至上主義の化身は、一人の不器用な男が貫いた、誰にも譲れない美学の前に敗北したのである。
◇
戦いが終わり、森に静寂が戻った。
街道の脇に停車した痛リムジン・トレーラーの灯りが、舞い落ちる半額シールをぼんやりと照らしている。
「……ふぅ。仕留めたか」
レジナルドは荒い息を吐きながら、盾を下ろした。
ズブッ。
異常に長いアゴの先端が、地面の土に深く突き刺さる。
「……ぐっ」
緊張が解けた途端、負傷した肩に痛みが走った。
レジナルドは一瞬、顔をしかめる。
その様子を見て、オタクミが駆け寄った。
「おい、団長! 大丈夫か!?」
「……問題ない」
「いや、今めっちゃ痛そうな顔しただろ!」
「……少々、肩が軋むだけだ」
「それを問題あるって言うんだよ!」
オタクミは呆れたように言いながら、レジナルドの肩へ視線を向けた。
鎧は焦げ、表面には爆発による傷が残っている。
それでも、レジナルドは堂々と立っていた。
「……すげぇ切れ味だったな」
オタクミが、ぽつりと呟く。
その視線の先には、レジナルドが手にしている盾。
イケメンの顔が彫られたその盾は、異常に長いアゴの先端部分だけが、赤い魔力流体でべっとりと染まっていた。
控えめに言っても、猟奇的でホラー映画のような絵面である。
だが、レジナルドは誇らしげだった。
「……これが、私の求めていた鋭さだ」
「ああ」
オタクミは頷いた。
「ようやく分かった気がするよ」
レジナルドが顔を上げる。
「……何がだ」
「あんたが、何であんなにアゴを尖らせたかったのか」
オタクミは、盾へ目を向けた。
「正直、まだ見た目にはびっくりするけどさ」
「…………」
「でも、あれが団長の信じる『護るための鋭さ』なんだろ?」
レジナルドは、ゆっくりと頷いた。
「……うむ」
オタクミは、小さく笑った。
「だったら、俺が勝手に丸くしろなんて言う筋合いはねえよな」
レジナルドは、しばらく黙っていた。
そして、低い声で口を開いた。
「……オタクミ殿」
「ん?」
「貴殿の謝罪を、私は聞いていた」
オタクミの表情が、少し引き締まる。
「……ああ」
「しかし、あの時は……どう受け止めればよいか、分からなかった」
レジナルドは、手元の盾へ目を落とした。
「自分が大切にしているものを笑われることが、これほど苦しいとは思わなかった」
「……うん」
「だが、貴殿はその後、私の絵を守ろうとしてくれた」
オタクミは、黙って聞いていた。
「そして、私が何を描こうとしていたのかを、聞いてくれた」
レジナルドは顔を上げる。
「……今なら、貴殿の謝罪を受け入れられる」
オタクミは、目を見開いた。
「……団長」
「ただし」
レジナルドは、真剣な顔で続けた。
「再び私の絵を笑いものにするのであれば、話は別だ」
「……はは」
オタクミは、少しだけ肩をすくめた。
「分かったよ」
そして、まっすぐにレジナルドを見た。
「もう、人の大事なもんを勝手にゴミ扱いしたりしねえ」
「……うむ」
レジナルドの口元が、わずかに緩んだ。
「私も、貴殿とは異なる美しさがあることを、もう少し考えてみよう」
「……そっか」
オタクミは、右手を差し出した。
「じゃあ、改めてよろしくな。団長」
レジナルドは、その手を見つめる。
そして。
「……こちらこそ」
大きな手で、オタクミの手をしっかりと握った。
ガシッ!
夜の街道に、男二人の熱い握手が生まれた。
二人の間には、解釈違いを乗り越えた強い絆と、感動的なBGMが流れている――ような空気が漂っていた。
その横では。
異常に長いアゴの先端だけが赤い魔力流体に染まったイケメンの顔の盾が、地面に突き刺さっている。
絵面だけ見れば、完全にホラーである。
◇
ガチャリ。
その時、騒ぎが収まったことに気づいたのか、馬車の扉が開いた。
「まあ、レジナルド。賊を撃退したのですね。さすがはわたくしの騎士ですわ……って」
外に出てきたロザリアが、言葉を失った。
彼女の後ろから顔を出したリア、セラ、シエルも、目の前の光景に完全に固まっていた。
「な、なんですか、あの……異形の盾は……!?」
シエルが、震える声で指差す。
夜の街道で、熱い握手を交わす二人の男。
その横には。
下半分が異常に長く伸び、先端だけが赤く染まったイケメンの顔の盾が、ズブッと地面に突き刺さっている。
まるで、生首が地面から生えているような光景だった。
「……ねえ」
数秒の沈黙の後、セラが極めて冷ややかな視線を男たちに向けた。
「感動してるとこ悪いんだけど。早くその盾のアゴ、拭いてくんない?」
「えっ」
オタクミとレジナルドが、ハッとしてセラの声に振り返る。
「昼間の『生肉の生首弁当』のあとに、今度は『赤く染まった尖ったアゴ』とか、さすがに引くんだけど。完全にホラーだから。早くしまって、それ」
『……拙者も、ずっとそう思っていたでござる!!』
オタクミの腰にある神器の鞘から、ゴルドスの声が響いた。
「……あ」
オタクミは、改めて盾を見た。
イケメンの顔。
異様に長いアゴ。
先端だけが、べっとりと赤い。
「……いや、これは」
どう見ても。
「……完全にホラーだな」
「貴殿まで何を言う!」
レジナルドが、思わず声を上げた。
「我が美学の結晶だぞ!」
「いや、団長の美学は否定してねえよ!」
オタクミは、慌てて両手を振る。
「ただ、赤いのつけたまま地面に刺すと、ちょっと怖いって話!」
「……む」
レジナルドは、盾を見下ろした。
少しだけ考える。
そして。
「……確かに、これは手入れが必要だな」
「だろ!?」
オタクミが、勢いよく頷いた。
「す、すんません!」
二人は慌てて布を取り出し、盾のアゴを拭き始めた。
そのあまりにも真剣な姿を見て、セラが深いため息をつく。
「……ほんと、男って」
シエルは、まだ盾から目を離せずにいた。
「……き、綺麗にすれば、少しは怖くなくなるのでしょうか……」
「そこは保証できねえな……」
オタクミの正直な返事に、リアが小さく吹き出した。
張りつめていた空気が、ようやく和らぐ。
だが、その時だった。
「……先生」
リアが、ふと街道の端へ目を向けた。
「……あれ」
泥の上に、一枚の紙が落ちている。
破れたページだった。
レジナルドが描いた、あの鋭いアゴの騎士の絵。
「……私のスケッチブックの……」
リアの声が、小さく震える。
レジナルドの表情が変わった。
「……リア殿」
彼は、ゆっくりと歩み寄る。
負傷した肩をかばいながら膝をつき、泥に汚れた紙を拾い上げた。
破れた端を、指先でそっと押さえる。
「……申し訳ない」
レジナルドは、頭を下げた。
「貴殿から借りたものを、守れなかった」
リアは、驚いたように目を見開いた。
「……団長さん」
「……私が描いたページを、魔人に破られた」
レジナルドは、紙を見つめる。
「スケッチブックも、奪われたままだ」
オタクミが、周囲を見回した。
「……そういや、あいつが持ってたんだよな」
セドラーが消えた場所には、半額シールが散らばっている。
その少し先。
街道脇の草むらに、見覚えのある表紙が見えた。
「……あった!」
オタクミが駆け寄り、スケッチブックを拾い上げる。
表紙には土がついていたが、ページの大部分は残っていた。
リアが描いた騎士の絵も、そのままだった。
「……よかった」
リアが、小さく息を吐く。
オタクミは、スケッチブックをリアへ差し出した。
「悪いな。ちょっと汚れちまったけど」
リアは、受け取ったスケッチブックを胸に抱いた。
そして、レジナルドが持つ破れた紙を見た。
「……その絵、団長さんの大切な絵ですよね」
「……うむ」
レジナルドが、静かに頷く。
「……そうだ」
リアは、少しだけ考えた。
そして、柔らかく微笑んだ。
「じゃあ、捨てないでください」
レジナルドが、顔を上げる。
「……何?」
「破れちゃいましたけど……団長さんが一生懸命描いた絵ですから」
リアは、スケッチブックの表紙をそっと撫でた。
「大事にしてあげてください」
レジナルドは、しばらく何も言わなかった。
やがて。
「……感謝する」
破れた絵を、丁寧に折れないよう持ち直した。
「……必ず、大切にしよう」
リアが、嬉しそうに頷いた。
レジナルドは、破れた紙を汚れの少ない布で包み、折れないように胸元へしまった。
◇
「それより、レジナルド!」
ロザリアの声が響いた。
「あなた、その傷はどうしたのです!?」
「……陛下」
「どうしたもこうしたもありませんわ! 肩の鎧が焼けていますではありませんか!」
ロザリアは、レジナルドの前へ歩み寄った。
「魔人を撃退したことは見事です。ですが、だからといって怪我を隠してよいわけではありません!」
「……申し訳ございません」
レジナルドが、素直に頭を下げる。
オタクミは、横から口を挟んだ。
「ほらな。だから言っただろ、問題あるって」
「……貴殿も、先ほどは随分と無茶をしていたではないか」
「うっ……」
今度はオタクミが言葉に詰まった。
セラが、呆れたように腕を組む。
「はいはい。反省会は馬車の中でやって。ここでまた変なのが出てきたら困るでしょ」
「……それもそうだな」
オタクミは、頷いた。
レジナルドは、改めて手元の盾を見下ろした。
アゴの先端は、布で拭き取られている。
奇妙な形は、そのままだ。
それでも。
もう、恥ずかしいとは思わなかった。
自分が美しいと信じた形だ。
他人に理解されないことがあっても。
その形を、好きでいてよいのだ。
レジナルドは、盾をオタクミへ差し出した。
「……オタクミ殿」
「ん?」
「武器を貸してくれたこと、感謝する」
「ああ。役に立ったならよかったよ」
オタクミは、盾状のままの痛武器を受け取った。
どう元の形へ戻すのかは、まだ分からない。
だが、それは後で考えればいい。
腰の鞘から、ゴルドスの声が響いた。
『……それにしても、あのアゴの威力。拙者も驚いたでござる』
「……だよな」
オタクミは、盾を見つめた。
「まさか、アゴで段ボールの城壁をぶち抜くとはな……」
レジナルドが、胸を張った。
「当然だ。鋭さこそ、我が美学なのだから」
「……はは」
オタクミは、笑った。
今度は、馬鹿にする笑いではなかった。
その真っ直ぐさが、どこか眩しかったからだ。
「……そっか」
オタクミは、頷く。
「やっぱ、団長らしいわ」
痛リムジン・トレーラーの客室へ戻ると、ロザリアに促され、レジナルドはようやく傷を確認させた。
焦げた鎧の下にも痛みが残っていたため、手の届く範囲で汚れを拭い、傷を覆う手当てが施された。
レジナルドはまだ無理に肩を動かせなかったが、ひとまず座って休める状態にはなった。
ロザリアは、その様子を確かめてから、ようやく小さく息を吐いた。
やがて、痛リムジン・トレーラーの扉が閉まる。
御者が馬たちを落ち着かせ、再び手綱を握った。
ゆっくりと車輪が動き出す。
王都アストリアへ向けて、一行の旅が再開された。
夜の街道には、まだ半額シールがいくつか舞っていた。
その中を、極彩色の馬車が進んでいく。
くだらなくも熱い「解釈違いの冷戦」は、こうして、かつてないほどシュールで猟奇的な絵面と共に、ドタバタと幕を閉じるのだった。




