極小面積で貫く絶対の肯定
「――誰がゴミだって!?」
森の静寂を切り裂いたオタクミの怒声に、転売魔人セドラーは忌々しげに顔を歪めた。
「痛ぇっ!? なんだてめぇは! 横からシャシャリ出てきやがって!」
オタクミは、セドラーの足元――泥にまみれ、無残に踏みにじられたスケッチブックのページを静かに拾い上げた。
そこには、レジナルドが不器用に、しかし魂を込めて描いた「アゴの尖った騎士」の絵が、半分破れた状態で残っていた。
「価値のないゴミだと? 市場価値ゼロだと? ……ふざけんな!」
オタクミは、その破れた絵についた泥を袖で優しく拭いながら、真っ直ぐにセドラーを睨みつけた。
「価値はお前が決めるんじゃない。……世間の需要に合ってなきゃゴミだなんて、そんな息苦しい相場、俺がぶっ壊してやるよ!」
オタクミは振り返り、地面にへたり込んでいるレジナルドの分厚い胸当てに、握りしめていた温かい缶の「マンドラゴラ・コーヒー」をゴンッ、と押し付けた。
「お、オタクミ殿……?」
レジナルドは、予想外の温もりにハッと目を丸くした。
「団長、悪かった。あんたの絵は、作画崩壊なんかじゃない」
オタクミは、かつての親友に言えなかった、そして今度こそ間違えずに伝えたかった言葉を、真っ直ぐに紡いだ。
「万人に受けなくてもいい。俺はさっき笑っちまったけど、あれは、誰よりも鋭く尖った……あんただけの最高の『個性(美学)』だ!」
「オタクミ殿……」
缶コーヒーから伝わる熱が、そしてオタクミの迷いのない瞳が、レジナルドの中で凍りつき、折れかけていた騎士のプライドを急速に溶かしていく。
「貴様……私の魂を、笑ったのではなかったのか……」
「笑ったのは、俺がバカだったからだ。プロデューサー失格だよ。だから……これで冷えた魂を温めろ。そして、もう一度俺に見せてみろ! あんたの、国を護る『美学』ってやつを!」
レジナルドの瞳に、再び昏く、しかし圧倒的な熱を帯びた闘志の炎が灯った。
彼は缶コーヒーを握りつぶさんばかりの力で握りしめ、ゆっくりと、その巨体を立ち上がらせた。
「キモい友情ごっこしてんじゃねぇぇ!!」
二人の熱い空気を、セドラーのヒステリックな絶叫が引き裂いた。
「トレンドに乗れねぇ弱小コンテンツは、まとめ売り(バルク)でスクラップにしてやる! くたばれェェ!!」
セドラーは両手を掲げ、特大サイズの『価格吊り上げ(インフレーション・ボム)』を形成し、二人に向けて思い切り投げつけた。触れれば価格が天文学的に跳ね上がり、爆散する凶悪な一撃。
レジナルドの長剣は、すでに先ほどの戦闘で弾かれ、離れた地面に転がっている。丸腰だ。
「受け取れ団長! あんたの理想をイメージしろ!」
オタクミは一切の躊躇なく、自身の腰から痛武器を引き抜き、「盾モード」を起動してレジナルドへ向かって全力で投擲した。
「承知した……!」
レジナルドは、飛来した痛武器のグリップをガシィッ!と掴み取る。
その瞬間。
痛武器のコアが、レジナルドの強烈な「アゴへの執着」と、国を護るという「ストイックな鋭さ」――彼だけの極端な美学を正確に読み取り、激しく共鳴した。
眩い閃光が、夕闇の森を白夜のように照らし出す。
光の中から、無機質で神聖なシステム音声が高らかに鳴り響いた。
『――形状チェンジ。承認完了』
『――特殊展開:【美学盾】』
「おお……おおおお……!!」
光が収まると同時、レジナルドの手に握られていたのは、丸や四角といった常識的な形状の盾ではなかった。
盾の表面には、まるで神話のレリーフのように「美麗なイケメン騎士の濃い顔」が精巧に彫り込まれている。
そして――盾の下半分(アゴの部分)が、異常なまでに長く、鋭利な逆三角形となって、地面スレスレまで鋭く伸びきっていたのだ。
それはまさに、先ほど彼がスケッチブックに描き殴った「物理的な凶器のようなアゴ」そのものの形をしていた。
「うわっ」
オタクミが予想以上の再現度にドン引きして叫ぶ。
だが、当のレジナルドは大真面目だった。
彼はその異常な盾を構え、震える声で歓喜に打ち震えていた。
「おお……これだ。これこそが、私の求めていた『究極の鋭さ』……! 守りと攻めを兼ね備えた、我が魂の具現! 素晴らしい……!!」
その光景に、一番激しい拒絶反応を示したのは、転売魔人セドラーだった。
純正品と市場価値を何よりも尊ぶ「厄介な車(馬車)オタク」の血が、その違法改造極まりないフォルムを見て完全に沸騰したのだ。
「おい待てェェェッ!! なんだそのワンオフ(一点物)のクソダサいカスタムパーツはァァッ!?」
セドラーは、飛来する自分のインフレ・ボムすら忘れて、顔を真っ赤にして猛烈なツッコミを炸裂させた。
「盾なのに下半分が尖りすぎて、防御面積がスッカスカじゃねぇか! エラから下のクリアランスが空きすぎて防御力ゼロだろ! 実用性皆無のドレスアップパーツかよ!!」
「黙れ! 攻撃こそ最大の防御! 軟弱な面に頼るなど騎士の恥辱!」
レジナルドが堂々と胸を張る。
「しかもその異常に尖った突起物! 先端が鋭角すぎんだよ!! 歩行者保護の概念がねぇのか! 保安基準適合外(車検アウト)で公道走れねぇぞそんなモン!! 純正の丸盾に戻せェェェ!!」
現代日本の車検制度を彷彿とさせる、ファンタジー世界にはあるまじき理不尽で的確なツッコミが森に谺する。
「誰が戻すか! これが、私の『美』だ!」
レジナルドは、セドラーのツッコミなど一切意に介さず、迫り来る特大のインフレ・ボムに向かって、その「異常に尖ったアゴ」を真っ直ぐに突き出した。
「我が魂の切っ先……その身に刻めェェッ!!」
絶対の肯定を得て、物理的な凶器へと昇華した不器用な美学。
その切っ先が今、市場価値という名の理不尽を打ち砕くべく、限界を超えた突撃を開始する!




