対峙
「――お前が……俺の痛武器を盗んだのかッ!!」
闇オークション会場のど真ん中。
無数の視線が注がれる中で、オタクミ・ルミナスの怒声が響き渡った。
壇上に立つ銀髪の女――セラは、視線も逸らさずに静かに彼を見つめ返す。
その腕には、あのピンク色に輝く一振り――《タクミ・ブレイザー》。
オタクミは叫んだ。
「なぜだ! 俺の魂である痛武器を……推しの尊みを……なぜ盗んだッ!!?」
オタクミの言葉は熱を帯びていた。
「その刀身に描かれたミスティアは、ただのキャラじゃない!
魂を込めて描かれ、構成され、動いて、歌って……俺の心に生きてる存在なんだ!!」
「……」
セラは無言のまま、少しだけ目線を落とす。
視線の先には、しっかりと抱きかかえた痛武器。
(……わかってる。こいつは、ただの“飾り物”なんかじゃない)
昨日、初めてこの剣を見た時。
誰もが“オモチャ”“悪趣味”と笑ったとき――
それを笑えなかった自分がいた。
あのとき感じた、不可解なひっかかり。
否定されるたびに強くなる、妙な反発心。
(“武器じゃない”と誰かが言えば言うほど……私は、それを否定したくなった)
理由なんて、明確にはなかった。
ただ、刀身に宿る“誰かの本気”が、自分の中に確かに触れたのだ。
(あんな目をしてる剣……見たことない。
自分が何者かを知ってて、それでも“笑ってる”。――不気味なくらい、自信に満ちてた)
それを証明したくて。
誰のものでもない、この《タクミ・ブレイザー》という存在が、本当に“特別”なのかを、自分の目で、感覚で確かめたかった。
セラは口を開いた。
「……金のためじゃない」
オタクミの怒気を孕んだ瞳が、一瞬揺れた。
「え?」
「誰にも、価値がないって言われた。でも……私は、そうは思えなかった」
会場がざわめく。
「飾りだ、玩具だ――ふざけた外見だと、皆が吐き捨てた。でも、私は……感じたんだよ。これは……“中身がある”って」
セラは、痛武器をそっと持ち上げた。
「この剣は、見た目じゃない。中に……何か、“想い”が詰まってる。誰かの、強い願いが」
オタクミは息をのんだ。
「それを……“証明”したかっただけ。誰のものかなんて関係なかった。ただ、私の手で、この剣の価値を――“見極めたかった”。」
言い切ったその瞳には、盗人の居直りでも、見栄でもない、確かな好奇心とプライドが宿っていた。
(……この子、マジだわ)
オタクミの怒りが、少しずつ、驚きと敬意に変わっていく。
しかし――その静寂を、鋭い一喝が破った。
「――へぇ。随分とご立派な理屈だな、セラ」
場内の奥から現れたのは、緋色のジャケットを羽織った屈強な男。
ゴリゴリの腕と歪んだ笑み、そして異様な圧を纏う男――オークションオーナー・バスレオンだった。
「何をやってるかと思えば……お前、まさか“ソレ”を横流しする気だったか?」
セラの肩が微かに震える。
「ち、違う」
「価値があると分かれば騒ぎに乗じて回収ってか?
せっかくのオークションを台無しにしてただで済むと思うなよ?」
その声は、冷笑と怒気を混ぜた悪意に満ちていた。
「その剣は俺が売る。お前は……裏切り者だ」
次の瞬間――バスレオンの掌から、赤黒い魔力弾が迸った。
「下がれ!!」
オタクミが咄嗟に飛び出し、鞘神で魔弾の一撃を弾き飛ばす。
だが、同時に放たれた一発が、セラの腕をかすめ、血が弾けた。
「ッ……!」
それでも彼女は痛武器を放さない。
オタクミの心が一気に沸騰した。
「なにしやがる!! 貴様ぁあああ!!!」
「無駄な真似はよせ、坊や。これは俺のビジネスだ。邪魔をするなら……その小娘もろとも、ただじゃおかねぇぞ?」
バスレオンが再び構える。
「おい!! 逃げるぞ!」
「待っ――!?」
セラの声が届くより早く、オタクミは彼女をお姫様抱っこで強引に担ぎ上げ、痛武器と共に跳躍した。
「えっ、ちょ、な、なにやってんの!?///」
「尊みは“全力”で守るものだッ!!!!!」
混乱のオークション会場を背に、彼は煙幕を放って飛び出した。