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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
1 痛武器勇者、爆誕!

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絵師長ハルド

魔導書製作所の奥から出てきた男を見た瞬間、俺はなんとなく背筋を伸ばした。


年齢までは分からない。けれど、周囲の職人たちが自然に道を空けたことで、この人が偉い立場なのはすぐ分かった。


リアも姿勢を正す。


「ハルド絵師長」


なるほど。


この人が絵師長ハルドか。


ハルドは俺たちを見るより先に、机の上へ置かれた一枚の紙を見た。


リアが描いたミスティアだ。


「これは誰が描いた」


低い声だった。


怒っているのかと思ってリアを見ると、本人も少し緊張している。


「わ、私です」


「そうか」


ハルドは紙を持ち上げた。


じっと見る。


俺もつられて黙った。


こういう時、横から「めちゃくちゃ良くないですか!?」と布教したくなるのが俺だが、さすがに今は我慢した。


ハルドの目は、俺が絵を見る時とはまるで違った。


線の一本一本を追う。


顔を見る。


服を見る。


また顔へ戻る。


長い。


「……あの」


耐えきれなくなったのはリアだった。


「どう、でしょうか」


ハルドはすぐには答えなかった。


「線は甘い」


「はい」


「形も崩れている。装飾として使うなら、整えなければならん箇所も多い」


リアの肩が少し下がった。


俺は危うく口を挟みそうになったが、そこでハルドが続けた。


「だが、妙だな」


「妙?」


俺が聞き返す。


ハルドはこちらを見た。


「お前は誰だ」


「オタクミです」


「そうか」


終わった。


興味薄っ。


ハルドはまた絵へ目を戻した。


「この人物は実在するのか?」


「いや、キャラクターです」


「きゃらくたー?」


「えーと……物語に出てくる人物、みたいな感じです。ミスティア・ルミナスっていう俺の推し」


「推し」


そこから説明するのか。


俺が気合を入れたところで、リアが小さく言った。


「先生が、とても大切にしている人です」


「人ではないけど大体合ってる」


ハルドはしばらく俺とリアを見比べ、それからもう一度ミスティアへ視線を落とした。


「なるほど」


何がなるほどなのかは分からない。


「この絵は、魔導書には使いにくい」


リアの表情が曇った。


「……はい」


「魔物の特徴を伝えるための図でもない。薬草を見分けるための絵でもない。文字を引き立てる飾りとしても、主張が強すぎる」


俺は思わず頷いた。


それは分かる。


ミスティアを頁の隅へ添えて、本文の邪魔にならないよう控えめに――とか言われても、俺なら「もっとデカく!」と言う。


たぶんリアの絵も同じだ。


ハルドは紙を机へ置いた。


「だが」


また、そこで言葉を切った。


「見てしまう」


リアが顔を上げる。


「え?」


「この人物の顔をだ」


ハルドは指先で、ミスティアの顔の近くを示した。


「魔導書の絵なら、必要な箇所へ目を導けばよい。図なら形が分かればいい。飾りなら文字を邪魔せず、全体を整えればいい」


淡々とした口調だった。


でも、否定しているようには聞こえなかった。


「これは違う。何に使う絵なのか、儂にはまだ分からん。だが、気づけば顔を見ている」


俺は思わずリアを見る。


リアも驚いた顔をしていた。


「それって」


俺が口を挟むと、ハルドの眉が動いた。


「何だ」


「いいってことですか?」


「勝手に一言へまとめるな」


「すみません」


怖い。


いや、怖いというより職人気質だ。


ハルドは腕を組んだ。


「絵には役目がある。少なくとも、儂はそう教わってきた」


リアは黙って聞いている。


「読ませるための絵。伝えるための絵。飾るための絵。どれも、役目を果たせなければ仕事にはならん」


そう言ってから、ハルドはもう一度ミスティアを見る。


「だから、分からんのだ。この絵が何の役に立つのか」


「好きになる役に立ちます」


俺は即答した。


ハルドがこちらを見る。


リアもこちらを見る。


しまった。


勢いで言った。


でも撤回する気はなかった。


「そのキャラを見て、いいなって思ったり、もっと見たいって思ったり。そういうための絵です」


「お前がそう思うのか」


「俺はもう推してます」


「それは聞いていない」


「はい」


ハルドが少しだけ目を細めた。


「なら、お前以外もそう思うのか?」


そこで俺は止まった。


「……それは」


分からない。


俺にはミスティアが尊い。


リアの描いたミスティアも好きだ。


でも、それを見た全員が同じように感じる保証なんてない。


「分かりません」


答えたのはリアだった。


俺より先だった。


ハルドが彼女を見る。


「でも、私は……描いている時、ルミナスさんをもっと見たくなりました」


「描いているお前自身が?」


「はい」


リアは自分の絵を見た。


「先生が見せてくれたルミナスさんと、私に見えたルミナスさんは少し違っていて。それを描いてみたら、別の顔も描いてみたくなって」


ハルドは何も言わない。


リアは少し不安そうになりながらも、続けた。


「役に立つかは、まだ分かりません。でも……描きたいとは思います」


しばらく沈黙が続いた。


製作所の別の場所では職人たちが作業を続けている。紙をめくる音と、筆が走る小さな音だけが聞こえた。


やがてハルドが息を吐いた。


「なら、描け」


リアが目を瞬いた。


「……いいんですか?」


「描くことまで儂の許可が必要なのか?」


「い、いえ」


「なら描け。役に立つかどうかは、その後だ」


俺は思わず笑った。


この人、かなり職人だ。


「いいこと言いますね、絵師長」


「お前は少し黙れ」


「はい」


二回目である。


リアは嬉しそうに紙を抱えた。


けれど、ハルドはそこで終わらなかった。


「ただし、勘違いするな」


「はい」


「新しいから価値があるわけではない。珍しいから良いわけでもない。儂らが長く使ってきた描き方にも、それぞれ理由がある」


リアの表情が引き締まる。


「はい」


「お前の絵も同じだ。違うというだけでは足りん。その違いで、何ができるのかを見せろ」


厳しい。


でも、さっきまでとは少し違って聞こえた。


「面白いから全部変えよう」とも言わないし、「今までと違うから駄目だ」とも言わない。


ハルドにとって大事なのは、どうやら絵がちゃんと仕事をすることらしい。


昔からある技法にも理由がある。


リアの新しい絵にも、もし役目があるなら見せてみろ。


そういうことなのだろう。


「先生」


製作所を出たあと、リアが俺を呼んだ。


「ん?」


「私の絵、何ができると思いますか?」


その質問に、俺はすぐ答えかけてやめた。


「分からん」


「先生まで」


「でも、試せばいいじゃん」


「試す?」


「人に見せる」


リアが足を止める。


「ハルドさんも言ってただろ。何ができるか見せろって」


「でも、誰に……」


俺はリアの持つ紙を見る。


描かれているミスティア。


俺は好きだ。


リアは描きたいと思った。


ハルドは、役割は分からないけど目が向くと言った。


だったら次に知りたいことは一つだ。


「これ、街の人に見せたらどうなるんだろうな」


リアが目を丸くする。


俺はその顔を見て笑った。


「せっかくだし、やってみようぜ」


「何をですか?」


「リアの絵を、ちゃんと人に見てもらう」


「ちゃんと……」


「で、欲しいって人がいたら」


そこで俺は一度言葉を切った。


「売ってみる?」


リアの目が、さらに大きくなった。

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