踏み絵回
「くそっ……! どこにいったんだよ、俺の痛武器……!」
ラザリスの街を全力で駆け回る一人の美少女(中身オタク男子)、その名もオタクミ・ルミナス。
その背後には、青ざめた顔の少女――リアが息を切らせてついてきていた。
「オタクミ先生、ま、待ってくださいっ……! 朝から全速力で十数軒も回るなんて……!」
「無理を言って悪かったな、リア……でも、でもな……!! あれは俺の魂なんだ……!」
リアはこくりと頷いた。
彼の言う“魂”が、単なる妄想や収集癖でないことは、短い付き合いでも理解できていた。
(あの剣に描かれていたイラスト……確かに、なにか、惹かれるものがあった……)
そんな折、通りかかった一軒の武器屋の前で、耳をそばだてたオタクミがぴたりと足を止めた。
「今……なんて?」
中で、二人の男が小声で話していた。
「見たか? オークションに出るって噂のあの剣……ピンクで、女の絵が描いてあるって……」
「それって、昨日の事件に使われてたってやつじゃないのか?」
「間違いねぇよ。あれ、何かあるぞ。只者じゃねぇ」
オタクミの背筋に電流が走った。
「……それだあああああ!!!!!」
「ま、また全力疾走ですかぁぁぁ!?!?」
リアの悲鳴を背に、オタクミはすでに路地の奥へと突っ込んでいた。
⸻
情報を元に辿り着いたのは、ラザリス旧市街の地下――封印されたような古井戸の裏に隠された、秘密の扉だった。
ゴルドス曰く、ここが「裏オークション」の会場入り口だという。
そして、入口前に立ちはだかるのは、目元に傷を持つ壮年の門番。
彼は厳かに告げた。
「当会場に入るには、“魔導協会への敵対の証”を示してもらう必要があります」
「……なんだそれ?」
「こちらをご覧ください」
門番が差し出したのは、一枚の踏み絵。
描かれているのは――
「……ふぅん……これは……ッッッッ!!!!!???」
そこには、新しい魔導書から生まれた魔導協会の公式マスコット、“マギカたん”が、にっこり笑って魔法陣を構える姿が。
「か、かかかか、かわいいぃぃぃぃぃ!!???」
可愛らしいSD系魔法少女のイラスト。それも、めちゃくちゃ良構図。
薄い影、柔らかな塗り、絶妙なまつ毛の描線、細部の“光の粒感”……ッ!
それを――
「踏めっていうのか……これを……!? こんな尊みを……ッ!!??」
「そうです。あなたの“信念”を試されます」
「無理無理無理!! 絶対無理!! 踏めるか!! 俺の尊みが全力で拒否してる!! これ描いた人の魂を踏み潰すような行為だろ!!?」
『……仕方ねぇな』
脳内にゴルドスの声が響いた。
『――じゃあ、俺を踏め。』
「……は?」
次の瞬間、オタクミの腰に装備されていた《タクミ・ブレイザー》の鞘が、もにょもにょと奇妙な音を立てて変形を始めた。
「ちょっ、お前、なにしてんの!?!?」
ポフン! と音を立てて、足元に一枚の布状の“踏み絵”が現れる。
そこには、あのゴルドスの顔面がどアップでプリントされていた。
「はよ踏め。俺なら、魂は踏まれても砕けねぇ!!」
「お前変形できるんかい!!!! なんで今までその機能出さなかったの!?!?」
「“推しの尊みの危機”限定スキルだ。今発動しなきゃ一生後悔するぞ?」
オタクミは涙を流しながら、ゴルドスを踏む。
「ありがとううううう!! お前が一番踏みやすいよおおお!!!」
「うわ、足くさっ!!」
門番「……あー、もういいよ、入れよ(ドン引き)」
⸻
闇オークション会場は、意外にも煌びやかだった。
石造りのホールの中心に、階段状の客席が広がる。
様々な人種、種族が入り乱れ、オークション主催者の声が響いていた。
「続いての出品は……コチラ! 一点物の、非常にユニークな大剣!」
壇上に、見覚えのあるピンクの刀身が掲げられる。
「――――ッ!!!!」
《タクミ・ブレイザー》。
傷一つなく、美しく手入れされている。きっと、誰かがそれなりに大事に扱ってくれたのだろう。
(でも……返してもらうからな)
最初、客席には失笑が漏れた。
「なんだこの子供騙しの武器」「塗装がやばすぎる」「いや、ちょっと好きかも」
しかし、続いて囁かれたのは、前日の“事件”の記憶。
「……アレ、昨日あの武器で噴水砕けたってやつだよな?」
「まじかよ。こんな見た目して、そんな威力を?」
「魔法刻印……いや、付呪以上の何かを感じる」
「一点物、かつ実戦可能な“アート”かもしれないな……」
空気が変わった。
一万ゴルド。
一万五千。
二万。
釣り上がる金額。
オタクミは、小さく、でも確かに笑った。
(この世界の奴らも……推しの価値が少しずつわかってきたじゃねぇか……)
『おい、ちょっと感動してるとこ悪いが、あくまで取り戻すのが目的な!?』
「それな!!!!!!」
⸻
「――ストォォォォォォップ!!!」
会場に響く絶叫。
客席から飛び出したのは、当然、オタクミ・ルミナス。
「それは俺のだあああああああああああ!!!」
場内騒然。
「お客様、何を――!?」
「いいから聞け!!! これは単なる武器じゃねぇ! 芸術だッ!! この造形美! この瞳の透明感! 構図の奥行き! 光のエフェクト処理! それらが調和して……一つの尊みとなるんだよおおおおお!!!」
誰も止められなかった。
彼の語りは、もはや祈りだった。
「この剣を前にして、“ただの道具”なんて言うやつは、魂を失ってる!! 見ろよ! この子は、画面の外でも輝いてんだよ!!」
ぽかんとする客席。
「な、なんか……変なテンションだけど、あいつ……すごいぞ?」
「熱意が……本物だ……」
「むしろ……あのイラストが、ちょっと神々しく見えてきた……」
⸻
しかし――騒動を察知したオークションの主催勢力が、止めに入った。
「おい、お前! 不法入場か!? 拘束しろ!」
番人たちが一斉に武器を構える。
オタクミが立ちはだかろうとしたその時、
一人のフードの人物が、そっと壇上の痛武器に手をかけた。
「おい待て!! 」
顔を上げたその人物――銀髪の女シーフ・セラ。
夜にすれ違った、あの背中。
「お前……!! 盗んだやつか!!?」
鋭く叫んだオタクミの声に、彼女の眉がぴくりと動いた。
「……見つかったか」