魔導書製作所
「ところで、リアは街では何してるんだ?」
「あ……はい。魔導書製作所で働いてます。でも掃除とか、整理とか、道具の洗浄とか……」
「えっ!? 絵を描いてるわけじゃないの?」
「……一度、描きたいって言った事はあるんですけど、“新人の落書きなんて魔導書に載せられるか”って……」
リアの笑顔が少し曇った。
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魔導書製作所――そこは重厚な石造りの建物で、魔法使いのローブ姿の人々が行き交っている。
建物内部は静謐な空気に包まれていて、まるで図書館と美術館の合体施設。
壁一面に並ぶ魔導書、筆とインクが整然と並ぶ作業台。
部屋の奥には、大きな窓とカーテンに囲まれた“絵師席”が3席だけあり、そこには選ばれし絵師たちが座っていた。
彼らは、誰とも話さず、黙々と絵を描き続けている。
“上位職の魔導書絵師”――
選ばれた魔法使いか、名門の家系、あるいは長年の実績を持つ者しかなれない職業。
彼らが描く挿絵は“魔力を込めた線”として信頼され、魔導書の格を決定づけるという。
つまり、新人のリアがそこに加わるなんて、常識的には不可能。
(……なら非常識にすればいいだけだろ)
「やるぞ、リア。非常識に、尊さをぶつける!」
「え、えええ!? どういうことですか!?」
「まずはこの絵を使わせてもらう。街中の目につく場所に、ゲリラ展示する!」
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まず俺がやったのは、“街の人の目に付く場所”にリアの絵をさりげなく展示すること。
「さりげなく」=壁にこっそり貼る/市場の掲示板に“落とし物の絵”として掲載/ギルドのトイレに貼り付けるなどなど。
しかも、ただ展示するだけでは終わらない。
「聞いた? あの掲示板のイラスト、魔導書っぽい絵らしいよ」
「なんか、最近噂よね。街のどこかに“神絵師”がいるらしい……」
「“下っ端の女の子が描いてる”って話も……」
――そう、俺は街中に耳打ちしていたのだ!!
“この絵、実はあの子が描いたらしいよ”と!
「パン屋のおばちゃんにも言ったし、武器屋の親父にもバラまいた! 口コミ! SNSないからこそ口コミが強いんだこの世界!!」
『オタクミ……まさか異世界で“布教マーケティング”を編み出すとは……!』
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数日後。
俺とリアは、製作所近くの花壇に腰かけ、パンをかじっていた。そのすぐ横で、門番の男たちの会話が耳に飛び込んできた――
「なあ、最近よく街で見かけるあの絵……見たことあるか?」
「ん? あの可愛いタッチのやつか? ちょっと気になってる」
「なんか、下っ端で働いてる子が描いたって噂だぜ。……リアって子らしい」
「……マジか。あの子、そんな才能あったのか……?」
――っしゃあああああ!!
ついに届いたぞ、リアの“推し”がッ!!
この世界に、火がつき始めている!!
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街の隅で空を見上げる俺とリア。
「……なんか最近、みんながちょっとだけ、私に話しかけてくれるんです」
「そりゃそうだよ。リアの絵、見たら誰だって“尊い”って思うさ」
「……オタクミ先生、私……やっぱり、もっと描きたいです!……なんか、胸が、きゅって……あったかくなった気がして……」とリアが微笑んだ。
「いいぞリア。どんどん描け! どんどん魅せろ! 俺たちの推しの世界、広げていこうぜ!!」
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製作所の上位職の絵師たちが、ふと立ち上がり、何かを感じ取ったように窓の外を見る。
一人がぽつりと呟いた。
「……なんだ、この絵……心が、揺れるな……」
噂はついに、製作所の内部にまで届き始めた――!




