キャラ弁
裏庭で男たちが油と汗にまみれ、鉄骨と格闘していたその頃。
カフェ『KIRABOSHI』の厨房では、まったく別の意味で熾烈な戦いが繰り広げられていた。
「さあ皆さん! 王都までの道のりは長いですからね。スタミナ満点、栄養バランス完璧、そして何より『愛情』が隠し味の、最高のお弁当を作りますよ!」
フリル付きのエプロンを完璧に着こなしたリアが、木べらを指揮棒のように振り上げて宣言する。
その背中からは、後光めいた圧倒的な“おかんオーラ”が放たれていた。
「まずは基本の『黄金コッコの卵焼き』です! 甘めと出汁巻き、両方いきますからね!」
「り、リア先生、手際が良すぎます……!」
尊敬の眼差しを向けるシエル。
その横で、エプロン姿のセラが、まな板の前で低く唸っていた。
「くっ……この『装甲ボアの赤身肉』、スジが硬すぎるのよ……!」
包丁を握った瞬間、彼女の目つきが剣士のそれに変わる。
「シアーッ!!」
ズバババババッ!!
神速の剣閃――もとい包丁さばきが炸裂した。
「ああっ! セラさんストップ! お弁当用の生姜焼きサイズにするって言いましたよね!? 完全に挽き肉になってます! しかもまな板まで両断してます!」
「えっ? あ、ご、ごめん……つい手癖で……」
「もう、仕方ないですね。それは『爆炎牛のハンバーグ』に回しましょう。
次は『鋼鉄ガニのウインナー』をタコさんの形に切ってください。優しく、ですよ!」
赤面しながらウインナーと格闘し始めるセラ。
その様子を横目に、厨房の勝手口が勢いよく開いた。
「リア先生! 裏庭の茂みで良いものが採れました! 『スタミナ幽霊茸』です!」
シエルの両手には、毒々しい紫色の、しかも明滅するように発光する不気味なキノコがこんもり抱えられている。
「これをすり潰してご飯に混ぜれば、三日三晩眠らずに走り続けられるほどの活力が!」
「ダメですシエルちゃん!!
お弁当箱の中で発光したら食欲が失せます! というかそれ劇薬指定ですよね!? 捨ててきなさい!」
剣術で食材を粉砕するセラ。
サバイバル知識で劇薬を投入しようとするシエル。
その間を反復横跳びで駆け回りながらも、リアは三口の魔導コンロを同時操作し、見事な手際で次々とおかずを完成させていく。
⸻
一方、喧騒から少し離れた厨房の奥。
VIP専用の調理台では、女王ロザリアが一人、腕を組んで食材と睨み合っていた。
「料理……それは即ち、錬金術と同義ですわね」
目の前に並ぶのは、王宮直輸入の超一級品。
一切れで平民の月収が吹き飛ぶ『レッドドラゴンの極上霜降り肉』。
魔界の深湖でしか採れない『漆黒の真珠』。
そして、不老不死の妙薬とも呼ばれる『黄金林檎』。
「最高に高貴で価値ある素材を組み合わせれば、至高の“尊み”が生まれるはず。
……ふふふ、見せてあげますわよ。アストリア女王の、真の『創造力』を」
妖しく微笑み、金箔張りの包丁を手に取る。
⸻
「おーい! 連結終わったぞー! そっちの進み具合はどうだー?」
厨房の扉が開き、油と煤にまみれたオタクミ、アーグ、レジナルドがなだれ込んでくる。
「あっ、先生! お疲れ様です! ちょうど詰め終わったところですよ」
額の汗を拭いながら、リアが満面の笑みで振り返る。
調理台には色とりどりの弁当箱。
暴力的なまでに食欲を刺激する香りが充満していた。
「おおっ! すげえ美味そう! 今すぐ食っていいか?」
ぐうぅ、と三人の腹の虫が見事な和音を奏でる。
「ふふっ。こちらが皆さんの分です。弁当以外に作っておきましたから、残さず食べてくださいね!」
完璧な彩り、栄養バランス、配置。
まさに“理想のオカン弁当”。
「……こっちは、私の。ちょっと焦げたけど」
セラが視線を逸らしつつ差し出す。
少し黒ずんだ『火吹き鳥の唐揚げ』と、不格好だが大きな卵焼き。
オタクミは唐揚げをひょいと口に放り込んだ。
「ん! 焦げの香ばしさが逆に美味い。セラ、意外と家庭的な味付けするんだな。これ好きだわ」
「っ……! べ、別に……あんたのためじゃないわよ!」
耳まで赤い。だが口元は緩んでいる。
「私のはこれです!」
シエルの弁当は、ご飯の上に青々とした雑草。
「『解毒草』と『薬草』のハーフ&ハーフです! どんな毒攻撃も安心!」
「弁当に毒前提持ち込むなよ! 草食動物の餌か!」
アーグは「実戦的」と頷いている。
そこへ、重厚な足音。
「ふふふ……皆様。わたくしの『作品』もご覧になって?」
ロザリアの腕には、王家の紋章入り豪華三段重。
「女王陛下自ら!?」
「初めて『キャラ弁』に挑戦しましたの!」
どよめく厨房。
期待値は成層圏。
「ご覧なさい。愛と財力の結晶を!!」
パカッ。
――凍結。
BGMが不自然に途切れたかのような沈黙が、厨房を覆う。
そこにあったのは。
白銀米の上に、最高級レアステーキと生ハムが幾重にも重ねられた“顔”。
満面の笑みを浮かべたミスティア。
ただし――素材が、圧倒的に間違っていた。
生肉の艶めき。
虚無を湛える漆黒キャビアの瞳。
血飛沫にしか見えないブラッドトマトのピューレ。
頬のグラデーションは霜降り肉の脂身。
キャラ弁ではない。
猟奇殺人鬼のトロフィーだった。
「「「「ヒッ……!!!」」」」
セラが一歩後ずさる。
シエルが無意識に解毒草を握りしめる。
オタクミは口をぱくぱくさせ、言葉を失う。
レジナルドは――白目を剥きかけた。
だが。
「……待て」
低く、抑えた声。
アーグだった。
彼は一歩前に出ると、顎に手を当て、真顔で観察を始める。
「構図は中央配置。左右対称。視線誘導はキャビアの黒で固定。
脂身の光沢をハイライトとして活用し、立体感を演出している……」
全員がゆっくり振り向く。
「肉の赤と米の白のコントラストは強烈。だが計算されている。
これは“偶然の惨劇”ではない。明確な意図を持った造形だ」
「分析すな!!」
オタクミのツッコミが炸裂する。
「いや、だが……」
アーグは真剣だった。
「問題は“可食性”だ。
レア肉と生ハム、キャビア。温度管理さえ適切なら味の相乗効果は凄まじい。
視覚的破壊力と味覚的完成度が乖離している……恐るべき弁当だ」
「弁当に乖離とか言うな!!」
そのとき。
ふらり、と。
レジナルドが一歩前に出た。
彼の瞳は、わずかに潤んでいる。
「……美しい」
全員、静止。
「え?」
セラが素で聞き返す。
レジナルドは震える声で続けた。
「見よ、この大胆な発想……!
常識に囚われぬ素材選択……!
王家の財力を惜しみなく注ぎ込んだ圧倒的物量……!」
彼の頬に、一筋の涙が伝う。
「これは……戦場だ。
美と狂気の最前線……!
常人には理解されぬだろう。だが私は分かる。
陛下は――“本気”なのだ」
「騎士団長が一番狂ってる!!」
オタクミが絶叫する。
「この血のようなピューレの流線……
ああ……これは愛だ。
愛の噴出だ……!」
「愛が噴出してたまるか!!」
セラが包丁を握り直す。
ロザリアは小首を傾げる。
「あら。レジナルド、分かってくれますの?」
「はっ……!
陛下の美意識、しかと拝受いたしました……!」
片膝をつきかける騎士団長。
「やめろ忠誠心を変な方向に進化させるな!!」
オタクミは頭を抱えた。
沈黙、数秒。
「グロ画像じゃねーかァァァッ!!!!!」
結局、魂の叫びが厨房を震わせる。
「どこの猟奇現場だよ! SAN値ゴリゴリ削れるわ!!」
「あら?」
ロザリアは本気で不思議そうだ。
「最高級の愛情と国家予算レベルの食材ですのに?」
「生肉と血みどろで顔作んな!!
しかも目がこっち見てんだよ!!」
アーグは静かに十字を切る。
「……芸術とは、時に理解されぬものだ」
「お前までそっち寄りになるな!」
「……さあ! 積み込みましょう!」
リアが強引に場を締める。
「絶対開けないで運びましょう……」
「味は絶対美味いのがまた腹立つ……!」
オタクミは崩れ落ちた。
王都出立前から精神に深刻なダメージを負いながら――
痛リムジン・トレーラーの準備は、狂気と共に整っていくのだった。




