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盗賊少女

カーテンの隙間から差し込む光が、白く眩しく部屋を照らしていた。

心地よい鳥のさえずりと、遠くから聞こえるパン屋の鐘の音――異世界の朝は、まるで絵本のようだ。


「……んあぁ~……ルミたん……今日も尊い……」


オタクミ・ルミナスは、宿のふかふかのベッドの上でうっとりと寝返りを打った。

夢の中では、ミスティア・ルミナスが朝ごはんを作ってくれる最高の世界が展開されていたのだ。


(目玉焼きがハート型だったな……卵料理が“萌え”ってどういう理屈だろ……でも最高……)


いつものように、枕元に置いた**推し武器オタクミ・ブレイザー**を愛でて一日を始めるつもりだった。

そっと手を伸ばす。


――空を掴む。


「……え?」


枕元を二度、三度とまさぐるが、いつもの感触がない。

ピンクの刀身も、アクリルチャームのカシャカシャ音も、どこにもない。


「……な、なななな……!?」


跳ね起きたオタクミの脳内に、朝の静けさを打ち砕くような衝撃が走る。


「――ない!? 痛武器が、ないいいいいいい!!!???」


世界が崩壊した。


(落ち着け俺、まずゴルドスに確認だ! そう、こいつはただの位置ズレだ、布団の下とかに……)


慌てて脳内回線をオンにする。


「おーい! ゴルドス!! ゴルドス!!!」


『ぐー……すぴー……』


「……寝てんのかいッ!!!!」


鞘に宿るはずの神・ゴルドスは、まさかの朝寝坊中。

痛武器の持ち主であるオタクミが慌てふためく中、神はまるでぬいぐるみのように無防備な寝息を立てていた。


「おい! 神様ァァァ!! お前、“神候補”じゃなくて“紙候補”だろもう!!!」


絶叫が宿の廊下に響き渡る。



一方その頃――

ラザリスの街から少し外れた、古びた廃工房。


朝の光の下で、銀髪の女が一振りの剣を眺めていた。


「……なにこれ。騒がしい……色がうるさい……」


彼女の名はセラ。

盗賊ギルドに所属する女シーフで、昨夜の喧騒の中で《タクミ・ブレイザー》を盗み出した張本人だった。


剣を片手に、工房の奥の石台にそっと置く。

その刀身に描かれた、キラキラ輝く魔法少女のイラスト。


「……うわ、目がチカチカする」


セラは眉をひそめた。


可愛いものが苦手。

騒がしいものも、派手なものも嫌い。

それが自分のスタイルだと思っていた。

なのに――


(でも……)


視線が、イラストの目元に吸い寄せられる。


(……こいつ、ちょっと、いい顔してんな……)


ハッとして、慌てて目をそらす。


(違う。そういうんじゃない。これは……分析。盗品の確認。感情じゃない)


持ち運びのために布で包もうとする。が、その手は自然と、剣の刀身についたホコリを指先で拭っていた。


「……ぅ……」


自分の行動に、気づいて顔をしかめる。


それでも――

その指先は、どこか優しかった。



盗品を抱え、セラは盗賊ギルドの隠れアジトへと戻っていた。

出迎えたのは、豪快な笑い声と、重々しい鋼の鎧を着込んだ男――ギルドのサブリーダー・ドゥルガ。


「おっ、セラ! 戦利品はどうだ!?」


「……これ」


黙って布包みを差し出す。ドゥルガは勢いよく布をめくる。


「………………」


「………………」


「……なんだこれは!? 玩具か!? ピンクの魔法棒か!?」


「……違う。昨日の騒ぎで使われてた武器だ。噴水が砕けてた。あれの仕業」


「……こんなもんで、か?」


セラは無言で頷く。


しかし、ギルド仲間たちは「ありえねえ」「見た目で人を殴る武器?」と笑い始める。


「マスコット武器かよ!」「遊びか!」


セラは少しだけ眉をひそめた。


その剣が笑われていることに、妙にイラッとする自分がいた。


「……まあいい。売ってこい。どうせ金にならんだろうが、少しでも換金しろ。さっさと片付けろ」


(……チッ)


セラは舌打ちすると、剣を再び抱え、街へと向かう。



街の武器屋。

細身の店主が剣を受け取るなり、すぐに顔をしかめた。


「……なんだこれは? オモチャか? まったく実戦向きじゃない。扱えん」


セラは黙って、剣を引き取る。次の店でも同じ。

さらには、怪訝な目で見られる始末。


「これはその……装飾用? いや、違うか……趣味が特殊すぎてわからん……」


「……くっ」


剣の魅力を、誰一人として理解しない。


(――違う。あれはただの装飾品じゃない。ちゃんと……力がある。俺が……見た)


口に出すことはできなかったが、内心のどこかが叫んでいた。


やがて彼女は、裏通りの古びた酒場で耳にした、ある噂を思い出す。


『何でも買い取る。どんな異物でも――価値が生まれる。裏オークションだよ』


(そこなら……あの剣を“面白がって”くれるかもしれない)


セラは静かに頷き、闇に歩みを進めた。


剣を、いや――あの“尊さ”を、無下にされる場所ではないことを、ほんの少しだけ願いながら。

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