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はじまりの街 ラザリス

ついに、俺はその街に足を踏み入れた。


「おおおおお……これが……異世界の冒険者の街……!!」


その名は――ラザリス。

地図アプリなんてないこの世界で、森を越え、スライムを殴り飛ばし、ようやくたどり着いた拠点。

城壁で囲まれた石造りの街並み、石畳の通りには露店が立ち並び、バタ臭いチーズの香りが漂う。


石畳の大通りを、リアと並んで歩く。俺は鞘を背に、肩で痛バッグを揺らす。

ジャラジャラジャラ…… 缶バッチの鈴なり音が、商人の呼び込みに混じって鳴った。


「ねえねえ、それ」

呼び止められた。二十代そこそこの通行人の男。薄笑い、身なりは小綺麗。

目線は俺の胸でも刃でもなく──痛バッグにまっすぐ。


「かわいい。その丸いやつ、たくさんあるしひとつくれない?」


「え、……俺の推しのルミナス様の良さがわかるか!これ、布教用あるよ!」


痛バッグの内ポケットから、配布用セットをがさっと取り出す。

小袋にはルミナスの缶バッチ。俺は笑って差し出した。


「ようこそ推しの世界へ! よかったら、清拝の仕方、今ここで──」


男はすばやく受け取って、光に透かす。

にこ、と笑った。


「ありがと。限定っぽいね。大切にするよ」


「うん、してして! 今日から同士だ!」


『オタクミ、尊輝が少し上がったぞ。善意の布教は力になる』


男は軽く会釈して人混みに紛れた。


(よし……! 推しに興味を持ってもらえるの、最高だ)


横でリアが小さく拍手した。


「先生、私も一つ欲しいです!」


「ああ、もちろん!」


リアは同じく布教用缶バッジを受け取ると嬉しそうに胸元に取り付けた。


『そろそろだな、街の中心部、時計塔のそばにある建物……あそこがギルドだ』


(おっ、ナビありがとう鞘神!)


“鞘に魂を宿した神”、ゴルドス。

俺の愛剣《タクミ・ブレイザーVer.01》の鞘に宿って、脳内で好き勝手喋ってくる鞘神だ。

……けど、意外とナビ役として便利。


俺はふっと胸が軽くなるのを感じながら、ギルドの方角へ足を向ける。


ギルドは時計塔のそば、石造りの堂々たる建物だった。

扉を押して入ると、高い天井、梁、掲示板、騒がしい酒場スペース。期待していた冒険者の匂いがする。


受付には、貫禄のあるおばちゃん。

俺は姿勢を正して、カウンターへ。


「冒険者登録をお願いします!」


「はいはい。この書類に必要事項を」


「えーと、オタクミ・ルミナス、18と...

性別は未申告で。……外見は女、中身は男、というかその、魂の──」


「はい次。武器は?」


「もちろん。推しのすべてが詰まった最高の痛武器です!」


鞘を机上にそっと置く。

受付おばちゃんは眉をひとつ上げ、首をかしげた。


「……痛武器?」


「街中は鞘運用が基本なので!」


「中を見せて。ここでは抜刀禁止。一センチだけ」


「了解。清拝手順で──」


鞘口から一センチだけ、刃を引く。

シャキ…… ピンクメタリックの刀身に、ミスティア。

受付の背後で、通りすがりの冒険者が二度見した。


「かわ……(ゴホン)。……あんたふざけてる?」


「ふざけてないですっ!!!真剣に! 推しに命かけてるんです!!」


『さすがオタクミ、信念の角度が45度上向きだな』


(今いらんツッコミ!)


「うん、私は個性的でいいと思うわ。でも登録は規約で動くの。

その……見た目が派手。余計な注目も集めるわよ」


『正論だ、オタクミ。ここで引き下がるのが大人の布教ぞ』


俺は一拍、深呼吸した。

刃を一センチ納め、45度で鞘口を小拝。


(受付のおばちゃんの仕事、尊い。推しの安全を守ってくれてありがとう。俺は手順を学ぶ)


胸の奥でぽっ。

少し、肩の力が抜けた。


「……わかりました。出直してきます!」


おばちゃんは、ふっと目尻を和らげた。


「うちは演出過多で門前払い、なんて言われるけどね。ちゃんと手順を踏めば、受け入れる。

今日は仮の見習いカードだけ渡す。依頼は受けられないが、施設の利用はできるわ。

規約、よく読んで。特にここ──公共空間での抜刀と演出禁止の条項」


「はい」


カードと、分厚い小冊子を受け取る。

リアが俺の袖をつついた。


「先生、大丈夫……? がっかりしてません?」


「大丈夫。制度は味方にできる」


笑ってみせると、リアも小さく笑い返した。

おばちゃんは最後に、机をとん、と指で叩く。


「それから──その鞘の扱い、きれいね。磨いてる。

展示は信仰、って顔してるわ。……嫌いじゃない」


「! ありがとうございます!」


ギルドを出ると、空気が少しだけ乾いていた。

俺は鞘を背に回し、痛バッグのジャラ音をひとふり鳴らす。


「よし、気分転換にこの街の市場をひと回りしたいな。

食べ歩きしながら、街の民度と相場も見ておく」


「賛成です! 先生、あの串焼き……美味しそう」


『市場は情報の宝庫だ。布教の種も落ちている。

……ついでに、さっきの子に渡した缶、大事にされてるといいな』


「されてるよ。かわいいから」


俺はそう言って、ほんの少し速足になった。


(制度に弾かれても、推しは非売品。やり方を覚えて、正面から進む)


市場のざわめきが、角を曲がった先で一段と大きくなった。

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