女王の解釈一致
ファンアート軍団による、前代未聞の騎士団足止め事件。
……いや、事件じゃない。
あれは訓練だ。
ちゃんとレジナルドさんの許可もあったし、怪我人も出なかった。
ただ、広場を飛べないドラゴンが占拠して、四角い鳥が騎士団の足元を走り回っただけで。
『十分に事件じゃと思うがのう』
「言うな!」
俺は《タクミ・ブレイザー》を見下ろした。
ミニカードに反応して現れた、謎のスロット。
今はもう、どこにあったのか分からない。
あの大量召喚が何だったのか、ゴルドスにも分からないらしい。
『わしに何でも聞けば答えが出ると思うでないぞ』
「神様候補なのに?」
『候補じゃからのう』
「便利な肩書きだな!?」
……まあ、今はいい。
問題は、その後だ。
レジナルドさんが、女王ロザリアに今回の出来事を報告すると言った。
つまり。
俺たちのファンアート軍団が、女王陛下の耳に入る。
……え?
冷静に考えると、これ結構まずくない?
◇
後日。
レジナルドさんから、女王ロザリアとの面会について連絡が届いた。
場所は、以前にも女王と話をした謁見の場。
今回もレジナルドさんが間に入り、面会の段取りを整えてくれた。
もちろん、俺たちが王都へ向かうわけではない。
あちらとの対立は、まだ終わっていないのだから。
……それはそれとして。
「緊張する……!」
『今さらじゃな』
「相手が女王陛下なんだぞ!」
『以前はもっと騒いでおったではないか』
「人は成長するんだよ!」
『さっきから小声で騒いでおるがな』
うるさいな!
俺が内心でゴルドスと戦っている間に、レジナルドさんが報告を終えた。
「……以上が、ラザリスで確認した事実です」
ロザリアは、静かに頷いた。
「つまり、創作者たちが描いた絵を、実際に動く存在として呼び出したのですね」
「はい」
「そして、その存在が騎士団の集団行動を妨げた」
「訓練の範囲内において、です」
レジナルドさんは、きっぱり補足した。
「負傷者はなく、召喚されたものもすべて元のカードへ戻されました」
「……そうですか」
女王の視線が、俺へ向いた。
「オタクミ」
「は、はい!」
「あなたは、また随分と奇妙なことをしましたね」
「……褒め言葉として受け取っていいですか?」
「褒めてはいません」
「ですよね!」
『自分で聞いておいて落ち込むでない』
◇
「では、確認しましょう」
ロザリアが言った。
「そのカードは、商品なのですか?」
「え?」
「販売されたものなのか、展示物なのか。それとも、何らかの武具なのか」
……うっ。
そこから来るか!
「えっと……元々は、ラクケットに来た人たちが好きな絵を描いたミニカードです」
「それ自体を販売したのですか?」
「いいえ。みんなで絵を描く企画でした」
「では、召喚能力を持つことを事前に知っていたのですか?」
「まったく知りませんでした!」
即答した。
ロザリアの眉が、わずかに動く。
「……よく、それを集団訓練で使いましたね」
「俺も今思うと、そう思います!」
「感心しているのではありません」
「ですよね!」
隣でアーグが、深いため息をついた。
「こいつには、後で改めて注意しておきます」
「いや、もう散々怒られたって!」
「足りん」
「厳しい!」
ロザリアは、俺たちのやり取りをしばらく見ていた。
「……しかし、興味深い話ではあります」
「……え?」
「職人の技術を持たない者が描いた絵でも、そのような結果を生み出すことがある」
……おお。
もしかして、理解してくれた?
「だったら!」
俺は身を乗り出した。
「絵の価値って、値段や上手さだけじゃ決まらないと思うんです!」
「ですが」
……来た!
「その能力が再現できるなら、極めて高い市場価値を持つ可能性があります」
「そっちかあああ!!」
思わず叫んだ。
ロザリアは涼しい顔だ。
「当然でしょう。希少性があり、用途が広く、需要が見込めるのであれば、価値の評価は必要です」
「でも、あれは売るために描いたわけじゃないんです!」
「動機と、結果として生まれた価値は別の話です」
……ぐっ!
相変わらず正論が強い!
◇
「女王陛下」
レジナルドさんが、静かに口を開いた。
「私から、ひとつ申し上げたいことがあります」
「何でしょう」
「召喚された存在は、必ずしも優れた形をしていたわけではありません」
……おい!
それはそうだけど!
「翼の小さな竜。四角い鳥。統一性のない生き物たち」
レジナルドさんは、言葉を続けた。
「しかし、それぞれに予想外の働きがありました」
「……なるほど」
「私は、外見だけで価値を判断すべきではないと考えるようになりました」
ロザリアは、少しだけ目を細めた。
「あなたが、そのようなことを言うとは」
「私自身、意外に感じております」
……レジナルドさん。
ちょっと照れてる?
いや、気のせいか。
「ですが、陛下。彼らが作り出したものを、無条件に危険と判断すべきではありません」
「……分かりました」
ロザリアは、静かに頷いた。
「その点については、あなたの報告として受け止めましょう」
……おお!
レジナルドさん、頼もしい!
でも。
女王の表情は、まだ変わらない。
◇
「さて」
ロザリアが言った。
「実際の作品も見せてもらえますか?」
「もちろんです!」
俺は、勢いよく頷いた。
アーグが用意していた資料を広げる。
ラクケットで展示された作品の記録。
リアの描いたラザリスの絵。
来場者たちの小さなファンアート。
そして、イベントで使われた説明書き。
ロザリアは、一枚ずつ静かに見ていった。
「……これが、ラクケットの作品ですか」
「はい!」
「技巧に差がありますね」
「それは、まあ……」
「職人として完成された技術を持つ者もいれば、初めて筆を取った者もいる」
……うん。
それは事実だ。
「ですが、それもラクケットの特徴なんです!」
「……特徴?」
「はい! 誰でも好きなものを描いていい場所なんです!」
ロザリアは、少し考えた。
「参加の敷居を下げることには、一定の意味があるでしょう」
「……!」
「しかし、それが長期的な文化になるなら、続けていく仕組みも必要です」
……ああ。
また、そこか。
でも。
レジナルドさんとの話を思い出した。
好きなものを守るには、責任が必要。
その点は、もう否定できない。
「……それも、考えてます」
俺は頷いた。
「まだ完璧じゃないですけど」
「完璧でないことを、誇る必要はありません」
「……はい」
「ただ、未完成だからといって、今すぐすべてを退ける必要もないでしょう」
「……え?」
俺は、思わず顔を上げた。
ロザリアは、すでに次の紙へ視線を移していた。
◇
そのときだった。
「……この絵」
ロザリアが、ふと手を止めた。
アーグが用意した展示記録の中に、小さな人物画があった。
誰が描いた作品なのか、俺はまだ詳しく知らない。
ただ、ラクケットで展示された作品の一つとして記録されていたものだ。
描かれているのは、笑顔の少女。
でも。
目元に、ほんの少しだけ寂しさがある。
「……何か問題でも?」
俺が尋ねる。
ロザリアは、首を横に振った。
「いいえ。ただ……」
女王は、絵をじっと見つめた。
「この人物の表情が気になったのです」
「表情?」
「笑っているのに、目元だけが少し寂しそうでしょう」
……!
俺は、思わず絵を見直した。
「分かります!?」
声が裏返った。
ロザリアが、こちらを見る。
「……何をそんなに驚いているのです」
「いや、そこ!」
俺は、絵を指さした。
「そこ、俺もめちゃくちゃ好きなんです!」
ロザリアが、少しだけ目を見開いた。
「……あなたも?」
「はい! 笑顔なのに、少しだけ切ない感じが最高で!」
俺は、思わず身を乗り出した。
「こういう表情って、見る人によって受け取り方が変わるんですよ! でも、ちゃんと何かが伝わってくるんです!」
「……確かに」
ロザリアは、静かに頷いた。
「何を思って笑っているのか、見る者に考えさせる表情ですね」
「そう! そうなんです!」
……え?
待て。
今、俺。
女王陛下と。
……解釈一致した!?
『お主、顔がうるさいぞ』
「顔まで!?」
◇
「……不思議ですね」
ロザリアが、絵を見つめたまま呟いた。
「何がですか?」
「技巧だけなら、特別に優れているとは言えません」
「……はい」
「ですが、目が離せない」
……!
俺は、思わず黙った。
その言葉。
それ、まさに俺が言いたかったことだ。
「……分かります」
俺は、ゆっくり頷いた。
「俺も、そう思うんです」
ロザリアは、しばらく絵を見つめていた。
そして、ふと顔を上げた。
「……あなたは、こうした作品をどう扱うべきだと考えますか?」
「え?」
「完成度が高いわけではない。市場で高値がつくとも限らない」
ロザリアは、静かに続けた。
「それでも、作った者にとっては大切な作品なのでしょう」
「……はい」
「ならば、それを守るには、何が必要だと思いますか?」
……。
俺は、少し考えた。
好きなものを、好きだと言えること。
自由に描けること。
でも、それだけじゃない。
誰かに奪われたり、勝手に売られたりしないこと。
困ったときに、守ってもらえること。
「……いろいろ、必要なんだと思います」
俺は、正直に答えた。
「俺も、まだ全部は分かってません」
「……そうですか」
「でも」
俺は、絵を見つめた。
「値段がつかないからって、捨てていいものじゃないと思います」
ロザリアは、何も言わなかった。
◇
少し長い沈黙が落ちた。
さっきまで、ほんの少しだけ近づいた気がした距離。
でも。
やっぱり、まだ遠い。
ロザリアは、静かに口を開いた。
「……市場価値は、守るための手段にもなります」
「……はい」
「価値が明確なら、人も資金も集めやすい。保管や流通の仕組みも作りやすくなる」
……確かに。
それは、そうなんだろう。
「ですが」
俺は、ゆっくり言った。
「値段がつかないものにも、守りたいものはあります」
ロザリアの視線が、俺へ向いた。
「……あなたがそう感じることは、分かりました」
……え?
俺は、思わず顔を上げた。
でも、ロザリアは続けた。
「しかし、その感情を国の判断基準にすることはできません」
「……」
「個人にとって大切なものと、国家が資源を投じて保護するもの。それらを、同じように扱うわけにはいかないのです」
……そうか。
やっぱり、そこは違うんだな。
「……分かりました」
俺は、ゆっくり頷いた。
「俺たちも、どうすれば続けていけるのか、もっと考えます」
ロザリアは、少しだけ意外そうな顔をした。
「今日は、ずいぶん素直ですね」
「俺だって、学習しますから!」
『昨日、召喚物の戻し方が分からなくて騒いでおった者の台詞とは思えんのう』
「今それ言う!?」
……危ない。
危うく女王陛下の前で叫ぶところだった。
セラが、俺の横で小さくため息をつく。
アーグは、何やら資料に書き込みをしている。
リアは、あの人物画を静かに見つめていた。
シエルも、少し離れたところで首を傾げている。
……うん。
いつもの俺たちだ。
◇
面会が終わりに近づいたころ。
ロザリアは、もう一度あの人物画へ手を伸ばした。
「……この作品」
「はい?」
「制作した方は、分かりますか?」
俺は、アーグを見た。
アーグは資料を確認した。
「出展時の記録を調べれば、確認できると思います」
「……そうですか」
ロザリアは、静かに頷いた。
そして、絵を元の位置へ戻した。
その動作が、妙に丁寧だった。
紙の端が他の資料に引っかからないように、指先でそっと整えている。
……何だろう。
少し意外だった。
この人は、作品を見るときに、ちゃんと細かいところまで見ている。
値段や市場価値ばかり気にしている人だと思っていた。
けれど、それだけじゃないのかもしれない。
「……オタクミ」
ロザリアが、静かに俺を呼んだ。
「はい」
「今日は、興味深いものを見せてもらいました」
「……ありがとうございます!」
「ただし、まだ結論を出したわけではありません」
「……はい!」
ロザリアは、わずかに表情を和らげた。
「その点は、忘れないように」
「もちろんです!」
◇
面会を終えたあと。
俺は、しばらく黙って歩いていた。
『珍しいのう』
「……何が?」
『お主が静かじゃ』
「考え事くらいするって!」
『それは失礼した』
……まったく。
でも。
頭から離れない光景があった。
ロザリア女王が、あの人物画を元の位置へ戻したときの指先。
紙の端を、そっと整える動作。
そして。
あの絵を見て、同じ表情に目を留めたこと。
「……なあ、ゴルドス」
『何じゃ』
「女王陛下ってさ」
『うむ』
「もしかして、俺が思ってるよりずっと、絵をちゃんと見てる人なのかもしれないな」
ゴルドスは、すぐには答えなかった。
『……どうじゃろうな』
「……そっか」
俺は、空を見上げた。
まだ、分からない。
どうしてあの人が、そこまで値段や市場価値にこだわるのか。
でも。
同じ絵を見て、同じところに心を動かされたことだけは、確かだった。
……それなら。
いつか、ちゃんと話せるのかもしれない。
俺は、そう思った。
――女王が何を守ろうとしているのか、まだ知らないまま。




