秩序の騎士と文化防衛戦 その3
「……実際に確認させてもらおう」
サー・レジナルドは、そう言った。
ラクケットで俺たちが何を生み出したのか。
それを自分の目で確かめる、と。
「もちろんです!」
俺は勢いよく頷いた。
「見てください! みんなの『好き』が詰まった作品を!」
『お主、説明するときは少し落ち着くのじゃぞ』
「無理!」
『即答するでない!』
俺たちは、ラクケットで展示された作品や、残された記録をレジナルドに見てもらうことにした。
机に並んだのは、木彫りの鳥や刺繍、小さな絵。
リアも、自分の描いたラザリスの絵を持ってきていた。
「……これは、貴殿が?」
「はい。私が描きました」
レジナルドは絵を眺めた。
「技巧には、まだ改善の余地があるな」
……おい!
初手から厳しいな!?
「でも!」
俺が口を開きかけた、そのとき。
「はい」
リアが答えた。
「自分でも、そう思います。でも、これは私が描きたかったラザリスなんです」
リアは、絵を見つめた。
「だから、次はもっと上手く描きたいです」
レジナルドは、少しだけ目を細めた。
「……なるほど」
それ以上は、何も言わなかった。
◇
次にレジナルドが見たのは、ラクケットに参加した人々の作品だった。
不格好な木彫りの鳥。
縫い目の揃っていない刺繍。
紙いっぱいに描かれたドラゴン。
どれも、職人の完成品とは言い難い。
だが、作った本人は嬉しそうにしていた。
「……価値を判断するのは難しいな」
レジナルドが呟いた。
「そうでしょう!」
俺は胸を張った。
「好きで作ったものですから!」
「それだけで十分とは言えん」
……ぐっ。
相変わらず手厳しい!
「販売するなら、購入者への説明が必要だ。作品の由来も確認しなければならん」
「それは分かってます。でも、作ること自体は自由であってほしいんです」
「……その主張は聞いた」
レジナルドは静かに答えた。
そのとき、会場の外から規則正しい足音が聞こえてきた。
◇
「騎士団長!」
白銀の鎧をまとった騎士が現れた。
「予定していた集団訓練の準備が整いました!」
「……ご苦労」
レジナルドが頷く。
俺は首を傾げた。
「集団訓練?」
「ああ。同行している騎士たちの連携を確認するための訓練だ」
「……なるほど」
「王都へ戻る前に、実施する予定だった」
……騎士団長って大変なんだな。
そう思って外へ出た俺は、思わず固まった。
「……多っ!?」
広場には、大勢の騎士たちが整列していた。
白銀の鎧。
揃った姿勢。
寸分違わぬ隊列。
……すごい。
全員が同じタイミングで動く機械みたいだ。
「これが、アストリア騎士団……」
レジナルドは静かに頷いた。
「一人の優秀さだけでは、部隊は守れん」
彼が手を上げる。
騎士たちが一斉に向きを変えた。
ザッ!
足音まで揃っている。
「互いの動きを理解し、乱れを最小限に抑える。それが集団を守る秩序だ」
……なるほど。
確かに強い。
「オタクミ殿」
「はい?」
「貴殿は先ほど、多くの者と力を合わせて守ると言ったな」
「はい!」
「その考えを、集団の動きとして見せることはできるか」
「……え?」
レジナルドは、騎士たちを見渡した。
「もちろん、訓練としてだ。武器による危険な打撃は禁止し、互いの進路を制することを目的とする」
アーグが確認する。
「こちらの参加は任意か?」
「無論だ。無理強いはせん」
……いやいやいや。
ちょっと待って。
集団としての動き?
俺たち、何人いると思ってるんですか!?
『数では勝てぬのう』
「見れば分かるわ!」
◇
「無茶よ!」
セラが即座に言った。
「いくら訓練でも、あの人数を相手にするなんて!」
「……ですよね!」
俺も全力で頷いた。
アーグは騎士たちの隊列を見つめた。
「まともに正面からぶつかれば、まず勝てん」
「分かってる!」
リアも心配そうだ。
「先生……」
俺は考えた。
一人では無理。
仲間だけでも人数が足りない。
でも。
多くの人と協力して守る。
……多くの人?
そのとき。
リアが抱えている小さな箱が目に入った。
「……リア」
「はい?」
「その箱って……」
「あ、ラクケットのミニカードです」
リアが蓋を開けた。
中には小さな絵が何枚も入っていた。
ドラゴン。
花。
鳥。
よく分からない生き物。
来場者たちが自由に描いてくれたファンアート。
「……これだ」
『何がじゃ?』
「これだよ、ゴルドス!」
『だから何がじゃ!』
俺は《タクミ・ブレイザー》を見た。
ピンクメタリックの刀身。
大きく描かれたミスティア。
推しへの愛が詰まった、俺だけの痛武器。
……もし。
みんなの『好き』を、この武器へ届けられたら。
「リア、一枚貸してもらっていい?」
「……はい!」
リアがドラゴンのカードを差し出した。
「大切にしてくださいね」
「もちろん!」
俺はカードを《タクミ・ブレイザー》へ近づけた。
その瞬間。
ミスティアの絵のそばに、細い光が走った。
「……え?」
光が一本の線になり、刀身の装飾の一部へ集まっていく。
そして、さっきまで何もなかった場所に、小さな差し込み口が浮かび上がった。
「……スロット?」
『待て待て待て! わしはそんな機能、聞いておらんぞ!?』
「俺だって知らねえよ!」
でも。
俺の手には、カードがある。
目の前には、差し込み口がある。
……だったら!
◇
「俺のターン!!」
広場に声が響いた。
……静寂。
『何のターンじゃ!?』
「決まってるだろ!」
俺は胸を張った。
「デュエルのターンだ!!」
『何と戦っておるんじゃ、お主は!?』
「俺は、手札からミニカードを発動!」
俺はカードをスロットへ差し込んだ。
カチリ。
小さな音がした。
次の瞬間。
刀身に描かれたミスティアの周囲を、淡い光が走った。
地面へ、光が集まる。
ぼふんっ!
「……ぐる?」
現れたのは、一匹のドラゴンだった。
ただし。
翼が、小さい。
とても小さい。
体の大きさに対して、明らかに小さい。
「……飛べるのか?」
ドラゴンは、ぱたぱたと翼を動かした。
……浮かない。
「飛べねええええ!!」
『描いたとおりなのじゃろうな!』
レジナルドも珍しく目を見開いた。
「……何だ、これは」
「ファンアートです!!」
「……答えになっておらん!」
ドラゴンは、のそのそと歩き出した。
そして騎士団の前で、どっしり座った。
「……進路が塞がれています!」
騎士の一人が叫んだ。
……おお!
飛べないけど、道を塞いだ!
「よし!」
俺は次のカードを手に取った。
◇
「二枚目、発動!」
光が走る。
ぼふんっ!
現れたのは、巨大な花だった。
顔がある。
しかも笑っている。
「……何これ!?」
『お主が聞くな!』
巨大な花は、ゆらゆらと揺れた。
そして。
ぶわあああっ!
花びらを撒き散らした。
「視界が!」
「隊列を保て!」
「前が見えません!」
騎士たちが慌てて足を止める。
……すごい。
攻撃力はなさそうなのに、めちゃくちゃ邪魔だ!
「三枚目!」
ぼふんっ!
今度は四角い鳥。
……四角い。
どう見ても四角い。
しかも、翼があるのに飛ばない。
地面をものすごい速さで走っていく。
「鳥って、そういう生き物だったっけ!?」
『描いた者に聞くしかあるまい!』
四角い鳥は、騎士たちの足元をすり抜けた。
「うわっ!」
「何だ!?」
「鳥が足元を!」
隊列が少しずつ乱れていく。
……これは。
もしかして。
「いける……?」
『偶然じゃろ』
「偶然でもいい!」
俺はカードを握りしめた。
◇
「俺のターンは、まだ終わっちゃいない!」
『さっきから一度も終わっておらん!』
「ドロー!」
『箱から取っておるだけじゃ!』
「細かいこと言うなあああ!!」
俺は次々とカードを手に取った。
スロットへ近づけるたびに光が走り、絵が広場へ現れていく。
ぼふんっ!
ぼふんっ!
ぼふんっ!
足が八本あるウサギ。
頭だけ妙に大きいネコ。
何を考えて描いたのか分からない、丸い生き物。
……全部、動いてる!!
「ファンアート軍団、進撃いいいい!!」
『統率できておらんではないか!!』
……確かに!
誰も俺の言うことを聞いてない!
ドラゴンは寝始めるし。
花は楽しそうに踊ってるし。
鳥は勝手に走ってるし。
謎生物は……何してるんだ、あれ!?
でも。
その自由すぎる動きが、騎士団の隊列を次々と崩していく。
「右から来ます!」
「いや、左にも!」
「足元を確認しろ!」
「隊列を維持できません!」
……すごい。
統率された騎士団が。
自由すぎるファンアートに翻弄されている!
ただし、俺にも何が起こるか分からない。
ウサギが走る方向も。
丸い生き物が転がる先も。
誰にも予測できなかった。
「……おい、待て!」
俺が叫んでも、丸い生き物は止まらない。
『ほれ見ろ! お主の命令も聞いておらん!』
「分かってるって!」
……便利な召喚術、というわけでもなさそうだ。
◇
「……そこまで!」
レジナルドの号令が響いた。
騎士たちが一斉に動きを止める。
俺もカードを握ったまま、動きを止めた。
「……終わりですか?」
「ああ。訓練としては十分だ」
レジナルドは広場を見渡した。
「負傷者は?」
「ありません!」
騎士の一人が答えた。
「よろしい」
レジナルドは、ドラゴンの前へ歩み寄った。
「……この竜」
「はい?」
「翼が小さすぎる」
「そうですね!」
「空を飛ぶための形ではない」
「そうですね!」
「だが、その体で部隊の進路を塞いだ」
そのとき、近くの騎士が小さく笑った。
「飛べない竜など、妙なものですな」
レジナルドが振り向いた。
「笑う理由は何だ」
「……は?」
「我々の進路を実際に塞いだ存在だ。形だけを見て侮るべきではない」
騎士は姿勢を正した。
「……失礼しました!」
俺は思わず、レジナルドを見た。
あの完璧主義の騎士団長が。
飛べないドラゴンを、かばった?
レジナルドは、次に四角い鳥を見た。
「……これも、鳥には見えん」
「俺も最初は思いました」
「だが、騎士たちは動きを予測できなかった」
彼は、静かに呟いた。
「不完全に見えるものを、役に立たぬと決めつけてはならぬのか……」
◇
「……貴殿は、これらを一人で作ったわけではないのだな」
レジナルドが尋ねた。
「はい!」
俺は大きく頷いた。
「ラクケットに来た人たちが描いてくれたんです!」
「……そうか」
「上手いとか下手とか関係なく、みんなが好きなものを描いてくれたんです!」
レジナルドは、広場を見渡した。
ドラゴン。
花。
鳥。
謎の生き物。
どれも形が違う。
動きも違う。
できることも違う。
「……私は」
レジナルドが静かに口を開いた。
「統一されていないものを、危険と考えすぎていたのかもしれん」
「……!」
「無論、無秩序が常に正しいわけではない」
彼はまっすぐ俺を見た。
「だが、異なるものを一律に否定すれば、見落とす価値もあるのだろう」
……!
俺は思わず息を呑んだ。
「レジナルドさん……」
「誤解するな」
彼は、すぐに続けた。
「私は秩序を捨てるつもりはない」
「……はい」
「購入者を欺く行為も、管理の不備も、見過ごすつもりはない」
「……分かってます」
「だが、創作そのものまで一律に制限すべきかは、改めて考える必要がある」
俺は大きく頷いた。
「……ありがとうございます!」
◇
「先生!」
リアが駆け寄ってきた。
「すごかったです!」
「リア!」
俺は笑った。
「みんなの絵が、あんなことになるなんてな!」
リアは、広場を見渡した。
「……本当に」
その声には、驚きと喜びが混ざっていた。
レジナルドは、そんなリアを見た。
「貴殿も、これらを描いたのか」
「いえ」
リアは首を横に振った。
「描いたのは、ラクケットに来てくれた人たちです」
「……そうか」
「私は、好きなものを描いてもらっただけです」
レジナルドは、静かに頷いた。
「……それでも、この光景は生まれた」
「はい」
リアは嬉しそうに微笑んだ。
「みんなが描いてくれたからです」
◇
「……さて」
アーグが、現実的な声を出した。
「感動しているところ悪いが、ひとつ聞いていいか?」
「ん?」
「この生き物たち、どうやって片づけるんだ?」
「……」
沈黙。
俺は広場を見渡した。
ドラゴンが寝ている。
花が踊っている。
鳥が走っている。
謎生物が、なぜか騎士の靴を眺めている。
「……えっと」
『お主、まさか……』
「……戻し方、分かんない」
……静寂。
「何いいいいいい!?」
アーグの絶叫が広場に響いた。
セラが頭を抱える。
リアは困ったように笑っている。
レジナルドは深いため息をついた。
「……やはり」
俺は恐る恐る彼を見た。
「……はい?」
「自由には、管理が必要だな」
「……おっしゃるとおりです!!」
『最後にきれいに論破されておるではないか!』
「うるさあああい!!」
……いや。
笑ってる場合じゃない!
「アーグ! 広場の外に出ないように見てて!」
「最初からそうしろ!」
「セラ! 動き回るやつを頼む!」
「はいはい!」
「リア! どの絵がどの子か、カードを確認して!」
「はい!」
俺は《タクミ・ブレイザー》を握り直した。
カードを近づける。
すると、ドラゴンが淡く光った。
「……お?」
俺は、恐る恐るカードをスロットへ差し込んだ。
次の瞬間。
ドラゴンが光に包まれた。
そして。
ふわり。
その姿が消え、光がカードへ戻っていく。
「……戻った!」
『おお!?』
「やったあああ!!」
……いや、待て。
本当に戻ったのか?
俺はカードを見た。
そこには、翼の小さなドラゴンが描かれている。
さっきと同じ絵だ。
「……よし!」
俺は、リアから次のカードを受け取った。
花。
鳥。
ウサギ。
ネコ。
謎の生き物。
一枚ずつ確かめながら、召喚された存在をカードへ戻していった。
何度か間違えて、違うカードを差し込んでしまったこともあった。
そのたびに、何も起こらない。
『ちゃんと絵を見て選ばんか!』
「似たような丸い生き物が多いんだよ!」
「先生、こっちです!」
「助かる、リア!」
最後の一匹が光になって消えると、広場はようやく静かになった。
……ふう。
今度こそ、終わった。
◇
「……確認する」
レジナルドが騎士たちへ声をかけた。
「負傷者はないか」
「ありません!」
「周囲への被害は?」
「ありません!」
「よろしい」
レジナルドは、俺へ向き直った。
「……オタクミ殿」
「はい!」
「今日の出来事は、私にとっても予想外だった」
「……俺もです」
「だろうな」
……あれ?
ちょっと呆れられてる?
「だが、貴殿らが生み出したものについては、考えを改める必要があると感じた」
俺は、黙って聞いた。
「そのことは、女王陛下に申し上げる際にも、私が見た事実として伝えよう」
「……!」
「ただし、管理の問題が解決したわけではない」
「……はい」
「次に同じような力を使うなら、事前に扱い方を確かめておくことだ」
「……おっしゃるとおりです!」
レジナルドは、静かに頷いた。
「ならば、今日のところはこれでよい」
◇
こうして。
俺たちの文化防衛戦は、ひとまず終わった。
秩序と自由。
どちらが正しいか、答えが出たわけじゃない。
でも。
レジナルドは、作品を作った人たちの『好き』を確かに見てくれた。
そして俺も、好きなものを守るには責任が必要だと改めて思い知らされた。
リアが、ミニカードの箱を大切そうに抱えている。
ドラゴンも。
花も。
鳥も。
また、小さな絵へ戻っていた。
……すごいものを見たな。
『お主がやったことじゃろうが』
「それはそう!」
『それに、まだ分からぬことだらけじゃぞ』
「……うん」
どうしてカードが使えたのか。
どうして絵が動き出したのか。
まだ何も分かっていない。
でも。
あの光景だけは、忘れられそうになかった。
誰かが好きで描いたものが、誰かを守る力になった。
それは、俺一人では絶対に作れなかった奇跡だ。
「……次は、ちゃんと練習してから使おう」
『当然じゃ!!』
ラザリスの広場に、ゴルドスの怒鳴り声が響いた。




