秩序の騎士と文化防衛戦 その2
「……望むところです!」
俺は《タクミ・ブレイザー》の鞘を握り直した。
目の前には、白銀の騎士。
アストリア騎士団長、サー・レジナルド。
さっき見せられた《白薔薇の舞》は、冗談みたいに美しかった。
そして、冗談じゃないくらい重かった。
……いや、本当に。
腕がまだ痺れてるんですけど!?
『相手は騎士団長じゃぞ。少しは身の程を知った方がよいのではないか?』
「今さら言うなよ!」
『今なら間に合うかもしれんぞ』
「何に!?」
レジナルドは、そんな俺を静かに見つめていた。
「……準備はよいか」
「はい!」
「では、続けよう」
白銀の剣が動いた。
俺は鞘を構える。
今度こそ、しっかり見てやる!
◇
……見えませんでした。
「うおおおおっ!?」
鋭い一撃。
続いて、角度を変えた二撃目。
俺は必死に鞘を動かした。
カンッ!
衝撃が伝わる。
「くっ……!」
強い。
速い。
しかも、動きに無駄がない。
俺が鞘を振り上げれば、その隙を見て距離を変える。
踏み込めば、こちらの勢いを利用して体勢を崩そうとしてくる。
……何これ!
強キャラのモーションを全部覚えてるタイプの人!?
『お主の攻撃が分かりやすすぎるのじゃ』
「だって鞘で戦ってるんだぞ!」
『その制約を決めたのは誰じゃ』
「俺です!」
……反論できねえ!
レジナルドは、剣を止めた。
「……なぜ、そこまで刃を使わぬことにこだわる」
「さっきも言いましたけど、ミスティアを傷つけたくないからです!」
「それほど大切なものなのか」
「はい!」
俺は即答した。
「この武器は、ただ強ければいいって思って作ったものじゃないんです!」
ピンクメタリックの刀身。
描かれたミスティア。
自分の好きなものを、全部詰め込んだ武器。
「見て嬉しい。持っているだけで幸せ。それを、戦うためにも使いたいんです!」
レジナルドは、少し考えた。
「……効率は悪いな」
「そうですね!」
「認めるのか」
「だって事実ですし!」
俺は胸を張った。
「でも、俺にとっては、それでもいいんです!」
レジナルドの表情は変わらなかった。
「……理解し難い考えだ」
……ですよね!
◇
「だが」
レジナルドは、剣を下ろさずに続けた。
「貴殿は、その不利を自分で引き受けている」
「……え?」
「刃を使わぬと決めたのは、貴殿自身なのだろう」
「はい」
「ならば、それによって生じる危険も、まずは貴殿が負うことになる」
俺は、思わず頷いた。
「……そうですね」
「だが、ラクケットは違う」
……!
レジナルドの声が、少し低くなった。
「貴殿の判断によって生じた危険を、参加者や購入者が負うことになる場合がある」
「……」
「そこで同じ理屈を使うことはできん」
……なるほど。
俺が鞘で戦うのは、俺自身のこだわりだ。
でも、イベントは違う。
参加する人がいて。
作品を買う人がいて。
運営する人がいる。
俺一人の話じゃない。
「……確かに」
俺は、小さく頷いた。
「そこは、違いますね」
レジナルドは、少しだけ目を細めた。
「理解したか」
「はい。でも……」
俺は、鞘を握り直した。
「だからって、自由に描くことまで制限する理由にはならないと思います!」
「……その点については、まだ議論が必要だな」
レジナルドは、静かに答えた。
◇
「……そこまで!」
少し離れた場所から、アーグの声が飛んだ。
「オタクミ、いったん休め!」
「えっ!? まだいけるって!」
「腕が震えてるだろう!」
「……あ」
見れば、確かに震えていた。
……いや、これはあれだ。
武者震いというやつで。
『ただの疲労じゃ』
「言わないで!」
セラが呆れた顔で近づいてきた。
「本当に無茶しないって言ってたわよね?」
「……はい」
「その結果がこれ?」
「……はい」
「まったく……」
セラはため息をついた。
リアも、心配そうに俺を見ている。
「先生、大丈夫ですか?」
「大丈夫!」
俺は笑った。
「ちょっと腕が痛いだけだ!」
「それ、大丈夫って言わないと思います……」
……リアまで!
シエルも少し離れたところから、じっと俺の腕を見ていた。
……ごめん。
心配かけてるな。
レジナルドは、剣を収めた。
「ここまでにしよう」
「……え?」
「これ以上続けても、貴殿の動きは鈍る一方だ」
……正論!
また正論!
この人、剣より言葉の方が刺さるんじゃないか!?
『どちらもよく刺さりそうじゃのう』
「笑えないから!」
◇
立ち合いが終わり、俺たちは広場の端で話を続けることになった。
アーグが、持ってきていた資料を開く。
「さて。剣の話はここまでだ」
「……はい」
「本題に戻ろう」
アーグは、ラクケットの出展内容を整理した紙を示した。
「今回の問題は、作品の展示と、商品の販売と、正規品だという説明を混同したことにもある」
レジナルドが頷く。
「詳しく聞こう」
「例えば、子供が描いたドラゴンの絵を飾る場合」
アーグは、俺を見る。
「これに、商品の仕入れ先の確認は必要か?」
「必要ない!」
「そうだな」
「……おお」
ちゃんと答えられた!
『それくらい当然じゃろう』
「今、ちょっと嬉しかったのに!」
アーグは話を続けた。
「では、誰かが作った商品を仕入れて販売する場合はどうだ」
「……出所の確認が必要だな」
「そういうことだ」
レジナルドが口を開く。
「ならば、販売品については確認を義務づけるべきではないか」
「……でも」
俺は、少し考えた。
「自分で作ったものを売る人もいますよね?」
「当然だ」
「その人たちまで、難しい説明を求められたら困ると思うんです」
レジナルドは、静かにこちらを見た。
「何を作り、誰が販売するかを明らかにすることは、難しいことか?」
「……人によると思います」
「人による?」
「初めて参加する人は、自分の作品を人に見せるだけでも緊張します」
俺は、リアを見た。
リアは少し驚いた顔をしたあと、小さく頷いた。
「……はい」
そして、静かに口を開いた。
「私も、最初は自分の絵を見てもらうのが怖かったです」
レジナルドが、リアへ視線を向けた。
「……そうなのか」
「はい。上手く描かなきゃいけないって、ずっと思っていました」
リアは、少し照れくさそうに笑った。
「でも、好きなものを描いていいって分かって……やっと、自分の絵を見てもらいたいと思えたんです」
「……」
「ラクケットでは、初めて絵を描くっていう子もいました」
リアは続けた。
「何を描けばいいか分からなくて、最初はずっと迷っていたんです」
「……それで?」
「好きなものなら何でもいいって伝えたら、少しずつ描き始めてくれました」
俺は、あのミニカードの机を思い出した。
小さな紙に、思い思いの絵が増えていった。
「もし、描く前に難しい決まりがたくさんあったら……」
リアは、言葉を探すように少し俯いた。
「その子は、描かなかったかもしれません」
レジナルドは、しばらく黙っていた。
そして、静かに言った。
「……参加のしやすさが重要だという点は分かった」
リアは、ほっとしたように息をついた。
だが。
「しかし、それだけで管理を不要とすることはできん」
「……はい」
リアは、素直に頷いた。
……この人。
本当に、簡単には譲らないな。
◇
「……問題は」
アーグが、資料を指さした。
「何を確認するかだ」
俺たちは、アーグの話を聞いた。
「自分の絵を展示するだけなら、作品を持ってきた本人が何をしたいのか確認できればいい」
「うん」
「自分の作品を販売するなら、価格や受け渡しの条件も必要になる」
「なるほど」
「仕入れた商品を売るなら、作った人や仕入れ先の説明が重要になる」
俺は頷いた。
「……全部同じ扱いにする必要はないんだな」
「そういうことだ」
レジナルドは、しばらく考えていた。
「……分類すること自体は合理的だ」
「おお!」
「だが、申請した内容と違う商品を持ち込まれた場合、その分類は機能するのか?」
「……!」
俺は、思わず口を閉じた。
まさに、ラクケットで起きたことだ。
手作り小物の出展者として申し込んでいた人が、当日になって仕入れ品を追加していた。
「申請の内容が正しいことを前提にした仕組みなら、虚偽の申請には対応できん」
レジナルドは、淡々と続けた。
「その場合、誰が確認する」
「……」
「問題が見つかったとき、誰が対応を判断する」
「……」
「購入者に説明が必要になったとき、誰が責任を負う」
……うっ。
次々に問題が出てくる!
「……俺たち、ですかね」
俺が答えると、アーグがため息をついた。
「そんな曖昧な言い方をするな」
「すみません!」
レジナルドは、静かに言った。
「責任の所在が曖昧なままでは、同じことが起きる」
……確かに。
ラクケットは、みんなの協力で開催できた。
でも、協力してくれた人たちに、問題の責任まで押しつけるわけにはいかない。
「……だったら」
俺は、ゆっくり口を開いた。
「運営する俺たちが、ちゃんと責任を持てる方法を考えます」
レジナルドが、こちらを見た。
「……貴殿が?」
「はい!」
「その覚悟はあるのか」
「あります!」
俺は、拳を握った。
「だって、俺が始めたことですから!」
◇
「……覚悟だけでは足りん」
レジナルドは、厳しい声で言った。
「必要なのは、実際に対応できる仕組みだ」
「……はい」
「貴殿が倒れれば終わるような催しでは、文化を守るとは言えまい」
……ぐっ。
それも正しい。
俺が全部やるって言っても、できることには限界がある。
実際、ラクケットの準備だって、俺一人では無理だった。
アーグがいて。
セラがいて。
リアがいて。
シエルがいて。
街の人たちが協力してくれて。
ようやく開催できたんだ。
「……分かりました」
俺は、静かに頷いた。
「一人で抱え込むのは、違いますね」
「……そうだ」
「でも!」
俺は顔を上げた。
「だからこそ、いろんな人に参加してもらいたいんです!」
レジナルドは、わずかに眉を動かした。
「……どういう意味だ」
「作る人だけじゃなくて、運営する人も、見に来る人も、みんなで考えられる場所にしたいんです!」
「……」
「俺一人が全部決めるんじゃなくて、困ったことがあったら、ちゃんと話し合えるようにしたい!」
……うん。
言いながら、少し整理できてきた。
自由って、何でも好き勝手にしていいってことじゃない。
誰かが困ったときに、知らん顔していいってことでもない。
でも。
誰かが決めた正解に、全員が従うだけの場所にもしたくない。
「……俺は、そういうラクケットにしたいです」
レジナルドは、しばらく黙っていた。
◇
「……貴殿の考えは聞いた」
レジナルドが、静かに言った。
「だが、まだ不十分だ」
「……ですよね」
「話し合えば、すべて解決するわけではない」
「……はい」
「悪意を持つ者が紛れ込めば、善意だけでは止められぬ」
俺は、ラクケットで見つかった商品を思い出した。
作った人も、仕入れ先も、まだ分からない。
買った人は、正規品だと思っていた。
……そうだ。
悪意があったのかどうかも分からないんだ。
だから、余計に難しい。
「……分かってます」
俺は、ゆっくり答えた。
「でも、悪い人がいるかもしれないからって、最初からみんなを疑うのも嫌なんです」
レジナルドの目が、鋭くなった。
「……ならば、どうする」
「……考えます」
「考えるだけか」
「今は、まだ答えが出ません」
俺は、正直に言った。
「でも、だからって、自由に作る場所を諦めたくないんです」
……沈黙。
レジナルドは、何も言わなかった。
俺も、それ以上は言わなかった。
◇
広場には、静かな風が吹いていた。
さっきまで剣を交えていた相手と、今は言葉を交わしている。
でも、どちらが難しいかと聞かれたら。
……間違いなく、こっちだ。
『剣なら、受ければよいからのう』
「……言葉は、受けるだけじゃ駄目なんだな」
『そういうことじゃ』
俺は、レジナルドを見た。
この人は、秩序を守ろうとしている。
それは、ただ厳しくしたいからじゃない。
守らなければならないものがあるからだ。
でも。
俺にも、守りたいものがある。
ラクケットで見た、あの笑顔。
初めて描いた絵を、嬉しそうに見せる子供。
自分の作品を褒められて、照れる大人。
そして、小さなミニカードに描かれた、たくさんの『好き』。
あの自由を、簡単には手放せない。
「……レジナルドさん」
「何だ」
「俺、あなたが守りたいものも、ちゃんと考えたいです」
レジナルドは、静かにこちらを見た。
「……ほう」
「でも、俺が守りたいものも、見てもらいたいです」
しばらくの沈黙。
やがて、レジナルドが口を開いた。
「……ならば、実際に確認させてもらおう」
「……え?」
「貴殿らが生み出したものを」
その声は、まだ厳しかった。
「作品を見れば、無条件に価値を認めるという意味ではない」
……!
「何が行われ、誰にどのような影響を与えたのか。それを確かめねば、保護すべきものも、対処すべき問題も判断できん」
……なるほど。
この人は、まだ俺たちの文化を認めたわけじゃない。
あくまで、騎士団長として確認しようとしているんだ。
「……分かりました」
俺は、ゆっくり頷いた。
「でも、ひとつだけ約束してください」
「何だ」
「上手いとか、値段が高いとか、それだけで判断しないでください」
レジナルドは、目を細めた。
「……なぜだ」
「初めて描いた絵にも、作った人にとって大事な意味があるからです」
しばらくの沈黙。
レジナルドは、静かに答えた。
「……見ずに価値を決めることはせぬ」
それ以上は、何も言わなかった。
俺も、無理に笑わなかった。
この人と俺では、まだ考え方が違う。
きっと、簡単には分かり合えない。
それでも。
俺たちが守りたいものを、目の前に並べることはできる。
そのとき、この白銀の騎士は何を見て、何を判断するのだろう。
……少し怖い。
でも、逃げるつもりはない。
――文化防衛戦は、まだ終わらない。




