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秩序の騎士と文化防衛戦 その2

カン、と木の床を蹴る音。

「サンキュー、セラ!」


オタクミは投げ渡された“魂の塊”――痛武器を完璧にキャッチした。掌に宿る熱は、さっきまで握っていた木鞘のぬくもりとは別物。まるで心臓の鼓動がそのまま移ったような、押し返してくる力強い熱だ。


白銀の列の先頭、騎士団長レジナルドが我に返り、氷のような怒声を叩きつける。

「何をためらっている! 構うな、かかれ!」


刃が一斉に上がる。観衆の呼吸が止まる。

……が、オタクミはにやりと笑い、痛武器を構えないまま、祭りの主催者の声を張った。


「お待たせいたしました、ラザリスの諸君!」


空気が、一拍だけ止まる。


「ただいまサークル『KIRABOSHI』――神絵師リア先生入魂の最新刊『騎士たちの鎮魂歌レクイエム』、限定二百部にて直売開始だ!

さらに本日午後二刻までにお求めの方、先着百名に箔押しステッカー進呈!」


「…………は?」

騎士団も、セラもアーグも硬直した。


「並んだ並んだ! 文化戦争は情報戦であり、物販戦争でもあるんだよ!」


逃げ腰だった足がぴたりと止まる。銀の列の向こうで「限定」「先着」の文字が脳裏に点滅する。

若い冒険者がごくりと喉を鳴らす。

母子が目を見交わす。母は一秒だけ銀の列を見て、息を整えた。


「――今なら、間に合う」


一冊目が静かに売れた。紙が胸元で小さく鳴る。

それだけで充分だった。二人目が並び、三人目が小走りで続く。列は一本の“橋”になり、冷たい威圧と、温かい売り場をつないでいく。


レジナルドのこめかみが痙攣する。

「死の恐怖より、紙束が大事だと……?」


その刹那、アーグが一歩前へ出て、懐から一枚の羊皮紙を掲げた。

「補足だ、騎士殿。ここはラザリス自治領。ギルド発行の催事許可に基づく催しだ。王令第十三号の適用範囲は王都域内――書面上は、な」


「貴様……!」

レジナルドの視線が揺れる。騎士の列にもさざ波が走った。

法律の綱引き。刃だけで世界ができていないことを示す、ほんの一言。


だが、バルコニーの上でロザリアが扇を閉じ、完璧な笑みのまま言い捨てた。

「もうよい、レジナルド。あの者たちも、群がる愚民も、まとめて蹂躙なさい」


「はっ!」

銀の壁が動き出す。


――その瞬間、オタクミの脳裏で、カチリと何かが噛み合った。


――夜明けの展示場、整然と曲がる列。見知らぬ誰かと交わす「おつかれさま」。

――応援上映の海、一拍で色を変える無数のペンライト。

――寄せ書き色紙のインクの匂い、手渡しのポストカードの温度。

――コミュニティボードに重なるラクガキ、シール、スタンプ――誰のものでもあり、みんなのものでもある壁。


(そうだ……俺たちはずっと、()()してきたじゃないか)

(スクリーンの向こうの“推し”を、この場に現前させる方法を――声出しで、ペンラで、寄せ書きで、二次創作で)

(一枚の紙に、一人の手汗と筆圧に、“好き”の座標は刻まれる。だったら――)


オタクミは痛武器を胸に当て、低く囁く。

「読み込め。サインの擦れ、筆圧の跡、インクの湿り、紙に移った体温――“好き”の痕跡トレースを術式に変換するんだ!」


痛武器が微かに脈打つ。

(いける――これなら、いける!)


オタクミは掲示板に目をやり、ばさっと“壁”を剥ぎ取った。

何百枚もの推しイラスト・トレーディングカードが束になって腕に収まる。


「これがただの絵の壁に見えたか? 違う」


痛武器を高々と掲げ、叫ぶ。

「見せてやる。俺たちの文化の、本当の戦い方だ――変形ッ!」


眩い光。金属が滑らかに組み替わり、側面パネルが展開。円盤状の台座とカードスロットを備えた、未来的な召喚ディスクが腕に吸い付く。


『ちょ、ちょっと待てい!!カード抜き差しの動き、妙に慣れてるのが腹立つ!』

ゴルドスの悲鳴混じりのツッコミが、場の緊張を一瞬だけ軽くした。


痛武器――いや、召喚ディスクの縁が淡く明滅する。

『解析……完了! 筆圧・指紋油・署名に宿った微細魔力、すなわちパーソナルエーテルを核に、幻体フォトンゴーストを構築します。』


「上出来だ、相棒!」


オタクミはカードデッキをディスクに差し込み、一枚を引き抜く。

「俺のターン、ドロー――『少年が描いた、はじめてのミスティア』! 召喚!」


カードが光り、粉チョークの匂いが風に混じる。

少し歪んだ羽根がぱたと震え、線ははみ出し、眼差しだけがまっすぐ。

彼女は、はじまりの勇気を宿して、そこに立った。


「続けて――『衛兵が彫った無骨なSD騎士』! 『主婦の刺繍ぴーちゃん』! 『吟遊詩人が描いた哀愁のザイン卿』!」


木の節目が走る腕が盾を構え、刺繍の糸が光を返し、花模様が日差しで眩惑を生む。

低い影がマントを翻し、静かに前へ出る。

画風も大きさもばらばらのファンアート軍団が、次々と地を踏みしめ並んだ。


『なんという雑多……いや、総力! 寄せ集めが隊列を成しおった! 感無量でござる……!』


レジナルドの瞳に微かな困惑。だがすぐに切り替わる。

「幻術――ならば潰すだけ! 盾列、前進! 踏み砕け!」


銀の壁が押し寄せる。

オタクミは一歩も引かず、ディスクを払うように掲げた。


「非致傷で押し出せ! 盾は横へ! 刺繍は光で目を塞げ! チョークは足元に“すき”を書いて誘導だ!」


幻体たちが応じる。盾列が横へ押す、刺繍の反射が視界を焼く、地面に「すき」「たのしい」の文字が浮き、足がほんの一瞬止まる。

若い騎士の目が眩み、刃がふらつく。二列目が詰まり、号令が空を切った。


「なぜだ……なぜ当たらん!」

レジナルドの額に汗。完璧であることを義務づけられた人間の呼吸が、初めて乱れた。

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