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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
4 ラクケット開幕編

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リア覚醒

「……先生」


「ん?」


「ひとつ、聞いてもいいですか?」


 カフェ『KIRABOSHI』の片隅。


 俺がラクケットの準備資料と格闘していると、リアが遠慮がちに声をかけてきた。


「もちろん! 何でも聞いてくれ!」


「……先生は、どうしてミスティア様が好きなんですか?」


「…………」


 俺は、そっと紙を置いた。


「リア」


「は、はい!」


「今、何時だと思う?」


「……え?」


「その質問に答え始めたら、日が暮れるぞ!」


『もう夕方じゃがな』


「じゃあ朝までコースだ!」


『やめんか』


 ゴルドスの呆れた声が頭に響く。


 リアは、くすっと笑った。


 けれど、すぐにまた真剣な顔になった。


「……でも、本当に知りたいんです」


「……そっか」


 俺は椅子に座り直した。


「じゃあ、なるべく短く話すよ」


『お主の「短く」は信用ならん』


「うるさい!」


 俺は咳払いをした。


「ミスティアはさ、強くて、優しくて、でも何でもできるわけじゃなくて……それでも、自分が信じたものを守ろうとするんだ」


 俺の大好きなアニメ、『輝星のルミナス』。


 その中で何度も、ミスティアの姿に胸を熱くした。


「見てると、俺も頑張ろうって思えるんだよ」


「……頑張ろうって?」


「ああ。落ち込んでるときも、嫌なことがあったときもさ。あの子が諦めずに立ってる姿を思い出すと、もう一回やってみようって思える」


 リアは黙って聞いていた。


「もちろん、見た目も最高! 声も最高! 衣装も最高! 変身シーンに至っては芸術そのもの!」


『結局そこへ戻るか』


「大事なことだから!」


 リアが笑う。


 俺も笑った。


 けれど、彼女はしばらくして、ぽつりと言った。


「……先生には、あるんですね」


「ん?」


「自分が、本当に好きだって言えるものが」


     ◇


 リアの手元には、一枚の白い紙があった。


 いや、正確には白いままではない。


 薄く描かれた線がいくつもあり、その上から何度も消した跡が残っていた。


「……ラクケットに向けて、何か描こうと思ったんです」


「おお!」


 俺は身を乗り出した。


「ぴーちゃんの新作か!?」


「最初は、そう思いました」


「……最初は?」


「はい。でも……」


 リアは、紙に目を落とした。


「『はしれ!ぴーちゃん』は、描いていて楽しいです。ミスティア様を描くのも、好きです」


「うん」


「それなのに、ほかの人たちの作品を見ていたら……何か、別のものも描いてみたくなって」


 俺は黙って頷いた。


 先日、ラクケットへの参加希望を聞いて回ったときのことだろう。


 子供たちが描くドラゴン。


 衛兵が彫る小鳥。


 女性たちの刺繍。


 どれも、俺が持ち込んだミスティアとは関係のない作品だ。


 でも、それぞれの人が楽しそうに作っていた。


「……なのに、何を描けばいいのか分からないんです」


 リアの指が、紙の端をそっと押さえた。


「先生に教えてもらったことは、たくさんあります。でも……」


「でも?」


「……先生が喜んでくれる絵なら、描けるんです」


「うん?」


「ミスティア様を描くと、先生がすごく嬉しそうにしてくれるから……私も嬉しくて」


 リアは、少しだけ笑った。


「でも、それを考えないで描こうとすると……何を描けばいいのか、分からなくなるんです」


「……リア」


「自分で描こうとすると、何が正解なのか分からなくて」


 ……正解。


 その言葉が、妙に胸に引っかかった。


「リア」


「はい」


「絵って、正解が必要なのかな?」


「……え?」


「いや、上手く描くための技術はあると思うんだ。形とか、色とか、いろいろ。でもさ」


 俺は、彼女の紙を見た。


「何を描きたいかまで、誰かに決めてもらう必要はないんじゃないか?」


 リアは、少し困ったように笑った。


「……それが、分からないんです」


「……そっか」


 そうだよな。


 自分で決めていいと言われても、何を選べばいいか分からないことだってある。


 俺の場合は、好きなものが多すぎるくらいだから、つい忘れそうになるけど。


『お主のように、好きが暴走しておる者ばかりではないからのう』


「暴走じゃない! 全力疾走だ!」


『同じじゃ』


     ◇


「……ちょっと、外を歩くか?」


 俺が言うと、リアは顔を上げた。


「外、ですか?」


「ああ。ずっと紙を見てても、疲れるだろ?」


「……はい」


「ラクケットの準備も、少し休憩だ!」


『お主は準備から逃げたいだけではないか?』


「違います!」


 ……半分くらいしか。


 俺たちはKIRABOSHIを出た。


 夕方のラザリスは、いつもと変わらず賑やかだった。


 荷物を運ぶ人。


 店先で話す人。


 仕事を終えて帰っていく人。


 少し歩いたところで、地面にしゃがみ込んでいる子供たちを見つけた。


「……あ」


 リアが足を止める。


 子供たちは、地面に絵を描いていた。


 大きな羽。


 長い尻尾。


 それから、妙に丸い頭。


「……ドラゴンだ!」


 俺が言うと、子供の一人が振り向いた。


「あっ、お絵描きの先生たち!」


「おお! 今日も描いてるのか!」


「うん!」


 子供は嬉しそうに頷いた。


「今日はね、空を飛んでるところ!」


「なるほど!」


 俺は地面の絵を見た。


 前に見たドラゴンとは、少し形が違う。


 羽が大きくなっている。


 尻尾も長い。


 何より、以前よりずっと楽しそうに描かれていた。


「すごいじゃん!」


「えへへ!」


 子供たちは、また地面へ向き直った。


 リアは、しばらくその様子を見ていた。


「……先生」


「ん?」


「あの子たち、迷わないんですね」


「……そうだな」


 描きたいものがある。


 だから描く。


 たったそれだけのことが、今のリアには難しくなっているのかもしれない。


 俺は何か言おうとして、口を閉じた。


 ここで俺が答えを教えても、きっと違う。


 リア自身が見つけなければならないものなんだ。


     ◇


 帰り道。


 店先に飾られた小さな木彫りの鳥を見つけて、リアが立ち止まった。


 以前、衛兵が彫り始めたと聞いた小鳥。


 その話を思い出したのだろう。


「……あの人も」


「ん?」


「鳥が好きだから、彫り始めたんですよね」


「そうみたいだな」


「……上手く作れるかどうか、分からなくても」


「ああ」


 リアは、静かに頷いた。


 そして、ふと何かを思い出したように空を見上げた。


 夕暮れの空を、小さな鳥が横切っていく。


 その先には、仕事を終えた人たちの姿。


 道端では、さっきの子供たちがまだ地面に絵を描いている。


 何でもない、ラザリスの日常。


 リアは、その景色をじっと見つめていた。


「……先生」


「ん?」


「私、ちょっと……戻ってもいいですか?」


「もちろん!」


 俺は笑った。


「KIRABOSHIに?」


「……はい」


 リアは、少しだけ息を弾ませていた。


「描きたいものが、ある気がするんです」


     ◇


 KIRABOSHIに戻ると、リアはまっすぐテーブルへ向かった。


 鞄から紙を取り出す。


 筆を持つ。


 そして――。


 止まった。


「……」


 俺も、何も言わずに見守った。


 少しの沈黙。


 リアは何度か筆先を動かしかけて、また止めた。


「……リア」


「……はい」


「何を描こうとしてるんだ?」


 リアは、窓の外へ目を向けた。


 少し迷って、それから自分の手元の紙を見る。


「……今日は」


 小さな声だった。


「私が好きなラザリスを、描きたいです」


 俺は、思わず息を止めた。


「……そっか」


「はい」


 リアは、もう一度筆を持ち直した。


 そして、ゆっくりと線を引き始めた。


 最初は、小さな輪郭。


 次に、長い線。


 その周りに、いくつもの形が増えていく。


 俺は、少し離れたところから見ていた。


 彼女が何を描いているのか、まだ分からない。


 でも、その手はさっきよりずっと迷いが少なかった。


 ……ああ。


 そうか。


 リアは今、自分の絵を描いているんだ。


 俺に頼まれたわけでもない。


 ミスティアを描いてほしいと言われたわけでもない。


 ラクケットに出すと決めたわけでもない。


 ただ、自分が描きたいから。


 その気持ちで、筆を動かしている。


 なんだか、胸が熱くなった。


『……顔が緩んでおるぞ』


「……仕方ないだろ」


『ふむ』


「こういうの、嬉しいんだよ」


 俺は、小さく答えた。


     ◇


 どれくらい時間が経っただろう。


 リアが、ようやく筆を置いた。


「……できました」


「おお!」


 俺は、思わず立ち上がった。


「見てもいいか!?」


「……はい」


 リアは少し緊張した様子で、紙をこちらへ向けた。


 そこに描かれていたのは――。


 ラザリスの街だった。


 大きな建物でも、立派な城でもない。


 道端で絵を描く子供たち。


 店先で話す人たち。


 小さな木彫りの鳥。


 そして、その上を飛んでいく、本物の鳥。


 いくつもの何気ない景色が、一枚の絵の中につながっていた。


「……リア」


「……はい」


「これ……」


 俺は、思わず言葉を探した。


 いつものミスティアとは違う。


『はしれ!ぴーちゃん』とも違う。


 派手な戦いも、変身も、決めポーズもない。


 でも。


 そこには、確かにリアが見てきた世界があった。


「……すごいな」


 俺が呟くと、リアは少し驚いた顔をした。


「……本当ですか?」


「ああ」


 俺は頷いた。


「俺がいつも歩いてるラザリスなのに、リアの絵で見ると、こんなに違って見えるんだな」


「……え?」


「子供が絵を描いてるところも、店先で人が話してるところも、俺だって見てたはずなんだ。でも、リアの絵を見るまで、こんなふうにつながって見えてなかった」


 リアは、絵へ目を落とした。


「……私」


 小さな声だった。


「最初は、先生が喜んでくれるような絵を描こうと思ってたんです」


「……うん」


「ミスティア様なら、きっと喜んでくれるって」


「もちろん喜ぶぞ!」


 俺は即答した。


「ミスティアなら何枚でも!」


『少し黙っておれ』


「はい!」


 リアが、くすっと笑った。


 それから、真剣な顔で続けた。


「でも……今日、街を歩いていたら」


「……うん」


「子供たちが楽しそうに絵を描いていて。鳥を彫っていた人のことを思い出して」


 リアは、絵の中の小さな人物を指で示した。


「私、この街が好きなんだなって思ったんです」


「……」


「先生と出会って、いろんな人と出会って……」


 その声が、少しだけ震えた。


「前は、こんなふうに街を見ることなんて、ありませんでした」


 俺は黙って聞いていた。


「でも今は、誰かが何かを作っていると、嬉しくなるんです」


「……うん」


「だから……描きたくなったんです」


 リアは、まっすぐ俺を見た。


「私が好きな、この街を」


     ◇


 ……参った。


 これは、参ったぞ。


 俺は今、ものすごく感動している。


 ミスティアの新規イラストを見たときとは、違う感動だ。


 いや、比べるものじゃない。


 これは、リアの絵だ。


 リアが見て、リアが感じて、リアが選んだ世界。


 俺は、その一枚を見せてもらっている。


「……リア」


「はい」


「これ、ラクケットに出したい?」


 リアは少し考えた。


「……まだ、分かりません」


「そっか」


「もう少し、描きたいところもありますし……」


「うん」


「でも……」


 リアは、ゆっくり微笑んだ。


「これは、私が描きたくて描いた絵です」


 その言葉が、何より嬉しかった。


「……最高じゃん!」


 俺は、思いきり笑った。


「それでいいんだよ!」


 リアが、少し目を丸くする。


「……それで、いいんですか?」


「もちろん!」


 俺は頷いた。


「誰かに見せるためでも、売るためでもなくていい! リアが描きたいと思ったものなら、それが一番だ!」


 リアの顔が、ぱっと明るくなった。


「……はい!」


 俺は、もう一度絵を見た。


 まだ、描きかけの部分もある。


 線が少し重なっているところもある。


 でも。


 この絵には、リアの『好き』が詰まっている。


 そして、それを自分で見つけたんだ。


     ◇


「……先生」


 リアが、もう一度声をかけてきた。


「ん?」


「私、これからもミスティア様を描きたいです」


「おお!」


 俺は拳を握った。


「もちろん大歓迎!」


「それから、ぴーちゃんも」


「最高!」


「でも……」


 リアは、自分の絵を見つめた。


「それだけじゃなくて、もっといろんなものを描いてみたいです」


 俺は、静かに頷いた。


「……いいじゃん」


「……はい」


「リアが見つけたものを、リアの絵にしてくれよ」


 彼女は、少し照れくさそうに笑った。


「……頑張ります」


『……よかったのう』


 ゴルドスが、珍しく優しい声で言った。


「……ああ」


 俺は、小さく答えた。


 最初は、俺の推しを描いてほしかった。


 ミスティアの素晴らしさを、この世界でも形にしてほしかった。


 それは、今でも変わらない。


 でも。


 リアが自分の好きなものを見つける姿を見て、気づいた。


 俺が本当に嬉しいのは、誰かが俺と同じものを好きになることだけじゃない。


 誰かが、自分の好きなものを見つけること。


 そして、それを大切にできるようになること。


 ……ああ。


 これも、布教の成功なのかもしれない。


『いや、そこは布教ではないじゃろ』


「細かいこと言うなよ!」


『まったく、お主は最後までお主じゃな』


 俺は笑った。


     ◇


 夕方の光が、KIRABOSHIの窓から差し込んでいた。


 テーブルの上には、リアの絵がある。


 ラザリスの街。


 そこに暮らす人たち。


 小さな創作の風景。


 それは、まだ完成していない一枚だった。


 少なくとも、今この絵に何を描きたいのか、リアは自分で分かっているようだった。


「……先生」


「ん?」


「明日も、描いていいですか?」


「もちろん!」


 俺は笑った。


「ここでも、ほかの場所でも、リアが描きたいところで描けばいい!」


「……はい!」


 リアは、嬉しそうに頷いた。


 そして、もう一度筆を取った。


 今度は、俺に何も尋ねなかった。


 何を描くか。


 どこに線を引くか。


 どんな色を重ねるか。


 そのすべてを、自分で考えていた。


 俺は、そんな彼女の横顔を見つめながら思った。


 ……ああ。


 リアは、もう。


 俺の好きなものを描いてくれるだけの絵描きじゃない。


 自分の世界を、自分の線で描く創作者なんだ。


「……すごいな、リア」


 聞こえないくらいの声で、俺は呟いた。


 ラクケットの開催準備は、まだ途中だ。


 会場も決まっていない。


 予算の問題も残っている。


 それでも。


 あのイベントを思いついた意味が、少しだけ分かった気がした。


 誰かの作品を並べる場所を作りたい。


 そう思っていた。


 でも、本当に大事なのは、その前にある。


 誰かが、自分の『好き』を形にすること。


 その瞬間が、もっと増えてほしい。


 リアの筆が、紙の上を走る。


 俺は、その音に耳を澄ませた。


 革命は、一本の線から始まった。


 そして今。


 その線を引く人は、もう俺の言葉を待っていない。


 自分の意思で、自分の世界を描き始めていた。

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