ラクケットに向けて その1
「というわけで、ラクケット準備会議を始めます!」
カフェ『KIRABOSHI』のテーブルに、俺は一枚の紙を広げた。
紙の真ん中には、大きく書かれた文字。
『第一回ラザリス・クリエイターズ・マーケット』
そして、その下には。
『通称・ラクケット!』
「……最後の感嘆符、必要か?」
アーグが真顔で尋ねた。
「必要に決まってるだろ!」
「そうか」
「納得するの早くない!?」
「そこに時間を使っても仕方がないからな」
ぐうの音も出ない。
先日、俺たちはラクケットという構想を思いついた。
絵を描く人。
木彫りをする人。
刺繍を楽しむ人。
そんな人たちが、自分の作品を持ち寄って、見せ合ったり、気に入ったものを買ったりできる場所。
それがラクケットだ!
……とはいえ。
「で、具体的には何をするの?」
セラが首を傾げた。
「待ってました、その質問!」
俺は勢いよく立ち上がった。
「今日はみんなに、同人イベントの素晴らしさを説明しようと思います!」
「……どうじん?」
リアが、不思議そうに繰り返した。
「そう! 同人!」
『また知らぬ言葉を持ち出しおって』
「ふふふ……聞いて驚け、ゴルドス!」
俺は胸を張った。
「同人とは! 同じものを好きな仲間が集まり、自分たちの作品を作って楽しむ文化なのだ!」
……まあ、前世でも説明の仕方はいろいろあったけど。
今は、これでいい!
「つまり、職人の集まりか?」
アーグが尋ねる。
「似てるけど、ちょっと違う!」
「どう違う?」
「上手いかどうかとか、仕事にしてるかどうかは関係ないんだよ!」
俺はテーブルに両手をついた。
「好きだから作る! 作ったものを誰かに見せたい! それだけでも参加する理由になるんだ!」
リアが、ぱっと顔を上げた。
「……お絵描き教室みたいですね」
「そう!」
俺は頷いた。
「でも、今度は絵だけじゃない。作ったものを見せる場所なんだ!」
◇
「例えば、これ!」
俺はテーブルに置かれていた『ルミナス通信』を手に取った。
「もう、俺たちも似たようなことをしてるんだよ」
「新聞……ですか?」
シエルが首を傾げる。
「そう。リアの漫画も載ってるだろ?」
ページをめくる。
そこには、小さなぴーちゃんが元気いっぱいに走る漫画。
『はしれ!ぴーちゃん』
「これ、人気だったよな!」
「……はい」
リアが少し照れくさそうに頷いた。
「読んでくれた人が、面白かったって言ってくれて……嬉しかったです」
「だろ!?」
俺は机を指で叩いた。
「その漫画をさ、何本かまとめて一冊の本にしたらどうだと思う?」
「……本、ですか?」
「そう!」
俺は両手を広げた。
「リアが描いた漫画だけを集めた本! 表紙もリアが描いて、中にはぴーちゃんの冒険がいっぱい!」
「……!」
リアの目が輝いた。
「そんなこと、できるんですか?」
「できる!」
俺は即答した。
「……作るお金があれば!」
「先生!」
アーグが咳払いをした。
「重要な部分を後回しにするな」
「すみません!」
しかし、俺は諦めない。
「もちろん、今すぐ何十冊も作ろうって話じゃない。まず一冊の見本を考えたり、何ページなら作れそうか調べたりするところからでいいんだ」
俺は『ルミナス通信』を何枚か重ね、端を揃えてみせた。
「例えば、こうやってページをまとめて、小さな冊子にする。少ない部数でもいい。自分が描いた漫画や絵を一冊にして、机に並べるんだ」
「……自分だけの本」
リアが小さく呟いた。
「そう! そして、気に入ってくれた人が手に取ってくれたら、作った本人が直接渡す!」
俺は思わず身を乗り出した。
「感想だって、その場で聞けるんだぞ! 『ここが好きでした』って言ってもらえたり、同じキャラが好きな人と話せたり!」
「……!」
「逆に、ほかの人が作った本を読んで、新しい好きに出会えることもある!」
……いかん。
思い出しただけで、前世のイベント会場の熱気が蘇ってくる。
初めて買った同人誌。
緊張しながら作者さんに渡した代金。
読んだあと、どうしても伝えたくなった感想。
あれは、ただ本を買うだけの場所じゃなかった。
「……すごいですね」
リアが、手元の『ルミナス通信』を見つめた。
「自分の漫画が、一冊の本になって……読んでくれた人と、お話もできるんですね」
「そういうこと!」
俺は笑った。
「でも、無理に新しい漫画を描かなくてもいいからな。今ある作品を、どう見せたいか考えるだけでも立派な準備だ」
リアは、こくりと頷いた。
「……私、考えてみたいです」
「もちろん!」
◇
「ところで先生」
セラが手を挙げた。
「本を作る人しか参加できないの?」
「いい質問!」
俺は指を立てた。
「もちろん、そんなことはない!」
「じゃあ、お菓子は?」
「お菓子!?」
「ほら。この前、刺繍でお菓子を作ってた人がいたじゃない。ああいうのを見たら、実際のお菓子も並べたくなる人がいるかもしれないでしょ?」
「なるほど……!」
俺は唸った。
「食べ物の出展か!」
前世のイベントでも、食べ物を扱うとなれば、いろいろ気をつけることがあった。
この世界だって、何でも好き勝手に売っていいわけじゃないだろう。
「……アーグ」
「何だ?」
「食べ物を売る場合の決まりって、調べないとまずいよな?」
「当然だ。品質や衛生の問題もある」
「ですよね!」
セラが笑った。
「だったら、最初から無理に入れなくてもいいわよ。どういう作品を並べられるか、考えてるだけでも楽しいし」
「そうだな!」
俺は紙に書き足した。
『食べ物――条件を確認!』
「これならいいだろ!」
「まだ何も確認していないがな」
「確認するって書いた!」
「書けば済むというものではない」
厳しい!
でも、正しい!
アーグは本当に頼りになる。
夢を実現しようとすると、必ず現実が横に座ってくるのだ。
◇
「……歌も、いいの?」
今度はシエルが、小さく手を挙げた。
「もちろん!」
俺は頷いた。
「絵や本だけじゃなくて、自分の好きな歌を披露する場所だって考えられるぞ!」
「……そうなんだ」
シエルは、少し嬉しそうに笑った。
「ただし!」
俺は慌てて付け加えた。
「今すぐ歌うって決めなくてもいいからな!」
「……うん」
「シエルはまだ練習してる途中だし、もし歌を披露するなら、どんな場所がいいかも一緒に考えよう」
「……うん」
シエルは頷き、少し考えてから言った。
「……みんなが、楽しく聞けるところがいい」
「最高じゃん!」
俺は親指を立てた。
「そういう場所を考えるのが、準備ってことだな!」
セラが微笑む。
「絵も、歌も、食べ物も。ずいぶん欲張りなイベントになりそうね」
「ふふふ……」
俺は不敵に笑った。
「好きなものを集めるんだから、欲張りなくらいがちょうどいい!」
『お主の場合は、欲張りすぎて破産しそうじゃがな』
「ゴルドス! 不吉なことを言うな!」
◇
「さて」
アーグが、会議の紙を引き寄せた。
「夢の話は分かった。では、現実の話をしよう」
「来た!」
「何が来たんだ」
「予算の時間!」
「分かっているなら話が早い」
アーグは紙の端に、項目を書き始めた。
会場。
机や椅子。
告知。
参加する人。
そして、運営に必要な人手。
「これだけでも、確認することは多い」
「……確かに」
俺は頷いた。
お絵描き教室は、KIRABOSHIの一角で開いた。
参加者は三人。
使った紙と道具も、手持ちの範囲で収まった。
でも、ラクケットは違う。
もし十人の作り手が集まったら?
もし見に来る人が大勢いたら?
机を並べる場所も、通り道も必要になる。
それに、売り買いをするなら、お金の受け渡しだってある。
「……これ、思った以上に大変だな」
「今さらか」
「今さらです!」
アーグは小さく息を吐いた。
「まず、開催できそうな場所を調べる。次に、どの程度の人数を受け入れられるか確認する」
「うん」
「そのうえで、必要な費用を計算する。参加したい人がいるかも調べなければならん」
「なるほど……」
俺は腕を組んだ。
「つまり、最初は小さく始める方向がいいってことか?」
「現時点では、その方が現実的だろうな」
そうか。
最初から巨大イベントを目指す必要はない。
お絵描き教室だって、三人から始まったんだ。
小さくても、ちゃんと楽しい場所なら意味がある。
「……よし!」
俺は頷いた。
「まずは、参加したい人がいるか聞いてみよう!」
「そうだな。ただし、開催を約束するような募集はまだするな」
「分かってる!」
「本当か?」
「本当!」
『信用がないのう』
「またそれ!?」
◇
「……先生」
会議がひと段落したところで、リアが声をかけてきた。
「ん?」
「私、出してみたいものがあります」
「おお!」
俺は身を乗り出した。
「ぴーちゃんの漫画か!?」
「それも、考えたいんですけど……」
リアは少し迷ってから、鞄から一枚の紙を取り出した。
そこには、花の絵が描かれていた。
「……これ?」
「はい。この前のお絵描き教室で、女の子が花を描いてくれたでしょう?」
「ああ!」
俺は頷いた。
大きな花を描いて、嬉しそうに帰っていった女の子。
あの笑顔は、まだ覚えている。
「私も、帰ってから描いてみたんです」
リアは、自分の絵を見つめた。
「でも……あの子の絵とは、全然違うんです」
「そりゃそうだろ」
「……え?」
「描いた人が違うんだから、違って当たり前じゃん!」
俺は笑った。
「それに、リアの花もすごく綺麗だぞ!」
「……ありがとうございます」
リアは、少し頬を赤くした。
「私、漫画だけじゃなくて、こういう絵も見てもらえたら嬉しいなって思って」
「いいじゃん!」
俺は勢いよく頷いた。
「もちろん、リアが見せたいならな!」
「……はい!」
リアは、ほっとしたように笑った。
俺は、その表情を見ながら思った。
お絵描き教室を開く前のリアだったら、どうだっただろう。
自分の作品を見せたい。
そう言うまでに、もっと勇気が必要だったかもしれない。
でも今は、違う。
彼女は少しずつ、自分の絵を誰かに届ける楽しさを知り始めている。
「……楽しみだな、ラクケット」
俺が呟くと、リアが頷いた。
「……はい!」
◇
夕方。
会議のテーブルには、たくさんの書き込みが残っていた。
会場候補を調べる。
費用を確認する。
出展に興味がある人の声を聞く。
作品の展示方法を考える。
売買をする場合の決まりを調べる。
どれも、まだ決まったわけじゃない。
でも、何をしなければならないかは、少しずつ見えてきた。
「……じゃあ、役割分担だな」
俺が言うと、アーグが頷いた。
「俺は会場と費用の条件を調べる。使える場所があるか、必要な手続きも確認しよう」
「頼んだ!」
「セラは、普段の客との会話の中で、作品を出してみたい人がいるか聞いてもらえるか?」
「ええ。開催が決まったようには言わないわ」
「助かる」
リアが小さく手を挙げた。
「私も、絵を描いている人たちに聞いてみたいです」
「いいな!」
俺は頷いた。
「リアなら、作る人の気持ちも分かるもんな!」
シエルも、そっと手を挙げる。
「……私も、何かできるかな」
「もちろん!」
俺は笑った。
「一緒に考えてくれるだけでも助かるよ!」
シエルは、嬉しそうに頷いた。
そして、全員の視線が俺へ向いた。
「……え?」
アーグが言う。
「それで、お前は何をする?」
「もちろん!」
俺は立ち上がった。
「ラクケットの魅力を、全力で布教する!」
「開催が決まったように言いふらすなよ」
「……はい!」
セラが笑った。
「まずは、どういうイベントなのか説明できるようにしておいたら?」
「なるほど!」
俺は紙を一枚取り出した。
「じゃあ、ラクケット説明用の絵を描こう!」
「……先生」
リアが、少し不安そうに俺を見る。
「ん?」
「また、じゃがいもミスティア様を描くんですか?」
「もちろん!」
「……!」
リアが絶句した。
セラが吹き出す。
アーグが額を押さえる。
シエルは、小さく笑った。
『結局、そこへ戻るのか』
「当然だろ!」
俺は胸を張った。
「好きなものを描く楽しさを伝えるなら、俺が一番好きなものを描くのが筋ってもんだ!」
『なるほど。理屈だけは一貫しておるな』
「褒め言葉として受け取っておく!」
俺は筆を取った。
まだ、会場も決まっていない。
開催日も、予算も、参加者も未定だ。
でも。
ラクケットという名前には、少しずつ形が生まれ始めていた。
作り手が集まる場所。
自分の『好き』を見せられる場所。
そして、誰かの『好き』に出会える場所。
前世で俺が何度も心を動かされた、あの熱気。
それを、この世界でも作れたら。
「……よし!」
俺は紙の真ん中に、大きな丸を描いた。
「まずは一枚目!」
リアが覗き込む。
「……先生」
「ん?」
「それ、ミスティア様ですか?」
「そうだよ!」
「……じゃがいもが、増えましたね」
「リアぁぁぁ!?」
みんなの笑い声が、KIRABOSHIに響いた。
ラクケットへの道のりは、まだ始まったばかり。
けれど、その最初の一歩は。
間違いなく、今日ここから動き始めたのだった。




