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秩序の騎士と文化防衛戦 その1

ラクケットの熱狂は、オタクミの「体験型」ブースで再びこちら側へ傾きつつあった。偽物屋台の前から客足が薄れ、「一言メッセージ壁」には拙い字と笑顔が次々と咲いていく。値札の眩さより、いまここで生まれる“参加の手触り”が勝ち始めている。


バルコニーからその光景を見おろしていた女王ロザリアの眉が不快げにぴくりと動いた。

「……レジナルド」

「はっ」

腹心の騎士団長が一歩進み出る。

「あの醜悪な“壁”を撤去なさい。民衆には、秩序と絶対の美は抗いがたいのだと教えて差し上げて」


「御意」


サー・レジナルド――アストリア最強と謳われる完璧主義の剣。寸分の隙もなく磨かれた白銀の鎧が、日差しを氷のように跳ね返す。彼が広場へ降り立つだけで、祭りの温度が数度下がった気がした。


「アストリア王令第十三号――公共の品位を害する即時展示撤去に基づき、当面の間、これを没収・破壊する」

一瞥。侮蔑。彼はメッセージで埋まった壁へ手をかける。


「ちょっと待ちな」


オタクミが、その前に立った。喉がからからだ。けれど、声は意外なほど真っ直ぐに出た。

(まずい……強そう! でも退けない)


レジナルドは冷ややかに見下ろす。「どきなさい、小娘。女王陛下のご命令だ」

「嫌だね。人の“好き”を、てめえの美学で切り裂くなよ。そんな無粋、俺が許さん」


「ならば力で排除するまで。栄誉あるアストリア騎士団長、直々に稽古をつけましょう」


白刃が抜かれた。空気が震え、観客が息を呑む。完璧な輝き。完璧な軌道。――だからこそ、冷たい。


オタクミは背の痛武器に手を伸ばさない。代わりに腰の鞘――ゴルドスを抜き、木刀のように“自然体”で構えた。

「なっ……その鞘でこの私と!? 侮辱か!」

「“尊み”を知らない剣に、俺の魂(推し)を抜く価値はない。ただの鞘で、十分だ」

(※本当は鞘しか持ってないだけだけど)


屈辱に歪む顔。疾風の踏み込み。


「アストリア流剣術、奥義《白薔薇の舞》!」


完璧な剣閃が奔る――


――ゴンッ。


金属の澄んだ音ではなく、木が押し潰される鈍い手応え。掌に“じん”と痺れが走り、鞘の木目が一筋ささくれ、右手の親指に刺さった。それでも、折れない。


「速いだけの剣に、魂は乗らん!(あれ?こいつ大したことない?)」

『こらこら! 拙者の側面が削れるでござる! もっと優しくしてよん!!』


連撃。薙ぎ。斬り上げ。突き。

ゴンッ、ゴンッ、バキィッ――気の抜けた音が並び、白刃は悉く木の繊維に逸らされる。


「なぜだ……なぜ当たらん!」

完璧だった剣筋に焦りが滲む。額に汗。呼吸が乱れるたび、刃も乱れる。


『突きだ、オタクミ殿! 次は突きが来る!』

「うるさい! こっちは素人なんだよ!」


「これで――終わりだ!」


渾身の突き。狙いは喉元。必殺。


オタクミは――足元の小石に気づかず、盛大にすっ転んだ。


「うわっ!?」


完全な偶発。反射的に掲げた鞘が、奇跡的に刺突の軌道と重なる。

ガンッ! 火花。逸れる刺突。過ぎる風。レジナルドの身体が前のめりにぐらりと泳いだ。


……しん。


広場が固まった。尻餅をついたオタクミと、肩で息をする騎士団長。誰の目にも、勝敗は明らかだ。


最強の剣が、木の鞘に、完封された。


レジナルドの瞳から理性の光が失せる。残ったのは、獣のような怒りだけ。

「こ、このぉぉぉ!!」

喉が裂けんばかりに怒号。

「騎士団、総員かかれ! この反逆者どもを制圧せよ! 会場備品は全て破壊!」


路地という路地から銀の壁が溢れた。剣と盾。号令と鉄靴。広場が、刹那に包囲される。


「くそっ、大勢で来るとは卑怯者め……!」

オタクミの後ろに、シエルが立つ。震える膝。逃げない目。


「やめて!」

少年が、自分の紙片を胸に抱きしめ、壁の前に立った。母が肩を抱く。「消させないよ」

詰所帰りの衛兵が、鎧の内ポケットに忍ばせた木彫りを指で撫で――逡巡する。誰かの震える手が、壁に新しい一枚をそっと貼った。


「――そこまで」


凛とした、けれどどこか面倒くさそうな声が、広場に落ちた。


視線が一斉に上がる。屋根の縁に、細い縄がかすかに垂れていたのを、誰かが思い出す。


銀髪が風に揺れた。セラだ。片手に、刷り上がったばかりのリアの新刊。もう片手には――痛武器が握られている。


「新刊、刷り上がったわよ」

口元に不敵な笑み。

「……それと、あんたの“魂”――返しとく!」


やり投げのフォーム。空を裂く回転。金箔の綴じ糸が羽のようにひらめき、空中で側面パネルが開く。


【印刷完了 → 武装完了】


紋章がぱっと光り、機械の輪郭が刃のシルエットへ再構成されていく。バンクのように誰もが見惚れ、敵さえ動きを止める一瞬。


「サンキュー、セラ!」


オタクミはそれを完璧にキャッチした。掌に“さっきと違う”重み――推しの心臓の鼓動みたいな、熱。


彼は叫ぶ。

「午後二刻――新刊発売開始だ!先着で購入者にはステッカーを全員に配る! ――参加してくれ!」


壁の前で、少年が震える指で一枚を高く掲げた。


広場は、二つに裂けたまま、沸騰を始める。女王の冷たい光と、民衆の温かい手。剣と、本。圧力と参加。


文化戦争の、本当の火蓋が――今、切って落とされた。

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