表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/66

ラクケット開幕と、偽物の侵略

決戦の朝。雲一つない快晴。

石畳を渡る風まで、どこかそわそわしている。


ラザリス中央広場に人が集まりはじめるその頃、カフェ『KIRABOSHI』には、二つの戦場があった。



地下工房――舞台裏の戦い。


痛武器変形コピーミスティアカスタムは、昨夜最後の銅貨を飲み込み、静かに沈黙した。残るは、膨大な丁合と手製本。


「……次」

セラの低い声だけが響く。刃物を扱う指先が、いまは紙の端を寸分違わず揃えていく。無駄がない。ためらいもない。


「……うむ」

アーグは黙々と仕上がりを検品し、汚れやズレを弾いていく。商人の眼差しは容赦がない。二人の間に言葉はないが、手だけが確実に物を進めていた。


ウィーン……ガシャン。

(沈黙)

ページが一冊の「本」へ変わっていく音だけが、地下に降り積もる。



中央広場――表舞台の戦い。


「よし、壁(人気)サークルである我々のスペースは東側! 陽の回りがいい。導線を意識して机はあと五センチ右!」

オタクミが仕切り、杭を打ち、布を張り、声を飛ばす。すっかり歴戦の主催者の顔だ。


「は、はい……! この方は『木彫りの衛兵』さん……こちらの角です」

シエルは参加者リストを両手で抱え、ひとりずつ丁寧に案内する。緊張しながらも、逃げずに向き合うその姿は、森の奥で怯えていた頃の彼女ではもうない。


リアは――燃え尽きて眠っていた。インクの香りを手に残したまま、穏やかな寝息を立てている。彼女が安心して眠れるのは、仲間がそれぞれの持ち場で戦っているからだ。



ブースの準備は、やがて「見せる」段に入った。青い布を敷いた長机の上に、彼らの結晶が並ぶ。


①『ルミナス通信・4コマまとめ本』

これまでの4コマを束ねた入門コピー本。最初のひと押しにちょうどいい。


②『公式アクスタ・在庫蔵出し市』

プレミアがつき始めたミスティアのアクスタ。いまや見かけるだけで小さな歓声が上がる。


③『第一回 推しトレカ・コンテスト作品展』

背面の壁いっぱいに、お絵描き教室の生徒たちが描いた「推しカード」がびっしり。線は拙い。だが、その集合体は眩しく温かいエネルギーを放っていた。


「……あれ? リアさんの新刊って、いつ……?」

シエルが首を傾ぐ。


オタクミは人差し指を唇に当て、にやり。

「ふっふっふ……切り札は午後だ。波は二回起こす――完璧な戦略だ!」


『嘘をつくな! 未製本がまだ半分残っとるだけでござる!』

ゴルドスのツッコミは今日もキレがいい。



街の鐘が鳴った。ラクケット、開幕。


「見て! このぴーちゃんの木彫り、すごい!」

「刺繍のルミナスちゃん、目が生きてる……!」


笑い声が広場にふくらむ。創る手と受け取る手が、同じ高さで握手を交わす。

『KIRABOSHI』のブースにも、早速ひとの輪。壁のファンアートが客足を引き止め、4コマ本が笑顔を生む。


(いい流れだ――)


そう思った矢先だった。


広場入口、もっとも目立つ位置に、豪奢な屋台が組み上がる。真紅の天幕、金糸の縁取り。プロの商人たちが流れるような手つきで陳列を終えると、掲げられた看板が日差しを弾いた。


――『アストリア王家御用達! 最高品質クリスタルアート 感謝価格にてご提供!』


台上に並んだのは、オタクミたちのアクスタと寸分違わぬ――いや、宝飾風に過剰な煌めきを足された「偽物」たち。そして、その前に「半額」の札。


呼び込みの声が、甘く、人を酔わせる調子で広場を撫でる。

「王家刻印入り! 安心の品質保証!」

「本日限定! 今だけ半額! 数量、わずか!」

「お土産に最適、今買わねば二度と手に入らぬかも!」


人の流れが、わずかに傾いた。


小銭を握りしめた少年が、迷うように一歩だけ屋台へ。

「王家の印があるなら安心よね」――主婦の囁きが、油のように人波に広がる。

無骨な衛兵が、光沢に惹かれ、ふらりと視線を持っていかれる。


「なっ……!?」


オタクミの奥歯が、きしりと鳴った。

(値段勝負に誘う気か……! “物”で殴り合えば、資本に負ける。だったら――)


彼は拳をゆっくり開いた。深く息を吸う。

(“体験”で行く)


「シエル」

「は、はい……!」


オタクミは、小さく早口で指示を飛ばす。

「『試し読み卓』『一言メッセージ壁』『その場お絵描きコーナー』を作る。――資材箱はここだ。布、木炭、ひも、洗濯バサミ。俺は呼び込み。君は案内と回収。できる範囲でいい」


シエルは胸に手を当て、こくりと頷いた。

彼女は慣れない手つきで布を広げ、木炭と短い羊皮紙を小分けに並べ、「あなたの“好き”を一言で」と拙い字でポップを書いた。ひもを張った即席の掲示スペースに、最初の一枚を、自分で留める。――小さな「見本」が、場の空気を変えると信じて。


オタクミは通路側に立ち、声を張る。

「無料試し読みこちら! “好き”を一言メモに書いて、壁に貼ってってくれ! 絵が描ける人は、ここでミニカードもOKだ!」


最初に足を止めたのは、迷っていた少年だった。

4コマを一冊、夢中で読んで――小さく「ここ、すき」と書いて貼る。

それを見た母親が、少しだけ微笑んで、刺繍の参考にとカードを一枚。

その背を見た衛兵が、手持ち無沙汰に木炭をとり、角ばったルミナスの横顔をさらさらと。


(よし、来る――!)


屋台の光沢は、確かに眩しい。

だがここには、「いま、ここでしか生まれないもの」がある。

値札では買えない、“参加した手触り”。


「――始めるぞ。俺たちの、ほんとうの“販売”を」


広場の熱気が、二つに裂けた。

王家御用達の光と、カフェ発の「いまここ」の手触り。

希望と圧力が混ざり合う、その割れ目に――彼らは立った。


文化戦争の、本当の火蓋が、今、切って落とされた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ