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合法的カツアゲ?

ラクケットの原稿が完成した翌朝。

カフェ『KIRABOSHI』の地下工房は、静かな達成感に包まれていた。


リアは、自分の描いた原稿の山の前で、インクに汚れたまま、幸せそうな寝息を立てて机に突っ伏している。


「…よくやった、リア!」

オタクミは、そっと彼女の肩に毛布をかけると、残りの仲間たちに向き直った。


「リアには休息が必要だ! この聖なる原稿を、俺たちの手で完成させるぞ!」


彼は、残りの作業を二つのチームに分けることを提案した。


「まず、最も地道で根気のいる『コピー本』の大量生産作業。これは、手先が器用で冷静なセラと、資金と技術を管理するアーグ。お前たちに任せる!」


「…まあ、誰かがやらないといけない作業だしね」

「ふむ。コスト管理も含めて、私の管轄だな。承知した」

セラとアーグが、静かに頷く。


「そして、俺とシエルは会場準備チームだ! ラクケット当日の中央広場の場所取りと、ブース設営をするぞ!」

「は、はい…!」

シエルは、初めて与えられた大きな役割に、不安と少しの期待をにじませながら頷いた。


こうして、一行は二手に分かれて、来るべき祭りの準備を本格化させた。


リアを起こさないよう、静かに工房を出ていくオタクミとシエル。

後に残されたセラとアーグは、目の前にそびえ立つ何百枚もの原稿と、山積みの羊皮紙、そして――例の異形のコピー機と向き合った。




セラとアーグによる、大量複製作業が始まった。


その光景は、驚くほど静かで、そして無機質だった。


セラが、シーフらしい無駄のない動きで、原稿を一枚一枚、寸分の狂いもなくコピー機にセットしていく。

アーグが、経理担当として、その横で、一枚コピーが完了するごとに「チャリン…」と、魂のこもらない音で銅貨を投入していく。


ウィーン…ガシャン! チャリン…。

ウィーン…ガシャン! チャリン…。


工房には、機械的な音とコインの音だけが響き渡る。


『なんという地獄絵図…! これぞ“同人戦場”の現実…!』

ゴルドスの幻影が、頭を抱えながらツッコむ。

『もっとこう…華やかな印刷機とかないんかい!』


時折、アーグが「今のページのインクの乗りは78点。許容範囲内だ」とか、「紙詰まり率は想定内だ」とブツブツ呟く以外、会話はない。

二人は驚くべき集中力で、黙々と作業を進めていた。


しかし、作業が全体の半分ほど進んだ、その時だった。


ウィーン…ガシャン!

……だが、次の「チャリン」が鳴らなかった。


【コインヲ イレテクダサイ】


赤文字がパネルに点滅する。


「……止まったわね」

セラが、冷ややかに告げる。


「馬鹿な!」

アーグは袋を逆さに振る。だが落ちてきたのは小さなホコリだけ。


『おいぃぃ! コンビニコピー機のエラーと同じやつじゃねーか!!』

ゴルドスが頭を抱えて天を仰ぐ。


「ありえん……! 必要枚数は全て計算したはずだ! ページ数、冊数、紙の予備も含めて……!」


セラはコピー機の横に積まれた、紙詰まりで潰れた羊皮紙を顎でしゃくった。

「じゃあ聞くけど――試し刷りの分、計算に入ってた?」


「…………っ!」


沈黙。

アーグの顔から血の気が引いていく。


「そ、それは……想定外の変数だ……。私の計算が、完璧ではなかった……?」

彼は額に手を当て、呆然と壁を見つめた。

「私のキャリアに……また一つ、汚点が……」


『お前の黒歴史帳、そろそろ分厚い同人誌になりそうだぞ!!』

ゴルドスが即ツッコミ。


絶望が工房を支配する。

そのとき、セラの瞳がわずかに光った。獲物を見つけた盗賊のそれだった。


「アーグ。経理担当として、どう責任を取るつもり?」


「……っ! もちろん再計算を――」


「違う。今、必要なのは“現金”よ」

セラの声は低く鋭かった。


一瞬の静寂のあと――セラの耳が、かすかな音をとらえた。

アーグが動いた拍子に、服の下から「チャリン」と金属が触れ合う音がしたのだ。


セラはゆっくりと笑みを浮かべる。

「……へぇ。いい音ね」


「ま、待て! これは私の個人資産だ! 会計上、プロジェクトとは完全に分離された――」


「アーグ。ここは“修羅場”。あんたが言うところの“緊急事態”よね?」

セラは一歩踏み出し、指先で机をトントンと叩く。

「なら、腹の底に隠してる“資産”を出すのが、総指揮官として当然でしょ?」


アーグは汗をだらだら流しながら後ずさる。

「くっ……!」


「それとも――証拠を出すまで、私が体を調べようか?」

セラの手がナイフに添えられる。


観念したアーグは、服の奥から銀貨の袋を取り出し、机の上に置いた。


チャリン、と重みのある音が鳴り響く。


『なんだこの緊迫したカツアゲシーンは!! 異世界ヤンキーかよ!』

ゴルドスのツッコミが飛ぶ。


セラは何事もなかったようにそれを手に取り、淡々とコピー機へ向かった。

「よし、作業再開♪」


アーグは膝から崩れ落ち、壁にもたれかかりながら小さく呟いた。

「……これが……合法的な、カツアゲ……。私の黒歴史に……新たな一頁が……」


『お前の黒歴史、もう百科事典レベルだわ!!』

最後のゴルドスの絶叫が、工房に虚しく響いたのだった。

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