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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
6 創作革命! ラクケット開幕

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革命は一本の線から始まる その1

 革命とは、何か。


 歴史を変える大事件?

 巨大な権力への反乱?


 それとも、五十メートルのミスティア様像を王都に建てること?


『最後だけ明らかに違うであろう』


「違わないって! 俺にとっては重要な革命なんだよ!」


『お主の革命は、いつもミスティアに行き着くのう』


「推しは人生の中心だからな!」


 そんな俺の力強い宣言が、カフェ『KIRABOSHI』に響いた。


 昨夜まで、俺たちは経済的な問題に頭を抱えていた。


 アクスタの材料は手に入りにくくなり、リアの画材は値上がり。ギルドの公的な協力も制限され、市場では俺たちを笑いものにする歌まで流れている。


 状況が改善したわけじゃない。


 でも、俺たちは昨日、一つの答えにたどり着いた。


 誰かの『好き』を、誰かへ渡していく。


 大きな資本がなくても、小さな創作の輪なら広げられるかもしれない。


 そして今日。


 俺は、その第一歩を形にしてきたのだ!


「みんな、見てくれ!」


 俺はテーブルの上に、一枚の紙を勢いよく広げた。


「じゃじゃーん! ルミナス通信、次号の告知原稿!」


「……告知原稿?」


 リアが目を丸くした。


「そう! 昨日の話を、さっそく形にしてみた!」


 紙の上には、大きな見出し。


 その下には、リアが以前描いてくれたミスティア様の小さな挿絵を配置している。


 そして中央には、俺が一晩かけて考えた企画名!


『みんなで描こう! はじめてのお絵描き教室』


 うむ。


 我ながら素晴らしい。


「……ずいぶん普通の名前ね」


 セラが言った。


「普通でいいんだよ! 初めての人が気軽に来られるのが大事だから!」


「昨日まで五十メートルの像を語ってた人とは思えないわね」


「規模が違うだけで、志は同じだ!」


 俺は胸を張った。


「誰だって、最初は一本の線から始まるんだからな!」


 アーグが原稿を手に取った。


「ふむ……参加者募集の告知か」


「そう! まずは少人数で始める。大きな会場も、豪華な道具も必要ない!」


「……参加費は?」


「もちろん無料!」


 即答してから、俺は言葉を続けた。


「だってさ、絵を描いてみたい人が、お金のことで諦めなくて済むようにしたいんだ。最初の一本を引く前から、諦めてほしくない!」


 その瞬間。


 アーグの視線が、すっと冷たくなった。


「オタクミ」


「はい」


「その考えは分かる。だが、昨日何を学んだ?」


「……数字は人を傷つける?」


「違う」


「ごめんなさい!」


 アーグが深いため息をつく。


「無料にするなら、その費用を誰が負担するのか決めなければならない。紙も画材も、勝手に湧いてくるわけじゃない」


「それは……確かに」


「それに、今は仕入れが不安定だ。人数を無制限に募集するわけにもいかん」


 俺は原稿を覗き込んだ。


 確かに、勢いで『参加費無料! 手ぶらで大歓迎!』と書きそうになっていた。


 危ない。


 またしても、アーグの胃に負担をかけるところだった。


「じゃあ、初回は少人数。使える紙と道具を確認して、参加条件を決めよう!」


「それなら検討できる」


「無料は?」


「予算次第だ」


「ですよね!」


 俺は急いで、原稿の端に書いた仮の案へ線を引いた。


 参加費、人数、場所、日時。


 どれも、まだ正式には決まっていない。


 だからこそ、勝手に約束するわけにはいかない。


「……まずは、できる範囲を決めてから告知だな」


 俺が呟くと、アーグが頷いた。


「そういうことだ」


 よし。


 成長しているぞ、俺!


『昨日よりは、のう』


「一日で大成長だろ!」


     ◇


「……先生」


 リアが、小さく俺を呼んだ。


「ん? どうした?」


 振り向くと、彼女は原稿をじっと見つめていた。


 その指先が、ある一行で止まっている。


『お絵描き教室 リア先生と一緒に描こう!』


「……リア先生」


 リアは、その文字を小さく読み上げた。


「あ、そこは親しみやすさ重視で――」


「わ、私が先生……」


 あれ?


 リアの顔色が、みるみる変わっていく。


「リア?」


「せ、先生ってことは……誰かに絵を教えるんですよね?」


「うん。まあ、そうなるかな」


「もし、上手く教えられなかったら……?」


「え?」


「参加してくれた人が、つまらないって思ったら……? 私の説明が分からなくて、絵を描くのが嫌いになってしまったら……?」


 リアは両手を胸の前で握り締めた。


「私……そんな、大事な役目を……」


 声が震えていた。


 昨日、やってみたいと言ってくれた時とは、まるで違う。


 でも、考えてみれば当然だ。


 昨日は、まだ構想だった。


 今日、紙の上に『リア先生』と書かれたことで、初めて現実味を帯びてきたのだろう。


「……私、やっぱり向いてないかもしれません」


 リアが俯いた。


「自分で描くのは好きです。でも、誰かに教えるなんて……」


 俺は、原稿をそっとテーブルへ置いた。


「リア」


「……はい」


「一つ、聞いていい?」


 彼女が顔を上げる。


「リアは、絵を描いてる時、楽しい?」


「……はい」


 答えは早かった。


「すごく、楽しいです」


「じゃあ、誰かと一緒に描くのは?」


「……それも、好きです」


 少しだけ、声が明るくなる。


「先生と一緒に絵を描いた時も、楽しかったです」


「だろ?」


 俺は笑った。


「だったら、その楽しさを分けてあげればいいんじゃないかな」


「……楽しさを?」


「そう!」


 俺は原稿の『リア先生』という文字を指さした。


「確かに、教室って名前だけ聞くと、何でも知ってる先生が完璧に教えなきゃいけない気がするよな」


「……はい」


「でも、俺たちがやりたいのは、試験に合格させることじゃないだろ?」


 リアは小さく首を傾げた。


「……試験?」


「うん。絵が上手いかどうかを決める場所じゃなくて、描いてみたい人が最初の一本を引ける場所にしたいんだ」


 俺は、白紙を一枚取り出した。


「ほら」


 そこへ、ペンで一本の線を引く。


 少し曲がった、何の変哲もない線だ。


「これ、上手い?」


「……線ですね」


「そう、線!」


 俺は力強く頷く。


「でも、ここから何か描こうと思えば、何だって描ける!」


 もう一本。


 さらにもう一本。


 ……よし。


 ミスティア様の顔を描こう。


 丸い輪郭。


 大きな目。


 特徴的な髪。


 そして、あの尊い笑顔!


「完成!」


 俺は紙を掲げた。


 リアが瞬きをする。


 セラが横から覗き込んだ。


「……何これ」


「ミスティア様!」


「……じゃがいもに髪が生えてるように見えるけど」


「失礼な!」


『確かに、芋の精霊のようにも見えるのう』


「ゴルドスまで!?」


 リアが、ぷっと吹き出した。


「ふふ……先生、それ、目の位置がちょっと……」


「えっ!? どこ!?」


「ここです。あと、髪の流れはこっちから描くと……」


 リアは俺の隣へ座り、紙の端にさらさらと線を引いた。


 あっという間に、見覚えのあるミスティア様の横顔が浮かび上がる。


「おおおっ!」


 俺は目を輝かせた。


「これだよ! これが描きたかったんだよ!」


「ふふ。先生の絵も、楽しそうで好きですよ」


「リア……!」


 尊い。


 絵の技術だけじゃない。


 リアの優しさまで、尊い!


「ほら、今みたいな感じだよ」


「……え?」


「俺が変なミスティア様を描いて、リアが笑って、ちょっと教えてくれる。そういう時間が楽しかったんだ」


 リアは、俺の描いたじゃがいも……ではなく、ミスティア様を見つめた。


「……上手く描けなくても、いいんでしょうか」


「もちろん!」


 俺は頷いた。


「むしろ、上手く描かなきゃって思うと、最初の一本が怖くなるだろ?」


 昨日、俺が話した『輝星のルミナス』第十八話。


 あの少女だって、上手に描けたわけじゃない。


 それでも、地面にミスティア様を描いた。


 誰かに褒められるためじゃない。


 描きたかったからだ。


「リアには、そういう気持ちを大切にしてほしいんだ」


 リアは、しばらく黙っていた。


     ◇


「……リアさん」


 その時、小さな声がした。


 シエルだった。


 彼女は椅子から降りると、リアのそばへ歩いてきた。


 そして、おずおずと手を差し出す。


「……手、いい?」


「えっ? あ、はい」


 リアが差し出した手を、シエルがそっと握った。


「……私も、最初は怖かった」


 リアが目を丸くする。


「シエルちゃん……?」


「歌うの、上手くできなかったらどうしようって。変だって思われたら、どうしようって……」


 シエルは言葉を探しながら、ゆっくり続けた。


「でも、セラさんが……少しずつでいいって、教えてくれたから」


 セラが目を細めた。


「……シエル」


「だから、リアさんも……少しずつで、いいと思う」


 シエルは、ぎゅっとリアの手を握る。


「私、リアさんの絵、好き」


 それは、とても短い言葉だった。


 でも。


 リアの表情が、少しだけ変わった。


「……ありがとう、シエルちゃん」


 シエルは小さく笑った。


 その横で、ぴーちゃんが一声鳴いた。


「ぴっ!」


「おお、ぴーちゃんも応援してる!」


「今のは本当にそうかしら?」


 セラが笑う。


「でも、私も同じ気持ちよ」


 彼女はリアの肩に、ぽんと手を置いた。


「上手くいかなかったら、その時は考えればいいの。最初から完璧にできる人なんていないんだから」


「……はい」


「それに、誰かがリアの絵を馬鹿にしたら……」


 セラの目が、すっと細くなる。


「私が黙らせるわ」


「物騒!?」


 俺は思わず叫んだ。


「大丈夫よ。言葉で、ね」


「今の間は何!?」


 リアが、くすくす笑い始めた。


 よかった。


 さっきまで震えていた肩が、少しずつ落ち着いている。


 でも、ここで勢いだけで背中を押すのは違う。


「リア」


 俺は、改めて彼女へ向き直った。


「無理なら、今すぐ始めなくてもいい。人数だって少なくできるし、準備が間に合わなければ延期したっていい」


「……先生」


「リアが楽しく描けなくなるような教室なら、俺はやりたくない」


 それだけは、本心だった。


 誰かに絵を好きになってもらうために、リアが絵を嫌いになってしまったら。


 そんなの、本末転倒だ。


 リアは、少し考えた。


 そして、ゆっくり顔を上げた。


「……私、やってみたいです」


「リア!」


「でも、先生って呼ばれるのは、まだ少し恥ずかしいです」


「じゃあ、何て書こう?」


 リアは原稿を覗き込む。


 しばらく考えてから、指を一本立てた。


「……『リアと一緒に描こう』がいいです」


「おお!」


「私が全部教えるんじゃなくて、みんなで好きなものを描く時間にしたいです」


 その声には、もう先ほどの震えがなかった。


「上手く描けなくても、楽しかったって思ってもらえるように……私も、頑張りたいです」


「最高だよ、リア!」


 俺はすぐさま原稿の見出しを直した。


『みんなで描こう! リアと一緒にお絵描き』


 うむ!


 より親しみやすくなった!


『先生という呼び名を外して、本人の意思を尊重したわけか』


「そういうこと!」


『珍しく、良い判断じゃな』


「珍しくは余計だ!」


     ◇


 そこから、俺たちは告知原稿を一つずつ見直した。


「まず、開催場所はどうする?」


 セラが尋ねる。


「『KIRABOSHI』なら、少人数で集まれるかも」


 俺が答えると、アーグが頷いた。


「店の営業に支障が出ないか確認が必要だな。机と椅子の数も考えなければならん」


「……何人くらいなら大丈夫でしょうか?」


 リアが尋ねる。


「それは使える紙と道具の数を調べてからだ」


「なるほど……」


 リアは頷き、手元の紙に何かを書き留めた。


「それと、最初に描くものは……」


 少し考えてから、顔を上げる。


「参加する人が好きなものにしたいです。お花でも、動物でも、好きな人でも」


「ミスティア様でも!?」


「もちろんです」


「よっしゃあ!」


「ただし、先生」


「はい!」


「最初から全員にミスティア様を描かせるのは、駄目ですよ?」


「……えっ」


 なぜ分かった。


 俺の考えていることが!


 リアは、いたずらっぽく笑った。


「みんな、それぞれ好きなものがあると思うので」


「……そうだな」


 俺は頷いた。


 布教とは、好きなものを押しつけることじゃない。


 誰かの『好き』を大切にすることから始まる。


 ……たぶん、今の俺なら、それが分かる。


「じゃあ、まずは好きなものを自由に描く!」


「はい!」


「困った時はリアに聞いてもいい!」


「はい!」


「ミスティア様を描いた人には、俺が全力で拍手する!」


「それは自由にしてください」


「やった!」


 セラが笑い、シエルも小さく拍手した。


 アーグはそんな俺たちを眺めながら、告知原稿を指で叩いた。


「よし。企画の方向性は決まったな」


「じゃあ、さっそく印刷!」


「待て」


「はい」


「まずは見積もりだ」


「……はい」


「今日は印刷工房で相談するだけだ。開催条件を決めてから最終原稿を渡す。先に刷ってしまって、あとから直す余裕はない」


「なるほど……!」


「何部刷れるか、費用はいくらか。それを確認してから、募集条件を決める」


「……大事ですね」


 俺は深く頷いた。


 以前なら、ここで『とりあえず大量に刷ろう!』と言っていたかもしれない。


 でも、今は違う。


 一枚の紙にも、お金がかかる。


 その紙を用意してくれる人がいる。


 そこへ絵を描くリアがいる。


 だからこそ、無駄にはしたくなかった。


「じゃあ、印刷工房へ行って相談しよう!」


 俺が言うと、アーグが書類をまとめ始めた。


「すでに工房へ、相談に行く旨は伝えてある。少部数での印刷が可能か、まず確認しよう」


「さすがアーグ!」


「お前が勝手に大量発注しないようにな」


「信用がない!」


「実績がある」


「反論できない!」


 リアは、まだ修正箇所の残る告知原稿をそっと持ち上げた。


 その中央には、彼女が描いた小さなミスティア様の絵。


 そして、その横には。


 俺が描いた、じゃがいも……ではなく、ミスティア様。


「……これも載せるの?」


 セラが呆れたように尋ねた。


「もちろん!」


「本気?」


「本気だ!」


 俺は胸を張った。


「上手くなくても、描いていいって伝えるためには、これ以上ない見本だろ!」


 リアが笑った。


「……はい。私も、そう思います」


 その言葉が、何より嬉しかった。


     ◇


 俺たちは、告知原稿を持って店を出た。


 目的地は、アーグが印刷を手配している工房。


 まだ何部刷れるかは分からない。


 募集人数も、開催日も決まっていない。


 だから、今日すぐに街へ告知を貼り出せるとは限らない。


 それでも。


 俺たちは、昨日までとは違う一歩を踏み出していた。


 道を歩きながら、リアが原稿を胸に抱える。


「……先生」


「ん?」


「私、少しだけ楽しみになってきました」


「おお!」


「どんな人が来てくれるのかなって。何を描いてくれるのかなって」


「きっと、いろんな絵が見られるぞ!」


「……はい!」


 リアは、嬉しそうに笑った。


 その笑顔を見て、俺は思う。


 革命なんて、大げさな言葉かもしれない。


 でも、誰かが『描いてみたい』と思う。


 そして、勇気を出して一本の線を引く。


 そこから何かが始まるなら。


 それは、立派な変化なんじゃないだろうか。


『……お主にしては、珍しくまともなことを考えておるな』


「ゴルドス、失礼すぎない!?」


『褒めておるのだ』


「褒め方が下手!」


 セラが笑い、シエルも小さく笑った。


 アーグは前を歩きながら、振り返る。


「ほら、行くぞ。見積もりが出なければ、何も決められん」


「了解!」


 俺は拳を握った。


 小さな一枚の紙。


 そこに描かれた、二人分のミスティア様。


 そして、リアが自分の言葉で決めた、お絵描き教室。


 まだ誰も集まっていない。


 何かを変えたわけでもない。


 だけど。


 俺たちの革命は、確かに動き始めていた。


 まずは、一本の線から。


 そして、たった一枚の告知原稿から。

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