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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
5 女王様と推しの経済戦争

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小さな光を集めて

 翌朝。


 カフェ『KIRABOSHI』のテーブルには、アーグが持ち帰った書類が広がっていた。


 仕入れ価格の一覧。


 取引を見合わせたいという商人からの返事。


 今後の製作に必要な材料の数。


 そして、どれもこれも、見ているだけで胃が痛くなる数字ばかりだ。


「……数字って、こんなに人を傷つけるものだったんだな」


「お前が今まで目を逸らしていただけだ」


 アーグが容赦なく言った。


「もう少し優しくしてくれない!?」


「優しくして材料が増えるなら、いくらでもそうする」


「ぐうの音も出ない!」


 俺は椅子の背にもたれた。


 昨日、市場で聞いた歌が頭から離れない。


 小さな板を有難がる愚か者。


 飾り物に金を使う物好き。


 あの歌を笑いながら聞いていた人たちの顔まで、思い出してしまう。


 隣では、リアが使いかけの紙を丁寧に揃えていた。


 新しい画材の値段が上がったと聞いてから、少しでも無駄にしないようにしているらしい。


 セラは腕を組んで窓の外を眺め、シエルはぴーちゃんを膝に乗せている。


 いつもなら誰かが騒ぎ始める時間なのに、今日は静かだった。


「現状を整理するぞ」


 アーグが書類を一枚、引き寄せた。


「在庫はある。取引を続けてくれる商人も残っている。ギルドの通常利用もできる」


「じゃあ、まだ何とかなるんじゃ?」


「今までと同じ規模で続けようとすれば、すぐに行き詰まる」


「……ですよね」


「材料を高値で買い続ければ利益が消える。無理に価格を上げれば、買える人が減る。だからといって、品質を落とすのも難しい」


 アーグが指で書類を叩く。


「今までの取引先と公的な協力だけに頼る方法では、厳しい」


「……完全に囲まれてるみたいね」


 セラが呟いた。


「そう見える。ただし、誰がどこまで関わっているかは分からない」


 アーグは慎重に言った。


「確かなのは、今のやり方を続けるだけでは勝ち目が薄いということだ」


 セラは少し黙ってから、俺たちを見渡した。


「……一度、活動を縮小することも考えた方がいいかもしれないわね」


「えっ!?」


「やめろって言ってるんじゃないわよ。材料が高いなら、無理に作り続けない。落ち着くまで待つのも手でしょ?」


 正論だ。


 分かっている。


 けれど、リアが揃えた紙の束を見た時、胸の奥がちくりと痛んだ。


「……待ってる間、みんなはどうするんだ?」


「どうするって?」


「リアは描きたいって言ってた。シエルは歌いたいって言ってた。俺も、まだ作りたいものが山ほどある」


「気持ちは分かるわ」


「でも、材料がなければ何もできない……か」


 言葉にした途端、情けなくなった。


 金がない。


 材料がない。


 場所も借りにくい。


 まるで、好きなことを続けるには、誰かの許可が必要だと言われているみたいだった。


『……人の心が先に折れれば、道具が残っていても何も生まれぬ』


 ゴルドスが低く呟いた。


「……ゴルドス?」


『昨日まで描けていた者が、今日は描く気力を失う。歌えていた者が、声を出すことを恐れる。それが何より厄介だ』


 リアの手が止まった。


 シエルも顔を上げる。


 俺は、テーブルの上のアクスタを見た。


 ミスティア様は、いつもどおり美しかった。


 なのに、俺の頭の中は暗いことばかりだ。


「……ん?」


 不意に、何かが引っかかった。


 暗い。


 希望がない。


 好きなことをする気力まで奪われる。


 それって、どこかで――。


「…………あ」


 思い出した。


 次の瞬間、俺は思わず笑っていた。


「……ふっ」


「先生?」


「ふふ……はははっ!」


「オタクミ!?」


 セラが目を丸くする。


「ちょっと、大丈夫!? 数字の見すぎで壊れた!?」


「違う! 違うんだ!」


 俺は勢いよく立ち上がった。


「俺たち、何か大事なことを忘れてた!」


 アーグが眉をひそめる。


「何だ?」


「答えなら、とっくにミスティア様が教えてくれてたんだよ!」


『……また始まったぞ』


「ゴルドス! 今回は本当に大事な話だ!」


『毎回そう言っておる』


「今回は特に!!」


     ◇


「『輝星のルミナス』第十八話!」


 俺はテーブルに両手をついた。


「名エピソード、『絶望結界』の回だ!」


「……絶望結界?」


 リアが首を傾げる。


「そう!」


 俺は大きく息を吸った。


「敵の四天王が街全体を結界で覆って、人々から希望を奪うんだ。笑顔が消えて、誰もが『どうせ無理だ』って諦めてしまう!」


「……昨日の私たちみたいね」


 セラが小さく言った。


「そうなんだよ!」


 俺は勢いよく頷く。


「ルミナスたちも、最初はどうにもできない。敵を倒そうとしても、人々の絶望が力になって、結界が強くなるんだ!」


「それは厄介だな」


 アーグが顎に手を当てる。


「で、どうやって勝った?」


「そこが最高なんだ!」


 思い出しただけで胸が熱くなる。


「一人の少女がいるんだ。特別な力なんて持ってない、本当に普通の女の子」


 俺は指を一本立てた。


「その子が、ポケットからチョークを取り出す!」


「……チョーク?」


「そう! しかもそれ、第十八話で突然出てきた道具じゃないんだよ!」


『話が長くなる予感しかしない』


「第十八話を語るなら、第三話から説明しないと駄目なんだ!」


「ほら始まった」


 セラが呆れた顔をした。


 だが、俺は止まらない。


「第三話で、その女の子はミスティア様に助けられるんだ。で、別れ際に、自分の大事なチョークをお守りみたいに握り締めてる場面がある!」


「……それが、あとで出てくるんですか?」


 リアが身を乗り出した。


「そう! 十五話越しの伏線回収!」


 俺は天井を仰いだ。


「あの時の制作陣、天才だろ! 何気なく映ったチョークが、あんな形で――!」


 俺は思わず両手を広げた。


「しかも第三話では、あのチョークが特別な魔法道具だなんて、一言も説明されないんだ! 何でもない小道具だと思わせておいて、第十八話で人々の希望をつなぐきっかけになる! これが伏線回収の美学だろ!?」


「先生、続きを!」


「はい!」


 リアの一言で、俺は我に返った。


「絶望結界の中で、その少女が地面にミスティア様を描くんだ。震える手で、一生懸命に」


 少女は絵が上手いわけじゃない。


 線は曲がっている。


 顔の形だって、少しおかしい。


 でも、少女は覚えていた。


 自分を助けてくれた人の笑顔を。


「それで、その子が言うんだ。ミスティアは、絶対に諦めないって」


 自分の声が、少し震えた。


「その絵を見て、隣にいた子供が主題歌を口ずさむんだよ」


「……歌?」


 シエルが顔を上げた。


「うん。最初は小さな声。でも、それを聞いた別の子も歌い始める」


 俺は目を閉じた。


 あの場面の映像が、今でもはっきり浮かぶ。


 暗い街。


 地面に描かれた、不格好なミスティア様。


 小さな歌声。


 窓から顔を出す人。


 壁に絵を描き始める子供。


 それぞれが覚えている、ルミナスたちの姿。


「誰かが絵を描く。誰かが歌う。別の誰かが、覚えている言葉を口にする」


 俺は、ゆっくりと続けた。


「そうやって、小さな光が増えていくんだ」


 リアは黙って聞いていた。


 シエルも、ぴーちゃんを撫でる手を止めている。


「一人の希望は小さい。でも、集まったら街を覆うほど大きくなった」


 俺は拳を握った。


「そして、絶望結界が崩れる! 人々の想いがルミナスたちに届いて、ついに逆転するんだ!」


「……なるほど」


 アーグが静かに頷いた。


「武器でも資金でもなく、人々自身が動いたのか」


「そう!」


 俺は勢いよく頷いた。


「しかも、最初のきっかけは一本のチョークだぞ!?」


 改めて考える。


 一本のチョーク。


 たった一人の少女。


 それだけで、街の空気が変わり始めた。


 ……そうだ。


 俺が好きだったのは、そういう話だった。


     ◇


「……でも、先生」


 リアが遠慮がちに口を開いた。


「それは、物語の中のお話ですよね?」


「うん」


「私たちのところには、希望を集めたら消える結界はありません」


「そのとおり!」


 俺は頷いた。


「だから、同じ奇跡が起こるとは思ってない」


 今の俺たちに必要なのは、魔法じゃない。


 仕入れ先の問題も、ギルドの支援も、現実に困っていることばかりだ。


「でもさ、リア」


「はい?」


「絵を描くのに、必ず新しい画材を山ほど買わなきゃ駄目かな?」


 リアが目を瞬いた。


「……いえ。紙と、描くものがあれば」


「だったら、小さく始められるんじゃないか?」


「小さく?」


「みんなで絵を描くんだよ!」


 俺はテーブルの上にあった紙を一枚取った。


「まずは『KIRABOSHI』みたいな小さな場所で、描きたい人が集まって、リアと一緒に絵を描くんだ。誰かに教わるだけじゃなく、みんなで好きなものを描ける場所にしたい!」


「……お絵描き教室、ですか?」


「そう! リアのお絵描き教室みたいに!」


 リアの目が大きくなった。


「私が、教えるんですか?」


「教えるっていっても、難しく考えなくていい。まずは一緒に描くところからさ」


 俺は笑った。


「リアが描くのを楽しんでる姿を見たら、自分も描きたくなる人がいるかもしれないだろ?」


「……!」


 リアは手元の紙を見つめた。


 それから、少しずつ笑顔になっていく。


「私、上手く教えられるか分かりませんけど……」


「俺だって、最初から上手く布教できたわけじゃない!」


「今も上手くできているかは怪しいわよ」


「セラ!?」


「でも……面白そうね」


 セラは、今度は笑っていた。


「大きな会場を借りられなくても、少人数ならできるかもしれないもの」


「だろ!」


 俺は頷いた。


「それに、ルミナス通信だってある!」


 アーグが顔を上げる。


「紙の値段は上がっているぞ」


「分かってる。だから、前と同じ数を刷る必要はないんだ」


「……ほう?」


「少しだけ作って、読んだ人が誰かに見せてくれたらいい。記事を読んだ人が、今度は自分の好きなものを教えてくれてもいい」


 俺は、創刊号を手に取った。


「俺たちだけで全部作ろうとしなくても、いいんじゃないかな」


 アーグが腕を組んだ。


 しばらく考え込む。


「……なるほど」


「何か思いついた?」


「大きな工房や既存の流通網に頼らず、個人同士のつながりで活動を広げる、ということか」


「そう! ……たぶん!」


「そこは自信を持て」


「だって、難しい言葉で説明されると分かんなくなる!」


 アーグは小さく笑った。


「だが、考え方としては悪くない」


 そして、すぐに真剣な顔へ戻る。


「すぐに売上へ結びつくとは限らない。だが、材料や大きな施設に頼らず、人とのつながりを増やす方法にはなる。今の俺たちでも試せる可能性がある」


「……うん!」


「もちろん、これだけで材料不足が解決するわけじゃない。費用もかかる。無理のない方法を考える必要がある」


「うん」


「それに、市場勝負の正式条件もまだ決まっていない」


「分かってる」


 俺は頷いた。


「でも、何もしないで待つよりはいいだろ?」


「ああ」


 アーグが、はっきり頷いた。


「まずは、続けられる規模を見極めよう」


 その言葉を聞いて、胸が少し軽くなった。


     ◇


「……先生」


 今度は、シエルが口を開いた。


「そのお話の女の子、歌った子も……普通の子だったの?」


「うん。特別な力はなかったよ」


「……そっか」


 シエルは、膝の上のぴーちゃんを見つめた。


「……私も、誰かが嬉しくなる歌を歌いたい」


 その声は小さかった。


 でも、昨日より少しだけ、はっきりしていた。


「うん」


 俺は笑った。


「きっと、できるよ」


 シエルは頷いた。


 まだ人前で歌う予定が決まったわけじゃない。


 何か特別な力が生まれたわけでもない。


 ただ、自分がどんな歌を歌いたいのか。


 その気持ちが、少しだけ形になった気がした。


 リアも、手元の紙を見つめながら言った。


「……私、描いてみたいです」


「何を?」


「みんなで描く時に、最初に見せる絵です」


「おお!」


「上手く描こうとしなくていいって、伝わるようなものを」


「最高じゃないか!」


 セラは肩をすくめた。


「じゃあ私は、どこでできるか考えてみようかしら。ギルドの後援がなくても使える場所、探せばあるかもしれないし」


「頼もしい!」


 アーグは書類を引き寄せた。


「俺は必要な紙と道具の量を調べる。使える予算も確認しよう」


「数字……!」


「お前も一緒に確認するんだぞ」


「はい!」


『少しは学んだようだな』


「ゴルドス、俺だって成長するんだよ!」


『その成長が持続することを願う』


「信用ないな!?」


 みんなが笑った。


 ほんの少し前まで、あんなに重かった店の空気が、少しだけ明るくなっていた。


 何も解決していない。


 材料は足りない。


 使える場所も限られている。


 俺たちを笑う歌だって、きっと今も市場で流れている。


 それでも。


 リアは紙を広げた。


 アーグは数字を確かめ始めた。


 セラは使えそうな場所を思い浮かべている。


 シエルは、小さく鼻歌を口ずさんでいた。


 俺は、ミスティア様のアクスタを持ち上げた。


「……ミスティア様」


 あの第十八話で、少女が描いた一枚の絵。


 それは、敵を倒す武器じゃなかった。


 立派な商品でもなかった。


 でも、人の心を動かした。


 俺たちにも、できることがある。


 小さくても。


 不格好でも。


 誰かの『好き』を、誰かへ渡していくことなら。


「……よし!」


 俺は拳を握った。


「一本のチョークからだって、革命は始められる!」


「革命って、ずいぶん大きく出たわね」


 セラが笑う。


「だって、最初から小さくまとまってたら、五十メートルのミスティア様には届かないだろ!」


「結局そこ!?」


 アーグが頭を抱えた。


『せっかく良い話になっておったのに……』


「良い話のままだろ!?」


 リアが笑い、シエルも小さく微笑んだ。


 大きな資本も、立派な工房も、今の俺たちにはない。


 それでも、一本の線を引くことはできる。


 誰かがそこへ、もう一本の線を重ねるかもしれない。


 それが続けば、いつか大きな絵になる。


 俺はまだ、その絵の完成形を知らない。


 でも。


 今度は、みんなで描いてみたいと思った。

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