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ラクケットに向けて その2

「いいだろう。俺が教えてやる。

素晴らしく、楽しく、そして時には地獄のような苦しみを伴う――

『同人誌作り』という、至高の創造活動の全てを!」


オタクミは、プロデューサーの顔から、どこか狂信的な「伝道師」の顔へと切り替わっていた。

彼はカフェの中央に大きな羊皮紙を広げ、木炭を手に、仲間たちに向けた前代未聞の講義を始める。


「まず、我々は『出店者』ではない! サークルだ! いいな、復唱しろ!」


「「「さーくる…?」」」


仲間たちが戸惑いながらも、その奇妙な響きの言葉を繰り返す。


「そして、我々が頒布するのは、ただの商品ではない!

それは、己の魂の結晶…!


我々が愛する『輝星のルミナス』という原作バイブルに対する、

我々なりの解釈と愛を詰め込んだ――『同人誌ファンブック』だ!」


彼は懐から大切に保管していた「漫画」を取り出し、テーブルに叩きつけた。


「これは、俺たちが公式(神)に成り代わり、推しの『解釈』を世界に示す、神聖な預言書の製作作業なのだ!」


「わぁ…! 先生がいた世界の本ですね! 私が、この騎士様たちの、新しい物語を描いてもいいんですか?」

リアが戸惑いながらも目を輝かせる。


「…つまり、既存のIPを元にした、二次創作物の自費出版による小規模な直接販売事業か。

なるほど、ファンコミュニティを基盤とした、ニッチだが熱量の高い市場だな!」

アーグが冷静に、しかし的確に分析した。


「そうだ! だが、問題は『どうやって』この預言書を量産するかだ」

オタクミは腕を組んだ。


「ドワーフの木版画工房に頼めば、美しい本ができるだろう。

だが、彼らの仕事は丁寧すぎて、我々のほとばしる情熱パッションの速度についてこれない!


我々が作るのは、完璧な美術品ではない! 魂の叫びそのものだ!」


そこで彼はアーグに向き直る。


「アーグ! お前が開発した、魔力を流すと原稿を転写できる『複写の魔法陣』!

あれで何百冊も作れないか?」


アーグは首を横に振った。


「無理だ。あの魔法陣は精密な魔導書の複写には向いているが、単純な絵を大量に複製するには魔力効率が悪すぎる。

このペースでは、一冊作るのに半日かかるぞ」


「くっ…!」


「締め切りには到底間に合わん…!」

アーグが、どこで覚えたのか、オタクミの言葉を完璧に使いこなす。


仲間たちの間に、絶望の空気が流れた。

しかし、オタクミだけが、待ってましたとばかりにニヤリと笑う。


「ふっふっふ…。そんなこともあろうかと、俺は、最終兵器を用意している!」


彼は愛用の痛武器を高々と掲げた。


「見せてやる! 推し活が生み出す、奇跡の文明の利器を! 変形ッ!」


痛武器が眩い光を放ち、

「ガション! ウィィィン!」という効果音と共に、奇想天外な機械へと変形する。


それは、全体的にパステルピンクで、ミスティアの紋章が随所にデザインされた、異形の複写機(コピー機)だった!


「その名も――《超高速聖典複写機ハイパーゴスペルリプリケイター・ミスティアカスタム》だ!!」


「「「おおおお…!」」」


『いや、ただのコピー機じゃねぇか!!!!』


仲間たちが、その未知なるコピー機に、驚きと期待の眼差しを向ける。


オタクミは、得意げにリアの原稿を水晶板にセットし、自信満々に「コピー開始!」と叫んで起動ボタンを押した。


……しかし、何も起こらない。


代わりにコピー機から「♪~(気の抜けた電子音)」が鳴り、

水晶の操作パネルに【コインヲ イレテクダサイ】の文字が点滅。


横には、明らかに後付けされたようなコイン投入口がパカっと開いた。


しーーーーーん。


「……金、取るの!?」

セラの、地を這うような低い声。


「先生、この子、お腹がすいてるんでしょうか…?」

リアの、純粋すぎる疑問。


「理解不能だ!」アーグが叫ぶ。

「持ち主の魂を力に変える伝説級の武具が、なぜ物理的な貨幣を要求するだとっ!?」


ここで、隅で静かに見ていたシエルが、そっと口を開いた。

肩のぴーちゃんが小さく鳴く。


「…歌は、一度きりだから美しい。けれど、あなたの道具は…歌を、何度でも同じ形で響かせるということね」

彼女は複写機を、まるで魂を閉じ込める棺のように見つめる。

「それは、命を削ることと似ている…恐ろしくも、どこか愛しい行為だわ!」


「いや詩的にまとめなくていいから!」

オタクミが即ツッコむ。


オタクミは滝のような冷や汗を流しながら、必死に言い訳を始めた。


「ち、違う! これはバグじゃない! 『仕様』だ!

そう、これは一枚一枚のコピーの『価値』を再認識させるための、ありがたい神からの試練なのだ!

……それにミスティア様のランダムプリントサービス機能もある!!(今見つけた)」


『嘘つけ! ただお前のいた世界の常識が、変な形で具現化されただけであろうが!コンビニのコピー機か!!』

ゴルドスの魂からのツッコミが、オタクミの脳内に突き刺さる。



結局、「一枚につき銅貨一枚」という料金設定であることが判明。

アーグが「この事業、赤字にならんか…?」と頭を抱えつつ、経費で銅貨の袋を用意した。


オタクミが、震える手でコイン投入口に一枚の銅貨を入れる。


「チャリン♪」


あまりにも現実的な音と共に、コピー機は「ウィーン…ガシャン!」と軽快な音を立てて、完璧に複製された原稿を一枚、吐き出した。


オタクミはその紙を手に、仲間たちへ向き直る。


「よ、よし! 技術的な問題はクリアした!

だが、我々の本当の敵は、これからだ!」


彼はリアの肩を掴んだ。


「リア! 君に『原稿』を託す!

我々を待ち受ける最大の悪魔――『締め切り』は、一週間後だ! 生き延びろよ!」


「ひいぃぃぃ!」


こうして一行の、コインの音と悲鳴とインクの匂いに満ちた、

地獄で最高の「祭り」の準備が、本格的に始まったのである。

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