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小さな光を集めて

カフェ『KIRABOSHI』のテーブルには、空になったカップだけが並び、重い沈黙が一行を支配していた。

女王ロザリアがラザリスに滞在しているという事実は、見えざる圧力となって街全体を覆い、彼らの活動を根元から締め付け始めていた。


沈黙を破ったのは、アーグだった。

彼は店の壁に貼られたラザリスの地図の前に立ち、まるで敗戦を目前にした将軍のように、冷静に、しかし絶望的な分析を始めた。


「…打つ手がない。女王は、我々の生命線サプライチェーンを完全に断ち切った。ギルドという後ろ盾も失い、我々は完全に孤立した。ロジスティクスの観点から言えば、我々に勝ち目はないな」


そのあまりに正しい分析に、ゴルドスの焦った声がオタクミの脳内に響く。

『まずい…これはまずいぞ、オタクミ殿! アーグ殿の分析通りだ! 女王の『負のエネルギー』による包囲網は完璧だ。このままでは、ラザリス一帯の創生エネルギーが完全に枯渇してしまう…!』


その時、ずっと黙っていたセラが、ナイフをテーブルに突き立て、低い声で言った。

「……もう逃げるしかないんじゃないの」


その言葉は、もはやこの場の総意のように響いた。

正論が、希望を殺していく。


カフェの中は、まるで葬式のような、重苦しい空気に満ちていた。

オタクミもまた、テーブルに肘をつき、顔を覆ったまま、一言も発しない。


彼の脳内では、ゴルドスがなおも叫んでいた。

『オタクミ殿! 何とか言うのだ! このままでは、皆の心が折れてしまうぞ!』

(…うるさいな。今、考えてんだよ…)





重い沈黙が、どれくらい続いただろうか。

皆が、諦めの色を瞳に浮かべ始めた、その時。


顔を覆っていたオタクミの肩が、くっくっく、と小さく震え始めた。


「…は、はは…。あははははははははは!!!」


突然の哄笑に、仲間たちがぎょっとする。

「お、おい、あんた、ついに頭が…」


セラの言葉を遮り、オタクミはテーブルをバンと叩いて立ち上がった。

その瞳は、狂気と、そして底なしの歓喜が入り混じったように、ギラギラと輝いていた。


「違う! 違うんだよ、お前たち! 全員、根本的に間違っている!」


彼は、アーグが描いた赤い包囲網の地図の中心に、力強く指を突き立てた。


「お前たちは、女王と同じ土俵で考えているから負けるんだ!

俺たちは、金と権力の土俵では戦わない! 相手を、俺たちの土俵…『尊み』と『情熱』の沼に引きずり込むんだよ!!」


そして、彼は語り始めた。それは、彼が愛してやまないアニメ『輝星のルミナス』の、伝説と語り継がれる一場面だった。


「――敵の四天王が張った『絶望結界』に街が覆われ、人々は希望を失い、ルミナスたち魔法戦姫は、力の源である人々の祈りを得られずに、絶体絶命のピンチに陥った回があったんだよ。」


彼の声は、まるで吟遊詩人のように、静かに、しかし熱を帯びて響き渡る。


「だが、その時、奇跡が起きた。たった一人の、ルミナスを信じる小さな女の子が、隠し持っていたチョークで、地面にミスティア様の絵を描き始めたんだ。…しかもあのチョーク、第3話でお母さんから“お守り”として渡されていたものだったんだぞ! あそこで伏線回収とか、脚本神すぎるだろ!!(早口)」


『あのシーンか!!拙者も好きなシーンでござる!あと早口になってるぞよ。』

ゴルドスが、興奮気味に相槌を打つ。


「その小さな絵を見た別の子供が、ルミナスの主題歌を口ずさんだ。その歌が、また別の誰かに伝わって…。絵を描く者、歌を歌う者、小さな祈りを捧げる者…。一人、また一人と、民衆の間に、小さな『好き』の輪が広がっていったんだ!!」


オタクミの声が、震え始める。

「敵は、巨大な魔力や軍隊は支配できても、名もなき一個人が、自分の家で、自分の心の中で灯す、その『小さな光』までは支配できなかった!」


『その通り! 中央集権的な支配は、分散型の抵抗に弱い! それは世界の真理なのだ!』


「やがて、街中に溢れた無数の小さな光が、巨大な希望の奔流となって絶望結界を内側から打ち破り、ルミナスたちに、逆転の力を与えたんだ!!」


語り終えたオタクミは、仲間たちに向き直った。

その瞳は、物語の主人公のように、強く、輝いていた。


「お前たち、もう分かるだろ! 今、俺たちがやられてることは、これと全く同じなんだよ! 女王ロザリアは、『公式』のチャンネルを支配した。だが、彼女は、このラザリスに住む一人ひとりの心の中にある、『チョークで描いた絵』までは支配できない!」


「リアのお絵描き教室が、俺たちのチョークだ! 俺たちが作る『ルミナス通信』が、俺たちの主題歌なんだ!」


『そうだ、オタクミ殿! それしかあるまい! 我々がやるべきは、女王の土俵で戦うことではない! 新たな『文化』という土俵を、このラザリスに創造することなのだ!』


『輝星のルミナス』という一つの物語によって、一行の心は、完全に一つになった。

絶望は消え、そこには、巨大な敵に立ち向かう、揺るぎない決意だけが残っていた。


「私たちも…その、チョークで絵を描いた、小さな女の子と…同じ…」

リアが、涙ぐみながら呟く。


「…草の根の革命。ふん、悪くない響きじゃない」

セラの口元に、不敵な笑みが浮かんだ。


「なるほど。女王が支配する『公式市場』ではなく、我々が『非公式市場(同人文化)』を創造し、そこで経済圏を確立する…。これは、戦争ではなく、革命だ。…実に、面白い!!」

アーグが、深く頷いた。


オタクミは、仲間たちの顔を見渡し、拳を握りしめた。


「そうだ! 俺たちがこれからやるのは、ただの反撃じゃない! 『輝星のルミナス』第18話、『小さな光を集めて』の、リアルイベントだ!」


そして、彼は高らかに宣言した。


「さあ、反撃開始だ! 俺たちのやり方で、あの女王様に教えてやるんだ。本当の『価値』ってやつをな!!」


オタクミが鞘神を持って手を出し、リア、セラ、アーグが拳を重ねる。


「「「おおおおお!!!」」」


カフェ『KIRABOSHI』の天井を突き抜けるような雄叫びが、夜明け前のラザリスに響き渡った。

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