創刊!ルミナス通信 その2
「できたぁぁぁ!!」
ラザリスのカフェ『KIRABOSHI』に、俺の歓声が響き渡った。
テーブルの上には、刷り上がったばかりの紙の束。
その一番上には、大きな文字が踊っている。
『ラザリス・ルミナス通信 創刊号』
「……長かった」
「主にお前の原稿のせいだがな」
アーグが冷静に言った。
「そこは感動を分かち合うところだろ!?」
「工房へ渡す直前まで、ミスティアの説明を追加しようとしていただろう」
「一行だけ!」
「七行だった」
「細かい!」
結局、巻頭特集は大幅に削られた。
俺が厳選したミスティア様の魅力三つと、好きになったきっかけ。それでも、愛情を詰め込んだ渾身の原稿だ。
「先生、本当にできたんですね!」
リアが一部を手に取り、目を輝かせる。
ページをめくると、彼女の描いた四コマ漫画『はしれ!ぴーちゃん』が載っていた。
「わあ……! 私の絵が、こんなふうに!」
「どうだ! 自分の絵が印刷される感動は!」
「すごいです! 私が描いた一枚が、こんなにたくさん!」
リアは何度も紙面を眺めた。
横からセラが覗き込む。
「ちゃんと最後、転ぶことにしたのね」
「はい! ぴーちゃんが飛べるのを忘れて、夢中で走って転ぶんです!」
「……本物は怒らないかしら」
シエルの肩で、ぴーちゃんが首を傾げた。
「はしれ! はしれ!」
「本人は気に入ってるみたいだな」
俺が笑うと、シエルも小さく頷いた。
「……かわいい」
次のページには、セラの『ラザリスごはん案内』。
料理の特徴や店の雰囲気が、簡潔な文章で紹介されている。
「おお! これなら食べに行きたくなる!」
「本当にそう思う?」
「もちろん!」
「……なら、いいけど」
セラは少し照れくさそうに目を逸らした。
「自分の文章がこんなふうに載るの、変な感じね」
「それが創刊の醍醐味だ!」
「また難しい言葉を」
アーグが紙面を確認する。
「街の物語紹介も間に合ったな」
そこには、以前リアが気にしていた騎士の物語が載っていた。
吟遊詩人に改めて話を聞き、掲載の了承を得たものだ。
リアの挿絵には、顔の見えない騎士の背中。その向こうには、帰る場所へ急ぐ人々の姿がある。
「……格好いいな」
「ありがとうございます!」
「ただし、騎士の姿はリアの想像だ。そこは記事にも書いてある」
「分かってるって!」
誰かが語った物語を、別の誰かが絵にする。
それがまた別の誰かへ届く。
その第一歩が、目の前にあった。
◇
「さて! いよいよ配布だ!」
俺は紙の束を抱え、市場へ飛び出した。
「ラザリス・ルミナス通信! 創刊号です! 無料で読めます!」
だが、通行人の反応は薄い。
「無料? 何か買わされるんじゃないのか?」
「違います! 読み物です!」
「怪しいな……」
「何で!?」
隣でアーグがため息をついた。
「お前の勢いが怪しさを増している」
「熱意だよ!」
「初めて聞く者には区別がつかん」
俺は胸を押さえた。
確かに、無料というだけで警戒されるのも無理はない。
「じゃあ、どうすれば……」
「中身を見せればいいだろう」
アーグは一部を開いてみせた。
「絵や読み物、街の食事処の紹介が載っています。気になるものがあれば、持っていってください」
すると、近くにいた女性が足を止めた。
「あら。このお店、知ってるわ」
「『ラザリスごはん案内』です!」
セラが説明する。
「自分で食べておいしかったものだけ紹介してるの。よかったら読んでみて」
「へえ。あそこの料理、私も好きなのよ」
女性は紙を受け取り、楽しそうに読み始めた。
「……渡せた」
俺が呟く。
「一部目だな」
アーグが頷いた。
「よし! この調子で――」
「叫ぶな」
「はい!」
◇
そこからは、少しずつ様子が変わっていった。
「ねえ、この鳥なに?」
小さな子どもがリアの漫画を指差した。
「ぴーちゃんっていう鳥さんだよ」
リアがしゃがんで答える。
「どうして走ってるの? 飛べるんでしょ?」
「それはね……」
リアが答えるより早く、子どもが笑った。
「飛ぶの忘れちゃったのかな!」
「……そうかもしれないね!」
リアも笑う。
子どもは最後のコマを見て、もう一度笑った。
「次は飛んでほしい!」
「うん。考えてみる!」
少し離れた場所では、青年がアクスタの記事を読んでいた。
「窓辺に飾る、か……」
隣にいた友人が言う。
「俺なら棚の上だな。小物を並べたら面白そうだ」
「それなら、景色を描いて後ろに置くのもよくないか?」
「お、それいいな!」
俺は思わず足を止めた。
記事に書いていない楽しみ方が、もう生まれている。
「……すげえ」
「何が?」
セラに聞かれ、俺は二人を指差した。
「あれだよ! 俺たちが考えてない遊び方を、あの人たちが考えてる!」
「そうね」
「俺が百通り説明するより、自分で思いつく方が楽しいのかもな」
セラは小さく笑った。
「やっと分かった?」
「前から分かってたし!」
「どうだか」
別の場所では、騎士の物語を読んだ老人がリアの挿絵を見つめていた。
「……昔、似たような話を聞いたことがある」
「本当ですか?」
リアが尋ねる。
「ああ。ただ、私が聞いた話とは少し違うな」
リアは一瞬、不安そうな顔をした。
だが、老人は穏やかに笑った。
「だから面白い。語る人によって、いろんな姿になるんだろう」
「……はい!」
リアの表情が明るくなった。
同じ話を聞いても、思い浮かべる景色は人によって違う。
きっと、ミスティア様だってそうだ。
俺が好きなところと、誰かが好きになるところは、同じじゃなくてもいい。
そう考えると、なんだか嬉しかった。
◇
夕方。
配布を終えた俺たちは『KIRABOSHI』へ戻ってきた。
「……疲れたぁ」
椅子へ沈み込むと、アーグが残った紙の束を数え始めた。
「初日に全部なくならなかったのは、むしろよかった」
「ええ!? 余ったんだぞ!?」
「必要な人へ少しずつ渡せばいい。最初から全員が読むわけではない」
「……なるほど」
「追加印刷を考えるなら、反応を見てからだ」
さすがアーグ。相変わらず現実的だ。
その時、店の入口から声がした。
「あの、ここでルミナス通信を作ってるって聞いたんだけど」
顔を上げると、若い女性が立っていた。
「そうです! 編集長のオタクミです!」
「編集長……?」
「はい!」
女性は少し戸惑いながら、一部を取り出した。
「この料理の記事、面白かったわ。私の知ってるお店も紹介してほしいんだけど」
「えっ!」
セラが顔を上げた。
「どんなお店?」
「小さな店なんだけど、焼き菓子がおいしいの。あまり知られてなくて」
「……それ、気になる」
セラの目が輝く。
女性はさらに続けた。
「それと、この漫画。うちの弟がすごく気に入ってたの。次もある?」
「あります!」
リアが勢いよく答えた。
「……たぶん!」
「どっちなのよ」
セラが突っ込む。
女性は笑いながら、店を出ていった。
「……今の」
俺は呟いた。
「読者からの感想だな」
アーグが言う。
「それだけじゃないぞ! 次の記事の情報まで持ってきてくれた!」
思わず立ち上がる。
「これだよ! 俺がやりたかったのは!」
『……紙が人をつないだわけか』
「そう! ゴルドス、今日はいいこと言うな!」
『今日は、とは何だ』
「褒めてるんだよ!」
リアが自分の漫画を見つめている。
セラは早くも、焼き菓子の店へ行く日を考え始めていた。
「……私も」
シエルが小さく口を開いた。
「……いつか、何か書いてみたいかも」
「歌のこと?」
「……まだ分からない。でも、読んでくれる人がいるなら」
俺は頷いた。
「その時はぜひ!」
「……うん」
シエルが微笑む。
まだ何を書くかも、誰の前で歌うかも決まっていない。
それでいい。
自分で選んだ時に、手伝えればいいんだ。
「さて」
アーグが紙の束を整えた。
「次号を出すなら、収支の計算が必要だぞ」
「……出したい!」
「なら一緒に計算してもらう。今回の費用と、次回の見込みを確認するんだ」
「分かった! 編集長として俺もやる!」
「ほう」
アーグが少し驚いた顔をした。
「成長したじゃないか」
「任せろ! 数字だってミスティア様への愛で乗り越えて――」
差し出された帳面を見た。
紙代。
印刷代。
配布にかかった費用。
次号の予定部数。
そして、ずらりと並ぶ計算欄。
「…………」
「どうした?」
「……アーグ」
「何だ?」
「これ、全部やるの?」
「当然だ」
「うわあああ! 編集長って大変すぎるだろぉぉぉ!!」
「だから最初に言っただろう!」
リアが笑い、セラが呆れ、シエルも小さく笑った。
テーブルの上には、一部の『ルミナス通信』が置かれている。
俺たちが好きなものを詰め込んだ、まだ小さな読み物。
けれど、次に紹介してほしい店があるという人も、漫画の続きを待つ人も、もう現れた。
俺は創刊号の表紙をもう一度眺めた。
「……よし。次も面白いもの、作ろうぜ!」
その横で、アーグが帳面を開く。
「まず計算だ」
「分かってるって!」
ラザリスに生まれた小さな通信は、確かに誰かの手へ届き始めていた。




