創刊!ルミナス通信 その1
ラザリスのカフェ『KIRABOSHI』に、オタクミの声が響いた。
「諸君! 我々は今、歴史の転換点に立っている!」
「座って」
「まだ始まったばっかりだろ!?」
「店だから」
セラに睨まれ、オタクミは渋々椅子へ戻った。テーブルには、大きな文字で題名を書いた羊皮紙がある。
「以前ぶち上げた『ラザリス秋葉原化計画』、覚えてるだろ!」
「忘れるわけないでしょ。街を変えるって騒いだやつね」
「作る人、選ぶ人、語る人が出会える街だ! でも最近気づいた。リアの絵もアクスタも、知らない人には届かない。シエルたちが歌の練習を始めたことだって、俺たちしか知らない!」
「まだ練習を始めたばかりだけどね」
「だからこそだよ! 今、誰かが何かを始めてる。その面白さを伝える場所が欲しい!」
オタクミは羊皮紙を広げた。
「そこで! 無料で配る読み物――フリーペーパー『ラザリス・ルミナス通信』を作る!」
「無料?」
アーグの目が鋭くなった。
「紙代は?」
「愛!」
「印刷代は?」
「情熱!」
「配布費用は?」
「根性!」
「却下だ」
「早い!!」
オタクミは抗議しかけたが、紙の端に『制作費を考える』と書き足した。
『珍しく素直だな』
「俺だって成長するんだよ!」
「毎回自分で言わないで」
リアが笑った。その横で、シエルが小さく首を傾げる。
「……それ、何を書くの?」
「この街の面白いもの! 作った人の話! 読んだ人が『ちょっと気になる』と思えるもの!」
「……好きにならなくても?」
「もちろん。読んで、自分には違うと思ってもいい。知らなかったものに出会えたら、それだけで一歩だろ?」
シエルは考えてから頷いた。
「……私、読んでみたい」
「読者第一号確保!」
「まだ一文字も完成してないわよ」
◇
「では創刊号の企画会議! 巻頭特集はミスティア様の魅力を語る五千文字論文!」
「長い」
「まだ内容言ってない!」
「題名は?」
「『クーデレの定義とキャラクター性の深淵について』!」
「題名も長い」
「名作の香りしかしないだろ!」
リアがおずおずと手を上げた。
「先生。初めてミスティア様を知る人には、少し難しいかもしれません。それより、先生がどうして好きになったのか、読んでみたいです」
オタクミは言葉を止めた。
ミスティアの美点はいくらでも語れる。だが、自分が好きになった理由を言葉にするのは、まだ難しい。
「……じゃあ、好きなところを三つ。あとは俺が惹かれた時の話を書く」
「いいですね!」
「残り四千文字は?」
「削れ」
「俺の愛がぁぁぁ!」
『編集長も楽ではないな』
「今なら分かる……!」
「まだ一つ目よ」
セラに呆れられながら、次の企画へ移る。
「アクスタの楽しみ方だ! リア、何かある?」
「窓辺に飾るのが好きです。光で絵の見え方が変わるので」
「朝日のミスティア様! 夕日のミスティア様! 曇っても最高!」
「結局いつでもいいのね」
「当然!」
セラは少し考えた。
「旅先の景色と並べて眺めるのは?」
「『旅するアクスタ』! 採用!」
「すぐ名前つけるわね」
シエルもアクスタを見つめる。
「……ぴーちゃんと一緒に置くのも、楽しそう」
「お前は本物の鳥だろ!」
「でも、知らない人が見たら、どうして一緒にいるのか気になると思う」
リアが頷いた。
「そこから自分でお話を考える人もいそうですね」
オタクミは紙に一行を加えた。
『あなたなら、どう飾りますか?』
自分の正解を並べるだけではなく、読む人に続きを渡す。
それも悪くなかった。
◇
「次は漫画!」
「描いてみたいです!」
リアは早速、丸い鳥が走る四コマを描いた。転びかけ、羽を広げ、最後には得意げな顔をしている。
「『はしれ!ぴーちゃん』です」
「かわいい! 連載決定!」
「先生、まだ一作目です!」
「……続き、描きたい?」
「はい!」
「なら連載候補!」
「妙に慎重になったわね」
「学習の成果!」
セラが絵を覗く。
「最後は転んだ方が面白くない?」
「でも、ぴーちゃんは飛べますよ?」
「飛べるのに走ってるから面白いんでしょ」
「あ、なるほど!」
二人は顔を寄せ、結末を考え始めた。
オタクミはその様子を眺めて微笑む。自分が何も言わなくても、新しいものが生まれている。
「セラにはグルメコラムを頼みたい!」
「何で私?」
「食べ物の感想に遠慮がないから!」
「……自分でおいしいと思った店なら、書いてもいいけど」
「『セラの胃袋は嘘をつかない』!」
「嫌」
「『食え! ラザリス!』!」
「もっと嫌」
「じゃあ何がいいんだよ!」
「『ラザリスごはん案内』でいいでしょ」
「普通! でも採用!」
オタクミはシエルへ向き直った。
「歌の話も載せたいけど……シエルはどう思う?」
「……まだ、分からない」
「なら保留。載せたくなったら教えて」
「……いいの?」
「当然。誰かの前で歌うかどうかも、シエルが決めることだからな」
シエルの顔が少し緩んだ。
「でも、いつかライブをやりたいって思ったら、俺は全力で手伝う!」
「それは分かってる」
「分かってます」
「疑いようがない」
『まず静かに応援する方法を覚えるべきだな』
「全員して何だよ!?」
シエルが小さく笑った。
「他には街の話も欲しいな」
「あの吟遊詩人さんはどうでしょう?」
リアの提案に、オタクミは夜の広場を思い出す。
帰る場所を守るために立った、名もない騎士の物語。
「あの話、俺も気になる!」
「載せるなら本人に許可を取れ。ほかの記事と同じだ」
「了解! まず話を聞きに行こう」
紙には『街の物語紹介――取材・掲載確認待ち』と書かれた。
◇
「……で、これを全部どう収める?」
アーグが企画書を見て言った。
「ページを増やす!」
「費用も増える」
「ぐっ!」
「最初は小さく作れ。部数も、印刷できる紙面も工房に確認する。無料だからといって無尽蔵に配れるわけではない」
オタクミは紙面を見下ろした。
仲間が考えた企画を、できれば全部載せたい。だが、無理をすれば次が作れなくなる。
「……まず一号をちゃんと作る。それから考えるか」
「その方がいい」
「アーグに褒められた!」
「褒めてはいない」
アーグは工房へ相談に出かけ、夕方には紙の大きさと費用の目安を持ち帰った。
正式発注は原稿が揃ってから。そこだけはオタクミも素直に頷いた。
夜になっても『KIRABOSHI』の一角では作業が続いていた。
「……削れねえ」
「削れ」
「ミスティア様の魅力は削るほど新しい魅力が湧くんだよ!」
「紙面は増えないぞ」
「無慈悲!」
やがてオタクミは原稿を抱えたまま突っ伏し、あっという間に寝息を立て始めた。シエルもぴーちゃんと先に休んでいる。
セラは周囲を見回し、リアへそっと顔を寄せた。
「……例の絵。新作ある?」
「ありますよ。とびっきりのが」
リアが荷物の奥から、別のスケッチブックを取り出す。
「……姉御、例のブツが仕上がってますぜ」
「……よくやったわ」
二人は笑いをこらえてページを開いた。
男の姿になったミスティアと、同じく男の姿になったオタクミ。雨の中で身を寄せ合い、桜の下で見つめ合う二人が描かれている。
「ちょっとリア! 前より距離が近くない!?」
「セラさんのご意見を参考にしました!」
「言ったけど……!」
次のページでは、片方が壁に手をつき、もう片方へ顔を寄せていた。
「こ、これは……!」
「静かに! 先生が起きちゃいます!」
その時、背後から低い声がした。
「……何をしている」
アーグだった。
「姉御、ブツ、取引。聞き覚えのある言葉ばかりだな」
「違うの!」
「何が違う?」
アーグがスケッチブックを覗き込み、固まった。
「…………これは」
「絵です!」
「見れば分かる! なぜこの二人が、こんな距離で……!」
「解釈です!」
「何の!?」
手元の茶を飲もうとしたアーグが、盛大に噴き出した。
「ぶふぉっ!?」
騒ぎにオタクミが目を覚ます。
「……んあ? 何だ?」
真っ赤な顔のリアとセラ。茶を噴き出したアーグ。
オタクミは寝ぼけたまま考え、にやりと笑った。
「分かった! 俺のミスティア様特集に感動して、尊みでむせび泣いたんだな!」
「違う!」
「分かるぞ! ミスティア様の魅力は文字にすればさらに――」
「寝て!」
「なんで!?」
リアは必死にスケッチブックを閉じ、アーグは深いため息をついた。オタクミだけが満足そうに頷く。
「……よし。ルミナス通信、これはいけるな!」
「何を根拠に!?」
「人の心をこんなに動かせるんだぞ!」
テーブルの上には、まだ完成していない紙面が広がっていた。
絵。物語。食べ物。誰かの好きなもの。そして編集長の知らないところで生まれた、秘密の創作。
『ルミナス通信』が街へ届くのは、まだ少し先のこと。
けれどその夜も、ラザリスでは誰かの「好き」から、新しい物語が生まれていた。




