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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
3 アイドルプロデュース編

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始まりのレッスン

 森からラザリスへの帰り道。


「……もう一歩も動けん」


 オタクミが道の真ん中で膝をついた。


「さっきから何回目よ、それ」


「違うんだセラ。これはただの疲労じゃない。巨大ロボを動かした主人公が、最終決戦のあとに迎える尊い脱力シーンなんだ」


「まだ帰り道なんだけど」


「エンディングテーマを流してくれ……」


「自分で歩きなさい」


 セラは容赦なく言い放った。


 巨大ゴーレムを動かすために尊輝を使い果たしたオタクミは、すっかり足取りが重くなっていた。途中で何度も《タクミ・ブレイザー》を抜いてはミスティアを拝み、回復を試みている。


 だが、どうにも追いつかないらしい。


「ミスティア様……今日もお美しい……。でも今は、見るだけじゃなくて抱き枕になってほしい……」


『神器を抱き枕にするでない』


「じゃあゴルドスが背負ってくれ」


『拙者は鞘ぞ!?』


「役に立たんなぁ!」


『無茶を申すな!』


 そんなやり取りを聞きながら、リアが小さく笑った。


「でも先生、あのゴーレムはすごかったですね!」


「だろ!? あれは男のロマンの結晶だ!」


「岩の塊だったけどね」


「セラ! ロマンに素材の話を持ち込むな!」


 アーグが呆れたように首を振る。


「それにしても、あれだけ尊輝を消費するとはな。戦うたびに倒れられては困るぞ」


「安心しろ。次からはもっと燃費のいいロボを目指す!」


『そもそも次も出せるとは限らぬぞ』


「夢のないこと言うなよ!」


 オタクミの叫びに、また笑い声が上がる。


 その少し後ろを、シエルが歩いていた。


 肩にはぴーちゃんが乗っている。小鳥は時折短く鳴き、シエルの顔を覗き込んでいた。


「……ぴーちゃん」


「ぴっ」


「さっきの歌……どうだったかな」


 返事の代わりに、ぴーちゃんが首を傾げる。


 シエルは森の方を振り返った。


 親獣が子どもを連れて去っていった姿が、まだ目に残っている。


 自分の歌を聞いていたのだろうか。


 それとも、ただ子どもが無事だったから、襲わずに帰っていったのだろうか。


 答えは分からない。


 けれど、歌っている間、シエルは確かに親獣を見ていた。


 怖がっていることも、子どもを心配していることも、全部分かったわけではない。


 それでも、見ていた。


「シエル?」


 隣に並んだリアが声をかける。


「どうしました?」


「……あのね」


「はい」


「私、今まで……歌えば伝わると思ってた」


 リアは黙って続きを待った。


「ちゃんと歌えば、きれいに歌えば……きっと誰かに届くんだって。でも、そうじゃないこともあるんだね」


「……そうですね」


「それなのに、今日の歌は……少し楽しかった」


 シエルが不思議そうに自分の胸へ手を当てる。


「怖かったのに。ちゃんと届いたかも分からないのに」


 リアはしばらく考えてから、笑った。


「私も、絵を描いていて似たようなことがあります」


「絵?」


「はい。自分ではうまく描けたと思ったのに、先生が全然違うところを褒めてくれたり。逆に、私が大事だと思ったところに気づいてもらえなかったり」


「……そうなんだ」


「でも、だから次はどう描こうかなって考えるんです」


 シエルが目を瞬かせた。


「次……」


「はい!」


 リアは嬉しそうに頷いた。


「一回で全部伝わらなくても、また描けますから」


 シエルはその言葉を、ゆっくり胸の中で繰り返した。


 また、歌える。


 そう思うと、少しだけ足取りが軽くなった。


 ◇


 ラザリスへ戻る頃には、日も傾き始めていた。


 カフェ『KIRABOSHI』の扉を開けると、温かな料理の香りが一行を迎えた。


「お帰りなさい!」


 エルマが笑顔で振り返る。


「みなさん、お疲れさまでした。あら、オタクミさん?」


「……エルマさん」


「はい?」


「俺に……糖分を……」


「えっ!?」


「尊輝は空っぽ! 体力も限界! 今の俺に必要なのは、推しと甘味と休息だぁ……!」


 オタクミは近くの椅子へ崩れ落ちた。


「最後までうるさいわね」


 セラが呆れながら向かいの席に座る。


 エルマは事情を聞いて目を丸くしたが、すぐに笑顔を取り戻した。


「それなら、今日はたくさん食べていってくださいね!」


「女神だ……!」


『拙者の前で軽々しく神を増やすな』


 ほどなくして、テーブルには温かな料理が並んだ。


 香ばしく焼かれたパン。野菜のたっぷり入ったスープ。柔らかく煮込まれた肉料理。


 オタクミは目を輝かせた。


「うおおお! これだよこれ! 戦闘後の飯イベント!」


「食べる前に叫ばないで」


「セラには分からんのか!? 死闘を終えた仲間たちが囲む食卓! これもまた物語の醍醐味!」


「分かったから冷める前に食べなさい」


「いただきまぁぁぁす!」


 騒がしい食事が始まった。


 アーグは倒木の重さについてリアと話し、セラは親獣が最後まで襲ってこなかったことに安堵していた。


 シエルはその会話を聞きながら、静かにスープを飲んでいた。


 すると、オタクミがこちらを見る。


「そうだ、シエル」


「……なに?」


「今日の歌、よかったぞ!」


 シエルの手が止まった。


「……本当?」


「もちろん! あのタイミングで歌が入るとか最高すぎた! 巨大ロボ! 怪獣! 仲間の歌! あれはもう劇場版クライマックスだ!」


「先生、そればっかりですね」


 リアが笑う。


「だって最高だったんだもん! ……いや、それだけじゃないぞ」


 オタクミは勢いよく答えたあと、シエルへ向き直った。


「俺が一番嬉しかったのは、シエルが自分で歌うって決めたことだ」


 シエルが顔を上げる。


「俺が歌えって命令したわけじゃない。あの親獣をどうにかしたくて、お前が自分で歌ったんだろ?」


「……うん」


「だったら、まずはそこが大事なんじゃないか?」


 シエルは黙って考えた。


「……でも、私の歌が届いたかは分からない」


「おう」


「本当に、あの子を安心させられたかも……」


「うん」


 オタクミは頷いた。


「じゃあ、これから確かめていけばいいだろ」


「……これから?」


「そうだ! 歌うのは今日で終わりじゃないんだからな!」


 その言葉に、シエルは少し驚いた顔をした。


 今まで、歌はただ歌うものだった。


 上手に歌う。


 きれいに歌う。


 聞いてもらう。


 けれど、誰かが何を感じたのか、どうしてそう感じたのか。そこまで考えたことは、あまりなかった。


「……私、もっと知りたい」


 小さな声だったが、テーブルの仲間たちには届いた。


「歌うことも……聞いてくれる人のことも」


 リアが嬉しそうに微笑む。


「いいですね!」


「そうね」


 セラも頷いた。


「歌が上手なのは分かってるけど、シエル自身が何を歌いたいのかも大事だもんね」


「……セラ」


「何?」


「私……まだ、うまく説明できないと思う」


「別に今すぐ全部説明しなくていいでしょ」


 セラはスープをひと口飲んでから、続けた。


「分からないなら、一緒に考えればいいじゃない」


 シエルは目を丸くした。


 それから、ゆっくり微笑んだ。


「……うん」


 その様子を見ていたオタクミが、突然立ち上がった。


「決めたぁぁぁ!!」


「今度は何!?」


「シエル! レッスンだ!」


「……レッスン?」


「そう! 歌って、試して、考えて、また歌う! これぞアイドル育成の王道!」


「今いい話だったのに、また変な方向へ持っていこうとしてる!」


「変じゃない! アイドルは一日にして成らずだ!」


『お主の場合、まず本人が何を望んでおるか聞くべきではないか?』


「……あ」


 オタクミが固まった。


 セラが冷たい視線を向ける。


「ほらね」


「いや、待て! ちゃんと聞く! シエル!」


「……はい」


「レッスン、やってみたいか?」


 シエルは少し考えた。


 知らないことが、たくさんある。


 自分の歌についても、誰かに聞いてもらうことについても。


 だから。


「……やってみたい」


 その返事を聞いた瞬間、オタクミは両手を突き上げた。


「よっしゃあああ! アイドル育成編、本格始動ぉぉぉ!!」


「だから、あんたが一番楽しんでるでしょ!」


「当然だろ! 仲間が自分で歌いたいって言ってるんだぞ! 応援するに決まってるだろ!」


 セラの突っ込みとオタクミの叫び声が、店内に響いた。


 エルマはそんな一行を見ながら、楽しそうに笑っていた。


 ◇


 数日後。


 ラザリスの地下レッスンスタジオには、シエルとセラの姿があった。


 オタクミとリアも様子を見に来ている。


「さあ! 記念すべき第一回レッスンだ!」


 オタクミが腕を組み、満足そうに頷く。


「まずは発声練習! そしてリズム! 表現力! 最後は俺の考えた最強のアイドルソングを――」


「先生」


「はい」


「今日はシエルの歌を聞くところから始めませんか?」


 リアの提案に、オタクミが止まった。


「……なるほど」


 セラが腕を組む。


「それに、教えるって言っても、シエルはもう十分歌えるじゃない。何を習うの?」


「確かに!」


「あんたが決めたんでしょうが!」


 オタクミは腕を組み直し、真剣な顔で考え始めた。


「……よし。じゃあ、まずはシエルに聞こう」


 シエルが顔を上げる。


「シエル。お前は、どんな歌を歌いたい?」


「……どんな歌」


「そう。上手いとか下手とかじゃなくて、お前が歌いたい歌だ」


 シエルはすぐには答えられなかった。


 歌いたい。


 それは確かだ。


 けれど、どんな歌を歌いたいのか。


 何を伝えたいのか。


 誰に聞いてほしいのか。


 考えてみると、まだ分からないことばかりだった。


「……分からない」


 シエルは正直に答えた。


「でも……この前、森で歌った時みたいに……誰かを見て歌いたい」


 オタクミは黙って頷いた。


「怖がっている人がいたら……その人が怖いって思ってることを、ちゃんと見たい」


「うん」


「楽しい人がいたら……何が楽しいのか、知りたい」


 シエルは自分の胸に手を当てた。


「その人が何を思ってるか、全部は分からないけど……」


 少しだけ笑う。


「私も、何かを感じながら歌いたい」


 スタジオに静けさが落ちた。


 最初に口を開いたのはセラだった。


「……じゃあさ」


「……?」


「私にも教えてくれない?」


 シエルが驚いて顔を上げる。


「……セラに?」


「そう。私、歌なんてちゃんと習ったことないし」


 セラは少し照れくさそうに視線を逸らした。


「それに、森で親獣が飛びかかってきそうになった時、私にはあの子を止めることしか考えられなかった」


「……うん」


「でもシエルは違ったでしょ。怖がってるあの子を見て、それでも歌おうとした」


 セラはシエルへ視線を戻した。


「私には、あんな状況で歌おうなんて思えなかった。だから、シエルが何を考えてたのか、ちょっと知りたいのよ」


「……私が、教えるの?」


「嫌?」


「ううん!」


 シエルは慌てて首を振った。


「でも……私もまだ、分からないことがいっぱいある」


「だったら、一緒に試せばいいじゃない」


 セラは笑った。


「最初から全部知ってる先生じゃなくても、別にいいでしょ?」


 シエルは、その言葉を聞いてしばらく考えた。


 誰かに歌を教える。


 今まで、自分がそんなことをするとは思っていなかった。


 歌の答えを知っているわけでもない。


 けれど、誰かと一緒に声を出して、聞いて、考えることならできるかもしれない。


「……うん」


 シエルが頷く。


「一緒に、やってみよう」


 セラが微笑んだ。


「よろしくね、シエル先生」


「……先生?」


 シエルが目を丸くする。


 その瞬間。


「尊いぃぃぃぃ!!」


 オタクミが叫んだ。


「シエル先生! セラ生徒! これはもう師弟ユニット結成じゃないか! リア先生もいるし、うちの事務所、先生だらけだぞ!」


「勝手に事務所にしないで!」


「いや待て! 先生同士でユニットを組む可能性もある! 教師系アイドル! これは新しい!」


「もう黙って見てなさい!」


 セラが怒鳴る。


 リアは笑いながら、オタクミの袖を引いた。


「先生、二人の邪魔になっちゃいますよ」


「……む」


 オタクミは口を閉じた。


 シエルとセラが、スタジオの中央に並んでいる。


「じゃあ、何から始める?」


 セラが尋ねた。


 シエルは少し考えてから答えた。


「……まず、声を出してみようか」


「声?」


「うん。うまく歌おうとしなくていいから……どんな声が出るか、聞いてみたい」


「分かった」


 セラは息を吸った。


「あー……」


 少し不安定な声が、スタジオに響く。


 セラが眉をひそめた。


「……何か変じゃない?」


「……ううん」


 シエルは首を横に振る。


「セラの声だよ」


「そりゃそうでしょ」


「……うん」


 シエルは小さく笑った。


「だから、まずはそこからでいいと思う」


 セラは一瞬きょとんとして、それから笑った。


「何よ、それ」


「……私も、まだ考えてるところ」


「先生も勉強中ってわけね」


「……うん」


 二人は顔を見合わせて、笑った。


 その横で、ぴーちゃんが楽しそうに鳴く。


「ぴっ、ぴぴっ!」


「おお! ぴーちゃんも参加するのか!」


 オタクミが目を輝かせる。


「これは三人ユニットか!? いや、一羽混ざってるから二人と一羽!? ユニット名はどうする!?」


「先生!」


「はい、静かにします!」


 リアに叱られ、オタクミは慌てて口を押さえた。


 スタジオには、再びセラの声が響き始める。


 今度はシエルも一緒に声を出した。


 二つの声は、まだ揃っていない。音程も、息を吸うタイミングも違う。


 セラが途中で声を止めると、シエルも止まった。


「……今、私の方が早かった?」


「……うん、少しだけ」


「じゃあ、もう一回」


「うん」


 二人はもう一度、息を吸った。


 今度は、さっきより少しだけ長く声が重なった。


 シエルは隣を見る。


 セラもまた、シエルを見て笑っていた。


 その笑顔を見て、シエルも笑う。


 そして二人は、もう一度声を合わせた。


 ラザリスの小さな地下スタジオで、最初のレッスンが始まった。

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