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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
3 アイドルプロデュース編

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俺たちの歌を聴けぇ!!

 倒木の反対側へ回ったリアは、幹の根元を覗き込みながら何度も位置を変えていた。


「先生、こっちです! 全部持ち上げなくても、根元を少し動かせれば隙間ができます!」


「なるほど。力任せに上げるより現実的だな」


 アーグが地面へ膝をつき、幹の太さと傾きを確かめる。枝の一部が地面へ深く食い込んでいるせいで、見た目ほど単純には動かなさそうだった。


「支える場所がいる。ここが沈めば、逆に子どもの方へ重さがかかる」


「じゃあ俺が――」


 オタクミは《タクミ・ブレイザー》へ手をかけた。


 頑丈な神器を梃子にすれば早い。


 そう考えたところで、動きが止まる。


「……いや」


「何よ」


「傷つく」


 即座に手を離した。


 セラが額に手を当てる。


「今、一瞬使おうとしたでしょ」


「非常時だからな! だが非常時でも越えてはいけない一線がある!」


『ほう。ようやく拙者の価値にも気づいたか』


「じゃあ鞘を使おう」


『なぜ拙者ならよいのだ!?』


 ゴルドスの抗議を無視しながら、オタクミたちは位置についた。


 リアが動かす方向を見る。アーグが支点を決める。セラは親獣との距離を測り、いつでも割って入れるよう腰を落としている。


 シエルは少し離れた場所で、親獣を見ていた。


 まだ歌わない。


 約束したからだ。


 まず、聞けるところまで持っていく。


「せーの!」


 オタクミとアーグが幹へ力をかける。


 ぎしり、と木が鳴った。


 小さな獣が甲高い声を上げる。


「きゅうっ!」


「ブモォォォッ!」


 親獣が反応した。


 前脚が地面を蹴る。


「来る!」


 セラが駆け出した。


 だがその瞬間、森のさらに奥から、別の轟音が響いた。


 枝が折れる。鳥が一斉に飛び立つ。親獣さえ動きを止めた。


「……何?」


 リアが顔を上げる。


 木々の間から現れたのは、先ほどの親獣よりさらに大きな魔物だった。


 四足の巨体を岩のような外殻が覆い、額から太い角が一本伸びている。子獣の鳴き声か、騒ぎそのものに引き寄せられたらしい。


「いやいやいや! 追加注文してないんだけど!?」


「先生、たぶん注文制じゃありません!」


 岩肌の魔物が吠えた。


 今度は親獣まで後退する。


 明らかにこちらだけを狙っているわけではない。目の前にいる生き物すべてを、まとめて邪魔者と判断しているようだった。


 セラが舌打ちする。


「最悪。子どもを助けてる間に、あれまで相手にするの?」


「退けば子どもが残る」


 アーグが剣を構える。


「戦いながら動かすしかないな」


「いや」


 オタクミは岩肌の魔物を見た。


 次に、倒木。その向こうで怯えている親獣。そしてシエル。


「戦う場所が近すぎる」


「じゃあどうするのよ」


「場所を分ける!」


 オタクミは《タクミ・ブレイザー》を抜いた。


 陽光を受けて、ピンクメタリックの刀身が輝く。


「……うん、今日もいい」


「鑑賞してる場合!?」


「抜いたら見る!」


 セラの怒声を受け流しながら、オタクミは一瞬だけミスティアの姿を目に焼きつけた。


「よし。補給完了」


『今ので補給したのか!?』


「尊輝ってそういうもんだろ!」


 そして刀身を両手で握る。


 刃先を、地面へ向けた。


 そこで、ぴたりと動きが止まった。


「…………待て」


『今度は何だ』


「これ、地面に刺したら傷つかない?」


『今さらそこか!?』


 オタクミは刀身に描かれたミスティアを見つめた。


「いや、だって! ミスティア様の御尊顔に土がついたら俺は死ぬ! 傷なんか入った日には三日三晩泣く自信がある!」


「じゃあやめなさいよ!」


「だが!」


 倒木の下から、子獣の鳴き声が聞こえた。


 岩肌の魔物が前脚で地面を掻き、今にも突進しようとしている。親獣は逃げることもできず、子獣と魔物の間で身を震わせていた。


 オタクミはもう一度、刀身へ目を落とした。


 推しを傷つけたくない。


 それは今だって変わらない。


 けれど、目の前で助けを待っている命がある。


「……ミスティア様」


『お、おい?』


「申し訳ありません。今回は、ちょっとだけ無茶をします」


 オタクミは覚悟を決めた。


「あとで絶対磨きますからぁぁぁ!!」


 《タクミ・ブレイザー》を地面へ突き立てる。


「来いっ! 推しを傷つけず、みんなをまとめて守れる――でっかいやつぅぅぅぅ!!」


『今まさに推しを地面へ突き刺しておるではないか!』


「それ以上言うな! 俺が一番つらい!」


 地面が震えた。


「え?」


 リアが目を丸くする。


 剣の周囲から、土と岩が浮き上がる。


 一つ。二つ。


 いくつもの岩塊が吸い寄せられるように集まり、積み重なっていく。


『お、おいオタクミ殿! 尊輝がものすごい勢いで減っておるぞ!』


「知るか! 今はロマンが勝ってる!」


 岩が腕になる。太い脚が地面を踏みしめる。胴が起き上がり、最後に頭らしき塊が乗った。


 《タクミ・ブレイザー》を中心にして、巨大な岩の人型が森の中へ立ち上がる。


 沈黙。


 セラが見上げる。


「……何、これ」


「ゴーレム」


「見れば分かる!」


「巨大ゴーレム!」


「大きさの話してない!」


 オタクミは目を輝かせていた。


「やっべ……!」


「何が」


「ロボアニメだ……!」


「岩だけど」


「細かいこと言うな!」


 岩肌の魔物が咆哮し、その巨体で突っ込んできた。


「来た!」


 オタクミが剣の柄を握り直す。


 巨大ゴーレムも腕を上げた。


 両者の拳と角がぶつかり、森に鈍い衝撃が響く。


「うおおおおおっ!」


 オタクミが踏ん張る。


『重い重い重い! 尊輝が削れる!』


「巨大ロボ戦なんだから消費がデカいのは当たり前だろ!」


『当たり前ではない!』


 ゴーレムが魔物を押し返す。


 だが、その隙に倒木が軋んだ。


「先生!」


 リアの声。


 救出も終わっていない。


「アーグ! そっちは任せた!」


「言われなくてもやっている!」


 アーグが幹を支え、リアが枝の位置をずらす。


 セラは親獣との間に立ったまま、両方を見ていた。


 シエルだけが、その場で立ち尽くしていた。


 巨大な岩の拳。魔物の咆哮。叫び合う仲間たち。


 自分だけ、何もしていない。


「……私」


 喉に手を当てる。


 さっき歌った。


 届かなかった。


 でも。


 今、オタクミは巨大なゴーレムを動かしている。リアは地面に膝をついて倒木を見ている。アーグは必死に支えている。セラは親獣の動きを止めている。


 みんなが、何かをしている。


「シエル!」


 オタクミが叫んだ。


「歌いたいか!」


 命令ではなかった。


 シエルは一瞬驚き、それから親獣を見る。


 まだ怖がっている。子どもを見ている。巨大な音に耳を伏せている。


 その姿を見て、シエルは息を吸った。


「……歌う」


「よっしゃあ!」


 声が出る。


 最初は小さい。


 だが、今度は「怖くない」と一方的に伝えようとはしなかった。


 怖いよね。


 心配だよね。


 もう少しだけ待って。


 私たちも、この子を帰したい。


 そんな気持ちを、声に乗せる。


 ぴーちゃんが肩の上で旋律をなぞった。


 オタクミが振り返る。


「……来た」


「何が?」


 セラが叫ぶ。


「主題歌が!」


「主題歌じゃない!」


 だがオタクミの動きは明らかに変わった。


「うおおおおお! ここで歌が入るの最高すぎるだろ!」


『別にゴーレムへ何か流れ込んだわけではないぞ!』


「俺に流れ込んでる!」


『お主か!』


 シエルが歌う。


 その声に合わせるように、ゴーレムの拳が魔物の頭部を逸らす。


 低い音が続けば耐える。旋律が上がれば、オタクミも叫びながら腕を振り上げる。


「シエル! 今のとこもう一回!」


「え?」


「サビっぽい!」


「サビ……?」


「分からなくていい! 俺が勝手に盛り上がる!」


「本当に先生の問題じゃない!」


 リアが叫ぶ。


 それでもシエルは、少しだけ笑った。


 歌声が強くなる。


 巨大ゴーレムが岩肌の魔物を押し返す。


「よっしゃあああ!」


 オタクミの声が重なる。


「歌がなくてもこいつは動く!」


「じゃあ何でそんなに喜んでるのよ!」


「歌があった方が俺が燃えるからだぁぁぁ!!」


「お前の気分か!」


 セラの突っ込みが森に響いた。


 その時。


「動くぞ!」


 アーグが叫ぶ。


 倒木が浮いた。


「リア!」


「はい!」


 リアが枝を外す。


 小さな獣の体に、わずかな隙間ができる。


「もう少し!」


 子獣が必死に前脚を動かす。


 親獣も一歩踏み出した。


「まだ!」


 セラが身構える。


 シエルは歌いながら親獣を見る。


 今度は目を逸らさなかった。


 相手が聞いているかは分からない。


 それでも、相手を見た。


 怖いことも。待てないことも。


 分かったつもりにはならず、ただ声を届ける。


「きゅうっ!」


 子獣が抜けた。


「出た!」


 リアが叫ぶ。


 小さな体が地面へ転がり、そのまま起き上がる。


 親獣へ走った。


「ブモッ!」


 親獣も駆け出す。


 セラが一瞬身構えたが、牙はこちらへ向かなかった。


 親獣は子獣の匂いを確かめるように鼻先を寄せ、その体を何度も押す。


 無事だ。


 それを確認してから、こちらを見る。


 シエルはまだ歌っていた。


 親獣は唸らなかった。


 ただ、見ていた。


 その瞬間。


「今だぁぁぁぁぁ!!」


 オタクミの絶叫が全部ぶち壊した。


「俺たちの歌を聴けぇぇぇぇぇ!!」


「だから歌ってるのシエルだけでしょ!」


 岩肌の魔物が再び突進する。


「リアが見つけた! アーグが支えた! セラが守った! シエルが歌った!」


 オタクミは《タクミ・ブレイザー》の柄を両手で握る。


「ならこれはもう、俺たち全員の歌だろうがぁぁぁ!!」


 ゴーレムが大きく腕を引いた。


「技名までいる!?」


「いる!」


『嫌な予感しかしない!』


「必殺――」


 オタクミが叫ぶ。


「ギャラクシー・ハート・パァァァァンチ!!」


「どこからギャラクシー出てきたのよ!」


 巨大な岩の拳が、魔物の真正面へ叩き込まれた。


 轟音。


 岩肌の魔物が地面を滑り、そのまま何本もの木を薙ぎ倒して森の奥へ消えていく。


 巨大ゴーレムも、拳を突き出した姿勢で止まった。


「……決まった」


 オタクミが息を吐く。


『決まったではない! 尊輝がほぼ空だぞ!』


「え」


 次の瞬間、ゴーレムの腕が崩れた。


「えっ」


 肩が落ちる。胴が割れる。


「ちょ、待っ――」


 岩の巨体は、立派な余韻を一秒も残さず、ただの土と石へ戻った。


 オタクミは地面へ突き立った《タクミ・ブレイザー》へしがみつく。


「俺のロボォォォォ!!」


「最初から岩でしょ」


 セラが冷たく言った。


 少し離れた場所では、親獣が子獣を連れて森の奥へ歩き始めていた。


 数歩進んだところで、親獣が一度だけ振り返る。


 シエルを見る。


 そして何もせず、そのまま去っていった。


 歌が止まる。


 森に静けさが戻った。


「……今の」


 リアが笑顔でシエルを見る。


「届いたんじゃないですか?」


 シエルは少し考えた。


「……分からない」


 正直な答えだった。


「歌ったから、あの子が襲わなかったのか……子どもが戻ったからなのか……分からない」


「うん」


 オタクミも否定しなかった。


 シエルは、自分の胸に手を当てる。


「でも……さっきよりは」


 少しだけ笑う。


「あの子を見て歌えた気がする」


「なら十分だろ」


 オタクミが答える。


 そして、地面に突き立った《タクミ・ブレイザー》を引き抜いた瞬間、表情が一変した。


「ミスティア様ぁぁぁ!!」


「今度は何!?」


「お怪我は!? お顔は!? 塗装は無事ですかぁぁぁ!?」


 慌てて刀身を確かめる。


 土が少し付いているのを見つけると、オタクミは悲鳴を上げながら丁寧に拭き始めた。


『先ほどまで巨大な魔物と戦っていた者とは思えぬな……』


「推しの無事を確認するまでが戦闘なんだよ!」


「そういうものなの……?」


 シエルが不思議そうに首を傾げる。


 オタクミは刀身を光にかざし、何度も角度を変えて確かめた。ようやく大きな傷が見当たらないと分かり、胸を撫で下ろす。


「……よかった。本当によかった……」


「子どもが助かった時より泣きそうじゃない」


「どっちも大事なんだよ!」


 セラの呆れ顔を横目に、オタクミはようやくシエルへ向き直った。


「で、さっきの話だけどな」


「……うん」


「届いたかどうか決めるのは、歌った方だけじゃないんだし」


 シエルはその言葉を聞いて、ゆっくり頷く。


「……もっと歌いたい」


「おう」


「ただ歌うんじゃなくて……どうしたら届くのか、もっと知りたい」


 オタクミが顔を上げた。


 今度の笑顔は、いつもの勢いだけではなかった。


「じゃあ、ここからだな」


 その横でゴルドスが呟く。


『ところで、あの岩人形はもう一度出せるのか?』


「無理」


『即答!?』


「尊輝すっからかん」


「じゃあ帰り道どうするのよ」


 セラの言葉に、オタクミの顔が固まる。


「……みんな」


「嫌」


「まだ何も言ってない!」


 笑い声の中、シエルもまた小さく笑った。


 歌の答えは、まだ分からない。


 けれど、自分で探してみたいと思えた。


 それだけは、もう迷わなかった。

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