俺たちの歌を聴けぇ!!
倒木の反対側へ回ったリアは、幹の根元を覗き込みながら何度も位置を変えていた。
「先生、こっちです! 全部持ち上げなくても、根元を少し動かせれば隙間ができます!」
「なるほど。力任せに上げるより現実的だな」
アーグが地面へ膝をつき、幹の太さと傾きを確かめる。枝の一部が地面へ深く食い込んでいるせいで、見た目ほど単純には動かなさそうだった。
「支える場所がいる。ここが沈めば、逆に子どもの方へ重さがかかる」
「じゃあ俺が――」
オタクミは《タクミ・ブレイザー》へ手をかけた。
頑丈な神器を梃子にすれば早い。
そう考えたところで、動きが止まる。
「……いや」
「何よ」
「傷つく」
即座に手を離した。
セラが額に手を当てる。
「今、一瞬使おうとしたでしょ」
「非常時だからな! だが非常時でも越えてはいけない一線がある!」
『ほう。ようやく拙者の価値にも気づいたか』
「じゃあ鞘を使おう」
『なぜ拙者ならよいのだ!?』
ゴルドスの抗議を無視しながら、オタクミたちは位置についた。
リアが動かす方向を見る。アーグが支点を決める。セラは親獣との距離を測り、いつでも割って入れるよう腰を落としている。
シエルは少し離れた場所で、親獣を見ていた。
まだ歌わない。
約束したからだ。
まず、聞けるところまで持っていく。
「せーの!」
オタクミとアーグが幹へ力をかける。
ぎしり、と木が鳴った。
小さな獣が甲高い声を上げる。
「きゅうっ!」
「ブモォォォッ!」
親獣が反応した。
前脚が地面を蹴る。
「来る!」
セラが駆け出した。
だがその瞬間、森のさらに奥から、別の轟音が響いた。
枝が折れる。鳥が一斉に飛び立つ。親獣さえ動きを止めた。
「……何?」
リアが顔を上げる。
木々の間から現れたのは、先ほどの親獣よりさらに大きな魔物だった。
四足の巨体を岩のような外殻が覆い、額から太い角が一本伸びている。子獣の鳴き声か、騒ぎそのものに引き寄せられたらしい。
「いやいやいや! 追加注文してないんだけど!?」
「先生、たぶん注文制じゃありません!」
岩肌の魔物が吠えた。
今度は親獣まで後退する。
明らかにこちらだけを狙っているわけではない。目の前にいる生き物すべてを、まとめて邪魔者と判断しているようだった。
セラが舌打ちする。
「最悪。子どもを助けてる間に、あれまで相手にするの?」
「退けば子どもが残る」
アーグが剣を構える。
「戦いながら動かすしかないな」
「いや」
オタクミは岩肌の魔物を見た。
次に、倒木。その向こうで怯えている親獣。そしてシエル。
「戦う場所が近すぎる」
「じゃあどうするのよ」
「場所を分ける!」
オタクミは《タクミ・ブレイザー》を抜いた。
陽光を受けて、ピンクメタリックの刀身が輝く。
「……うん、今日もいい」
「鑑賞してる場合!?」
「抜いたら見る!」
セラの怒声を受け流しながら、オタクミは一瞬だけミスティアの姿を目に焼きつけた。
「よし。補給完了」
『今ので補給したのか!?』
「尊輝ってそういうもんだろ!」
そして刀身を両手で握る。
刃先を、地面へ向けた。
そこで、ぴたりと動きが止まった。
「…………待て」
『今度は何だ』
「これ、地面に刺したら傷つかない?」
『今さらそこか!?』
オタクミは刀身に描かれたミスティアを見つめた。
「いや、だって! ミスティア様の御尊顔に土がついたら俺は死ぬ! 傷なんか入った日には三日三晩泣く自信がある!」
「じゃあやめなさいよ!」
「だが!」
倒木の下から、子獣の鳴き声が聞こえた。
岩肌の魔物が前脚で地面を掻き、今にも突進しようとしている。親獣は逃げることもできず、子獣と魔物の間で身を震わせていた。
オタクミはもう一度、刀身へ目を落とした。
推しを傷つけたくない。
それは今だって変わらない。
けれど、目の前で助けを待っている命がある。
「……ミスティア様」
『お、おい?』
「申し訳ありません。今回は、ちょっとだけ無茶をします」
オタクミは覚悟を決めた。
「あとで絶対磨きますからぁぁぁ!!」
《タクミ・ブレイザー》を地面へ突き立てる。
「来いっ! 推しを傷つけず、みんなをまとめて守れる――でっかいやつぅぅぅぅ!!」
『今まさに推しを地面へ突き刺しておるではないか!』
「それ以上言うな! 俺が一番つらい!」
地面が震えた。
「え?」
リアが目を丸くする。
剣の周囲から、土と岩が浮き上がる。
一つ。二つ。
いくつもの岩塊が吸い寄せられるように集まり、積み重なっていく。
『お、おいオタクミ殿! 尊輝がものすごい勢いで減っておるぞ!』
「知るか! 今はロマンが勝ってる!」
岩が腕になる。太い脚が地面を踏みしめる。胴が起き上がり、最後に頭らしき塊が乗った。
《タクミ・ブレイザー》を中心にして、巨大な岩の人型が森の中へ立ち上がる。
沈黙。
セラが見上げる。
「……何、これ」
「ゴーレム」
「見れば分かる!」
「巨大ゴーレム!」
「大きさの話してない!」
オタクミは目を輝かせていた。
「やっべ……!」
「何が」
「ロボアニメだ……!」
「岩だけど」
「細かいこと言うな!」
岩肌の魔物が咆哮し、その巨体で突っ込んできた。
「来た!」
オタクミが剣の柄を握り直す。
巨大ゴーレムも腕を上げた。
両者の拳と角がぶつかり、森に鈍い衝撃が響く。
「うおおおおおっ!」
オタクミが踏ん張る。
『重い重い重い! 尊輝が削れる!』
「巨大ロボ戦なんだから消費がデカいのは当たり前だろ!」
『当たり前ではない!』
ゴーレムが魔物を押し返す。
だが、その隙に倒木が軋んだ。
「先生!」
リアの声。
救出も終わっていない。
「アーグ! そっちは任せた!」
「言われなくてもやっている!」
アーグが幹を支え、リアが枝の位置をずらす。
セラは親獣との間に立ったまま、両方を見ていた。
シエルだけが、その場で立ち尽くしていた。
巨大な岩の拳。魔物の咆哮。叫び合う仲間たち。
自分だけ、何もしていない。
「……私」
喉に手を当てる。
さっき歌った。
届かなかった。
でも。
今、オタクミは巨大なゴーレムを動かしている。リアは地面に膝をついて倒木を見ている。アーグは必死に支えている。セラは親獣の動きを止めている。
みんなが、何かをしている。
「シエル!」
オタクミが叫んだ。
「歌いたいか!」
命令ではなかった。
シエルは一瞬驚き、それから親獣を見る。
まだ怖がっている。子どもを見ている。巨大な音に耳を伏せている。
その姿を見て、シエルは息を吸った。
「……歌う」
「よっしゃあ!」
声が出る。
最初は小さい。
だが、今度は「怖くない」と一方的に伝えようとはしなかった。
怖いよね。
心配だよね。
もう少しだけ待って。
私たちも、この子を帰したい。
そんな気持ちを、声に乗せる。
ぴーちゃんが肩の上で旋律をなぞった。
オタクミが振り返る。
「……来た」
「何が?」
セラが叫ぶ。
「主題歌が!」
「主題歌じゃない!」
だがオタクミの動きは明らかに変わった。
「うおおおおお! ここで歌が入るの最高すぎるだろ!」
『別にゴーレムへ何か流れ込んだわけではないぞ!』
「俺に流れ込んでる!」
『お主か!』
シエルが歌う。
その声に合わせるように、ゴーレムの拳が魔物の頭部を逸らす。
低い音が続けば耐える。旋律が上がれば、オタクミも叫びながら腕を振り上げる。
「シエル! 今のとこもう一回!」
「え?」
「サビっぽい!」
「サビ……?」
「分からなくていい! 俺が勝手に盛り上がる!」
「本当に先生の問題じゃない!」
リアが叫ぶ。
それでもシエルは、少しだけ笑った。
歌声が強くなる。
巨大ゴーレムが岩肌の魔物を押し返す。
「よっしゃあああ!」
オタクミの声が重なる。
「歌がなくてもこいつは動く!」
「じゃあ何でそんなに喜んでるのよ!」
「歌があった方が俺が燃えるからだぁぁぁ!!」
「お前の気分か!」
セラの突っ込みが森に響いた。
その時。
「動くぞ!」
アーグが叫ぶ。
倒木が浮いた。
「リア!」
「はい!」
リアが枝を外す。
小さな獣の体に、わずかな隙間ができる。
「もう少し!」
子獣が必死に前脚を動かす。
親獣も一歩踏み出した。
「まだ!」
セラが身構える。
シエルは歌いながら親獣を見る。
今度は目を逸らさなかった。
相手が聞いているかは分からない。
それでも、相手を見た。
怖いことも。待てないことも。
分かったつもりにはならず、ただ声を届ける。
「きゅうっ!」
子獣が抜けた。
「出た!」
リアが叫ぶ。
小さな体が地面へ転がり、そのまま起き上がる。
親獣へ走った。
「ブモッ!」
親獣も駆け出す。
セラが一瞬身構えたが、牙はこちらへ向かなかった。
親獣は子獣の匂いを確かめるように鼻先を寄せ、その体を何度も押す。
無事だ。
それを確認してから、こちらを見る。
シエルはまだ歌っていた。
親獣は唸らなかった。
ただ、見ていた。
その瞬間。
「今だぁぁぁぁぁ!!」
オタクミの絶叫が全部ぶち壊した。
「俺たちの歌を聴けぇぇぇぇぇ!!」
「だから歌ってるのシエルだけでしょ!」
岩肌の魔物が再び突進する。
「リアが見つけた! アーグが支えた! セラが守った! シエルが歌った!」
オタクミは《タクミ・ブレイザー》の柄を両手で握る。
「ならこれはもう、俺たち全員の歌だろうがぁぁぁ!!」
ゴーレムが大きく腕を引いた。
「技名までいる!?」
「いる!」
『嫌な予感しかしない!』
「必殺――」
オタクミが叫ぶ。
「ギャラクシー・ハート・パァァァァンチ!!」
「どこからギャラクシー出てきたのよ!」
巨大な岩の拳が、魔物の真正面へ叩き込まれた。
轟音。
岩肌の魔物が地面を滑り、そのまま何本もの木を薙ぎ倒して森の奥へ消えていく。
巨大ゴーレムも、拳を突き出した姿勢で止まった。
「……決まった」
オタクミが息を吐く。
『決まったではない! 尊輝がほぼ空だぞ!』
「え」
次の瞬間、ゴーレムの腕が崩れた。
「えっ」
肩が落ちる。胴が割れる。
「ちょ、待っ――」
岩の巨体は、立派な余韻を一秒も残さず、ただの土と石へ戻った。
オタクミは地面へ突き立った《タクミ・ブレイザー》へしがみつく。
「俺のロボォォォォ!!」
「最初から岩でしょ」
セラが冷たく言った。
少し離れた場所では、親獣が子獣を連れて森の奥へ歩き始めていた。
数歩進んだところで、親獣が一度だけ振り返る。
シエルを見る。
そして何もせず、そのまま去っていった。
歌が止まる。
森に静けさが戻った。
「……今の」
リアが笑顔でシエルを見る。
「届いたんじゃないですか?」
シエルは少し考えた。
「……分からない」
正直な答えだった。
「歌ったから、あの子が襲わなかったのか……子どもが戻ったからなのか……分からない」
「うん」
オタクミも否定しなかった。
シエルは、自分の胸に手を当てる。
「でも……さっきよりは」
少しだけ笑う。
「あの子を見て歌えた気がする」
「なら十分だろ」
オタクミが答える。
そして、地面に突き立った《タクミ・ブレイザー》を引き抜いた瞬間、表情が一変した。
「ミスティア様ぁぁぁ!!」
「今度は何!?」
「お怪我は!? お顔は!? 塗装は無事ですかぁぁぁ!?」
慌てて刀身を確かめる。
土が少し付いているのを見つけると、オタクミは悲鳴を上げながら丁寧に拭き始めた。
『先ほどまで巨大な魔物と戦っていた者とは思えぬな……』
「推しの無事を確認するまでが戦闘なんだよ!」
「そういうものなの……?」
シエルが不思議そうに首を傾げる。
オタクミは刀身を光にかざし、何度も角度を変えて確かめた。ようやく大きな傷が見当たらないと分かり、胸を撫で下ろす。
「……よかった。本当によかった……」
「子どもが助かった時より泣きそうじゃない」
「どっちも大事なんだよ!」
セラの呆れ顔を横目に、オタクミはようやくシエルへ向き直った。
「で、さっきの話だけどな」
「……うん」
「届いたかどうか決めるのは、歌った方だけじゃないんだし」
シエルはその言葉を聞いて、ゆっくり頷く。
「……もっと歌いたい」
「おう」
「ただ歌うんじゃなくて……どうしたら届くのか、もっと知りたい」
オタクミが顔を上げた。
今度の笑顔は、いつもの勢いだけではなかった。
「じゃあ、ここからだな」
その横でゴルドスが呟く。
『ところで、あの岩人形はもう一度出せるのか?』
「無理」
『即答!?』
「尊輝すっからかん」
「じゃあ帰り道どうするのよ」
セラの言葉に、オタクミの顔が固まる。
「……みんな」
「嫌」
「まだ何も言ってない!」
笑い声の中、シエルもまた小さく笑った。
歌の答えは、まだ分からない。
けれど、自分で探してみたいと思えた。
それだけは、もう迷わなかった。




