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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
3 アイドルプロデュース編

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魂の響きと、閉ざされた心

 痛バッグに困惑し、ゴルドス入りの鞘を額に受けた獣は、地面の上で完全に伸びていた。


「……生きてる?」


 シエルがおそるおそる尋ねる。


「生きてる」


 セラが少し離れた場所から様子を確かめて答えた。


「気絶してるだけ。たぶん、しばらくしたら起きるわ」


『“だけ”ではないぞ! 拙者の全身を使った一撃だったのだ!』


「投げられただけでしょ」


『言い方!』


 オタクミはそんなやり取りを聞き流しながら、痛バッグの中身をもう一度点検していた。


「よし。缶バッジ異常なし。傷なし。ミスティア様の御尊顔、今日も完璧」


「獣よりそっちを先に確認するんですね……」


「シエル。この世には優先順位というものがある」


「先生の優先順位は参考にしない方がいいですよ」


 リアの忠告に、シエルは素直に頷いた。


「はい」


「リア!?」


 騒がしい声が森に戻ってくる。


 どうやら危険は去った。


 そう思った、その時だった。


「……待って」


 セラが急に顔を上げた。


 茂みの奥。


 かすかな音がする。


 短く、細い鳴き声だった。


「ぴーちゃん?」


 シエルが肩を見る。


 ぴーちゃんはそこにいる。


 もう一度。


 きゅう、と小さな声。


「別の何かね」


 セラが先に動いた。


 倒れている獣から十分距離を取りながら、茂みの向こうを覗き込む。


「……ああ」


「何かあった?」


「来て」


 一行が近づく。


 そこには、小さな獣がいた。


 先ほどの獣をそのまま小さくしたような姿で、倒れた木の枝と地面の隙間に体を挟まれている。怪我をしているのかまでは分からないが、自力では抜け出せないらしい。


 リアが息を呑んだ。


「もしかして……」


 アーグが倒れている大きな獣を見る。


「先ほどの個体は、これを守っていたのかもしれないな」


「……俺ら、めちゃくちゃ悪者みたいじゃない?」


 オタクミの顔が引きつる。


「向こうから突っ込んできたんだから仕方ないでしょ」


「そうなんだけど!」


 小さな獣が、また鳴いた。


 シエルが一歩近づこうとする。


 その瞬間。


「ブ……モ……」


 背後から低い声がした。


 一同が振り返る。


 さっきまで伸びていた大きな獣が、ふらつきながら立ち上がっていた。


「早っ!?」


『拙者の一撃からもう立つとは、なかなかの耐久力……』


「感心してる場合じゃない!」


 獣は額を振った。


 そして小さな獣の声を聞いた瞬間、その目つきが変わる。


「ブモォォッ!」


 前脚で地面を掻く。


「また来る!」


「いや」


 セラが制した。


「違う」


「何が?」


「さっきと同じじゃない」


 セラは獣から目を離さなかった。


「こいつ、私たちを追い払いたいのよ」


「……追い払う?」


「後ろを見なさい」


 小さな獣。


 倒木。


 そして、その間に立ってしまった自分たち。


 オタクミが息を吐く。


「……そりゃ怖いか」


 敵だと思っていた。


 だが、向こうからすれば、自分の守りたいものの近くに武器を持った人間が何人もいる。


 しかもその中の一人は、大量の同じ顔を見せつけたうえ、鞘まで投げてきた。


『最後の部分だけ拙者への風評被害がひどくないか!?』


「事実だよ」


 獣が低く唸った。


 一歩近づけば飛びかかってきそうだ。


 だが、小さな方をこのままにはしておけない。


 シエルがじっと獣を見ていた。


「……私」


「シエル?」


「歌ってみても、いい?」


 オタクミが目を見開いた。


「歌うの?」


 シエルは小さく頷く。


「前に……分からないって言ったから」


 歌に何を乗せればいいのか。


 どうすれば誰かへ届くのか。


 まだ答えはない。


 でも、今は一つだけ分かる。


「怖くないって……伝えたい」


 シエルは胸元へ手を置いた。


「この子を傷つけないって」


 オタクミは少し迷ったあと、頷いた。


「やってみよう」


 セラたちはゆっくり距離を取る。


 シエルだけが前に残った。


 もちろん獣との間には十分な距離がある。


 ぴーちゃんが肩の上でじっとしている。


 シエルは目を閉じた。


 あの留守番の日。


 誰もいない場所で、みんなが帰ってくるのを待ちながら歌った。


 あの時は自然に声が出た。


 今度は違う。


 届けたい相手が、目の前にいる。


「……」


 息を吸う。


 声が出た。


 静かな歌だった。


 言葉よりも先に、柔らかな音が森の中へ広がっていく。


 大丈夫。


 傷つけない。


 怖がらなくていい。


 そんな気持ちを思いながら、シエルは歌った。


 ぴーちゃんも途中から、ごく小さな声で旋律をなぞる。


 リアは息を潜めて聞いていた。


 オタクミも動かなかった。


 歌は届いている。


 少なくとも、耳には。


 けれど。


「ブモォッ!」


 獣の唸り声が、歌を押し返した。


 シエルの声が止まる。


 獣は変わらない。


 牙を見せ、地面を掻き、こちらを睨んでいる。


「……」


 シエルは立ち尽くした。


「……届かなかった」


 小さな声だった。


 今度は、あの時とは違う。


 自分なりに気持ちを込めた。


 怖くない。


 助けたい。


 ちゃんと思った。


「ちゃんと……思ったのに」


 シエルの視線が下がる。


「やっぱり、私の歌じゃ……」


「シエル」


 セラの声だった。


 鋭い声ではない。


「歌、やめて」


 シエルの肩が小さく揺れた。


 オタクミがセラを見る。


「おい」


「違うから」


 セラは獣を指した。


「あいつ、聞いてないんじゃない」


「……え?」


「聞けないのよ」


 シエルが顔を上げる。


 獣は、こちらを見ている。


 いや。


 正確には、こちら越しに、その後ろを見ている。


 小さな獣。


 倒木。


 逃げられない我が子。


「怖くて、それどころじゃない」


 セラは静かに言った。


「私たちが何言っても、何歌っても、あいつにとっては今、全部“近づいてくる何か”でしかないんじゃない?」


 シエルが振り返った。


 小さな獣が細い声で鳴く。


 大きな獣の体が強張る。


 アーグが頷いた。


「伝える側に気持ちがあることと、受け取る側がそれを受け取れることは別だ」


 この前、みんなで話したことだった。


 だが今度は、言葉ではなく目の前にある。


「でも……じゃあ」


 シエルが呟く。


「どうしたらいいの?」


「先に、あの子を助けないと」


 リアが倒木を見る。


「絵だって、目を閉じていたら見えません。今のあの子は……きっと、歌を聞く余裕がないんです」


 オタクミは腕を組んだ。


「だったらもっと強く歌って――」


 言いかけて止まる。


 シエルを見る。


 獣を見る。


 そして、自分で首を振った。


「……違うな」


「先生?」


「聞けない奴に、“いいから聞け!”って押し込むのは違う」


 少し前の自分なら。


 いいものなんだから聞け。


 好きになるはずだから見ろ。


 そう言っていたかもしれない。


 でも今は、それだけでは足りないことを知っている。


「まず、あいつが聞けるところまで持っていこう」


 シエルが瞬きをする。


「聞けるところ?」


「ああ」


 オタクミは倒木を見る。


「子どもを助ける。それからだ」


「でも近づいたら親の方が来るわよ」


 セラが言う。


「だから考える!」


「勢いだけはあるわね」


「いつも通りだ!」


 アーグが周囲を見回す。


「正面から近づくのは危険だ。親を刺激せず、倒木だけ動かす方法がいる」


「私、反対側を見てきます」


 リアが言う。


「根元の方なら、持ち上げられる場所があるかもしれません」


「俺も行く」


 アーグが続く。


 セラは大きな獣の動きを見ながら、


「私はこいつが飛び出した時に止める」


 と言った。


 最後に、全員の視線がシエルへ向く。


「……私は?」


 オタクミが少し考える。


「待っててくれ」


 シエルの顔が曇りかける。


 だが、オタクミは続けた。


「歌うのをやめろって意味じゃない」


「……」


「まだ、その時じゃないだけだ」


 シエルは目を見開いた。


 オタクミは笑う。


「聞けるようになったら、もう一回やってみようぜ」


「……届くかな」


「分からん」


 即答だった。


「でも、届くかどうか確かめるなら、せめて相手が聞ける時にしよう」


 シエルはしばらく獣を見つめた。


 牙。


 警戒する目。


 恐怖で強張った体。


 そして、その向こうにいる小さな獣。


「……うん」


 今度の頷きは、小さくてもはっきりしていた。


「もう一回、歌いたい」


「よし」


 オタクミが立ち上がる。


「だったらまず――」


 倒木の向こうから、リアの声が飛んだ。


「先生! こっち、動かせそうです!」


「よっしゃ!」


 オタクミが駆け出す。


 その背中を見送りながら、シエルはもう一度、自分の胸へ手を当てた。


 気持ちがあれば、必ず届くわけではない。


 いい歌なら、誰もが聞いてくれるわけでもない。


 それでも。


 だからこそ。


 相手が耳を開けるその時まで、待つことも必要なのかもしれない。


 森の中で、親獣の低い唸り声が響く。


 シエルはまだ歌わなかった。


 次に歌う時は、今より少しだけ相手を見て歌いたいと思った。

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