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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
4 異世界アイドル革命

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痛バッグは最強の盾である

 シエルが、オタクミの痛バッグをまじまじと見ていた。


 朝から何度目か分からない視線に気づき、オタクミはとうとう胸の前へバッグを持ち上げる。


「気になる?」


「……ちょっと」


「よし! では説明しよう!」


「聞かない方がよかったかも」


 すぐ隣でセラが呟いたが、もう遅い。


 オタクミは満面の笑みで、バッグの正面をシエルへ向けた。


「これぞ痛バッグ! 好きなものを! 好きなだけ! 見えるように飾り! いつでもどこでも推しと共に歩くための携帯型聖域!」


「最後の方は先生個人の解釈です」


 リアが補足する。


 透明な面の向こうには、いくつもの缶バッジが並んでいた。


 どれも描かれているのはミスティアだ。


 微笑んでいるミスティア。


 凛々しく前を見るミスティア。


 少し困った顔のミスティア。


 衣装が違うミスティア。


 同じ衣装でも表情が違うミスティア。


 とにかく、ミスティア。


「……同じ人が、いっぱい」


「分かってるじゃないか!」


「同じ顔が、いっぱい」


「そこはもう少し愛のある言い方を!」


 シエルはバッグを右から眺め、左からも眺めた。


「一人なのに、いっぱいいます」


「一人だからこそ、いっぱい欲しいんだよ!」


「……?」


「その顔やめて! 俺も言葉にすると若干おかしい気がしてくるから!」


 セラが鼻で笑う。


「今さらね」


 シエルはもう一度バッグを見る。


「でも……これ全部、大事なんですよね」


「当然!」


「一個なくなったら?」


「探す」


「傷ついたら?」


「泣く」


「汚れたら?」


「可能な限り傷を広げずに清掃して、素材によっては専門家への相談も視野に――」


「そこまで聞いてない」


 シエルが小さく笑った。


 前の日、オタクミたちは「魂」の教え方について散々悩んだ。


 けれど、こうして痛バッグを抱えているオタクミを見る限り、少なくとも「好き」という気持ちについてだけは、教えられなくても隠す気は一切ないらしい。


     ◇


 その日の昼、一行はラザリスの外れへ出ていた。


 特別な目的があるわけではない。必要なものを買い足したついでに少し遠回りをし、シエルが人通りの少ない場所ならどの程度歩けるか確かめていた。


 ぴーちゃんはシエルの肩。


 リアとアーグが少し前を歩き、セラが周囲を見ながら後ろにつく。


 そしてオタクミは、当然のように痛バッグを提げていた。


「それ、外にも持ってくるんですね」


 シエルが言う。


「外だから持ってくるんだ!」


「……重くない?」


「愛は重いものだ!」


「物理的な話をしてるんだけど」


 セラの突っ込みが飛ぶ。


 その直後だった。


 前方の茂みが大きく揺れた。


 アーグが足を止める。


「何かいる」


 低い唸り声。


 枝を押し分けて現れたのは、肩の高さまである獣だった。猪に似ているが、牙は太く、毛は逆立ち、明らかにこちらを警戒している。


 リアが息を呑む。


 シエルの肩でぴーちゃんが羽を広げた。


「下がって」


 セラの声が変わる。


 獣は地面を前脚で掻いた。


 狙いを定めるように頭を下げる。


「来るぞ」


 アーグの声と同時に、獣が走った。


 真正面。


 しかも進路上には、まだ反応の遅れたシエルがいる。


「シエル!」


 オタクミが前へ出た。


 右手は《タクミ・ブレイザー》へ。


 左手には――痛バッグ。


 一瞬だけ迷う。


 刃を抜くには近い。


 鞘で受けるにも、獣の勢いが強い。


 そして何より、シエルを後ろへ逃がす一瞬が必要だった。


「だったら――これを見ろぉぉぉ!!」


 オタクミは痛バッグを両手で掴み、獣の真正面へ掲げた。


「は!?」


 セラが叫ぶ。


 獣も止まった。


「ブモッ!?」


 正確には、止まりかけた。


 目の前に突然現れた、四角い物体。


 しかも。


 顔。


 顔。


 顔。


 顔。


 右上にも顔。


 左下にも顔。


 中央にも顔。


 少し横を向いた顔の隣に、正面を向いた同じ顔。


 笑った同じ顔。


 凛々しい同じ顔。


 とにかく同じ人間の顔が、狭い面積の中から十数個、一斉に獣を見ていた。


「ブ……モ……?」


 獣の脚が止まる。


 首が右へ傾いた。


 痛バッグの右側にもミスティアがいる。


 左へ傾ける。


 当然、左側にもミスティアがいる。


「ブモォ……?」


 獣は困った。


 明らかに困っていた。


 目の前にいる人間は一人。


 なのに、その人間が掲げている何かには、人間の顔が大量に付いている。


 しかもだいたい同じ顔である。


 敵なのか。


 群れなのか。


 そもそも生き物なのか。


 獣の耳がぴくぴく動く。


 一歩だけ横へ移動する。


 ミスティアたちは付いてくる。


 反対側へ動く。


 やっぱり付いてくる。


「……効いてる」


 セラが呆然と呟いた。


「何が効いてるんですか?」


 リアも分からない。


 オタクミだけは勝ち誇っていた。


「圧倒的面展開! 同一人物の多角的供給による情報飽和! これが推しの物量だ!」


「たぶん、見慣れない物を警戒しているだけだ」


 アーグが冷静に言う。


「いいんだよ! 止まったなら!」


 獣はまだ痛バッグを見ている。


 首の角度がさらに深くなっていく。


「ブモ……?」


「今よ!」


 セラが叫んだ。


「分かってる!」


 オタクミは痛バッグを片手へ移し、《タクミ・ブレイザー》の柄を掴んだ。


 すらり、と抜く。


 ピンクメタリックの刀身が陽の光を受けた。


 そこに描かれたミスティアが、鮮やかに姿を現す。


「……ああ」


 オタクミの動きが止まった。


「ちょっと」


 セラの声が低くなる。


「今日も最高……」


「戦闘中!」


「いや待て! 抜いたら見るだろ普通!」


『普通ではない!』


 ゴルドスまで叫ぶ。


 オタクミは刀身を少し傾けた。


「見て、この光の入り方! 午前中より輪郭が柔らかく――」


「知らないわよ!」


「この角度のミスティア様、ちょっと微笑みが深く見える!」


「同じ絵でしょ!」


「光で変わるんだよ!」


 その間も獣は止まっていた。


「ブモ……?」


 獣もまた、痛バッグを見たあと、刀身のミスティアを見る。


 バッグには大量。


 刀身には大きく一人。


 獣の視線が往復する。


「ブモ?」


 大量。


 一人。


 大量。


 一人。


「ブモォ……?」


「こいつ、さらに混乱してるぞ」


 アーグが言った。


 シエルは少し離れた場所で、口元を押さえていた。


 怖いはずなのに、目の前の光景があまりにもおかしい。


 獣とオタクミが、まったく違う理由で戦闘を止めている。


「よし!」


 ようやくオタクミが満足した。


「鑑賞完了!」


「長い!」


 そして《タクミ・ブレイザー》そのものは傷つけないよう、慎重に体の横へ退避させる。


 空いた手で、鞘を掴んだ。


「ゴルドス!」


『嫌な予感しかしない!』


「行ってこい!」


『待てぇぇぇぇ――!』


 鞘が飛んだ。


 一直線に。


 未だに痛バッグの同じ顔問題を処理しきれていない獣の額へ、


 ごんっ!


「ブモッ!」


 鈍い音が響く。


 獣の目が点になり、そのまま横へ倒れた。


 静寂。


 転がった鞘から、ゴルドスの声だけが響く。


『拙者の扱いだけ雑すぎぬか!?』


「大丈夫か、ゴルドス!」


『おお、心配して――』


「鞘にミスティア様描いてないよな!?」


『そこではない!!』


 セラが額を押さえる。


「ほんとに倒した……」


 リアは獣と痛バッグを見比べていた。


「痛バッグで止めて、鞘で倒しましたね」


「つまり!」


 オタクミは痛バッグを高く掲げた。


「痛バッグは最強の盾!」


「攻撃、一回も受けてないけど」


「敵の攻撃を発生前に止めた! 概念的には防御!」


「ただの目くらましでしょ」


「推しを目くらましと言うな!」


「じゃあ何よ」


「視線誘導型防御兵装!」


「今作ったでしょ、その名前」


 騒ぐ二人の横で、シエルは倒れた獣よりも、オタクミの持つ痛バッグを見ていた。


「……それ」


「ん?」


「傷ついてない?」


 オタクミの顔色が変わった。


「ミスティア様ぁぁぁぁ!」


 慌ててバッグを抱き寄せる。


「大丈夫! 直接ぶつけてない! 汚れもなし! 缶バッジのズレ――一個だけ三ミリ右!」


「分かるんだ……」


 シエルが呟く。


「当然だ!」


 オタクミは真剣そのものだった。


 シエルは、そんな彼を見つめる。


「大事だから、戦う時も持ってるんですね」


「そりゃな」


「でも、傷つけたくない」


「絶対に傷つけたくない」


「……なのに、持ってくる」


「見たいから!」


 あまりにも迷いのない答えだった。


 シエルは少しだけ考え、それから笑った。


「……変なの」


「褒め言葉として受け取っておく!」


「褒めてないと思う」


 リアの声に、みんなが笑う。


 シエルも笑った。


 まだ、「魂」が何なのかは分からない。


 けれど、好きだから持ち歩く。傷つけたくないから工夫する。それでも必要な時には、その大切なものを手にしたまま前へ出る。


 そういう気持ちも、誰かへ伝わるものなのかもしれない。


 その横でオタクミは、ずれた缶バッジを一ミリ単位で直していた。


「よし……完璧」


「三ミリじゃなかったの?」


「見れば分かる!」


「やっぱり変」


 シエルの言葉に、ぴーちゃんが元気よく真似をした。


「変!」


「そこだけ覚えるなぁぁぁ!」

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