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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
4 異世界アイドル革命

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“魂の教え方”はどこにある?

 翌朝。


 一行が朝食を終えたあとも、オタクミだけは妙に落ち着きがなかった。


 座っては立ち、立ってはまた座る。そのたびにセラが鬱陶しそうな目を向けるのだが、本人はまるで気づいていない。


「……昨日の歌」


 とうとうオタクミが言った。


 シエルの手が止まる。


「昨日?」


「俺たちが帰ってきた時の」


 シエルは一瞬だけ考えて、それから目を逸らした。


「……聞いてたの?」


「事故です!」


「何が?」


「聞こうと思って盗み聞きしたわけじゃなくて、帰ってきたら聞こえてきたという不可抗力でありまして!」


「必死ね」


 セラが呆れる。


 リアはシエルの様子を見ながら、穏やかに言った。


「ごめんなさい。勝手に聞いてしまって。でも……すごく、あったかい歌でした」


「……あったかい?」


「はい。湖で聞いた時とは、少し違って聞こえたんです」


 シエルはますます分からないという顔になる。


 オタクミが身を乗り出した。


「そう、それ! 俺も思った! 昨日の歌、なんか違ったんだよ!」


「……同じように歌っただけだけど」


「そこなんだよ!」


「どこ?」


「分からん!」


「分からないのに大声出さないで」


 セラの言葉に、オタクミがぐっと黙る。


 アーグは少し離れたところで飲み物を口にしながら、一連のやり取りを見ていた。


「本人に聞けばいいだろう」


「聞いてる!」


「では質問が悪い」


「ぐっ」


 正論だった。


 オタクミは少し考えてから、改めてシエルを見る。


「昨日の歌さ。どうやって歌った?」


「……どうやって?」


「こう、声を出す時に何考えたとか。何を意識したとか」


 シエルは黙った。


 しばらく真剣に考えている。


「……帰ってくるかなって」


「うん」


「みんな」


「うん」


「それで……帰ってきたらいいなって思ってた」


 オタクミたちが静かになる。


「あと、あったかかった」


「それは聞こえた」


「だから、歌った」


 オタクミが首を傾げる。


「それだけ?」


「……それだけ」


 答えはあまりにも単純だった。


 歌い方の技術でもなければ、特別な呼吸法でもない。ただ、その時に感じたことが、そのまま歌になった。


「じゃあ」


 セラが立ち上がった。


「私がやってみれば?」


「セラ?」


「同じように歌ってみて、何が違うのか見ればいいでしょ。考えてるだけじゃ分からないし」


 現物と現場を見る。


 いつものセラらしい結論だった。


「おお……!」


「何、その顔」


「なんか急に実験っぽくなってきた!」


「喜ぶところそこ?」


 シエルは少し戸惑ったものの、セラに頼まれると断らなかった。


「……じゃあ、一回だけ」


「お願い」


 二人が向かい合う。


 ぴーちゃんはシエルの肩の上で、興味深そうに首を傾げていた。


 シエルが息を吸う。


「……あー……」


 たった一音。


 長くもない。大きくもない。


 けれど、その声が部屋へ広がると、リアがわずかに目を見開いた。


 続いてセラが同じように息を吸う。


「……あー……」


 高さも、長さも、ほとんど同じだった。


 声質が違うのは当然として、それだけではない。


「……違う」


 リアがぽつりと言った。


 セラも眉を寄せる。


「私もそう思う」


「何が?」


 シエルだけが分かっていなかった。


「シエルちゃんの方は……何か、奥にある感じがします」


「奥?」


「うまく言えないんですけど」


 リアは自分の胸元へ手を置いた。


「声だけじゃなくて、その前に何かがあるような」


 シエルは困ったようにセラを見る。


 セラも腕を組んだ。


「で、それをどうやるの?」


「……え?」


「今の。私も同じようにしたい」


「同じように……」


 シエルが固まる。


「まず、息を吸って」


「それはやった」


「声を出して」


「それもやった」


「……胸が」


「胸が?」


「ぎゅってなる感じを……」


「ぎゅって?」


「……ぎゅって」


「だから、その“ぎゅって”をどうするのよ」


「……分からない」


 シエルの声が小さくなった。


 セラは責めるつもりなどなかったのだろう。けれど、質問するほどシエルの表情は困っていく。


「昨日は?」


「昨日は……勝手に」


「勝手に?」


「歌ったら、そうなった」


「再現できないじゃない」


「……ごめん」


「いや、謝らなくていいけど」


 セラも困る。


 教える側も、教わる側も、どちらも悪くない。


 それなのに、うまく噛み合わない。


「難しいですね」


 リアがぽつりと言った。


 オタクミが振り返る。


「リア?」


「絵と少し似てるかもしれません」


「絵?」


「はい」


 リアは少し考えながら言葉を選ぶ。


「線の引き方は教えられます。色の混ぜ方も、道具の使い方も。でも……何を描きたいかまでは、その人の中にあるものだから」


「……」


「私が同じ線を真似しても、その人が何を見ていたかまで同じにはならないと思います」


 オタクミが黙った。


 リアの言葉は、歌の話をしているのに、そのまま別の何かへも届いている気がした。


 技術。


 形。


 やり方。


 そういうものは教えられる。


 けれど、その人が何を見て、何を感じて、なぜそれを表したいと思ったのか。


 そこまで同じものを渡すことはできない。


「……じゃあ」


 オタクミが腕を組む。


「魂か」


「急に雑な言葉にまとめたわね」


 セラが言う。


「いやでも、そういうことだろ! 技術じゃない何か! 本人の中から出てくるやつ!」


「魂って呼べば分かった気になってない?」


「なってない! むしろ何も分からなくなった!」


「威張るな」


 アーグが静かに口を挟む。


「だが、本人にしかないものがあるという点は間違っていないだろうな」


「だよな!」


「ただし、それが他人へ届くかどうかは別問題だ」


 オタクミの勢いが止まった。


「……別?」


「本人が強く感じていれば、必ず同じように他人へ伝わるのか?」


「それは……」


「受け取る側にも違いがある」


 アーグは淡々と言う。


「同じ歌を聞いても、リアとセラと俺とお前では感じるものが違うだろう」


「確かに」


 リアが頷く。


 シエルは黙って聞いていた。


 オタクミは頭を抱えた。


「待て待て待て。じゃあ、本人の気持ちがあって、それを声にして、さらに相手がどう受け取るかまで別ってこと?」


「そういうことになるな」


「難易度高すぎない!?」


『今さら気づいたのか』


「ゴルドスまで!」


 空気が少し重くなりかける。


 シエルは自分の手を見つめていた。


「……私、教えられないのかな」


 その声に、オタクミが振り向く。


「いや!」


 勢いよく否定したあと、少し考える。


「……いや、分からん!」


「どっち」


「分からないけど、今の時点で“教えられない”って決める必要もないだろ」


 シエルが顔を上げる。


「シエル自身が、自分の歌のこと分かってないんだから」


「……うん」


「だったら、まずそこからじゃない?」


 シエルは何かを言おうとして、やめた。


 考えている。


 その沈黙を吹き飛ばすように、オタクミが突然立ち上がった。


「よし!」


「嫌な予感」


「ここで俺が、魂とは何かを体で示してやろう!」


「もっと嫌な予感になった」


「リア! 見てろ!」


「はい?」


「セラ! 感じろ!」


「何を?」


「アーグ! 記録しろ!」


「断る」


 オタクミは返事を待たず、両手を広げた。


 そして踊った。


 右へ一歩。


 なぜか肩だけ二回動く。


 腰をひねる。


 戻る。


 腕を振り上げたまま、妙に長い間止まる。


 次の瞬間、足だけが細かく動き出した。


「……」


「……」


「……」


 誰も声を出さない。


 本人だけは真剣だった。


「ここで! 魂を!」


 不自然に体を反らす。


「解放!」


 決めポーズ。


 静寂。


 ぴーちゃんが一声鳴いた。


「変」


 最初に吹き出したのはセラだった。


「ちょ、待って……何それ……!」


 リアも耐えきれず口元を押さえる。


「先生、その動き……っ」


「なんだ!? 何がおかしい!?」


「全部!」


「そんな!」


 シエルも最初は呆然としていた。


 けれど、リアとセラにつられるように、少しずつ口元が緩んでいく。


「……ふふ」


 やがて、小さな笑い声がこぼれた。


 オタクミは決めポーズのまま固まる。


「……あれ?」


「何よ」


「俺、笑わせようとして踊ったんじゃないんだけど」


 セラが笑ったまま言う。


「でしょうね」


「俺は格好よく魂を表現しようと……」


「全然違うものが届きましたね」


 リアが目尻を拭いながら答える。


「……待て」


 オタクミがゆっくり姿勢を戻す。


「本人が込めたものと、相手が受け取ったものも……違う?」


「今、自分で実証したわね」


「そんな実証いらなかった!」


 また笑いが起きる。


 シエルも笑っていた。


 その姿を見て、オタクミはしばらく黙った。


 技術だけではない。


 気持ちだけでもない。


 込めたものが、そのまま同じ形で届くとも限らない。


 それでも、人は歌ったり、描いたり、踊ったりする。


「……分からんな」


 オタクミが呟いた。


「何が?」


 シエルが聞く。


「魂の教え方」


 シエルは少し考えてから、自分の胸へ手を置いた。


「……私も」


「ん?」


「私も、知りたい」


 その言葉に、オタクミは笑った。


「よし」


 今度は大声を出さなかった。


「じゃあ、一緒に探すか」


 答えはまだない。


 けれど、教える側と教わる側を決めるより先に、分からないものを一緒に確かめるところから始めればいい。


 シエルは小さく頷いた。


 ぴーちゃんも、その肩の上で、


「一緒に探す」


 と真似した。


「お前はほんと覚えるとこ選ばないな!」


 静かだった部屋に、また笑い声が広がった。

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