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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
4 異世界アイドル革命

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はじめてのお留守番

 シエルが一行に加わってから、数日が経った。


 ラザリスでの暮らしは、彼女にとってまだ何もかもが新しかった。


 朝になれば誰かが起きる音がして、食事の匂いがする。昼になれば、リアが何かを描いていたり、アーグが紙を広げて数字を確認していたり、セラが道具を手入れしていたりする。


 そしてオタクミは、だいたいうるさい。


「よし! 今日は市場へ行くぞ!」


「ほら」


 セラが言った。


「何が!?」


「うるさい」


「朝の元気な挨拶だろ!」


「市場へ行くぞ、が挨拶なの?」


 シエルは少し離れたところで、そのやり取りを眺めていた。


 もう驚かなくなった、とはまだ言えない。


 けれど最初に会った頃ほど、オタクミが急に大声を出すたび身を固くすることは減っていた。


「今日は制作に使う物と、生活用品の買い足しです」


 リアが荷物を確認しながら説明する。


「私も紙を見たいですし」


「食料も見ておきたい。人数が増えた分、少し量を調整する必要がある」


 アーグが続けた。


「人数が増えた」


 シエルが小さく繰り返す。


「はい。シエルちゃんの分もありますから」


 リアは当たり前のように笑った。


 その言葉が、まだ少し不思議だった。


 自分の分。


 食事も。


 寝る場所も。


 使う布も。


 誰かが、最初から数に入れている。


「準備できた?」


 セラに声をかけられ、シエルは顔を上げた。


「……どこに?」


「市場」


「市場……」


 その一言で、胸の奥が固くなった。


 人が多い場所。


 知らない声。


 知らない顔。


 近くを通る誰かが、こちらを見るかもしれない。


 それだけのことなのに、喉が少し狭くなる。


「……」


 シエルは無意識に、ぴーちゃんの羽へ指を伸ばしていた。


 肩に止まったぴーちゃんが首を傾げる。


「市場」


「言わなくていいよ……」


 鳥がもう一度、


「市場」


 と返した。


「シエルちゃん?」


 リアの声で、はっとする。


「顔色、少し悪いです」


「……大丈夫」


 反射的にそう答えた。


 でもリアはすぐには頷かなかった。


 セラもシエルの顔を見る。


「人が多いところ、嫌?」


 シエルはしばらく迷ったあと、小さく頷いた。


「……ちょっと」


「じゃあ今日は残る?」


「え」


「無理して来られる方が、こっちも気を使うし」


 セラはいつも通りの顔で言った。


「買う物も多いから、どうせゆっくり歩けないわよ」


「でも……私だけ」


「残っていいですよ」


 リアが言う。


「ぴーちゃんと一緒なら寂しくないですし」


「……いいの?」


「もちろん」


 あまりにも普通に返されて、シエルは言葉に詰まった。


 オタクミも頷く。


「よし。では本日、シエルには重要任務を任せる!」


 セラが嫌そうな顔をする。


「始まった」


「留守番隊長!」


「……隊長?」


「そう! 俺たちの拠点を守る、非常に重要な役職だ!」


『単に留守番ではないか』


「ゴルドス、夢のないこと言うな!」


 シエルは目を瞬いた。


「守る……?」


「怪しい奴が来たら無理に戦わなくていい! 扉を閉める! 危なかったら逃げる! それが最優先!」


「守るんじゃないの?」


「自分の安全を守るんだよ!」


 セラが少しだけ笑う。


「そこはまともなのね」


「当然!」


 オタクミは胸を張った。


「あと何も起きなかったら、それが一番偉い!」


 シエルは少し考えた。


「……じゃあ」


「うん?」


「留守番、する」


「任せた!」


 オタクミが勢いよく親指を立てた。


 シエルも真似しようとして、途中でよく分からなくなり、結局小さく手を上げた。


「……がんばる」


     ◇


 一行が出ていくと、急に静かになった。


 さっきまであれだけ声が飛び交っていたのに、今は外から遠く人の行き交う音が聞こえるくらいだ。


 シエルは入口の近くに座り、しばらく真面目に扉を見張っていた。


 ぴーちゃんも隣で丸くなっている。


「……」


「……」


「何も来ないね」


「何も来ないね」


「真似しなくていいよ」


「真似しなくていいよ」


「……」


 シエルはぴーちゃんを見る。


 ぴーちゃんも見る。


「ふふ」


 少し笑ってしまった。


 しばらくして、シエルは立ち上がった。


 ずっと扉だけ見ていても仕方がない。


 室内を歩く。


 リアが使っている紙や筆が、きちんとまとめられている。


 セラが置いていった小さな道具袋。


 アーグの荷物は、相変わらず無駄なく並んでいる。


 そしてオタクミの周りだけ、やたらとミスティアが多い。


「……いっぱい」


「いっぱい」


「本当にいっぱいだね」


 その近くに、自分が使っている器があった。


 まだ新しい。


 他のものと並べて置かれている。


 シエルは足を止めた。


「……私の」


 触れてみる。


 ただの器だ。


 特別な模様があるわけでもない。


 高そうでもない。


 それでも、そこに自分の分があることが、妙に胸に残った。


 少し離れた場所には、寝る時に使う布も畳まれている。


 それも自分の分。


 誰かが余ったものを押しつけたのではなく、最初から置く場所を作ってくれていた。


「……変なの」


 誰に言うでもなく呟く。


 湖では、自分とぴーちゃんだけで過ごすことに慣れていた。


 静かな場所は好きだった。


 誰もいない方が安心できた。


 なのに今は、静かすぎると少しだけ物足りない。


「ぴーちゃん」


「ぴーちゃん」


「みんな、いつ帰るかな」


「帰るかな」


「……早いといいね」


 窓から入る光が、床の一部を明るくしていた。


 シエルはそこへ座る。


 ぴーちゃんも隣へ降りてくる。


 何となく、息を吐いた。


 肩の力が抜ける。


「……あったかい」


 小さく声が漏れた。


 ぴーちゃんが首を傾げる。


 もう一度。


「……あったかい」


 今度は、少し音が伸びた。


 言葉がそのまま旋律になる。


 自分でも、最初は歌っているつもりはなかった。


 ただ、静かで。


 光が柔らかくて。


 ここに自分の器があって。


 帰ってくる人がいる。


 そんなことを考えていたら、自然に声が続いた。


 歌詞らしい歌詞ではない。


 意味のまとまった歌でもない。


 ただ、思ったことが少しずつ音になっていく。


「……ここにいても……いいのかな……」


 ぴーちゃんが聞いている。


 怖がらない。


 いつもと同じ。


 だから、もう少しだけ歌う。


「……帰ってくるって……変なの……」


 声は小さかった。


 でも、湖で一人歌っていた時とは違う。


 誰もいないのに、誰かを待っている歌だった。


     ◇


 買い物を終えた一行が戻ってきたのは、それからしばらく後だった。


「いやー、買った買った!」


「持ってるのほとんど私たちなんだけど」


「指揮官だから!」


「荷物持ちなさい」


 セラが言いながら扉へ手を伸ばす。


 その時だった。


「……待って」


 リアが小声で言った。


「何?」


「聞こえませんか?」


 全員が黙る。


 室内から、歌が聞こえていた。


 オタクミの目が大きくなる。


「シエ――」


 言いかけた口を、セラが手で塞いだ。


「静かに」


「むぐ」


 リアも息を潜める。


 アーグも何も言わない。


 扉の向こうから聞こえるのは、湖で聞いた歌とは違った。


 整った旋律でもない。


 誰かに聞かせるために作った歌でもない。


 ただ、シエルが今感じていることが、そのまま音になっているようだった。


 オタクミは、扉の前で動けなくなった。


 聞きたい。


 もっと聞きたい。


 中へ入って、すごいと言いたい。


 でも。


 本人は今、誰かに聞かせようとして歌っているわけじゃない。


 だから、入らなかった。


 最後まで聞いた。


 やがて歌声が止まる。


 しばらくして、ぴーちゃんの声がした。


「……あったかい」


 中でシエルが小さく笑う。


 リアの表情がゆるむ。


 アーグは荷物を持ったまま、静かに言った。


「……数字にするものではないな」


 オタクミが何か言おうとして、止まった。


 その代わり、深く頷く。


 そして慎重に扉を開けようとして――


 手にしていた袋の端を柱へぶつけた。


 ごん。


「……」


「……」


「……先生」


「事故!」


 中から物音がした。


「誰!?」


「俺です!」


「何で名乗るの!?」


 仕方なく全員で扉を開ける。


 シエルは窓際で立ち上がり、ぴーちゃんを抱えるようにしてこちらを見ていた。


「ただいま!」


 オタクミがいつもより少しだけ明るすぎる声を出す。


 リアも続ける。


「ただいま、シエルちゃん」


「……ただいま」


 セラも言った。


 アーグは荷物を置く。


「異常は?」


 シエルは一瞬迷ってから、胸を張った。


「……ありませんでした」


「おお!」


「何も来なかった」


「完璧な留守番だ!」


 シエルは少しだけ嬉しそうにする。


 それから、不意に言った。


「……おかえりなさい」


 今度は、誰もすぐに返さなかった。


 リアが最初に笑った。


「はい。ただいま」


 セラも小さく頷く。


 アーグは荷物を整理し始める。


 オタクミは一瞬だけ何か言いたそうな顔をしたが、結局いつもの調子で、


「よし! 留守番隊長への報酬として、本日のおやつを――」


「あるの?」


 シエルの目が一気に輝く。


「食いつき早っ!」


「契約だから」


「そこだけ覚えてる!」


 ぴーちゃんも元気よく鳴く。


「契約だから」


「お前まで!」


 また、部屋が騒がしくなる。


 シエルはその真ん中で、少しだけ笑っていた。


 誰もいない静かな場所で歌うのも、まだ好きだった。


 けれど今は、帰ってきた人たちの声がする場所も、少しだけ好きになれそうだった。

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