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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
4 異世界アイドル革命

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三食おやつ付き契約

「……ごはん、毎日あるの?」


 シエルの問いに、その場にいた全員が一瞬だけ黙った。


 湖畔には薄い霧が残り、少し離れたところではぴーちゃんが羽を整えている。シエルは食べ終えた魚の包みを大事そうに持ったまま、冗談を言っている様子もなく、真剣な顔でオタクミたちを見ていた。


「あるぞ」


 オタクミが答える。


 シエルの目が少し見開かれた。


「……毎日?」


「毎日」


「一日に……一回?」


「いや、普通は三回くらいじゃない?」


「三回」


 シエルが固まった。


「朝と、昼と、夜ですね」


 リアが指を折りながら説明する。


「朝」


「はい」


「昼」


「はい」


「夜」


「はい」


「……三回」


 どうやら数え直しているらしい。


 オタクミはその様子を見て、胸の奥が妙にざわついた。


 彼にとって一日三食は、あまりにも普通のことだった。もちろん旅の途中では多少前後するし、保存食だけで済ませることもある。それでも、目の前の少女にとっては、今初めて聞いた夢のような話らしい。


「しかも!」


 オタクミが勢いよく人差し指を立てた。


「状況次第では、おやつもある!」


「おやつ?」


「三食とは別枠で食べる、心を豊かにする食べ物だ!」


「説明が怪しい商人なのよ」


 セラが即座に突っ込む。


 だがシエルは真剣だった。


「ごはんじゃないのに、食べていいの?」


「いい!」


「先生、あんまり無責任に断言しないでくださいね」


 リアが笑いながら釘を刺す。


「毎日絶対豪華なおやつ! とかじゃないぞ!? ある時はある! でも俺は前向きに努力する!」


「急に現実的」


「継続可能性を考えた」


 アーグが小さく頷いた。


「それならまだ信用できる」


「なんでお前の審査通さなきゃいけないんだよ!」


「一緒に生活する話なら当然だろう」


「まだ生活するって決まってないけどな!」


 そう言いながら、オタクミは改めてシエルを見る。


 シエルはまだ「三回」と小さく呟いていた。


 ぴーちゃんが横で、


「三回」


 と真似する。


「お前も覚えたのか」


「三回」


「食いしん坊ユニット結成する気か?」


 シエルが少しだけ笑った。


 その笑顔を見て、オタクミは一度息を吐いた。


「シエル」


「なに?」


「だったらさ」


 言葉を選ぶ。


 以前の自分なら、ここで勢いだけで決めていただろう。


 歌える。


 目を引く。


 物語がある。


 だから連れて帰る。


 そんなふうに。


 でも今は、そこから一歩だけ離れて考えられる。


「俺たちと一緒に、ラザリスへ来ないか?」


 シエルの表情が止まった。


「……ラザリス」


「俺たちが今いる街。人も多いし、店もある。飯もある。寝る場所もある」


「人……多い?」


 そこだけ、シエルの声が少し硬くなる。


「多い」


 オタクミは誤魔化さなかった。


「だから、怖いと思う」


 シエルは黙る。


「でも、いきなり人の前に出ろとか、歌えとか言うつもりはない」


「……歌わなくても?」


「いい」


 答えたあとで、オタクミは少しだけ苦笑した。


「いや、本音を言えば聞きたい。めちゃくちゃ聞きたい。もっと聞きたいし、いつか他の人にも聞いてほしいって思ってる」


「先生」


「でも!」


 リアに止められる前に、オタクミは続けた。


「それを決めるのはシエルだ」


 シエルがじっと彼を見る。


「怖いのに無理やりやらせても、たぶん違う。だから今は、歌わなくてもいい」


 セラが腕を組んだまま、小さく頷いた。


「嫌なら断ってもいいし、行ってから無理だと思ったら、その時また考えればいい」


 リアも続ける。


「まず、一緒に行ってみませんか? ラザリスには私たちもいますから」


 シエルの視線が一人ずつ移る。


 オタクミ。


 リア。


 セラ。


 アーグ。


 最後に、ぴーちゃん。


「……ぴーちゃんも?」


「もちろん」


 オタクミが即答する。


「鳥だから宿で問題になる可能性はあるが、その場合は考える」


 アーグが現実的な補足を入れる。


「そこは私たちで何とかしましょう」


 リアが言う。


 ぴーちゃんは何も分かっていない顔で羽を膨らませた。


「もちろん」


「お前が答えるな!」


 少しだけ笑いが起きる。


 けれどシエルはまだ考えていた。


「……私、何をすればいいの?」


 オタクミの口が開く。


「歌――」


 そこまで言って止まった。


 セラがじっと見る。


 リアも見る。


 アーグまで見る。


「……何もしなくていい」


 オタクミは言い直した。


「最初は」


「最初は?」


「いや、ずっと何もしなくていいって意味じゃなくて! 一緒に暮らすなら、できることはみんなでやる。片付けとか、買い物とか、そういうの。でも歌を仕事にしろとか、アイドルになれとか、そういう話じゃない」


「……」


「シエルが自分からやりたいと思ったことがあったら、その時に考えよう」


 シエルはしばらく黙っていた。


 やがて、手元の空になった包みを見る。


 次にぴーちゃんを見る。


 そしてもう一度、オタクミたちを見る。


「ラザリスに行ったら」


「うん」


「ごはん、三回?」


「基本は!」


「おやつ」


「可能な限り!」


「可能な限りって何」


「大人の事情!」


「先生、そこで格好つけないでください」


「だって永久確約とかしたらアーグに怒られるし!」


「当然だ」


 アーグが即答した。


「提供できない条件を契約に含めるな」


「ほら!」


 シエルは少し考えてから、また訊いた。


「……食べられない日も、ある?」


 今度は誰もすぐには笑わなかった。


 オタクミは答える。


「旅なら、予定通りいかない日はある」


「うん」


「でも、俺たちが食べるのに、シエルだけ食べさせないみたいなことはしない」


 リアも頷く。


「みんなで分けます」


「そういう意味なら、食事に困らせるつもりはない」


 アーグも言った。


 セラは少しだけ顔を逸らしながら、


「まあ、一人増えたくらいでどうにかなるでしょ」


 と付け加えた。


 シエルが、ゆっくりと息を吐く。


「……変なの」


「何が?」


「知らないのに」


「うん」


「私のこと、まだ何も知らないのに」


 その言葉に、オタクミは少し考えた。


「だから、これから知ればいいんじゃない?」


 シエルが目を丸くする。


「俺たちだって、会ったばっかりだし」


「……怖くないの?」


「何が?」


「私」


 オタクミは首を傾げた。


「歌を怖がられたって話?」


 シエルが頷く。


「今のところ、俺が一番怖いのはセラが本気で怒った時かな」


「は?」


「ほら怖い!」


 セラの拳が飛び、オタクミの頭に軽く落ちる。


「痛っ!」


 リアが笑い、アーグがため息をつく。


 シエルは呆気に取られていた。


 やがて、その口元が少しだけ緩んだ。


「……行ってみたい」


 小さな声だった。


「ん?」


「ラザリス」


 今度は少しだけはっきり言う。


「……行ってみたいです」


 オタクミの顔が一気に明るくなる。


「よっしゃああああ!」


「声!」


 セラが叩く。


「ごめん!」


 シエルがびくっとしたが、逃げなかった。


 オタクミは咳払いをして、少しだけ落ち着く。


「では改めまして」


 どこからともなく細い枝を拾い、地面へ一本線を引く。


「ここに、歴史的な契約が成立しました」


「何してるの?」


「気分!」


「紙も署名もないぞ」


「だから気分!」


 オタクミは指を一本立てる。


「第一条! 三食!」


 シエルの目が輝く。


「第二条! できる限りおやつ!」


「そこだけ弱い」


 セラが言う。


「第三条! 歌うかどうかはシエルが決める!」


 シエルが瞬きをする。


「第四条! ぴーちゃん同行可!」


 鳥が羽を広げる。


「同行可!」


「覚えた!」


 オタクミは最後に胸を張った。


「以上! 三食おやつ付き契約、成立!」


「契約っていうか、一緒に暮らす約束じゃない?」


「リア、それ言っちゃう?」


「でも、その方が私は好きです」


 シエルが小さく頷いた。


「……私も」


     ◇


 湖を離れる頃には、霧は少し薄くなっていた。


 来た時は四人と一振りだった道を、今は一人と一羽が増えて歩いている。


 シエルは何度か後ろを振り返った。


 湖。


 森。


 これまで過ごしてきた場所。


 ぴーちゃんも一度だけ空へ舞い上がり、湖の上を大きく回ってから戻ってきた。


 オタクミは何も言わず、少し先を歩いた。


 戻りたいと言うなら止めない。


 そう思っていた。


 けれどシエルは、最後には自分から前を向いた。


「オタクミ」


「ん?」


「おやつって」


「うん」


「どんなの?」


 オタクミが振り返る。


 シエルは真剣だった。


「そこから!?」


「知らないから」


「よし分かった! ラザリス着いたら、おやつ文化について基礎から――」


「先生、布教始めないでください」


「これは生活教育!」


「同じよ」


 シエルがまた少し笑った。


 まだ歌わなくていい。


 まだ人前へ出なくていい。


 今はただ、一緒に歩いている。


 いつか彼女自身が、誰かへ歌いたいと思う日が来たなら。


 その時に、自分が何をできるのか考えればいい。


 オタクミはそう思いながら、ラザリスへ続く道を歩いていった。

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