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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
4 異世界アイドル革命

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セイレーンの正体

 湖畔には、まだ薄い霧が残っていた。


 オタクミとシエルが名乗り合ってから、しばらく誰も大きな声を出さなかった。


 シエルは食べかけの焼き魚を両手で持ったまま、こちらを警戒するように見ている。リアはその隣に座り、アーグは少し離れた場所から様子を見ていた。


 セラだけが湖の方へ目を向けていた。


「さっきの歌、もう聞こえないわね」


「鳥の方も移動したんじゃないか?」


 オタクミが答えた、その時だった。


 木々の向こうから羽音がした。


 丸い影が霧を抜けて飛んでくる。


「あ」


 オタクミが指を差す。


「さっきのアイドリ!」


「勝手に名前決めないで」


 セラが即座に返す。


 鳥は一行を警戒するように少し高い枝へ止まった。


 けれど、シエルが顔を上げると、その様子が変わった。


「……ぴーちゃん」


 その声だけは、さっきまでより少し柔らかかった。


 鳥が首を傾げる。


「ぴーちゃん」


 まるで返事をするように、同じ言葉を繰り返した。


「名前ついてる!」


 オタクミが小声で興奮する。


「やっぱり知り合いなんだ」


 リアが訊くと、シエルはこくりと頷いた。


「……友達」


 ぴーちゃんは枝から降りると、シエルの近くへ飛んできた。


 オタクミも思わず一歩出る。


「ちょっと触って――」


 シエルがすぐにぴーちゃんの前へ手を出した。


「待って」


 オタクミの足が止まる。


「……怖がるから」


「あ、ごめん」


 反射的に謝ってから、オタクミはその場へしゃがみ込んだ。


「近づかない方がいい?」


「今は」


「了解」


 セラが横から見る。


「素直」


「俺だって学習する!」


『毎回自己申告するな』


「ゴルドス、お前それ気に入ってるだろ!」


 少しだけ空気が緩んだ。


 その時、ぴーちゃんが嘴を開いた。


 静かな歌が流れ始める。


 湖で聞いた、あの旋律だった。


 オタクミたちの表情が一斉に変わる。


「それ」


 リアがシエルを見る。


 シエルはぴーちゃんを見上げたまま、小さく言った。


「……私の歌」


「え?」


 オタクミが聞き返す。


「ぴーちゃん、覚えてるから。私が歌ったの」


 鳥はまた同じ節を繰り返した。


「じゃあ、さっき俺たちが聞いてた歌って」


「ぴーちゃんだったかもしれない。でも……元はシエルが歌った」


 セラが整理するように言う。


 オタクミは一瞬、何も言わなかった。


 奇跡の一枚。


 湖の噂。


 歌真似鳥。


 そして、目の前の少女。


 ばらばらだったものが、ようやく一本につながった。


「……シエル」


「なに?」


「歌うんだな」


 シエルは少し迷ったあと、頷いた。


「……うん」


「この辺で?」


「ここなら、人いないから」


 その答えに、オタクミは少しだけ表情を変えた。


「人がいると、歌わない?」


 シエルの指が、魚を包む紙の端をぎゅっと掴んだ。


「……あんまり」


 リアがすぐに口を挟まなかった。


 アーグも黙っている。


 しばらくして、シエルの方から言葉が続いた。


「前に、人がいるところで歌ったことがある」


「うん」


「変だって言われた」


 声は小さい。


「気味悪いって。近くで歌わないでって」


 オタクミの眉がわずかに動く。


 だが、何も言わない。


「それから、あんまり人のいるところで歌わなくなった」


「ここに来たのも、それで?」


 リアが優しく訊く。


 シエルは少し考えてから答えた。


「……人が少ないから」


「ずっと一人だったんですか?」


「ずっとじゃない」


 シエルがぴーちゃんを見る。


「ぴーちゃんがいる」


 鳥が首を傾げる。


「いる」


「自分で言った!」


 オタクミが思わず吹き出しそうになる。


 セラが肘で小さく小突いた。


「静かに」


「はい」


 シエルはぴーちゃんの羽をそっと撫でた。


「歌うの、やめようと思ったこともある」


「……」


「でも、静かにしてる方が苦しくて」


 リアがシエルを見る。


「苦しい?」


「歌いたくなるから」


 それは説明というより、本人にとって当たり前の感覚を口にしただけのようだった。


「誰もいないところで歌って、ぴーちゃんが真似すると……」


 シエルの口元が、ほんの少し緩む。


「もう一回歌ってもいいのかなって思えた」


 オタクミは、そこで初めてぴーちゃんを見る目を変えた。


 面白い鳥。


 使えそうな鳥。


 さっきまでは、そんなふうにしか見ていなかった。


 けれどシエルにとっては違う。


 自分の歌を怖がらず、聞いたまま返してくれる存在。


「……そっか」


 オタクミが呟く。


 セラが湖を見る。


「じゃあ、あの噂」


「噂?」


 シエルが聞く。


「この湖の近くで、妙な歌が聞こえるって話。聞いた人が怖がって、“セイレーン”だなんだって勝手に呼んでた」


 シエルの目が少し大きくなる。


「……私?」


「少なくとも、元になった歌はそうかもしれないわね。ぴーちゃんもあちこちで真似してたなら、余計に話が広がったんでしょうし」


 ぴーちゃんが鳴く。


「セイレーン」


「覚えるな!」


 オタクミが反射的に突っ込む。


 鳥がもう一度、


「覚えるな!」


 と返す。


「そっち覚えた!」


 リアが思わず笑い、セラも口元を緩めた。


 シエルも一瞬だけ目を丸くして、それから小さく笑った。


 ほんの一瞬だった。


 けれど、オタクミはその顔を見逃さなかった。


 そして同時に、以前ならここで勢いのまま何かを言っていた気がした。


 この子だ。


 絶対に売れる。


 絶対に届く。


 そういう言葉を。


 けれど、今は少し違った。


「シエル」


「なに?」


「誰かの前で歌ってみたいって、思ったことある?」


 少女の表情が固まった。


 ぴーちゃんの羽に触れていた指が止まる。


「……ない」


 即答ではなかった。


 考えて。


 それでも、はっきり答えた。


「怖い」


「そっか」


 オタクミはそれだけ言った。


 シエルが少し驚いたように見る。


「……それだけ?」


「うん」


「もっと、歌ってって言わないの?」


「言いたい」


「先生」


 リアが小さく止める。


「言いたいけど!」


 オタクミは両手を上げた。


「今は言わない!」


 セラが感心したように眉を上げる。


「成長したわね」


「褒めて! もっと!」


「今ので台無し」


「ひどい!」


 オタクミは一度笑ってから、シエルを見る。


「怖いなら、今はそれでいいと思う」


「……」


「でも、もしそのうち『誰かに聞いてほしい』って思うことがあったら、その時は教えて」


 シエルはすぐには答えなかった。


 ただ、さっきより少しだけ警戒の薄れた目でオタクミを見る。


「……分かった」


 短い返事だった。


 それで十分だった。


     ◇


 しばらくして。


 リアが残っていた焼き魚をもう一つ取り出した。


「シエルちゃん、これも食べますか?」


 シエルの視線が、一瞬で魚へ移る。


「……食べたい」


「即答!」


 オタクミが叫ぶ。


 シエルは少しだけ頬を赤くした。


「だって、おいしいから」


「人前で歌うのは考えるのに魚はゼロ秒!」


「それとこれは別」


「強い!」


 リアが嬉しそうに魚を渡す。


 シエルは受け取ると、今度は少し遠慮がちではあったが、さっきより自然に食べ始めた。


 ぴーちゃんが横から覗き込む。


「ぴーちゃんも欲しい?」


「欲しい」


「お前が答えるな!」


 また小さな笑いが起こる。


 アーグはその様子を黙って見ていたが、やがて口元へ手を当てた。


「……なるほど」


「何が?」


 セラが聞く。


「歌の話には慎重だが、食事への反応は極めて素直だ」


 オタクミが勢いよく振り返る。


「お前まさか!」


「事実を述べただけだ」


 シエルが魚を食べながら、こちらを見る。


「……ごはん、毎日あるの?」


 今度は全員が黙った。


 オタクミの目が、ゆっくりと輝き始める。


 セラが額を押さえた。


「嫌な予感がする」


 リアはもう笑っている。


 アーグだけが静かに頷いた。


「食事なら、話を聞いてもらえる可能性は高そうだ」


「交渉材料にするな!」


 湖畔に、また笑い声が広がった。

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