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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
5 女王様と推しの経済戦争

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女王様は待ってくれない

痛馬車輝号の改造を始めて、二週間。


 俺たちは、まだラザリスにいた。


「……おかしい」


 俺は馬車を見上げながら呟いた。


「何がだ?」


 アーグが尋ねる。


「予定では今頃、街道を颯爽と駆け抜けているはずだったんだ」


「その予定を止めているのは誰だ?」


「……俺です」


「分かっているなら結構」


 完成間近の馬車には、リアが描いたミスティア様が堂々と輝いていた。


 風になびく髪。涼しげな瞳。美しく広がる衣装。


 どこから見ても最高だ。


 しかし、まだ完成ではない。


「よし! 今日は車輪の装飾を仕上げるぞ!」


「……まだやるの?」


 セラが呆れた声を出した。


「当然! 走っている時も美しくなければ、真の痛馬車とは呼べない!」


「馬車って、走れればいいんじゃないの?」


「それを言っちゃおしまいだろ!」


 俺は設計図を広げた。


 車輪の周囲には、光を反射する装飾が取り付けられる予定だ。


 夕日を受けて輝く車輪。


 その上に描かれたミスティア様。


 想像するだけで尊い!


「セラ、この部分の光り方なんだけど」


「何?」


「もう少し青みを強くできないか?」


「青?」


「そう! ミスティア様の凛とした美しさを表現したい!」


「でも、昨日は白っぽい方がいいって言ってたわよね」


「昨日の俺は、まだ真理に到達していなかった!」


「今日も到達してないんじゃない?」


「ぐっ!」


 セラは腰に手を当てた。


「一つだけ言っておくけど、私は今の仕上がりで十分だと思ってる。変えるなら、自分で試してよ」


「……はい」


 正論だった。


 俺は車輪を見つめる。


 確かに美しい。


 でも、あと少し。


 もう少しだけ手を加えれば、理想に近づく気がする。


「……じゃあ、自分でやってみる」


「いいけど、回る部分を塞がないでね」


「分かってる!」


 俺は装飾を手に取った。


 そして数時間後。


「……動かない」


「だから言ったでしょ!」


 車輪の隙間に装飾が引っかかり、回転を邪魔していた。


「ミスティア様への愛が、物理的な抵抗に……!」


『実に分かりやすい失敗だな』


「ゴルドス! 慰めてくれよ!」


『まず車輪を回せ』


「はい!」


     ◇


 改造開始から三週間。


「オタクミ。内装の生地が届いたぞ」


 アーグが大きな包みを持ってきた。


「おお!」


 開いてみると、上品な光沢を持つ生地が現れた。


 深みのある色合い。


 しっかりした手触り。


 馬車の内装として申し分ない。


「どうだ?」


 アーグが尋ねる。


「……すごい」


「そうだろう。費用はかかったが、耐久性も考えて選んだ」


「……すごいんだけど」


「何だ」


「もう少し、こう……しっとりした感じが欲しい」


 アーグの眉が動いた。


「しっとり?」


「ミスティア様に包まれているような質感!」


「意味が分からん」


「触れた瞬間に『これは尊い』ってなる感じだよ!」


「ますます分からん!」


 俺は生地を撫でた。


「ほら、ここ。少し硬くないか?」


「座席用だからな」


「もう少し柔らかければ……」


「柔らかすぎれば形が崩れる」


「ぐっ!」


「それに、これ以上の調達には時間がかかる」


 アーグは帳面を開いた。


 そこには、これまでの費用が細かく記されている。


「車体の装飾費。材料費。工房の使用料。追加の部品代」


「……数字が多い」


「まだあるぞ」


「やめて! 心が折れる!」


「それに、王宮へは出発日の変更を伝え続けている」


 アーグの声が少し低くなった。


「向こうは招待を取り消していない。だが、いつまでも待ってもらえると思うな」


「……分かってる」


「本当か?」


「本当だよ!」


 俺は生地をもう一度見た。


 これで十分だ。


 十分すぎるくらい、立派なものだ。


「……よし。これを使おう」


「珍しく早い判断だな」


「ミスティア様の魅力は、見た目だけじゃない。座り心地も大事だからな!」


「その理由でいい。頼むから進めてくれ」


 アーグが深いため息をつく。


 そこへリアがやってきた。


「先生、車体の絵はもう完成していますよ!」


「おお! ありがとう!」


「どこか気になるところはありますか?」


 俺は少し考えた。


 リアの描いたミスティア様。


 俺が頭の中に思い浮かべたものとは違う部分もある。


 でも、それがいい。


「いや。あれは完成だ」


「本当ですか?」


「リアの絵は、あのままで最高だよ!」


 リアが嬉しそうに笑った。


 その笑顔を見て、俺も満足する。


 そう。


 俺だって成長しているんだ。


 他人の作品に、いつまでも口を出したりはしない。


 ……だからこそ。


「次はドアノブだな!」


「まだあるの!?」


 セラの叫びが工房に響いた。


     ◇


 改造開始から、約一か月。


 工房には、完成間近の痛馬車輝号が置かれていた。


 車体は美しく塗装され、内装も整っている。


 車輪の装飾も、安全に回転できるよう調整済み。


 荷物を積む場所も確保した。


 そして俺は今、ドアノブを見つめていた。


「……違う」


「何がだ」


 背後からアーグの声がした。


「この紋章の彫りの深さだよ」


「……は?」


「あとほんの少し深ければ、光と影の境目が美しくなると思うんだ」


「……オタクミ」


「分かるだろ? ここが大事なんだ!」


「分からん」


「ええ!?」


 アーグは腕を組んだ。


「車体は完成。座席も完成。車輪も問題なし。荷物も積める」


「そうだな!」


「では、なぜ出発しない?」


「ドアノブが!」


「ドアノブで王宮を待たせるな!!」


 工房中に声が響いた。


 俺は思わず身をすくめた。


「い、いや! 大事なんだって!」


「お前にとってはな!」


 その時、セラが呆れた顔で近づいてきた。


「ねえ、オタクミ」


「何?」


「そのドアノブ、誰が見るの?」


「乗る人全員!」


「じゃあ、私はもう見た。十分きれいだったわ」


「……おお」


「私の分の評価は終わりね」


 セラはさっさと離れていった。


 シエルも馬車の入口を見つめる。


「……私も、好き」


「本当か!?」


「うん。でも……早く乗ってみたい」


 その言葉が胸に刺さった。


 そうだ。


 この馬車は、眺めるためだけに作ったものじゃない。


 みんなで王宮へ向かうためのものだ。


「……分かった」


 俺は工具を置いた。


「もう追加の修正はしない」


 アーグが目を見開く。


「本当だな?」


「本当!」


「もう少しだけ、も禁止だぞ」


「……ぐっ」


「そこで詰まるな!」


「いや、大丈夫! 俺は決めた!」


 俺は胸を張った。


「痛馬車輝号、これにて――」


「オタクミ殿!!」


 突然、工房の扉が勢いよく開いた。


 現れたのは、王宮から親書を届けてくれた騎士だった。


「おお! 騎士さん!」


 俺は笑顔で手を振った。


「ちょうどよかった! 今まさに完成を――」


「いつになったら来んねん!!」


「……へ?」


 工房が静まり返った。


 さっきまで上品な口調だった騎士が、ものすごい形相でこちらを睨んでいる。


「こちらは何回、出発予定を確認したと思っとるんや!?」


「え、えっと……」


「毎回『もう少しです』『仕上げの段階です』って! 何回同じ返事を聞かせる気やねん!」


 俺はアーグを見た。


 アーグは静かに目を逸らした。


「……何度も延期の連絡をした」


「そ、そうだったのか……!」


「説明しただろう」


「聞いてた! 聞いてたけど!」


「聞いてないのと同じだ!」


 騎士は肩で息をしている。


「陛下はお忙しいお方やぞ! それでも時間を空けてくださっとる! そのお気持ちが分からんのか!」


「……すみません」


 さすがの俺も、頭を下げた。


 招待してくれた相手がいる。


 その人の時間を使ってしまっていた。


 俺の『あと少し』のせいで。


「本当に申し訳ありません。馬車は、もう出発できる状態です」


 そう言うと、騎士の顔がわずかに緩んだ。


「……なら、早急に出発の準備を――」


「でも!」


 俺は思わず顔を上げた。


「この馬車、見てくださいよ!」


「……は?」


「ミスティア様の魅力が車体いっぱいに! しかも車輪も内装も徹底的に――」


「誰が馬車の紹介を頼んだんや!!」


「ひぃっ!?」


 セラが額を押さえた。


「……せっかく謝ったのに」


 リアも小さく頷く。


「先生……」


『もはや救いようがないな』


「ゴルドスまで!?」


 騎士は深く息を吸った。


 そして、ゆっくりと言った。


「……もう、遅いんや」


「遅い?」


「陛下は、とうとう待ちきれなくなられた」


 俺は首を傾げた。


「……え?」


「こちらから何度催促しても、出発する気配がない。だから陛下は――」


 騎士は額に手を当てた。


「ご自分でラザリスへ向かわれた」


「…………」


 沈黙。


 アーグの顔色が変わった。


「……陛下が、こちらへ?」


「そうや」


「いつ?」


 騎士は俺たちを見渡した。


 そして、重々しく告げた。


「すでにラザリスへ到着しておられる」


「…………え?」


 俺は間抜けな声を出した。


「……女王様が?」


「そうや」


「……ラザリスに?」


「そう言うとるやろ!」


「……今?」


「今や!!」


 俺はゆっくりと振り返った。


 そこには、ようやく完成したと言いかけた痛馬車輝号。


 まだ手を加えようとしていた装飾の一部。


 そして、俺の手元にはドアノブの彫りを調整する工具。


「……あの」


「何や」


「陛下って、痛馬車がお好きですかね?」


「知らんわ!!」


 騎士の絶叫が、工房の天井を揺らした。


 俺は頭を抱えた。


「うわあああ! 女王様が待ってくれなかったぁぁぁ!!」


「待ってくださってたんだよ!」


 アーグの突っ込みが飛んでくる。


「一か月もな!!」


 セラまで叫んだ。


 リアは苦笑いし、シエルは状況がよく分からないまま首を傾げている。


「……じゃあ、もう馬車に乗らなくていいの?」


「そこ!?」


 俺は思わず叫んだ。


 王宮へ向かうために作った痛馬車。


 最高の仕上がりを目指して、何度も何度も手を加えた。


 その結果。


 俺たちが出発するより先に、女王様の方がやってきてしまった。


「……俺の一か月は、いったい……」


『見事な本末転倒であったな』


「ゴルドス! 今それ言う!?」


 工房の真ん中で、俺は天を仰いだ。


 痛馬車輝号は、今日も堂々と輝いている。


 ただし。


 その輝きを、王宮まで届ける予定は完全に狂っていた。

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