痛武器爆誕! その3
祭壇から溢れた光が、神殿のすべてを白く染めた。
思わず目を閉じた瞬間、空気が震える。
風なんて吹いていなかったはずなのに、髪が大きく煽られ、肩にかけていた痛バッグの缶バッジが一斉に鳴った。
ジャララララッ、と。
推しグッズとは思えないほど荘厳さのない音が響き渡る。
「うおっ……!」
両腕で顔をかばいながら、俺は祭壇の中心を見ようと目を細めた。
さっきまでぼんやりしていた武器の輪郭が、光の中で少しずつ固まっていく。
長い柄。
大きな刀身。
色は――ピンク。
しかも、ただ明るいだけではない。金属そのものが淡い桜色を帯びたような光沢があり、見る角度によって表面の輝きが微妙に変わっている。
「来てる……!」
俺が思い描いたものが、本当に形になろうとしている。
刀身の中央へ、さらに細かな光の筋が走った。
銀色。
その下へ肌色と青、白、淡いピンクが重なっていく。
そして。
俺は息を止めた。
ミスティア・ルミナス。
笑っていた。
ただの模様ではない。刀身の広い面を惜しみなく使い、銀髪をなびかせたミスティアが大きく描かれている。
「るみたん……!」
光の中だというのに、それだけははっきり見えた。
俺が頭の中で何度も調整した姿。
小さすぎない。
端へ追いやられていない。
武器の装飾として遠慮してもいない。
主役だった。
当たり前だ。
俺の神器なんだから、俺の推しが主役で何が悪い。
刀身の根元へ小さな文字が浮かび上がる。
『尊い』
「入った!」
「本当に入れたのか……」
隣でゴルドスが呆れた声を出した。
さらに反対側へ細かな文字が走る。
『二期待ってます』
「そこまで!?」
「大事だろ!」
「こちらの世界の誰にも意味が通じぬぞ!」
「俺には通じる!」
「神器だぞ!」
「だから俺の願いを乗せてんだよ!」
言い返した瞬間、柄の先で何かが光った。
小さな透明の飾りが形を取り、中にミスティアの姿が浮かび上がる。
アクリルチャーム。
「おおおおおっ!」
「本当に付いた!」
「付けられるって言ったのお前だろ!」
「可能性の話だった!」
「可能ならやる!」
そこだけは譲れない。
祭壇の光が、さらに強くなった。
ゴルドスが何かを言っているが、もう耳へ入ってこない。
俺はただ、出来上がっていく武器を見ていた。
事故に遭ってから、ずっと何もかもが自分の手の外にあった。
突然飛び出してきた人影。
あのストラップ。
白間。
ゴルドス。
異世界。
知らない身体。
自分で選んだことなんて、ほとんどなかった。
でも、これは違う。
色も。
絵も。
文字も。
何を大事にするかも。
全部、俺が選んだ。
最強の武器とは何かと聞かれて、結局俺が選んだのは、誰が見ても強そうな剣じゃなかった。
俺が見て嬉しいもの。
俺が持っていたいもの。
俺が好きだと言えるもの。
その全部を詰め込んだ。
光が弾けた。
そして、一気に消える。
神殿へ静けさが戻った。
「…………」
俺は動けなかった。
祭壇の上に、それはあった。
巨大な刀身。
ピンクメタリックの表面。
そこへ大胆に描かれた、ミスティア・ルミナス。
刀身の根元には『尊い』。
反対側には『二期待ってます』。
柄の先では小さなミスティアのチャームが、残った風に揺れていた。
「…………」
隣のゴルドスも黙っている。
俺は一歩近づいた。
二歩。
もう少し。
いろんな角度から見る。
右。
左。
少し下。
しゃがむ。
立つ。
もう一回右。
「何をしておる」
「光の当たり方を確認してる」
「完成直後にやることか?」
「完成直後だからやるんだよ!」
どの角度から見てもいい。
いや、正面もいいけど斜めから見た時のメタリック感がかなりいい。ミスティアの髪に光がかかることで、まるで本当に輝いているように見える。
俺はゆっくりと柄へ手を伸ばした。
「触るぞ……」
「貴殿のものだ」
「わかってるけど!」
ライブ物販で最後の一個を手渡された時ですら、もう少し気軽に受け取れた気がする。
そっと柄を握る。
ずしりと重さが来た。
だが、持てないほどではない。
身体に力を入れると、不思議なくらい自然に持ち上がった。
「おお……!」
両手で構えてみる。
見た目は完全に大剣だ。
武器としての迫力も十分にある。
なのに視線はどうしても刀身のミスティアへ吸い寄せられる。
「…………最高」
言葉が勝手に漏れた。
ゴルドスが隣から覗き込む。
「確かに、想像していた以上にまとまっておるな」
「だろ?」
「もっと悲惨なものになると思っていた」
「お前ちょっとそこ座れ」
「褒めている!」
「前半が余計なんだよ!」
それでも口元が緩む。
何度見てもいい。
現実世界で痛車を完成させた時とも違う。
あの時も嬉しかった。
でもこれは、自分の好きなものを貼っただけじゃない。
自分の好きが、そのまま神器になった。
「名前が必要だな」
ゴルドスが言った。
「名前?」
「神器なのだから、呼称はあった方がよい」
俺はもう一度、手の中の大剣を見た。
ピンクメタリック。
ミスティア。
痛武器。
俺のためだけの神器。
少し考えて――笑った。
「《タクミ・ブレイザー》」
「即決か」
「こういうのは勢いだ」
「意味は?」
「俺が名付けたんだからそれでいい!」
「勢いだけで神器へ名を付けたぞ、この男」
「いい名前だろ!」
「否定はせぬ」
決まった。
《タクミ・ブレイザー》。
俺の最強武器。
俺の痛武器。
そして何より。
「……待て」
俺は刀身へ伸ばしかけた指を止めた。
ゴルドスが眉を上げる。
「どうした」
「今、普通に触ろうとした」
「自分の武器なのだから触ればよいだろう」
「指紋つくじゃん」
「拭け!」
確かに。
痛バッグから柔らかい布を探そうとして、さらに重要な問題へ気づいた。
この神器は武器だ。
つまり、これから敵と戦う時に使う。
俺は刀身を見る。
ミスティアが笑っている。
これで敵を斬る。
当然、何かに当たる。
場合によっては泥もつく。
血もつくかもしれない。
刃こぼれ。
傷。
欠け。
さっきEP004で想像したものが、完成品を目の前にしたことで急に現実味を増した。
「…………」
俺はそっと大剣を持ち直した。
「ゴルドス」
「なんだ」
「確認なんだけど」
「うむ」
「これ、傷つく?」
ゴルドスが黙った。
「神器ではある」
「うん」
「通常の武器より頑丈ではある」
「うん」
「だが武器である以上、絶対に何も起こらぬとは――」
「無理」
「最後まで聞け!」
「無理無理無理! 完成品見たら余計無理!」
俺は反射的に《タクミ・ブレイザー》を胸元へ抱えようとして、刃物だったことを思い出して慌てて離した。
危ない。
推しを守ろうとして自分が斬れるところだった。
「俺、これで敵斬れない」
「何のために作った!?」
「最強の武器!」
「使え!」
「傷つくだろ!」
「では何のための最強だ!」
「観賞!」
「神器を観賞用にするなぁぁぁぁぁ!!」
神殿にゴルドスの絶叫が響いた。
俺は気にせず、もう一度を見る。
やっぱり最高だった。
戦えるかどうかは知らない。
いや、戦わなきゃいけないのはわかっている。
異世界へ遊びに来たわけじゃない。
転売魔とやらをどうにかするために来たのだ。
でも、それとこれとは別問題だ。
推しを傷つけずに戦う。
そんな方法があるなら、それを考えればいい。
なければ――作ればいい。
「よし」
「何もよくない顔をしておるな」
「決めた」
俺は《タクミ・ブレイザー》を持ち上げた。
ピンクの刀身に描かれたミスティアが、神殿の光を受けて輝く。
「こいつは絶対に傷つけない」
「戦う気はあるのだろうな?」
「ある」
「本当に?」
「あるって」
「では、どうやって戦う」
俺は答えようとして。
止まった。
「…………」
「オタクミ殿?」
「…………」
何も考えていなかった。
ゴルドスが額へ手を当てる。
「やはりか……」
「今から考える!」
こうして俺は、異世界へ来て最初の神器を手に入れた。
最強の武器。
《タクミ・ブレイザー》。
ただし。
完成したその瞬間から、俺には新しい問題が一つ増えた。
――推しを一切傷つけずに、この武器でどう戦えばいい?
俺は刀身のミスティアを見つめながら、本気で頭を抱えた。




