尊みを汚すもの、許すまじ
「これは……認められん。」
リアの描いた魔導書のイラストを見た、製作所の上位職絵師のひとり――絵師長ハルド爺(推定年齢120歳)が厳しい声をあげた。
「なんでですか!? リアの絵、すごく好評で……」
「だが、これは……“可愛すぎる”。」
「いや褒めてません!? 今の褒め言葉でしょ!?」
「魔導書とは神聖なる書。軽やかなデザインは魔力の流れを乱す……」
ああ……来たよ……
“昔ながらの頑固職人ムーブ”! 推し文化の敵、第一形態!
俺はため息をついて言った。
「……いつの時代も年寄りは保守的だよな」
『おい、思いっきり聞こえてるぞオタクミ』
「聞こえてていいんだよ。大事なのは、伝えることだ」
俺は一歩前へ出て、絵師長を真正面から見た。
「確かに、今の魔導書に比べたらリアの絵は“新しすぎる”かもしれない。けど、それって悪いことですか?」
「……」
「リアの絵には、“見た人の心を動かす力”がある。
パン屋のおばちゃんも、武器屋の親父も、トイレで泣いた冒険者も! 全部、リアの絵があったからだ!」
「……人の心を、動かす……か」
「……なら、こういうのはどうでしょうか?」
と、リアが紙を広げた。
「この子、今のままだとちょっと難しいって言われたので……」
手早く描かれたのは、推し“ミスティア・ルミナス”のSD等身バージョン。
小柄なシルエット、まるい輪郭、大きな瞳、手にはちょこんと魔導書。
それはまさに――
“萌え”と“伝統”の絶妙なハイブリッド。
「……ッ、これは……!」
「どうですか? 萌えながらも、神聖さを残してるでしょ」
「……このデフォルメ技術……やるな……!」
リアの描いたSD等身のイラストは、ついに絵師長ハルド爺に正式に認められた。
だが――そこからが本番だった。
魔導書製作所は、数百部の限定“試験刊行版”を準備するために、急ピッチで編集と印刷を開始。
リアは眠れぬ夜を過ごしながらも、3パターンのミスティアを描き上げた。
① 癒し系ミスティア(おやすみ仕様)
② 戦闘指揮ミスティア(ちょっと凛々しい)
③ フード被りミスティア(謎の神秘感)
それぞれのイラストが、各ページの小見出しや装飾に使われる。
特に評価されたのは、魔法陣の上にミスティアがちょこんと座ってる構図。
絵師長も微笑を浮かべてこう呟いた。
「……この子の絵は、魔力ではなく“想い”を媒介する”のかもしれんな」
そうしてついに、新装版魔導書《光翼の導書・リア絵ver.》が完成。
「オタクミ先生……やっと、やっと……私の絵が、本に……!」
魔導書製作所の大広間。
リアの手が震えていた。
絵師長ハルドが、彼女のSDミスティアのイラストに“公式認可印”を押した瞬間――
リアの目から、涙がひとすじこぼれる。
「……私、ほんとは絵なんて描いちゃいけないって、ずっと思ってたんです」
「……え?」
「生まれた村では、絵なんて、“時間の無駄”だって言われて……誰にも見せずに、こっそり、夜だけ描いてました」
「リア……」
「でも、描いてると、気持ちが落ち着いて。
泣きたいときも、寂しいときも……絵だけは、ずっと、私のそばにいてくれました」
「うぅ……」
『ぐっ……わし、尊死する……!!』
ゴルドス(鞘)はその場でズビビと鼻水を鳴らし、
オタクミも袖で涙を拭いながら、リアに近づいた。
「リア……君の絵が、この世界を変えるんだ。
もう誰にも、“描くな”なんて言わせない。
この絵は、君の過去も、想いも、全部を乗せてる。だからこそ尊いんだ!」
「オタクミ先生っ……!!」
朝焼けの空の下、製作所の前で、静かに発売が開始された――。
⸻
その夜。
「ほう……“新装版・魔導書”。話題になっているようだな……」
暗がりの倉庫街。
ボロ布をかぶった男が、部下から手渡された一冊の魔導書を手に取り、表紙をじっと見つめる。
「このイラスト……柔らかいが、芯がある。これは……教育用に、使えるな……」
彼の名は――アーグ・ビルダネス。
転売魔の“魔法指導幹部”であり、新入り育成部門の黒幕である。
「明日からの教本は、これにしよう。……価格はそうだな。定価の……10倍。」
「へっへっへっ……さすがアーグ様! 教本とは名ばかりのプレミア本ですね!」
「“仕入れ価格”に情などいらん。必要なのは、高く売れるかどうかだけだ。」
その時、魔導書のページをめくったアーグが、ふとイラストのキャラと目が合って――
「……ぬ、ぬおお……!? こ、この丸目ぇぇぇ!?」
ゴンッ!! と頭をぶつけた。
「か、かわい……あ、いや、なんでもない。ふん!」
アーグは顔を赤くして咳払いした。
「……まあ、“学ぶべき対象”として悪くはないな。うむ。うむ。」
部下(アーグさん完全に落ちてるじゃないですか……)
⸻
「くっそぉぉぉ!! ふざけんなよ!! なんでリアの尊みが、転売ヤーの新人教育用アイテムになってんだよ!!」
『“買占め→高値転売”の流れ、どの世界でも健在……!』
「許せねえ……尊みを、値札で汚すなァァァ!!!」
新装版魔導書の発売が決まって、街が盛り上がるなか、転売魔の影が、静かに動き出していた。
魔導書を買い占め、
「これは新人教育の“必読書”だ」と言いながら、定価の10倍で新入りに売りつけるアーグ。
「……転売魔……絶対に許さない」
「オタクミ先生?」
「リア、俺……現実の世界でも、何人も見てきたんだ」
目を伏せながら、オタクミは語り始めた。
「“イベント限定グッズ”が買えなくて泣いた奴、
推しアニメのライブチケットが高額転売されて、応援すらできなくなった子。
SNSで“手に入らない”って嘆いて、推しのこと嫌いになっちゃった友達もいたんだ」
「……」
「今度は俺が止める番だ。
リアの絵を、推しの尊さを、汚させない……!」
俺はすぐに街の印刷屋と協力し、再販ラッシュ+個別ナンバリング+店舗別イラスト入り(複製)特典付きを用意!
さらに、ギルド経由での“予約販売”+“お一人様一冊まで”の転売対策フル装備布陣!
街の人々も、応援してくれた。
「リアちゃんの本なら正規で買うよ!」
「転売魔には絶対負けんなよ!」
「サイン入り……!? ワシ、予約します!!」
⸻
街中にアーグが現れたと聞いたとき――
オタクミは、剣の鞘を握りながら、ぼそっと呟いた。
「推しは、みんなのものだ。
信仰を、値札にするな。
尊さを、オークションに出すなよ……」
眼がギラリと光った。
「さぁて、痛剣で教育してやるか。
“推しの尊み”は、非売品なんだよッ!!」
⸻
アーグは街中で俺を待ち伏せしていた。
「転売を阻害する愚か者よ。尊みの流通管理は我らの専売特許。貴様の布教活動など認められるものか!」
「お前ら、布教の何をわかってる!! 推しの尊さに値札つけてんじゃねえぞッ!!」
「ならば、排除するまでだ!!」
アーグが巨大な魔導書を広げる。
ページからは黒煙が立ち上り、骸骨兵が3体出現!
「はっ、ならこっちも召喚してやるよ!!」
俺は痛武器の鞘を構えて走り出した!
「くらえ! 鞘打ちッッ!! “リリィ・ピコピコ・ゴンッ!”!」
カコン! ピコッ! ズシャァ!
「こ、こいつ、鞘だけで!?」
アーグが焦り、さらに魔法陣を展開する。
「甘いぞ小僧ォ! この“骸霊陣・三重爆”で街ごと吹き飛ばしてくれるわ!!」
「……しゃあねぇな」
俺はゆっくりと鞘を引いた。
シャキィィィン――
推し、フルカラーで覚醒。
BGM:「Twinkle☆Revolution」再生開始!
「な、なんだこの演出!? なぜ音楽が!?」
「聞け! これが“推しの変身シーン再現ギミック”だァァ!!」
刀身には、3秒間のLEDアニメーションが流れ、ミスティアがキメ顔でウィンク。
「目がァァァ!! 眩しいぃぃ!!」
「いくぜ! 奥義ぃぃぃッ!!」
《リリィ・エターナル・フォロー&リツイート斬》!!
刀身が回転しながらハート型の斬撃を飛ばし、骸骨兵をまとめて浄化!
さらにアーグへ直撃ッ!
「ふぎゃあああああ!? な、なぜ私は……ミスティアに……感謝されてる気がするうううう!!!」
バァァァン!!!!
⸻
勝った……! やった……!
「リア!! 街は守ったぞ……!!」
「すごいです、オタクミ先生!!」
『……ところでオタクミ、ひとつ忠告しておく』
「ん?」
『戦闘中にお前、ビームで城門吹き飛ばして、噴水真っ二つにして、ついでにギルドの看板も半壊させてたよ』
「…………」
\ドーン!!/
ギルド事務員「修理費として、金貨3200枚請求しますね~♪」
「うわあああああああああああああああああああ!!!??」
⸻
あああああ……
街の修繕費、金貨3200枚。
ギルドの看板、再設計費込みで+600枚。
宿舎の壁に空いた“ミスティア型スラッシュ痕”、美術的価値あるってことで弁償ナシ――は助かったが。
「借金……合計、金貨3800枚……」
俺はベッドの上にうつ伏せで倒れたまま、魂が抜けかけていた。
『まぁまぁ、異世界の通貨感覚なんてどうせすぐインフレするし?』
「そういうとこだぞ、ゴルドス……!」
がばっと身を起こし、俺は壁の一角――
完全に“推しスペース”として確保したエリアへ向かう。
「……よし」
立派な一本足の特注・痛剣専用スタンド。
その中央に――
シャキィィン……
我が愛剣《タクミ・ブレイザーVer.01》、推しミスティア仕様をゆっくりとかけていく。
「……はぁぁぁぁぁ……今日も尊い……!」
灯りを調整、角度を微調整、背景布にうっすらグラデーション演出。
「この正面顔……斜め45度のくびれライン……刃に映る頬のグロス感……」
『どこ見てんの!?』
「いやほんと、ルミナス様ってどこから見ても崇拝対象だよな……。
もう“痛武器”ってより、“展示刀”っていうか、もはや“信仰の碑”……」
そう呟いて、気がつくと俺は椅子に座って10分近く、
ただ痛剣を見つめてニヤニヤしていた。
(借金……? うん、それはもう明日の俺がなんとかしてくれるでしょ)
『現実逃避してる自覚あるだけマシだな』
「うるせぇ鞘。お前は静かに見守ってろ。今日くらい……推しに癒されてもいいだろ……?」
BGM:♪ほのぼのルミナス日常ED(脳内)
明日からは、借金返済のために何かしら働かないといけない。
ギルドの雑用、魔導書売りの行商、リアと合同で“萌えグッズの即売会”も検討中。
でも今だけは――
「……ルミたん……好き……」
( ◜ω◝ )ニチャア……
\カラン(鞘ゴルドスが転がる)/