観賞用戦闘術、初陣
「待ってろ!」
俺は地面を蹴り、鞘ごと大剣を横薙ぎに振る。
ドゴォン!
スライムAがベギャっと潰れ、弾けた身が地面に吸い込まれていく。
残り四体。囲み込みに来る。
『小拝キープ、焦らず間合い管理!』
「了解!」
決して刃は抜かない。推しの顔は守る。
呼吸を整え、45度で鞘の口に映る“刃のミスティア”の面影をちらりと拝む。
(前髪の透け、今日も勝ち……)
胸の奥がぽっとあたたかくなり、足元が一瞬軽くなる。
尊輝:小拝。
俺はステップイン、鞘打ち三連。
「ピコ・ピコ・ゴン!」
カコン! ピコッ! ズシャァ!
二体目、三体目が吹っ飛ぶ。
四体目が地面で溜め、飛沫を作った。嫌なテカリ。
『来るぞ、溶解だ!』
「っ……!」
飛沫が弧を描き、俺と──その先でうずくまる金髪のローブの少女に降り注ぐ。
「きゃあっ!」
シュウ……と音を立て、少女のローブの裾が白く脱色→脆化していく。
(マズい!)
「下がって!」
俺は前に出て、鞘の平打ちで飛沫を逸らす。
だが、跳ね返った微量がこっちにもかかってきて──
「うわ、ちょ……!」
俺の肩口の簡易ローブも色抜け、縫い糸がぴりぴり解ける。
(やばいやばい、見た目は女の子、中身は男、判明したら事案!)
『落ち着け、あと二体。足元に誘い込んで……そう、段差に合わせて叩く!』
「リリィ・ピコピコ・ゴン改!」
ドガン! ボフッ!
四体目、五体目も沈黙。
俺はすぐさま少女の前に膝をつき、視線を肩より上に固定した。
「大丈夫!? ケガは?」
「は、はい……あの、すごく強かったです……! あなた、女の人なのに……!」
「いやあ、まあ、日頃からヲタ活で鍛えてるからな……(強いのは武器だけど)」
少女が顔を上げたその瞬間。
「…………えっ? 男、ですか……?」
――バサッ。
俺の身体を覆っていたローブが、風に煽られ、完全に脱げ落ちた。どうやらスライムを殴っている間に、飛び散った粘液が俺の服にもかかっていたらしい。
「ぎゃああああああああ!!? な、なんでえええええ!!?」
「いや、誤解だ! あの、これはっ、その、俺の中身は男で、見た目は女っていうかその、性別構成が複雑で――!!」
「ヘンターーーイ!!!」
少女の悲鳴が森にこだました。
━━━
逃げる少女を追って謝り倒し、なんとか誤解を解いた俺は──
数分後、リアの案内で近くのテントへと向かっていた。なんとか落ち着いた俺。
『──異世界速達便よ!』
「何それ便利!てか今!?」
ジャラジャラジャラ……!
空間が“ぱかっ”と開き、痛バッグが落ちてきた。
全面に同じ缶バッチがこれでもかと並び、歩くと風鈴みたいな音がするやつ。
「これは我が家の心臓!!」
『中には私服もある。推しロンTだ、着ろ!』
「めっちゃ助かる!」
俺は慌ててローブの上からロンTを被る(※サイズはオーバーめ)。
胸元にはミスティアのフルプリントがドン。
「これで露出リスクは回避……!」
少女は、目をぱちぱちさせて俺を見た。
「……」
「……?」
「胸の上に胸の人がいる……!」
「言い方!!」
「い、いえ! その……こんな……可愛いイラスト初めてで……!」
「だろ!? 俺の推しだ!! “輝星のルミナス”のルミナス様!!」
「……私、絵を描くのが好きなんです。小さいころから、ずっと。
でも、こんな可愛い絵は今まで見たことない……!」
「まんじ!?」
『うむ、実はこの異世界、萌えという文化がなくてだな』
「そだったの!?」
「その前に、助けてくれてありがとうございました。私、リアっていいます。薬草を探してたんです」
「小多タク……じゃない、オタクミだ!」
「さっきの戦い、剣を抜いてないのに、どうしてあんなに強く……?」
「それは観賞用戦闘術ってやつで……」
リアは俺の胸元(推し)→顔→胸元(推し)を二往復した。
「……やっぱり胸の人が気になる」
「そろそろ慣れてほしいんだけど……」
『オタクミ、尊輝、だいぶ削れたぞ。小拝で回復しておけ』
「あ、そうだ」
俺は胸元──じゃない、鞘の口から覗く刃をそっと拝む。
(ミスティア様、助けに来れてよかった。今日も可愛い。助かる)
ぽっ。
刀身の縁に細い光が戻る。尊輝:小拝まで回復。
リアがきょとんとする。
「先ほどの拝みはいったい……?」
「推しを見た。栄養補給」
「見ただけで栄養……!?」
『説明は次でまとめてやろう。今は移動優先。
街は近い。ラザリスだ。そこで衣類も整えよう』
「了解。歩ける?」
「はい! あの、先ほどから気になっていたのですが……
その鞘の中の剣、少しだけ見せてもらうことって──」
「……!」
刃に刻まれた推し。
見せたい。全身全霊で見せたい。
だが、この森、酸の飛沫がまだ草に残っているかもしれない。
「街に着いたら、ちゃんと手を洗ってから見よう。推しは清潔な環境で」
「神聖な剣なんですね……!(この人潔癖症!?)」
リアの目がきらきらした。
俺はうなずいて、痛バッグのジャラ音を鳴らしながら歩き出す。
(推しで救って、推しで強くなる。……いける。
この世界でも、尊みは公共善にできる)
ラザリスの城壁が、木々の向こうに見え始めた。




