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女王様は待ってくれない

痛馬車の改造開始から、二週間が過ぎた。

もはや、馬車ギルドの一角にあるその工房は、オタクミの狂気が支配する魔窟と化していた。

仲間たちの魂は、日に日にすり減っていく。


【改造二週間後:装備編】

「よし、セラ! 車輪の魔導LEDの取り付けは終わったか!」

オタクミの声が飛ぶ。セラは、うんざりした顔で「…終わったわよ」と、配線を繋いだばかりの車輪を指さした。

スイッチを入れると、車輪が美しい青色に輝く。

「待て!」

オタクミがストップをかける。「なぜ青一色なんだ! 回転時の発光パターンが違う! 主題歌のイントロに合わせて主要キャラ5人の色に点滅し、Aメロでミスティア様の青一色に固定されるのが『お約束』だろうが! プログラムを書き直してくれ!」

「……あんた、そろそろ本気で殴るわよ」

セラは、本気でドライバーをオタクミの眉間に向けかけた。


【改造三週間後:内装編】

「アーグ! 内装用の生地はどうなった?」

アーグが、コネをフル活用してアストリア王国から取り寄せたという、最高級のベルベット生地を広げてみせた。その滑らかな手触りは、誰が見ても一級品だった。

「これでどうだ。これ以上のものは、この大陸には存在せん」

「素晴らしい…!素晴らしい生地だ…。だが、質感が違う! ミスティア様の使い魔の毛の『もふもふ指数』は8.5だが、これは7.2しかない! これでは、乗車した際の没入感が足りない! 却下だ!」

「…………」

アーグの商人としてのプライドと、長年培ってきた美的センスが、ズタズタに引き裂かれた瞬間だった。


改造開始から、一ヶ月が経とうとしていた。

痛馬車は、もはや芸術品とも呼べる域に達していたが、オタクミはまだ、ドアノブに取り付けるミスティアの紋章の彫りの深さが0.1ミリ浅いと、ドワーフの彫金師と激論を交わしている。

その時だった。


バァァァン!!!


工房のドアが、蹴破らんばかりの勢いで開かれた。

そこに立っていたのは、あの時と同じ、白銀の鎧に身を包んだアストリアの王宮騎士だった。

しかし、その姿は一変していた。兜は脇に抱えられ、整えられていたはずの髪は乱れ、その目には深い疲労と、何かがブチ切れたような光が宿っていた。

彼は、工房の中央で紋章の彫りの深さについて熱弁するオタクミを睨みつけると、ついに、その堪忍袋の緒が切れた。


「いつになったら来んねん!!」


その、あまりに流暢な、そして柄の悪い庶民の言葉に、工房の時間が凍りついた。

騎士は、日頃のうっぷんを全て吐き出すかのように、叫び続けた。

「こっちは毎日『まだか』『まだか』と陛下に急かされ、ラザリスの安宿で粗末な飯を食い、もう故郷のシチューの味が恋しくて気が狂いそうなんじゃ! ええ加減にせんかいワレェ!」

完璧だったはずの騎士のキャラクターが、完全に崩壊した瞬間だった。

セラですら、そのあまりの豹変ぶりに、少しだけ後ずさっている。

しかし、オタクミだけは、その騎士の悲痛な叫びを、同志からの激励と勘違いしていた。

彼は、キラキラした目で騎士の手を取り、力強く頷いた。

「分かる! 分かるぞ、騎士殿! 推しに会いたいというその気持ち、痛いほど分かる! だが、最高の状態で謁見してこそ、真のファンというもの! 最高の痛馬車は、もうすぐ完成する! 陛下にお伝えくだされ! 我らが神々しき外交使節船は、あと3日から5営業日ほどで完成すると!」

その、どこまでも噛み合わないポジティブな返答に、騎士の膝が、がくりと折れた。

「もう…だめだ…」


騎士が絶望に打ちひしがれた、その時だった。

工房の外から、ファンファーレのようなトランペットの音と、地鳴りのような壮大な行列の音が聞こえてきた。

「なんだ、騒がしいな…」

アーグが訝しげに呟いた、その瞬間。

騎士は、はっと顔を上げると、業務用の、しかし震える声で告げた。

「も、申し上げます…!」

「女王ロザリア陛下、待ちきれずに、自らここラザリスにお越しになられました! ただいま、中央広場に行幸中でございます!」

「………………は?」

騎士の言葉に、工房の時間が、再び、そして完全に停止した。

オタクミ、リア、セラ、アーグは、ペンキや油にまみれたまま、呆然と立ち尽くす。

これまでの努力、激論、費やした莫大な資金と時間…。

その全てが、今、この瞬間、完全に無意味なものと化したのだ。

仲間たちは、ゆっくりと、工房の中央に鎮座する、半完成状態の、しかし圧倒的なオーラを放つ痛馬車を見つめた。

「……つまり、これ、全部、ただの無駄骨だったってことね」

セラの呟きが、やけに大きく響いた。

「投じた資本を考えると、壊滅的な損失だ…」

アーグが、頭を抱える。

「もう少しで、完成だったのに……」

リアが、悲しそうに馬車のイラストを撫でた。

しかし、オタクミだけは、その顔に涙を伝わせながらも、恍惚とした、やりきった表情で呟いた。

「……いや。無駄じゃなかった」

彼は、自分たちの最高傑作を、愛おしそうに見つめていた。

「見ろよ、この姿を…。旅は、始まる前に終わってしまったが…。俺たちの『尊み』は、確かに、ここに形となったんだ…!」

遠くから聞こえてくる、女王の行列の華やかな音楽。

それをBGMに、一行は、自分たちの素晴らしくも、完全に無用な長物となった痛馬車の前で、ただ、立ち尽くすのだった。

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