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創刊!ルミナス通信 その2

秘密のスケッチブックを巡るカオスな一夜が明けた。

カフェ『KIRABOSHI』の空気は、どこかぎこちない。アーグは時折リアとセラの方を見ては、何かを言いかけて口ごもり、二人はその視線から逃げるように、必死に作業に没頭していた。

その奇妙な空気を読めない(読まない)男、オタクミだけが、リフレッシュ完了とばかりに元気いっぱいだった。

「よし、お前たち! 夜は明けた! これより、『ルミナス通信』創刊号の最終製作工程に入る! 俺たちの『尊み』を、世界に示す時だ!」


その号令一下、一行はそれぞれの持ち場へと散った。昨夜の気まずさを振り払うかのように、全員が目の前の作業に集中する。

リアは、オタクミの怪文書を万人が読める美しい記事へとまとめ上げ、残りの時間で4コマ漫画『はしれ!ぴーちゃん』の仕上げに取り掛かる。その隣では、シエルが「…今日の絶望は、このくらいでしょうか…」と、巻末ポエムコーナーの原稿を、震える手で清書していた。

『ううむ、人間が『締め切り』という概念に取り憑かれた時のエネルギーは、凄まじいものがあるでござるな…! これもまた一種の創生エネルギーと言えるやもしれん…!』

ゴルドスの実況をよそに、アーグはドワーフの木版画工房で、頑固な職人を相手に一歩も引かない交渉を繰り広げていた。

「このSDキャラの髪の毛のハイライト! この繊細な線を表現するには、最高級の黒壇の版木が必要だ! 当然、値段は張るぞ!」

「ふん、素人相手と思ってもらっては困る。この光沢、黒壇ではなく、ただの鉄木てつぼくに黒インクを染ませただけだろう。価格は本来の三割が妥当だ!!」

そして、セラ。

彼女は、刷り上がった大量の紙の束を、シーフならではの驚異的な手つきで断裁していく。ただのナイフが、まるで精密な機械のように、寸分の狂いもなく紙の縁を切り揃えていた。


徹夜の作業の末、夜明け前。

カフェのテーブルには、インクの匂いを漂わせる、数千部の『ルミナス通信』創刊号が山積みになっていた。

「よし…」

オタクミは、そのうちの一冊を、我が子のように愛おしげに手に取った。

「見よ! これはただの紙ではない! 我らが流した汗と涙と尊みが、インクに変換された魂のレコードだ!!!あとは、これをラザリスの民に届けるだけ…!」

その最も重要な任務を請け負ったのは、セラだった。

「…貸しにしとくわよ」

彼女はそう一言だけ言うと、改心した元盗賊の仲間たちに合図を送る。闇に紛れて現れた彼らは、新聞の束を抱えると、まるで影のように、夜明け前のラザリスの街の隅々へと散っていった。




その日の朝。

ラザリスの街のあちこちで、人々がざわついていた。

家のドアノブに、市場の露店の軒先に、そしてギルドの掲示板に、見慣れない一枚の紙が置かれていたからだ。

「なんだ、これ?」

「『ルミナス通信』…? 新しい店のチラシか?」

最初は戸惑っていた人々も、次第にその内容に引き込まれていった。


街角の井戸端。

主婦たちが、リアの描いた4コマ漫画『はしれ!ぴーちゃん』を囲んで、クスクスと笑っている。

「あら、この鳥さん、シエルちゃんところの…可愛いわねぇ」

「うちの子にも見せてあげようかしら」


ギルドの酒場。

若い女性冒険者たちが、オタクミの書いた(リアが超訳した)特集記事のイケメン騎士のイラストを見て、顔を赤らめている。

「ねえ、見て! このザインっていう騎士と、アークライトっていう騎士…! 紹介文には『永遠の好敵手ライバル』って書いてあるけど、この挿絵の視線の絡み合い方…! 絶対に何かあるわよ!」

「わかる…! この、背中を預けてるのに、お互いしか見てない感じ…! 『可能性』を感じるわね…!」


そして、裏通りの安酒場。

屈強な冒険者たちが、セラの書いた(リアが加筆した)グルメコラムを指さして、盛り上がっていた。

「おい、セラとかいうシーフの嬢ちゃんが書いてるぞ。ここのエールは『別に、悪くない』だとよ!」

「ははっ! あいつらしいな! 間違いない、ここのエールは美味い! よし、マスター! その『悪くないエール』、全員に一杯ずつだ!」

『おお、オタクミ殿! 街の創生エネルギー値が、目に見えて上昇しているぞ! 4コマ漫画で純粋な『笑い』のエネルギーが! 騎士の記事で濃厚な『ときめき』のエネルギーが! すごいぞ、これは!』

ゴルドスの興奮した声が響く。

『ルミナス通信』は、オタクミたちの想像以上に、街の人々の心に、確かに「物語」への興味という新たな波紋を広げ、大成功を収めた。




その日の午後。

街を出る一人の商人キャラバンが、道に落ちていた『ルミナス通信』を、暇つぶしになるかと面白がって拾い上げ、荷物の中に加えた。

「ふむ、『輝星のルミナス』…? 子供向けの絵物語か。まあ、アストリアまでの道中で読むにはちょうどいいか」

彼は、その一枚の紙を無造作に丸めると、荷馬車に積まれたたくさんの商品の一つ――アストリア王家へ献上される予定の、豪華な宝箱の隙間に、そっと差し込んだ。


彼らはまだ知らない。

自分たちが、徹夜で、喧嘩して、笑いながら、そして秘密の趣味を共有しながら作り上げた、そのたった一枚の紙切れが、今、国境を越えようとしていることを。

そして、一国の女王の心を射抜き、自分たちの運命を、再び大きく揺り動かすことになる、巨大な波紋の中心となることを。

物語は、新たな舞台へと、確かに動き出していた。

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