創刊!ルミナス通信 その1
クリスタル・ゴーレムとの激戦を終え、シエルの覚醒という大きな一歩を踏み出した一行。彼女が本当の意味で「先生」になるためのレッスンは始まったばかりだが、プロデューサーであるオタクミの思考は、すでに遥か未来へと飛んでいた。
カフェ『KIRABOSHI』の作戦会議室に、彼は仲間たちを緊急招集した。
「勝利の余韻に浸っている暇はない! 鉄は熱いうちに打て、推しは熱いうちに布教しろだ! アイドル計画を成功させ、そして『ラザリス秋葉原化計画』を加速させるため、我々は最強の武器を手に入れる!」
オタクミがテーブルにバンと叩きつけたのは、一枚の企画書だった。
そこに書かれていたのは――フリーペーパー『ラザリス・ルミナス通信』創刊計画。
「武力で世界は救えない! だが、文化は剣よりも強し! 俺たちはこのフリーペーパーで、ラザリスの民の脳に、直接『尊み』を刻み込むのだ!」
自らを「編集長」に任命したオタクミは、有無を言わさぬ勢いで、創刊号の記事企画を発表し始めた。その瞳は、もはや世界の命運を背負った編集者のそれだった。
「まず巻頭特集だ!」オタクミが羊皮紙を広げる。「この世界の民に、我らが『輝星のルミナス』の尊さを知らしめる必要がある! 俺が筆を取り、ミスティア様の魅力を、その生い立ちから紐解く5000文字の論文を寄稿する! テーマは『クーデレの定義と、そこから見えるキャラクター性の深淵について』だ!」
「編集長、却下だ」
アーグが、こめかみを揉みながら即座に制止した。「誰もそんな長文は読まん。キャラクターの要点を3つに絞り、箇条書きで簡潔にまとめろ!」
「俺の愛の結晶が…箇条書きに…!」
オタクミは血の涙を流しながらも、アーグの現実的な修正案を受け入れた。
「次に、我々の主力商品であるアクリルスタンド、通称『アクスタ』の紹介記事だ! ただの紹介ではない、具体的な『使用例』を提案し、民衆の生活にアクスタを根付かせるのだ!」
オタクミが仲間たちに意見を求めると、三者三様の答えが返ってきた。
「窓辺に飾れば、ミスティア様と一緒に朝日を浴びられます!」と、純粋なリア。
「…まあ、小さいナイフを研ぐ時の、砥石代わりにはなるんじゃない」と、実用的すぎるセラ。
「重要な契約書の上に置けば、文鎮になる。相手への威圧効果も期待できるな」と、ビジネス的なアーグ。
「お前たちは分かっていない!」
オタクミは立ち上がり、オタクならではのリアルな(?)使用法を熱弁した。
「まず一つ目! 【旅するアクスタ】だ!」
オタクミは拳を突き上げる。
「推しと一緒にお出かけして、思い出を切り取る使い方! これは王道にして最強! カフェで推しと一休みして『ぬい撮り』したり、旅行先の絶景と一緒に撮影したり――まるで推しと北海道旅行してる気分になれるんだ!」
リアが両手を胸の前で組み、目を輝かせる。
「わあっ…! 私、絶対やってみたいです! ぴーちゃんと一緒に噴水前で写真撮りたいです!」
「次! 【魅せるアクスタ】! インテリアとして飾るんだ!」
オタクミは空中に大きく四角を描くジェスチャーをしながら続ける。
「透明なケースにテーマカラーの小物を入れて祭壇を作ったり、ミニチュア家具と組み合わせてジオラマ風にしたり、壁掛けの棚に缶バッジと一緒に並べたり――お部屋全体を尊み空間に変えられる!」
セラは半眼で聞き流しつつも、心の奥では「ちょっと楽しそうかも」と思っていた。
「そして最後! 【創作するアクスタ】だ!」
オタクミの声が最高潮に達する。
「コマ撮りアニメの主役にしたり、お出かけ用ポーチのモデルにしたり! さらにファン同士で並べて記念撮影――そうすれば『推しは世界を繋ぐ架け橋』になる! これはもはや、ただのグッズじゃない! 未来を紡ぐ神器なんだ!」
アーグはため息をつき、額を押さえた。
「……記事にするのは構わんが、分量は厳守だ。熱意を語りすぎると巻頭論文の二の舞になるぞ」
「うぐっ…」
痛いところを突かれたオタクミは、涙目で羊皮紙に「簡潔に!」と赤字でメモを書き込んだ。
「そして、最後のページで重大発表だ! アイドルのデビューライブ開催を、ここで告知する!」
アーグがカレンダーを取り出し、「会場の確保、宣伝、レッスン期間を考えると、最低でも3ヶ月は必要だな」と助言する。
こうして、紙面には「伝説の夜は、今から3ヶ月後の『双月の夜』に!」という、具体的な日程が記されることになった。
その他、リアの4コマ漫画『はしれ!ぴーちゃん』、シエルのポエムコーナー「今週の絶望」、セラの(嫌々書かされた)グルメコラムなども盛り込まれ、異世界初のオタクメディアの紙面は、カオスな熱気に満ちていて、製作は、困難を極めた。
その日の深夜。徹夜作業の合間、カフェの片隅では、静かな時間が流れていた。
オタクミは、己の特集記事の推敲に燃え尽き、机に突っ伏して眠っている。アーグは少し離れた席で、ドワーフの版画工房から届いた、法外な請求書とにらめっこしていた。
リアとセラが、二人きりでお茶を飲んで、束の間の休憩を取っている。
その時だった。
セラが、周囲を警戒しながら、リアにだけ聞こえる声で耳打ちした。
「…ねえ、リア。例のあの絵…『新作』、あるかしら?」
その言葉に、リアのいつもの純粋な笑顔が、ふっと裏社会の商人のような不敵な笑みに変わった。彼女は人差し指を口に当て、悪戯っぽく囁き返す。
「ふふっふひふへへ…。もちろん、ありますぜ姉御…。とびっきりの“ブツ”が、仕上がってます…!」
リアは、公式の仕事で使っているスケッチブックとは別の、棚の奥から隠し持っていた「裏スケッチブック」を取り出した。
その中身は、以前よりもさらにパワーアップした「男体化ミスティア×男体化オタクミ」のイラストだった。雨に濡れて一つのマントに身を寄せ合う二人、背中合わせで敵と戦う二人、そして、桜の木の下で、意味深に見つめ合う二人…。
セラは、クールな表情を必死に保っているが、その耳は真っ赤に染まり、食い入るようにページをめくっている。
離れた席にいたアーグの耳が、そのひそひそ話の断片(『姉御』『ブツ』『取引』)を拾ってしまった。
元転売魔の幹部である彼の脳裏に、長年の経験から導き出された、最悪のシナリオが浮かび上がる。
(なんだと…!? 『姉御』…『ブツ』…!? まさか、この小娘たち、このカフェを隠れ蓑にして、裏で何かの違法な取引をしているというのか!? 違法なポーションか、あるいは禁制品の魔道具か…! いかん、オタクミ殿の純粋な夢が、彼女たちの闇のビジネスに汚されてしまう!)
組織の風紀を守るという、壮大な勘違いをしたアーグが、正義感に燃えて二人の元へ詰め寄る。
「小娘たち! この神聖な場所で、いかがわしい取引とは感心せんな! その『ブツ』とやらを、私に見せてもらおうか!」
彼がテーブルの上の「裏スケッチブック」を覗き込んだ瞬間、そこに描かれていた「男体化ミスティアが、男体化オタクミに壁ドンしているイラスト」が、目に飛び込んできた。
ちょうど飲んでいた、紅茶を、アーグは盛大に噴き出した。
「ぶふぉっ!?」
むせ返り、顔を真っ赤にして固まるアーグ。
秘密の趣味がバレてパニックになるリアとセラ。
カオスな状況。
その完璧なタイミングで、眠っていたオタクミが「んん…」と目を覚ました。
彼は、目の前の光景を全く理解できないまま、寝ぼけ眼で言った。
「どうしたんだ、みんな!? まさか、俺が書き上げた特集記事の『尊み』の波動に当てられて、感動でむせび泣いていたのか!? 分かる、分かるぞその気持ち!」
秘密の腐女子クラブが結成されたことに全く気づかず、一人だけポジティブな勘違いを続けるオタクミ。
その背後で、リアとセラとアーグが、必死にアイコンタクトで「どう言い訳するか」を相談しているのだった。




