表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/66

始まりのレッスン

戦いを終えて、ルミナスゴーレムがゆっくりと崩れ落ちていく。

操縦席から投げ出されたオタクミは、その場にへたり込み、顔を両手で覆った。


「……ぐぅっ……うぅぅ……! 推しが……推しの力で世界を救ってくれたんだ……尊すぎて……涙が止まらん……!」


ゴーレムの残骸の中で、胸部に突き刺さった痛剣が最後にきらりと光を放つ。

まるで「ありがとう」と囁くように。

オタクミは鼻水を垂らしながら剣に縋りつき、子どものように号泣した。



夕暮れの黄金色の光が、『嘆きの森』の木々を長く、穏やかに照らし出していた。

その道を、ラザリスに向かって歩く、疲労困憊の一団がいた。


「腰が…俺の腰が…! 巨大ゴーレムの操縦、ライブで一日中立ちっぱなしでいるより腰に来るぞ…!」

オタクミは、プロデューサーらしからぬ情けない声を上げながら、腰をさすって歩いている。巨大ロボを操縦した後遺症は、彼の美少女ボディに深刻なダメージを与えていた。


「あんたが大声で叫ぶから、ゴーレムが起きたんでしょ。自業自得よ」

セラは、腕に巻いた包帯を締め直しながら、いつものようにぶっきらぼうに言う。しかし、その横顔は、戦闘の緊張から解放され、どこか清々しげだった。


「ふむ。あのゴーレムの残骸から回収した水晶片…極めて高い魔力伝導率を示している。これは、新商品の素材として活用できるかもしれんな」

アーグは、戦利品のクリスタルを鑑定しながら、早速ビジネスのことを考えている。彼らしい、ブレない姿勢だ。


『しかし、拙者を投げつけるという戦法…あれはもうやめてほしいでござるな…鞘としての尊厳が…』

ゴルドスのぼやきは、都合よくオタクミに無視された。


そんなやり取りの中、一行の中心を歩く二人の少女は、とても静かだった。

リアは、隣を歩くシエルの手を、そっと握っている。


「シエルちゃん、すごかったです! あの時の歌声、まるで女神様みたいでした!」


シエルは、リアの言葉に、はにかんだように少しだけ俯いた。

彼女は、もう一人の友達――肩の上で気持ちよさそうに眠るぴーちゃんの羽を、優しく撫でている。


彼女の表情には、以前のような怯えや絶望の色はなかった。

そこにあるのは、全てを出し切った後の心地よい疲労感と、これまで感じたことのない、穏やかで温かい安らぎだった。


自分の歌が、仲間を守った。

あの絶望的な状況を、覆す力になった。


「呪い」だと信じていた自分の力が、誰かの「希望」になった。


その事実が、まだ夢のように、彼女の胸を温かく満たしていた。


――幼い頃。村で何気なく口ずさんだ歌が、周囲の魔獣を呼び寄せてしまったことがある。

泣き叫ぶ大人たち。怖がる同年代の子どもたち。

「歌わないで」と突き放されたあの日から、シエルは自分の声を呪いだと思い込んできた。


だが今――仲間の笑顔と声援が、その記憶を上書きしていた。

「私の歌は……誰かを傷つけるものじゃない」

胸の奥で、そんな小さな確信が芽生えていた。



カフェ『KIRABOSHI』に戻った一行を出迎えたのは、心配そうな顔のエルマさんと、温かいシチューの香りだった。


「まあ、みんな、大変だったんだねぇ。お帰りなさい……生きて帰ってきてくれて、本当にありがとう!」


その夜、一行はカフェのテーブルを囲み、ささやかな祝勝会を開いていた。

それは、先日までのバーベキューの狂騒曲とは違う、静かで、温かい時間だった。


「いやー、しかし、俺の操縦テクニックも神がかってたな! あの『ギャラクシー・ハート・パンチ』! まさに、アニメ史に残る最終回の一撃だった!」

オタクミが、身振り手振りを交えて、いかに自分の戦いが「尊かった」かを熱弁している。


「あんたが調子に乗って叫ばなければ、そもそもゴーレムは起きなかったんだけどね」

セラの冷静なツッコミに、オタクミが「ぐっ…」と詰まる。


リアは、思い出して、興奮気味に言った。

「でも、シエルちゃんの歌がロボットの力になった時、本当にすごかったです! 歌に合わせて、ロボットがキラキラ光って…!」


その言葉に、シエルは少しだけ顔を赤らめた。

そして、初めて、自ら輪の中に言葉を紡いだ。


「…私…怖かったです。また、私の歌が、何か悪いことを起こすんじゃないかって…。でも…」

彼女は、仲間たち一人ひとりの顔を、ゆっくりと見回した。

「皆さんが、戦っているのが見えて…。セラさんが、私の前に立ってくれて…。私にできるのは、歌うことだけだって、思ったんです」


それは、彼女の人生で初めての、誰かのために絞り出した、勇気の告白だった。

その言葉に、オタクミは、プロデューサーとして、そして一人の同志として、静かに、しかし深く頷いた。



数日後。

仲間たちの傷も癒え、カフェの地下レッスンスタジオに、再び二人の少女の姿があった。


シエルと、セラ。

先生と、生徒。


しかし、数日前とは、二人の間に流れる空気が、全く違っていた。

セラは、以前のような疑いや苛立ちではなく、純粋な好奇心と、少しの敬意を込めた目で、シエルを見つめている。


そして、彼女は静かに、以前と同じ問いを投げかけた。

「…で、どうすれば、あんたみたいに歌えるのよ」


以前は、その問いに答えられず、うつむいてしまったシエル。

だが、今の彼女は違った。

洞窟での戦いを経て、彼女は、自分の力の源泉を、その魂の在り処を、確かに理解していた。


彼女は、はにかんだように、でも、これまでで一番芯の通った、先生の顔で、微笑んだ。


「はい。最初の授業を、始めます!」


彼女は、セラの目をまっすぐに見つめ返すと、静かに、しかしはっきりと告げた。


「最初の授業は…まず、自分が一番、大切にしたい人の顔を思い浮かべることです」


シエルは、脳裏に、仲間たちの顔を思い浮かべた。

お節介で、ハチャメチャで、でも誰よりも真っ直ぐなプロデューサー。

いつも優しくて、自分のことのように喜んでくれる、親友。

ぶっきらぼうで、口は悪いけど、いつも背中を守ってくれる、相棒。

そして、いつも静かに、確かな道を示してくれる、頼れる大人。


「そして…その人を守りたいって、強く、強く願うんです!!」


セラは、思わず耳まで赤くして、ぷいと顔を逸らした。

「な、なによ…べ、別にアンタの歌に守られたとか思ってないし! ただ……まあ、その……ちょっとは役に立った、かなってだけ!」


シエルはふふっと笑い、柔らかく頷いた。


その言葉は、もはや彼女の中から生まれた、揺るぎない真実だった。

「歌は、きっとそこから始まりますから」


先生として、そしてアイドルへの道を歩む者として、大きな一歩を踏み出したシエルの笑顔。

その笑顔こそが、最初の、そして何よりも強い「尊み」だった。


彼女たちの本当のレッスンは、今、始まったばかりだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ