俺たちの歌を聴けぇ!!
ゴーレムの咆哮が洞窟を揺らす。
その巨体の肩口が開き、まるで分裂するように複数の水晶塊が弾き飛ばされた。
光の中から現れたのは、等身大程度の小型クリスタルゴーレム――だが、その数は十体。
冷たい光を放つ瞳が、一行を一斉に睨みつける。
「マズい! あいつら、親玉の分身か!?」
アーグが舌打ちし、剣を構えた。
戦闘が始まり、仲間たちは応戦に追われる。
だがその混乱の中で、オタクミは妙な違和感を覚えた。
――さっきから、正面の一体が妙に攻撃してこない。
振り下ろされる水晶ブレードを紙一重で避けつつ、彼はふとその胸元を見た。
そこには、他の個体にはない整った長方形の窪み。中心が淡く脈動している。
「……ん?」
一瞬だけ、時間が止まったように思えた。
脳内で、金属の鍵が錠に差し込まれる「カチリ」という音が響く。
「おいアーグ! あれって…」
「制御スロットの可能性が高い! だが、形状が特殊だ――」
「形状が特殊? ふっ、甘ぇな…特殊形状はオタクグッズの常識だぜ!」
オタクミは腰から痛武器を引き抜いた。
それは推しアイドル・ミスティアの限定イラストが全力でプリントされた、場違いなほど派手な剣。
天井の光を反射し、無駄にキラキラ輝く。
「見よ! これが我が魂、《痛剣ミスティア・エターナルver.3.5(改)》!」
唐突な詠唱に、セラが「こんな状況で何やってんの!」と声を上げる。
「刺す前には磨く――これが儀式だ! ゲームのカセットもそうだろ!?」
「意味わからん!!」
だがセラはツッコミながらも、オタクミが磨き終わるまでの数秒間、小型ゴーレムの剣を弾き飛ばして防いだ。
「……時間は作った。早くやって!」
「感謝ッ!」
オタクミは一気に距離を詰め、窪みの前で痛剣を構える。
再び脳内で「カチリ」と招き音。
「推しパワー、全開だあああああ!」
痛剣がスロットに突き刺さった瞬間――
バチバチと火花が走り、小型ゴーレムの全身が虹色の光に包まれる。
装甲が展開し、内部の魔導機構が変形を開始する。
【変形バンク】
――両腕が回転しながら巨大化、肩部にルミナの星マークが浮かび上がる。
――脚部の水晶が砲口へと変形、背部からはミスティアの羽根を模したウィングが展開。
――胸部中央には痛剣がコアとして固定され、その柄にミスティアの笑顔が煌めく。
その様子を、仲間たちはなぜか攻撃をやめて見守っていた。
「……え、待って、なんで敵も止まってんの?」とリアが小声で呟く。
親玉ゴーレムでさえ、変形完了の間は一切動かない――まるで「バンクは見届けるもの」というルールに従っているかのようだ。
画面下には、どこからともなく浮かび上がる意味不明なテロップ。
【提供:ミスティアプロダクション】
【この番組はご覧のスポンサーの提供でお送りします】
変形完了。オタクミが高らかに叫ぶ。
「見よ! これが――《ジャイアント・ルミナス・ゴーレム》だ!」
「よし! シエル、歌ってくれ! お前の歌が動力になる!」
促され、シエルは深く息を吸った。
さっきの虚しい歌声が頭をよぎる――でも、今は違う。
背中には仲間の気配。胸には痛バッグ。目の前には、自分の歌を必要としている“巨大な何か”が立っている。
「……はい!」
声を張り上げた瞬間、金色の「歌素」がルミナスゴーレムへと流れ込み、巨体が目を開く。
虹色の瞳が一瞬だけウインクしたように見えて、シエルの頬がほんのり熱くなる。
一方、親玉クリスタルゴーレムは怒り狂い、残る分身体たちを一斉に突撃させる。
だがルミナスゴーレムは、翼を広げて滑空し、両腕の水晶砲から虹色のビームを放つ。二体まとめて吹き飛ばした。
「やべぇ…! ゴーレム×歌って、マジでロボアニメみてぇじゃん! 尊すぎる!」
操縦桿を握るオタクミは完全にテンションの頂点。
セラとアーグも奮戦する。
「セラ、右から二体来る!」
「わかってる!」
セラのナイフが水晶の関節を切断し、アーグの大剣が残骸を粉砕する。
しかし――親玉の拳がルミナスゴーレムめがけて振り下ろされた。
ガギィィィィィンッ!!
虹色のバリアが展開し、衝撃を弾き返す。
「やっぱり…シエルの歌だ!」
歌素が外殻を流れ、光の鎧を形成していた。
「シエル! そのフレーズをもう一度!」
「う、うん!」
彼女は声を強くし、メロディが跳ね上がるたび、ルミナスゴーレムの拳が放つ衝撃波が広がっていく。
――歌うたびに胸の奥の“空っぽ”が少しずつ埋まっていく。
――歌うたびに、仲間の顔が鮮やかに浮かんでくる。
(これが…私の歌…!)
アーグが親玉の弱点を見抜く。
「左肩の水晶が本体と違う…そこがコアだ!」
「なるほど…そこをぶっ壊せば!」
リアが魔法陣を描き、シエルの歌声をさらに増幅する。
親玉が膨大な熱線を吐き出した瞬間、セラが投げたナイフが壁の鏡面岩に突き刺さり、熱線が反射。
その反射ビームに増幅された歌の音波が重なり、親玉の背中を直撃する。
「ぐおおおおおっ!?」
親玉の動きが鈍る。
「アーグ! とどめの足場を!」
「無茶を言う!」と叫びつつも、アーグは魔力で岩の足場をせり上げ、ルミナスゴーレムが跳躍するための台を作る。
オタクミは操縦桿を握りしめ、シエルに叫んだ。
「最後のサビだ! 全部込めろ!」
シエルは胸に痛バッグを抱き、息を吸う。
――怖くない。もう、空っぽじゃない。
――今ここにあるのは、私を信じてくれる声。
「聴いてください……!」
歌が最高潮に達し、ルミナスゴーレムの腕部に歌素が集中。
それは拳の形を超え、まるで光と音が結晶化した巨大な「ハート型の彗星」となる。
観客はいないはずなのに、どこからともなく歓声の幻聴が響く。
「これが…俺たちの歌だあああああ!!!」
《ギャラクシー・ハート・パーンチ》!!!
拳が突き出され、物理的な破壊と共に、優しくも圧倒的な浄化の衝撃波が走る。
親玉の左肩の水晶が粉砕され、全身の光がふっと消える。
残った分身体も、一斉に崩れ去った。
洞窟には、静寂が戻る。
ルミナスゴーレムは膝をつき、胸の痛武器が淡く光を放っていた。
オタクミは息を切らしながらも笑う。
「……推しは、世界を救うんだぜ…最高の歌をありがとう!」
シエルは照れくさそうに笑い、胸の痛バッグをぎゅっと抱きしめた。
――そして、その笑顔の中に、ほんの少しの誇りと確信が宿っていた。




