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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
3 アイドルプロデュース編

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嘆きの湖

 翌朝。


 ラザリスの門前に集まった一行を見て、オタクミはしばらく何も言わなかった。


 リアは旅用の荷物を背負い、簡単な調理道具と食料袋まで用意している。セラは短剣の位置を確かめ、周囲を警戒しやすい軽装。アーグは水、保存食、火起こし用の道具、簡単な縄まできっちり揃えていた。


 全員、完全に旅へ出る格好だった。


『……くぅ。ついにこの地を出るとはな』


 腰の鞘から、ゴルドスが妙に感慨深そうな声を出す。


『ようやく冒険者らしくなってきたではないか、オタクミ殿』


「お前、急に親みたいなこと言うなよ」


 オタクミは呆れながらも、少しだけ胸を張った。


「まあな。奇跡の一枚を手掛かりに、謎の歌声を追って危険な湖へ――」


「危険って自分で言った」


「そういうところも含めて冒険!」


「不安になってきた」


 セラがため息をつく。


 オタクミは気を取り直し、全員を見渡した。


「ところで!」


「何」


「湖まで行くんだぞ?」


「そうね」


「水辺だぞ?」


「だから?」


「つまり――昼飯はバーベキューだ!」


 沈黙。


 リアが首を傾げた。


「ばーべきゅー?」


「知らないですよねー!」


 オタクミは予想していたように頷く。


「簡単に言えば、水辺でみんなで食材を焼いて食べる! 旅の途中にちょっとしたレジャーを挟む、最高のイベントだ!」


「つまり現地で食材を確保して焼く、と」


 アーグが真顔で確認する。


「まあ、それもできるけど」


「魚なら川があれば取れますね」


 リアが嬉しそうに言う。


「保存食を減らさずに済むわね」


 セラも納得する。


 オタクミは少し待った。


 誰も「楽しそう」とは言わない。


「……あれ?」


「何?」


「もっとこう……水辺イベント感は?」


「危険な湖へ行く途中でしょ」


「でも昼休憩くらい楽しく!」


「食事は楽しむわよ」


「そうじゃなくて! こう……キラキラした何か!」


 セラがオタクミをじっと見る。


「目的忘れてない?」


「忘れてない!」


『本当か?』


「ゴルドスまで疑うな!」


     ◇


 ラザリスを出ると、街の喧騒はすぐに遠ざかっていった。


 しばらくは緩やかな街道が続いたが、嘆きの湖へ近づくにつれて道は細くなっていく。木々が増え、空を覆う葉も濃くなった。


 オタクミは歩きながら、何度も荷物を背負い直す。


「旅って、もっとこう……景色見ながら『未知の世界だー!』ってなるもんじゃないの?」


「歩く時間の方が長いでしょ」


 セラが前を見たまま答える。


「現実!」


「転ばないように見てなさい」


「はい」


 リアは時折、道端の植物や岩を眺めていた。


「この辺り、少しずつ湿ってきましたね」


「湖が近い?」


「まだだと思います。でも、絵にあった景色に近づいてる気はします」


 その言葉に、オタクミは少しだけ表情を引き締めた。


 懐には、あの木炭画が入っている。


 水辺に座る少女。遠くから聞こえたという歌声。それが同じ人物なのかすら、まだ分からない。


「楽しみですね」


 リアが言う。


「うん」


「先生、今度はちゃんと話を聞くんですよ」


「分かってます!」


「会って五秒で『君、アイドルにならない?』は禁止」


「そこまで信用ない!?」


「あると思う?」


「……頑張ります」


 アーグが後ろから淡々と続ける。


「まず本人が何をしているのか確認する。目的を聞く。話が通じるなら、その後に提案だ」


「分かってるって!」


「確認だ」


「プロデューサー監督されすぎじゃない?」


『必要だからだろうな』


「全員敵!」


     ◇


 昼頃。


 一行は森の途中を流れる浅い川のそばで休憩を取ることにした。


「よし!」


 オタクミは荷物を下ろすなり、元気を取り戻した。


「ここだ!」


「何が?」


「バーベキュー会場!」


「休憩場所でしょ」


「言い方の問題!」


 リアが簡単な焼き台を用意し、アーグが周囲から乾いた枝を集める。セラは水辺を見ながら、周囲に人や魔物の気配がないか確認していた。


「よし。ここなら少し休めそうね」


「で、魚は?」


 オタクミが期待に満ちた顔をする。


「釣ればいいんじゃないですか?」


 リアが荷物から細い糸と針を取り出した。


「準備してたの!?」


「水辺を通るって聞いたので」


「有能!」


 オタクミも勢いよく立ち上がった。


「よし、俺もやる!」


「竿ないけど」


「ある!」


 そう言って背中へ手を伸ばす。


 セラが嫌そうな顔をした。


「……まさか」


「そのまさか!」


 オタクミは《タクミ・ブレイザー》を抜いた。


 ピンクメタリックの刀身に、大きく描かれたミスティア。そこには「尊い」「二期待ってます」の文字が走り、柄元ではチャームが揺れている。


 日差しを受けたその姿を、オタクミは満足そうに眺めた。


「先生、それ武器ですよね?」


「武器である前に推しグッズです」


『否定しきれぬのが腹立たしい』


「見ろ。この長さ」


 オタクミは得意げに掲げた。


「竿にちょうどよくない?」


「よくないと思う」


「先に糸を結べば使える!」


「刃物に?」


「水には絶対つけない! 魚にも触らせない! 常に俺の手元で完璧に保持する!」


 セラはしばらく黙った。


「……魚釣りなのに魚から武器を守るの?」


「当然だろ!」


「そこまでして使いたい理由は?」


 オタクミは真顔になった。


「釣りって待ち時間が長いだろ?」


「そうね」


「その間ずっとミスティア様を鑑賞できる」


「……」


「最高の釣竿では?」


「釣りの目的変わってる」


「一石二鳥!」


『魚を釣れ』


「もちろん!」


 リアが笑いをこらえながら、糸が刃へ直接触れないよう刀身の先寄りへ布を巻き、その上からしっかり固定するのを手伝った。


「餌はどうします?」


「普通ので」


「そこ普通なんだ」


 セラが言う。


 オタクミはミスティアのチャームを見た。


 一瞬、視線が止まる。


『やめろ』


「まだ何も言ってない!」


『顔が言っておる』


「使わねえよ! ミスティア様を水中に投げ込むとか無理だから!」


「そこはちゃんとしてるのね」


「当たり前だろ!」


 普通の餌を付け、オタクミは川辺に座った。


 《タクミ・ブレイザー》は水面より高く掲げたまま、先から伸びた糸だけが川へ落ちている。


 見た目だけなら、確かに巨大で派手すぎる釣竿だった。


「よし」


 糸を投げる。


 水面に小さな波紋が広がった。


「……」


 待つ。


 オタクミは静かに《タクミ・ブレイザー》を見る。


「今日も美しい……」


「魚見なさい」


「見てる見てる」


 また武器を見る。


「この角度のミスティア様、光の入り方いいな」


「先生、糸」


「ん?」


「動いてます」


「え?」


 糸が強く引かれた。


「来た!」


 オタクミが慌てて持ち上げる。


「うおおおっ!?」


 魚が暴れる。


「引いてます!」


「待て待て待て! そんな強く引っ張るな! ミスティア様に変な力かかるだろ!」


「魚に言っても無理!」


 リアが笑いながら網を構える。


「先生、こっちへ!」


「ミスティア様ぁぁぁ! どうかご無事で!」


『釣竿として使っておいて無茶を言うな!』


「刃には触れさせないから!」


「そこ! 魚の方もちゃんと見て!」


 リアの声に従い、オタクミは必死に糸を寄せる。


 魚が水面で跳ねた。


「うわっ! 近い近い! ミスティア様に水しぶき飛ばすな!」


「だから魚に言っても無理だって!」


 何とか魚を岸へ寄せ、リアが網ですくい上げる。


 立派な一匹だった。


「釣れた!」


「やりましたね!」


「やった!」


 オタクミは魚より先に《タクミ・ブレイザー》を見る。


「水滴……なし!」


「魚も見なさいよ」


「もちろん!」


 結局、その後の釣果は一匹だけだった。


 オタクミが鑑賞に夢中になりすぎて、何度も当たりを逃したせいである。


 代わりにリアとセラが手際よく食材を集め、アーグが火加減を調整した。


「俺、思ってたバーベキューと違う」


「でも食べるんでしょ?」


「食べる」


「じゃあ問題ない」


 焼いた魚を一口食べ、オタクミは目を見開いた。


「うまっ!」


「先生が釣った魚ですよ」


「俺とミスティア様の共同作業……!」


「ミスティア様はずっと見られてただけだと思う」


「それがいいんだよ!」


 しばらく、森の中に笑い声が響いた。


     ◇


 昼食を終え、再び歩き始める。


 そこから先は、少しずつ空気が変わった。


 道がなくなる。


 木々が密になる。


 湿った霧が足元へ溜まり始める。


 先ほどまで聞こえていた鳥の声も、いつの間にか減っていた。


「……静かですね」


 リアが声を潜める。


「ここから先は気を抜かないで」


 セラは歩調を落とし、周囲を見る。


 アーグも何度か後ろを振り返り、戻る道を確認していた。


 オタクミもさすがに騒がなくなった。


 しばらく進んだところで、リアが足を止める。


「先生」


「何?」


「見てください」


 道の脇に、大きな岩があった。


 表面には濃い苔が広がり、そのすぐ向こうには低い湿地が続いている。


 リアは懐から絵を取り出した。


「これ」


 絵の背景。


 水辺。


 岩。


 苔。


 木々の密度。


「似てる」


「はい」


 リアの声も少しだけ緊張していた。


「たぶん、もう近いです」


 誰からともなく歩く速度が落ちた。


 霧が濃くなる。


 風が冷たくなる。


 そして、木々の隙間から光が差した。


「……抜ける」


 セラが先へ進む。


 一行が森を抜けた先に、湖があった。


 大きく、静かで、薄い霧に包まれている。


 水面はほとんど揺れていない。


 オタクミは無意識に懐へ手を入れ、あの絵を取り出した。


「……似てる」


 リアも隣で頷く。


「はい」


 絵の中では、少女がいた。


 現実の湖には、誰もいない。


「人、いないわね」


 セラが周囲を見る。


「でも」


 アーグが湖の奥へ目を向ける。


「何か――」


 その時だった。


 歌が聞こえた。


 遠い。


 言葉までは分からない。


 けれど、確かに人の声だった。


「……」


 誰も喋らなかった。


 静かな歌声が、霧の向こうから流れてくる。


 悲しいのか。


 穏やかなのか。


 それすら、まだ分からない。


 オタクミが口を開きかける。


「――」


「静かに」


 セラが小さく制した。


 オタクミは黙る。


 歌声だけが続いていた。


 一枚の絵を追って辿り着いた湖。


 そこにはまだ、誰の姿も見えない。


 ただ霧の向こうから、確かに歌が届いていた。

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