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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
3 アイドルプロデュース編

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奇跡の一枚

 あれから数日。


 オタクミたちは、ラザリスのあちこちで話を聞いて回っていた。


 歌う者。踊る者。旅芸人。吟遊詩人。人前に立つことを好む者。逆に、誰にも知られず歌っている者。


 噂はいくらでも集まった。


 ただし、どれも決め手には欠けていた。


「広い!」


 宿の机に突っ伏したオタクミが叫ぶ。


「何が?」


 セラが椅子にもたれたまま聞いた。


「『なんか気になる人を探す』って条件、広すぎる!」


「自分で決めたんでしょ」


「分かってる! でも実際やると広い!」


 机の上には、聞き込みで集めた紙が散らばっていた。


 声がよく通る大道芸人。


 祭りで人気の踊り手。


 酒場を渡り歩く歌い手。


 子どもたちに昔話を聞かせる旅人。


 面白そうな話はいくつもある。けれど、会ってみたいと思っても、すでに別の街へ移った者もいれば、名前すら分からない者もいた。


 リアが紙を一枚ずつ整える。


「でも先生、前みたいに誰か一人を無理に決めなくなりましたね」


「成長!」


「自分で言わない」


 セラが即座に返す。


 その横で、アーグは集めた情報を黙って眺めていた。


「探し方を変えた方がいいな」


「お?」


 オタクミが顔を上げる。


「人を直接探すから範囲が広すぎる。なら、先に痕跡を探せばいい」


「痕跡?」


「旅をする者は、必ず何かを残す。噂、品物、書き付け、歌詞、絵。本人が残さなくても、見た者が持ち帰ることもある」


「なるほど」


「吟遊詩人や商人だけではない。古物を扱う店にも、由来の分からない物が流れ込む」


 オタクミは立ち上がった。


「よし!」


「行くの?」


「行く!」


「早い」


「思いついたら行動!」


『そこだけは一貫しておるな』


     ◇


 中央通りから少し外れた裏路地に、その店はあった。


 看板は傾き、窓には細かな埃が積もっている。


 中へ入ると、棚という棚に雑多な品が押し込まれていた。


 欠けた装飾品。


 旅人が使っていたらしい革袋。


 用途の分からない金具。


 古い食器。


 誰かの名前が刻まれた木札。


「……すごいですね」


 リアが周囲を見回す。


「何に使うのか分からないものばっかり」


 セラは棚の一角を覗き込んだ。


「盗品混じってないでしょうね」


「縁起でもないこと言うな」


「経験者としての警戒」


「説得力!」


 アーグだけは、店へ入った時から棚の並びを見ていた。


 値札。


 置かれた位置。


 埃の付き方。


 品物ごとの扱われ方。


「こっちだ」


「何かあった?」


 アーグが店の奥へ進む。


 そこには、旅人が持ち込んだらしい雑貨がまとめて置かれていた。


「この棚だけ、品の出所が似ている」


「分かるの?」


「値札の付け方が同じだ。店主が一括で買い取った可能性が高い」


 その中に、一枚の絵があった。


 木の板に挟まれた、小さな木炭画。


 少女が、水辺に座っている。


 膝を抱え、横顔を水面へ向けていた。


 口元はわずかに開いている。


 歌っているのか。


 ただ息を吐いているだけなのか。


 絵だけでは分からない。


 それでも、オタクミは目を止めた。


「……これ」


 リアも隣へ来る。


「見せてください」


 絵を手にすると、表情が変わった。


 少女ではなく、まず背景を見る。


 岩。


 水際。


 苔の付き方。


 霧のように薄くぼかされた遠景。


「どう?」


「少し待ってください」


 リアは指で線を追わず、目だけを動かす。


「この岩の形……それに、水辺がすぐ森へ続いてる。たぶん、かなり静かな湖です」


「場所分かる?」


「確信はないです。でも……似た話を聞いたことがあります」


「どこ?」


「嘆きの湖」


 セラの顔がわずかに変わった。


「……そこ?」


 オタクミが振り向く。


「知ってるの?」


「場所そのものはね。近づくなって噂も」


「何で?」


「森の奥から歌声が聞こえるって話がある。夜に聞いた奴が道を外れたとか、戻ってきてもしばらくぼんやりしてたとか」


「それ、本当?」


「知らない。そういう噂があるってだけ」


「歌声……」


 オタクミはもう一度絵を見る。


 水辺の少女。


 開いた口元。


 嘆きの湖。


 そして、歌声の噂。


「店主!」


 奥へ声をかけると、腰の曲がった老人が顔を出した。


「はいはい。壊したなら買い取りだよ」


「壊してない! この絵、どこから来たんです?」


「ん?」


 老人は絵を受け取り、目を細めた。


「ああ、それか。旅人の荷物に混じってたやつだね」


「誰の?」


「そこまでは覚えとらんよ。何人分もまとめて買ったからね」


「値段は?」


「二シルバー」


「安っ!」


「作者も分からん。題もない。誰を描いたかも分からん。飾るには地味だしね」


 アーグが絵を見る。


「安い理由は、絵そのものの価値ではなく、由来が分からないからか」


「まあ、そんなとこだよ」


「買う!」


 オタクミが即答した。


「お前が?」


 アーグが見る。


「何その顔!」


「今回はお前が一番食いついている」


「だって気になるだろ!」


 金を払い、絵を受け取る。


 リアが横からもう一度見た。


「場所の手掛かり、もう少し探せるかもしれません」


「よし。じゃあ次は――」


「人に聞く」


 セラが先に言った。


「そう! 歌の噂なら、旅人か吟遊詩人!」


『少しずつ順番を覚えてきたな』


「俺の扱い、子どもじゃない?」


     ◇


 その夜。


 一行は、旅の吟遊詩人たちが集まる酒場を訪れた。


 酒と演奏の音が入り混じる店内で、オタクミは例の絵を抱えて立っていた。


「すみませーん! この絵、見たことある人いませんか!」


「声がでかい」


「こういうのは目立たないと!」


「怪しい勧誘みたいになってる」


 何人かが絵を覗き込んだ。


 首を振る者。


 知らないと答える者。


 場所だけなら聞いたことがあると言う者。


 その時だった。


「……おや」


 店の奥から、聞き覚えのある声がした。


 オタクミが振り返る。


「ん?」


 白髪の老吟遊詩人が、杯を片手にこちらを見ていた。


 オタクミの顔が明るくなる。


「あんた! 前に騎士の話してた人!」


「おお。物語の続きを気にしておった連中か」


「覚えてた!」


「声が大きかったからの」


「そこ!?」


 老人は笑いながら近づき、オタクミの持つ絵を見た。


 その表情が、少しだけ変わる。


「……その娘」


「知ってるんですか?」


 リアが身を乗り出す。


「本人かどうかまでは分からん」


 老人は慎重に答えた。


「だが、似た娘なら見たことがある」


「どこで!?」


「嘆きの湖の近くだ」


 全員の空気が変わった。


「やっぱり……」


 リアが絵を見る。


 老人はゆっくりと記憶を辿るように話した。


「少し前、あの辺りまで足を伸ばしたことがあってな。森の奥へ入る気はなかったんじゃが、風に乗って歌が聞こえてきた」


「歌?」


「ああ。遠かった。言葉も全部は聞き取れんかった。だが、不思議な声だった」


「どんな?」


 オタクミが聞く。


「静かなのに、遠くまで届く。悲しいようにも聞こえたし、ただ歌うことを楽しんでいるようにも聞こえた」


「それで、その子を?」


「湖のそばまで行った時、一度だけ姿を見た。黒い髪の若い娘だったと思う」


「この絵みたいに?」


「似ている。だが、ワシも近くで顔を見たわけじゃない」


 オタクミはすぐには騒がなかった。


 絵を見る。


 リアの推測。


 セラの知っていた噂。


 今の証言。


 全部が同じ場所へ集まり始めている。


「この絵は?」


 アーグが尋ねる。


「どこで手に入れたか、心当たりは?」


 老人は首を捻った。


「似たものを旅人が持っていた気もするが……すまんの。絵そのものについては覚えとらん」


「作者も?」


「分からん」


 それ以上は出なかった。


 だが、十分だった。


「先生」


 リアが絵を見る。


「行きますか?」


 オタクミは答える前に、セラを見た。


「危ない場所なんだよな?」


「噂通りならね。普通なら、準備なしで行く場所じゃない」


「じゃあ準備する」


 セラが少し驚いた顔をした。


「即突撃じゃないんだ」


「俺だって学習する!」


『成長を毎回自己申告するな』


「いいだろ別に!」


 オタクミは絵を両手で持ち直した。


 湖で歌う誰か。


 それが自分たちの探している相手なのかは、まだ分からない。


 歌が上手いのか。


 人前へ出たいのか。


 そもそも誰かに聞かせるつもりで歌っているのか。


 何一つ分かっていない。


 だからこそ、会ってみたかった。


「決めた」


 オタクミが言う。


「嘆きの湖へ行く」


「歌ってる人をスカウトしに?」


 セラが聞く。


「まず会う!」


 一本指を立てる。


「見る!」


 二本。


「話す!」


 三本。


「聞く!」


 四本。


 リアが笑った。


「増えたやつですね」


「そう!」


「で、そのあと?」


 オタクミは少しだけ間を置いた。


「そのあと考える!」


「珍しくまとも」


「もっと褒めて!」


「調子に乗るから嫌」


 笑い声が起きる。


 オタクミはもう一度、絵の中の少女を見た。


 一枚の絵。


 一つの噂。


 遠くから聞こえたという歌声。


 それだけで、まだ何も決まってはいない。


 けれど、その夜。


 彼らの次の目的地だけは、はっきりと決まった。


 ――嘆きの湖。

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