ラザリス・アイドルスカウトキャラバン
朝のラザリスは、人の声と荷車の軋む音で早くから賑わっていた。
そんな大通りを、オタクミは妙に鋭い目つきで歩いている。手には一枚の羊皮紙。そこには大きく三つだけ書かれていた。
会う。見る。話す。
「……改めて見ると、ひどい計画書ね」
横から覗いたセラが言った。
「シンプル・イズ・ベスト!」
「昨日まで理想の人材を探すって騒いでた人とは思えない」
「条件で絞るのはやめたんだよ。推しとの出会いを履歴書審査するな!」
「履歴書が何か知らないけど、たぶん向こうもあんたに審査されたくないと思う」
「そこは会話で!」
「だからその目つきやめなさい。不審者だから」
リアが苦笑しながら、少し離れて歩いていたアーグを見る。
「アーグさんは、何か探す基準ありますか?」
「最低限、客の前に立てること。継続して活動できること。人を集める要素があること」
「ほら! ちゃんと条件あるじゃん!」
オタクミが指を差す。
「私は推しを探しているわけではない。活動として成立するかを見ているだけだ」
「冷静!」
「お前が雑すぎる」
『どちらか一方だけでは駄目ということだろうな』
腰の鞘からゴルドスが口を挟む。
「分かってるって。今日は決めつけない。見て、話して、それから考える!」
「その割にはさっきから通行人全員見てるけど」
「可能性はどこにでもある!」
「やっぱり不審者」
そんなやり取りをしながら市場へ入ったところで、リアが足を止めた。
「あ、先生。あの人」
花屋の前に、一人の少女が立っていた。
籠いっぱいの花を抱え、客へ一本ずつ手渡している。明るい笑顔で相手の話を聞き、似合う色を選び、最後には丁寧に頭を下げた。
「この花、窓辺に置くと長く楽しめますよ。よかったら毎朝少しだけ水を替えてあげてください」
「ありがとう。娘も喜ぶよ」
「きっと似合います!」
客が笑って去っていく。
リアが感心したように呟いた。
「素敵ですね。話してる人まで嬉しそうです」
「うむ」
オタクミも腕を組む。
「笑顔よし。声よし。客への気配りよし」
「もう採点してる」
「違う、観察!」
「点数つけそうな顔してるけど」
その時だった。
最後の客が離れた瞬間、少女の肩ががくりと落ちた。
「……つかれたぁ」
さっきまでの笑顔が消え、少女は店先の椅子へ腰を下ろす。
「あと何束……? え、まだこんなあるの……」
水差しを持ち上げようとして、もう一度ため息をついた。
オタクミの眉がわずかに動く。
「……なるほど」
「何が?」
セラが聞く。
「表では完璧な笑顔。でも裏では――」
「疲れてるだけでしょ」
「早い!」
「朝からずっと働いてるんじゃない? 客の前と休憩中で同じ顔してる方が怖いわよ」
「いやでも、こういう表裏って……」
「接客中に客へ疲れた顔見せないの、むしろちゃんと仕事してるんじゃないの」
オタクミは言葉を止めた。
もう一度少女を見る。
彼女は誰も見ていないと思ったのか、肩を回してから水を一口飲み、それから次の客が来る気配に気づいて立ち上がった。
そしてまた笑う。
さっきと同じ、明るい笑顔だった。
「……あ」
リアが小さく声を漏らす。
「無理してるんでしょうか」
「かもしれないし、仕事だから切り替えてるだけかもしれない」
セラが答える。
オタクミはしばらく黙っていた。
「一瞬だけ見て、その人全部分かった気になるのは違うな」
「今日一個目」
「何が?」
「学習」
「数えるな!」
少女へ声をかけることはしなかった。
ただ笑顔がいい。それだけで「アイドル向き」と決めるのも違う気がしたからだ。
◇
昼を過ぎ、一行は冒険者や商人で賑わう酒場へ入った。
食事目当てだったが、ちょうど奥の小さな舞台で歌が始まるところだった。
一人の女性が立っている。
伴奏が鳴る。
歌い始めた瞬間、オタクミの表情が変わった。
「……上手い」
透き通った声だった。
派手ではない。けれど一音ごとに感情が乗っていて、騒がしかった酒場の客たちが少しずつ静かになっていく。
歌われているのは、離れてしまった誰かを待ち続ける物語らしい。
リアも聞き入っていた。
「きれい……」
セラは黙ったまま舞台を見る。
アーグは周囲の客へ視線を巡らせていた。
「席を立つ者がいない」
「そこ見る?」
「人を集められるかは重要だ」
「相変わらず分析が商売なんだよなあ」
「お前よりは役に立つ」
「否定できない!」
曲が終わる。
大きな拍手。
女性は丁寧に礼をして、舞台袖へ下がっていった。
「候補じゃないですか?」
リアが小声で言う。
「かなり気になる」
オタクミも素直に頷いた。
「歌は上手い。客も聴いてる。話もちゃんと届いてる」
「じゃあ声をかける?」
セラの問いに、オタクミが少し迷った。
「いや。もうちょっと――」
その時、舞台裏から声が聞こえてきた。
「はぁー……今日も終わった!」
さっきまでとはずいぶん違う明るい声だった。
「またあの失恋歌?」
「そうなのよ。店主があれ好きでさ。客受けもいいからって」
「嫌なの?」
「嫌いじゃないけど、たまにはもっと速い曲やりたい! こう、ドン! って始まって、最後まで息つく暇ないやつ!」
笑い声が続く。
「お前、ほんとはそういうの好きだもんな」
「そう! せっかく歌うなら、もっと暴れたい!」
オタクミたちは顔を見合わせた。
「……先生」
「聞こえた」
リアが少し困った顔をする。
「舞台では、すごく似合ってましたよね」
「うん」
「でも、本当にやりたい歌は別なんですね」
オタクミは答えなかった。
少し前までの自分なら、「本心じゃないなら駄目だ」と簡単に切っていたかもしれない。
だが、客は確かに聴き入っていた。歌った本人も、あの曲そのものを嫌っているわけではない。ただ、別にやってみたいこともある。
「需要に合わせて演目を選ぶのは、不自然ではない」
アーグが言った。
「客が求めるものを出せば、仕事は続きやすい」
「でも本人がやりたいものと同じとは限らない」
「そうだな」
「売れるものと、やりたいものは別か」
オタクミが呟く。
「前にも似たような話してたわね」
セラの言葉に、アーグがわずかに目を細める。
「物を欲しくなる理由と、売れる理由が同じとは限らない。人の活動でも似たことは起きるのかもしれない」
「なるほどなあ……」
オタクミは舞台の方を見る。
そこにはもう別の演奏者が準備を始めていた。
「歌が上手いから、この人を俺の思うアイドルにしよう――ってのも、違うか」
「今ごろ気づいた?」
「気づいたから偉い!」
「自分で褒めないで」
「でもさ」
オタクミは腕を組んだ。
「もし俺があの人に『その失恋歌が最高だから、それだけ歌ってください!』って言ったら」
「本人が速い曲やりたいのに?」
「……さっきの店主と同じことする可能性あるな」
「そうね」
「うわぁ」
オタクミは頭を抱えた。
「プロデューサー、難しくない!?」
「始める前に気づいてよ」
「もっと『才能を見つけてバーン!』みたいな感じかと!」
「そんな雑な役目、本人が困るでしょ」
「そうなんだよなあ」
オタクミは少し考えてから、顔を上げた。
「じゃあまず聞くか」
「何を?」
「本人が何したいのか」
リアが笑う。
「それがいいと思います」
「でも言われた通り全部やればいいわけでもない」
アーグが続ける。
「客に届かなければ活動は続かない」
「うん。だからそこを一緒に考えるのが……」
オタクミは言いながら止まった。
「……プロデューサー?」
「私に聞くな」
「まだ自称だからな!」
◇
その後も、一行は街を歩いた。
大道芸を見た。
弦楽器を弾く青年を見た。
声の大きな呼び込みを見て、オタクミが一瞬足を止めた。
広場で子どもたちへ昔話を聞かせる老婆にも出会った。
どの人にも、それぞれ目を引くところがあった。
だが、誰か一人へ「この人だ」と決めることはなかった。
夕方。
歩き疲れた一行は広場の端に腰を下ろしていた。
「収穫なし?」
セラが聞く。
「いや」
オタクミは首を振った。
「むしろ結構あった」
「誰も決めてないけど?」
「だからいいんだよ」
「?」
「花屋の子だって笑顔だけじゃ分からなかった。歌ってた人だって、舞台だけ見てたら本人が何したいか分からなかった」
オタクミは朝から持ち歩いていた羊皮紙を見る。
会う。
見る。
話す。
そこへ、新しく一つ書き足した。
聞く。
「増えましたね」
リアが言う。
「大事だった」
「最初から入ってそうだけど」
「実践して気づくことに意味があるの!」
アーグが紙を見る。
「それでも範囲は広いままだな」
「いいんだよ。今日は誰かを決める日じゃなかったんだ」
セラが少し意外そうに見る。
「焦らないのね」
「俺だって成長するんですー」
『自分で言うな』
「今日みんなそれ言う!」
夕方のラザリスを、人々が行き交っている。
歌う人。
売る人。
作る人。
誰かを楽しませる人。
きっと、自分たちがまだ知らない場所にも、まだ知らない何かを持っている人がいる。
「前ならさ」
オタクミが呟く。
「今日会った誰かを無理やり『この人が理想!』って決めてたかもしれない」
「ありそう」
「否定しろ!」
「無理」
笑いが起きる。
オタクミも笑った。
「でも、今はまだいい。見つかってないなら、探せばいい」
リアが頷く。
「まだ知らない人に会いに行くんですね」
「そう!」
オタクミは立ち上がった。
「次はもっと情報を集める! この街だけじゃなくて、変わった歌い手とか、妙な芸をする奴とか、そういう噂も!」
「妙な芸って自分みたいなの?」
「俺のはもう封印した!」
『賢明だ』
「ゴルドスまで!」
騒ぎながら、一行は宿へ戻っていく。
この日、理想のアイドルは見つからなかった。
けれど、オタクミは少しだけ分かった。
人を見つけることと、人を決めつけることは違う。
まだ顔も名前も知らない誰かに出会うなら、まずその人自身が何を見て、何をしたいのかを知らなければならない。
そしてその夜から、一行はラザリスの内外で耳にした話を、少しずつ集め始めた。
その中に、やがて彼らの足を街の外へ向けることになる、ひとつの噂が混じるとも知らずに。




