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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
4 異世界アイドル革命

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ラザリス・アイドルスカウトキャラバン

 朝のラザリスは、人の声と荷車の軋む音で早くから賑わっていた。


 そんな大通りを、オタクミは妙に鋭い目つきで歩いている。手には一枚の羊皮紙。そこには大きく三つだけ書かれていた。


 会う。見る。話す。


「……改めて見ると、ひどい計画書ね」


 横から覗いたセラが言った。


「シンプル・イズ・ベスト!」


「昨日まで理想の人材を探すって騒いでた人とは思えない」


「条件で絞るのはやめたんだよ。推しとの出会いを履歴書審査するな!」


「履歴書が何か知らないけど、たぶん向こうもあんたに審査されたくないと思う」


「そこは会話で!」


「だからその目つきやめなさい。不審者だから」


 リアが苦笑しながら、少し離れて歩いていたアーグを見る。


「アーグさんは、何か探す基準ありますか?」


「最低限、客の前に立てること。継続して活動できること。人を集める要素があること」


「ほら! ちゃんと条件あるじゃん!」


 オタクミが指を差す。


「私は推しを探しているわけではない。活動として成立するかを見ているだけだ」


「冷静!」


「お前が雑すぎる」


『どちらか一方だけでは駄目ということだろうな』


 腰の鞘からゴルドスが口を挟む。


「分かってるって。今日は決めつけない。見て、話して、それから考える!」


「その割にはさっきから通行人全員見てるけど」


「可能性はどこにでもある!」


「やっぱり不審者」


 そんなやり取りをしながら市場へ入ったところで、リアが足を止めた。


「あ、先生。あの人」


 花屋の前に、一人の少女が立っていた。


 籠いっぱいの花を抱え、客へ一本ずつ手渡している。明るい笑顔で相手の話を聞き、似合う色を選び、最後には丁寧に頭を下げた。


「この花、窓辺に置くと長く楽しめますよ。よかったら毎朝少しだけ水を替えてあげてください」


「ありがとう。娘も喜ぶよ」


「きっと似合います!」


 客が笑って去っていく。


 リアが感心したように呟いた。


「素敵ですね。話してる人まで嬉しそうです」


「うむ」


 オタクミも腕を組む。


「笑顔よし。声よし。客への気配りよし」


「もう採点してる」


「違う、観察!」


「点数つけそうな顔してるけど」


 その時だった。


 最後の客が離れた瞬間、少女の肩ががくりと落ちた。


「……つかれたぁ」


 さっきまでの笑顔が消え、少女は店先の椅子へ腰を下ろす。


「あと何束……? え、まだこんなあるの……」


 水差しを持ち上げようとして、もう一度ため息をついた。


 オタクミの眉がわずかに動く。


「……なるほど」


「何が?」


 セラが聞く。


「表では完璧な笑顔。でも裏では――」


「疲れてるだけでしょ」


「早い!」


「朝からずっと働いてるんじゃない? 客の前と休憩中で同じ顔してる方が怖いわよ」


「いやでも、こういう表裏って……」


「接客中に客へ疲れた顔見せないの、むしろちゃんと仕事してるんじゃないの」


 オタクミは言葉を止めた。


 もう一度少女を見る。


 彼女は誰も見ていないと思ったのか、肩を回してから水を一口飲み、それから次の客が来る気配に気づいて立ち上がった。


 そしてまた笑う。


 さっきと同じ、明るい笑顔だった。


「……あ」


 リアが小さく声を漏らす。


「無理してるんでしょうか」


「かもしれないし、仕事だから切り替えてるだけかもしれない」


 セラが答える。


 オタクミはしばらく黙っていた。


「一瞬だけ見て、その人全部分かった気になるのは違うな」


「今日一個目」


「何が?」


「学習」


「数えるな!」


 少女へ声をかけることはしなかった。


 ただ笑顔がいい。それだけで「アイドル向き」と決めるのも違う気がしたからだ。


     ◇


 昼を過ぎ、一行は冒険者や商人で賑わう酒場へ入った。


 食事目当てだったが、ちょうど奥の小さな舞台で歌が始まるところだった。


 一人の女性が立っている。


 伴奏が鳴る。


 歌い始めた瞬間、オタクミの表情が変わった。


「……上手い」


 透き通った声だった。


 派手ではない。けれど一音ごとに感情が乗っていて、騒がしかった酒場の客たちが少しずつ静かになっていく。


 歌われているのは、離れてしまった誰かを待ち続ける物語らしい。


 リアも聞き入っていた。


「きれい……」


 セラは黙ったまま舞台を見る。


 アーグは周囲の客へ視線を巡らせていた。


「席を立つ者がいない」


「そこ見る?」


「人を集められるかは重要だ」


「相変わらず分析が商売なんだよなあ」


「お前よりは役に立つ」


「否定できない!」


 曲が終わる。


 大きな拍手。


 女性は丁寧に礼をして、舞台袖へ下がっていった。


「候補じゃないですか?」


 リアが小声で言う。


「かなり気になる」


 オタクミも素直に頷いた。


「歌は上手い。客も聴いてる。話もちゃんと届いてる」


「じゃあ声をかける?」


 セラの問いに、オタクミが少し迷った。


「いや。もうちょっと――」


 その時、舞台裏から声が聞こえてきた。


「はぁー……今日も終わった!」


 さっきまでとはずいぶん違う明るい声だった。


「またあの失恋歌?」


「そうなのよ。店主があれ好きでさ。客受けもいいからって」


「嫌なの?」


「嫌いじゃないけど、たまにはもっと速い曲やりたい! こう、ドン! って始まって、最後まで息つく暇ないやつ!」


 笑い声が続く。


「お前、ほんとはそういうの好きだもんな」


「そう! せっかく歌うなら、もっと暴れたい!」


 オタクミたちは顔を見合わせた。


「……先生」


「聞こえた」


 リアが少し困った顔をする。


「舞台では、すごく似合ってましたよね」


「うん」


「でも、本当にやりたい歌は別なんですね」


 オタクミは答えなかった。


 少し前までの自分なら、「本心じゃないなら駄目だ」と簡単に切っていたかもしれない。


 だが、客は確かに聴き入っていた。歌った本人も、あの曲そのものを嫌っているわけではない。ただ、別にやってみたいこともある。


「需要に合わせて演目を選ぶのは、不自然ではない」


 アーグが言った。


「客が求めるものを出せば、仕事は続きやすい」


「でも本人がやりたいものと同じとは限らない」


「そうだな」


「売れるものと、やりたいものは別か」


 オタクミが呟く。


「前にも似たような話してたわね」


 セラの言葉に、アーグがわずかに目を細める。


「物を欲しくなる理由と、売れる理由が同じとは限らない。人の活動でも似たことは起きるのかもしれない」


「なるほどなあ……」


 オタクミは舞台の方を見る。


 そこにはもう別の演奏者が準備を始めていた。


「歌が上手いから、この人を俺の思うアイドルにしよう――ってのも、違うか」


「今ごろ気づいた?」


「気づいたから偉い!」


「自分で褒めないで」


「でもさ」


 オタクミは腕を組んだ。


「もし俺があの人に『その失恋歌が最高だから、それだけ歌ってください!』って言ったら」


「本人が速い曲やりたいのに?」


「……さっきの店主と同じことする可能性あるな」


「そうね」


「うわぁ」


 オタクミは頭を抱えた。


「プロデューサー、難しくない!?」


「始める前に気づいてよ」


「もっと『才能を見つけてバーン!』みたいな感じかと!」


「そんな雑な役目、本人が困るでしょ」


「そうなんだよなあ」


 オタクミは少し考えてから、顔を上げた。


「じゃあまず聞くか」


「何を?」


「本人が何したいのか」


 リアが笑う。


「それがいいと思います」


「でも言われた通り全部やればいいわけでもない」


 アーグが続ける。


「客に届かなければ活動は続かない」


「うん。だからそこを一緒に考えるのが……」


 オタクミは言いながら止まった。


「……プロデューサー?」


「私に聞くな」


「まだ自称だからな!」


     ◇


 その後も、一行は街を歩いた。


 大道芸を見た。


 弦楽器を弾く青年を見た。


 声の大きな呼び込みを見て、オタクミが一瞬足を止めた。


 広場で子どもたちへ昔話を聞かせる老婆にも出会った。


 どの人にも、それぞれ目を引くところがあった。


 だが、誰か一人へ「この人だ」と決めることはなかった。


 夕方。


 歩き疲れた一行は広場の端に腰を下ろしていた。


「収穫なし?」


 セラが聞く。


「いや」


 オタクミは首を振った。


「むしろ結構あった」


「誰も決めてないけど?」


「だからいいんだよ」


「?」


「花屋の子だって笑顔だけじゃ分からなかった。歌ってた人だって、舞台だけ見てたら本人が何したいか分からなかった」


 オタクミは朝から持ち歩いていた羊皮紙を見る。


 会う。


 見る。


 話す。


 そこへ、新しく一つ書き足した。


 聞く。


「増えましたね」


 リアが言う。


「大事だった」


「最初から入ってそうだけど」


「実践して気づくことに意味があるの!」


 アーグが紙を見る。


「それでも範囲は広いままだな」


「いいんだよ。今日は誰かを決める日じゃなかったんだ」


 セラが少し意外そうに見る。


「焦らないのね」


「俺だって成長するんですー」


『自分で言うな』


「今日みんなそれ言う!」


 夕方のラザリスを、人々が行き交っている。


 歌う人。


 売る人。


 作る人。


 誰かを楽しませる人。


 きっと、自分たちがまだ知らない場所にも、まだ知らない何かを持っている人がいる。


「前ならさ」


 オタクミが呟く。


「今日会った誰かを無理やり『この人が理想!』って決めてたかもしれない」


「ありそう」


「否定しろ!」


「無理」


 笑いが起きる。


 オタクミも笑った。


「でも、今はまだいい。見つかってないなら、探せばいい」


 リアが頷く。


「まだ知らない人に会いに行くんですね」


「そう!」


 オタクミは立ち上がった。


「次はもっと情報を集める! この街だけじゃなくて、変わった歌い手とか、妙な芸をする奴とか、そういう噂も!」


「妙な芸って自分みたいなの?」


「俺のはもう封印した!」


『賢明だ』


「ゴルドスまで!」


 騒ぎながら、一行は宿へ戻っていく。


 この日、理想のアイドルは見つからなかった。


 けれど、オタクミは少しだけ分かった。


 人を見つけることと、人を決めつけることは違う。


 まだ顔も名前も知らない誰かに出会うなら、まずその人自身が何を見て、何をしたいのかを知らなければならない。


 そしてその夜から、一行はラザリスの内外で耳にした話を、少しずつ集め始めた。


 その中に、やがて彼らの足を街の外へ向けることになる、ひとつの噂が混じるとも知らずに。

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