リアの秘めたる才能
ついに、俺はその街に足を踏み入れた。
「おおおおお……これが……異世界の冒険者の街……!!」
その名は――ラザリス。
地図アプリなんてないこの世界で、森を越え、スライムを殴り飛ばし、ようやくたどり着いた拠点。
城壁で囲まれた石造りの街並み、石畳の通りには露店が立ち並び、バタ臭いチーズの香りが漂う。
そして何より、そこにいたのは――
「うぉっ、ガチムチ戦士とポンコツ魔法少女(※ぽい)と、ドジっ子盗賊と……あれ、これ絶対パーティ構成じゃん!!?」
あちこちに冒険者風の人々がいて、俺の厨二心がビンビンに刺激される。
(くぅ……この空気感、完全に異世界RPGの最初の町だ……!)
「よーし、まずは情報収集だな……いや違う、まずやることはただ一つ!」
――ギルド登録!
異世界もののテンプレ、鉄板中の鉄板イベント! ここを押さえなきゃ始まらん!
『そろそろだな、街の中心部、時計塔のそばにある建物……あそこがギルドだ』
(おっ、ナビありがとう鞘神)
“鞘に魂を宿した神”、ゴルドス。
俺の愛剣《タクミ・ブレイザーVer.01》の鞘に宿って、脳内で好き勝手喋ってくる変態筋肉神だ。
……けど、意外とナビ役として便利。
テンション上げつつ、ギルドの扉を開けると――
そこは異世界冒険者たちのたまり場だった。
天井は高く、むき出しの梁。壁には数えきれないほどの武器やモンスターの頭蓋骨が飾られている。
中央には大きな掲示板があり、“討伐依頼”“護衛任務”“納品依頼”などの紙がびっしりと貼られていた。
奥では酒場のスペースで冒険者たちが大騒ぎ。
「うぇーい! 今日の報酬で肉盛りじゃあああ!」
「それより見てくれ、うちの新入り魔法使い、1回の戦闘で5回こけたぞ!」
みんな生きてる……血の通った生活してる……ってかRPG感すごい!
「よーし、ここで俺も登録を……」
受付には、ちょっと貫禄のあるおばちゃんが座ってた。想像してた受付嬢とはちょっと違うけど、まあ、異世界だしこんなもんか。とりあえず、冒険者登録しなきゃ始まらない。
「あのー、冒険者登録をお願いします」
おばちゃんは、分厚い書類から顔を上げて、ちょっと面倒くさそうにこっちを見た。
「はいはい、初めて? 名前と年齢は?」
「名前はオタクミ。年齢は、、、18歳くらいかな?」
おばちゃんは、ペンを走らせながら「武器は何か持ってるの?」と聞いてきた。
「もちろんよ!俺の推しのすべてが詰まった、最高の痛武器よ……!」
ズドン。
推しイラストフルカラー仕様の、世界でひとつだけの“愛の結晶”――痛剣。
受付嬢「……」
「……」
受付嬢「……あんたふざけてる?」
「ふざけてないですっ!!!真剣に! 推しに命かけてるんです!!」
『さすがオタクミ、信念の角度が45度上向きだな』
(今いらんツッコミ!)
⸻
リア「オタクミ先生、登録できました?」
「できませんでした(即答)」
冒険者ギルドでの受付嬢さんとの熱い推しバトルに敗れた俺は、リアと合流して、落ち込んだ気持ちを癒していた。
「まさか、“こんなふざけた武器は登録できません”なんて……! 世界が! この世界が! 尊さを拒んだぁ!!」
「しょ、しょうがないですよ……でも、オタクミ先生の推しの剣、私はすごく好きです!」
「そこの良さに気づけるとは……さすが、リアだ……」
落ち込んだ俺を元気づけるためか、リアが小さな紙とインクを取り出す。
「描きますね。オタクミ先生の推し、もう一度……」
(あぁ……リアの描く“推し”が癒しすぎて尊い……)
目元を柔らかく、髪に風を含ませて、笑顔にほんの少しの憂いを混ぜる。
リアの手から紡がれるミスティア・ルミナスは、どこかリア自身の気持ちと重なっていた。
「ところで、リアは街では何してるんだ?」
「あ……はい。魔導書製作所で働いてます。でも掃除とか、整理とか、道具の洗浄とか……」
「えっ!? 絵を描いてるわけじゃないの?」
「……一度、描きたいって言った事はあるんですけど、“新人の落書きなんて魔導書に載せられるか”って……」
リアの笑顔が少し曇った。
⸻
魔導書製作所――そこは重厚な石造りの建物で、魔法使いのローブ姿の人々が行き交っている。
建物内部は静謐な空気に包まれていて、まるで図書館と美術館の合体施設。
壁一面に並ぶ魔導書、筆とインクが整然と並ぶ作業台。
部屋の奥には、大きな窓とカーテンに囲まれた“絵師席”が3席だけあり、そこには選ばれし絵師たちが座っていた。
彼らは、誰とも話さず、黙々と絵を描き続けている。
“上位職の魔導書絵師”――
選ばれた魔法使いか、名門の家系、あるいは長年の実績を持つ者しかなれない職業。
彼らが描く挿絵は“魔力を込めた線”として信頼され、魔導書の格を決定づけるという。
つまり、新人のリアがそこに加わるなんて、常識的には不可能。
(……なら非常識にすればいいだけだろ)
「やるぞ、リア。非常識に、尊さをぶつける!」
「え、えええ!? どういうことですか!?」
「まずはこの絵を使わせてもらう。街中の目につく場所に、ゲリラ展示する!」
⸻
まず俺がやったのは、“街の人の目に付く場所”にリアの絵をさりげなく展示すること。
「さりげなく」=壁にこっそり貼る/市場の掲示板に“落とし物の絵”として掲載/ギルドのトイレに貼り付けるなどなど。
しかも、ただ展示するだけでは終わらない。
「聞いた? あの掲示板のイラスト、魔導書っぽい絵らしいよ」
「なんか、最近噂よね。街のどこかに“神絵師”がいるらしい……」
「“下っ端の女の子が描いてる”って話も……」
――そう、俺は街中に耳打ちしていたのだ!!
“この絵、実はあの子が描いたらしいよ”と!
「パン屋のおばちゃんにも言ったし、武器屋の親父にもバラまいた! 口コミ! SNSないからこそ口コミが強いんだこの世界!!」
『オタクミ……まさか異世界で“布教マーケティング”を編み出すとは……!』
⸻
数日後。
俺とリアは、製作所近くの花壇に腰かけ、パンをかじっていた。そのすぐ横で、門番の男たちの会話が耳に飛び込んできた――
「なあ、最近よく街で見かけるあの絵……見たことあるか?」
「ん? あの可愛いタッチのやつか? ちょっと気になってる」
「なんか、下っ端で働いてる子が描いたって噂だぜ。……リアって子らしい」
「……マジか。あの子、そんな才能あったのか……?」
――っしゃあああああ!!
ついに届いたぞ、リアの“推し”がッ!!
この世界に、火がつき始めている!!
⸻
街の隅で空を見上げる俺とリア。
「……なんか最近、みんながちょっとだけ、私に話しかけてくれるんです」
「そりゃそうだよ。リアの絵、見たら誰だって“尊い”って思うさ」
「……オタクミ先生、私……やっぱり、もっと描きたいです!……なんか、胸が、きゅって……あったかくなった気がして……」とリアが微笑んだ。
「いいぞリア。どんどん描け! どんどん魅せろ! 俺たちの推しの世界、広げていこうぜ!!」
⸻
製作所の上位職の絵師たちが、ふと立ち上がり、何かを感じ取ったように窓の外を見る。
一人がぽつりと呟いた。
「……なんだ、この絵……心が、揺れるな……」
噂はついに、製作所の内部にまで届き始めた――!