痛武器爆誕! その1
金色の扉を抜けた瞬間、視界が一度まっ白に弾けた。
思わず目を閉じ、次に開いた時には、さっきまでいた白間とはまるで違う場所に立っていた。
まず目に入ったのは、異様なくらい高い天井だった。金色の装飾が幾重にも重なり、その隙間を淡い光が走っている。壁には見たことのない文字らしきものと星を思わせる紋様が刻まれ、磨き上げられた床は自分の姿が映り込みそうなほど光沢を持っていた。
神殿、と呼ぶのが一番近いのだろうか。
少なくとも、さっきまでいた「どこまで行っても白」という空間よりは、よほど異世界へ来た実感がある。
「おお……」
思わず声が漏れた。
事故に遭って、謎の白い空間へ飛ばされ、オタメガネが実は神様候補だったと判明した時点で、俺の中の常識はだいぶ壊されている。それでも、こうして目の前にそれらしい神殿を出されると、さすがにテンションが上がった。
「これが異世界……!」
「反応する場所はそこなのだな」
隣からゴルドスの声がした。
振り向くと、さっきまでミスティアTシャツ一枚だった男が、いつの間にか重そうな鎧を身につけている。
いや。
正確には。
「お前、その鎧の下にもミスティアT着てるだろ」
胸元から、見覚えのある銀髪がちらりと覗いていた。
「無論」
「なんで神の正装っぽい鎧から推しT見えてんだよ!」
「推しは肌に近いほどよい」
「それっぽい格言にするな!」
白間から異世界へ来ても、この男の根本部分は変わらないらしい。
むしろ少し安心した。
俺は改めて周囲を見回し、まずは歩いてみようと足を踏み出した。
その瞬間。
「……ん?」
妙な違和感があった。
身体が軽い。
事故後だから感覚がおかしい、という種類ではない。そもそも現実の肉体とは別の身体で動くと聞いていたが、それにしても妙に足取りが軽かった。
そして視界の端で、何かが揺れた。
金色。
反射的につかむと、指の間にさらさらした髪が流れる。
「……髪?」
自分の頭から生えている。
しかも長い。
肩どころか、かなり下まで伸びている。
「待て待て待て」
そこでようやく、自分の手が目に入った。
細い。
白い。
指も長い。
どう見ても、事故前まで俺が使っていた手ではない。
「ゴルドス」
「なんだ」
「俺の身体、どうなってる?」
「説明しようとは思っていた」
「先にしろ!」
俺は慌てて自分の身体を見下ろした。
服装も変わっている。異世界らしい軽装に包まれているが、問題はそこではない。
肩幅が狭い。
腕も細い。
脚も。
そして。
俺は恐る恐る胸元へ手を当てた。
ぺた。
「……ない」
もう一度確認する。
ぺた。
「…………ない」
「そこから確認するのか?」
「大事だろ!」
次に、俺は周囲を警戒してから下を確認した。
ほんの一瞬。
確認だけ。
「…………ある」
「何を逐一報告している!」
「よかった! 最低限、俺は俺だ!」
「最初から貴殿自身だと言っておる!」
そういう問題じゃない。
事故に遭ったあと知らない世界で目覚めて、身体まで別物になっているのだ。確認できるところから確認するのが人間というものだろう。
たぶん。
ふと、磨き上げられた床が目に入った。
鏡ほど鮮明ではないが、近づけば十分姿が見える。
俺はゆっくりしゃがみ込み、そこへ映った自分を覗き込んだ。
「…………誰?」
金髪。
白い肌。
細い輪郭。
少しだけ鋭さのある大きな目。
どう見ても、美少女だった。
少なくとも、二十四歳男の俺が鏡で見慣れていた顔ではない。
「いやいやいやいや、待って」
床へ顔を近づける。
映っている美少女も、同じように近づいてくる。
頬をつまむ。
向こうもつまむ。
「俺?」
「そうだ」
「これが?」
「そうだ」
「なんで?」
「異世界で活動するために用意した器だからだ」
「俺が聞いてるのは、なんで美少女なんだって話!」
ゴルドスは少しだけ考えるように顎へ手をやった。
「貴殿がこちらで動くための器として調整した結果だ」
「その結果がなんで美少女なんだよ!」
「容姿については、“推しの位相”を少々参考にした」
「そこが一番怪しいんだよ!」
俺の異世界人生、開始三分で推し活の影響が肉体にまで及んでいる。
立ち上がると、長い髪が背中を撫でた。髪の長さに慣れていないせいで、振り向くだけでも一拍遅れて髪がついてくる。
これ、普通に邪魔だな。
とはいえ、身体そのものはよく動く。試しに何歩か歩いてみても足がもつれることはなく、むしろ現実にいた時より軽快なくらいだった。
「この身体、何なんだ?」
今度は真面目に聞く。
ゴルドスもそれを察したのか、ふざけるのをやめて答えた。
「《星象素体》という。貴殿がこちらの世界で活動するために用意した器だ」
「せいしょうそたい」
口に出してみる。
いかにも異世界っぽい。
「現世にある貴殿の肉体そのものではない。こちらで貴殿が無理なく動けるよう、ある程度同調するよう調整してある」
「それで身体が軽いのか」
「その認識でよい」
「じゃあ、金髪美少女なのは?」
「だから、容姿については“推しの位相”を少々参考にした」
嫌な単語がもう一度出た。
「推しの位相って何だよ」
「説明すると長くなる」
「便利だな、その言葉」
ただ、ミスティアそのものをコピーしたわけではないらしい。
そこは強く念押しされた。
俺としても当然だった。
ミスティアはミスティア。
俺は俺だ。
推しと同じになりたいわけじゃないし、自分が推し本人になったなどと思うのは恐れ多すぎる。
改めて床へ映る姿を見る。
金髪美少女。
中身、俺。
「……まあ、動けるならいいか」
「順応が早いな」
「オタクは設定を供給されたら、まず飲み込んでから考えるんだよ」
「その文化は知らぬ」
「今度教えてやる」
ひとまず身体問題は後回しだ。
その時、神殿の脇に置かれていた見覚えのあるバッグが目に入った。
「……あれ?」
見間違えるはずがない。
「俺の痛バッグ!」
駆け寄って拾い上げ、中を確認する。
現実世界でライブへ持っていった、ミスティアのグッズをこれでもかと詰め込んだ俺の生命線だった。
缶バッジ。
アクキー。
予備のシャツ。
細かい私物もちゃんと残っている。
「よかったぁ……」
事故で痛車がああなったのを見たあとだから、なおさら安心した。
「貴殿がこちらで必要とする荷物として、あらかじめ運び込まれている」
「身体を見た時より安心したかもしれん」
「身体も大事にせよ」
「それはそれ、これはこれ」
痛バッグを肩へかけると、不思議なくらい落ち着いた。
身体も世界も何もかも変わったのに、知っているものが一つあるだけでかなり違う。
「さて」
ゴルドスが神殿の中央へ歩いていった。
「そろそろ、この世界で動くための準備を始めるぞ」
「まだ何かあるのか?」
「当然だ。転売魔どもへ乗り込むというのに、丸腰では話にならぬ」
それはそうだ。
俺がゴルドスの隣へ行くと、床に刻まれていた星形の紋様が淡く光り始めた。
一本ずつ線がつながり、巨大な円を作る。
その中央から、石造りの台座がゆっくりせり上がってきた。
「おお……!」
これはわかる。
異世界ものを通ってきたオタクなら、見ただけで心が躍る。
祭壇。
召喚陣。
光。
どう考えても何か出る。
「ようやく異世界らしいイベント来たな!」
「先ほどまでの身体変更は異世界らしくなかったのか?」
「方向性が違う!」
美少女になるのも異世界イベントかもしれないが、俺が期待していたのはこういうやつだ。
ゴルドスが祭壇へ手を向ける。
「ここで、貴殿専用の神器を形にする」
「神器!」
思わず声が大きくなった。
いい。
非常にいい。
単語だけですでに強そうだ。
「剣?」
「剣でもよい」
「槍は?」
「構わぬ」
「大鎌とか!」
「好きにせよ」
「自由度高いな!」
俺のテンションが一気に上がる。
神器。
専用武器。
異世界へ来て、いきなり俺だけの武器を作れる。
男子として――いや、オタクとして燃えないはずがない。
「ただし」
ゴルドスが祭壇を指差した。
「こちらから完成形を与えるわけではない。形にするのは貴殿自身のイメージだ」
「俺の?」
「そうだ」
光る祭壇を前に、ゴルドスがこちらを見る。
さっきまでのふざけた調子とは違い、その声には少しだけ厳かな響きがあった。
「オタクミ殿」
「おう」
「貴殿にとって――“最強の武器”とは何だ?」
その問いに、俺は祭壇を見る。
剣。
槍。
大鎌。
ゲームや漫画で見た、いかにも強そうな武器が次々頭に浮かんだ。
ただ。
どれも、何かが足りない。
強ければいい?
威力があればいい?
それだけで、俺が毎日持ち歩いて嬉しい武器になるのか?
祭壇の光が静かに揺れる中、俺は腕を組んだ。
「最強、ねえ……」
もう一度、痛バッグへ目を落とす。
透明な窓の向こうで、ミスティアのアクキーが揺れていた。
その瞬間。
頭の中で、何かが少しだけつながった。
「……ゴルドス」
「なんだ」
俺は祭壇を見たまま聞いた。
「これさ」
「うむ」
「武器の見た目って、どこまで自由なんだ?」




