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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
4 異世界アイドル革命

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ラザリス秋葉原化計画

 昨夜の思いつきは、一晩寝ても消えなかった。


 むしろ朝になったら悪化していた。


 宿の一室。いつもの机の上に紙を広げたオタクミは、そこへ大きな字を殴り書きすると、満足そうに腕を組んだ。


「よし!」


 向かいに座るリアが、紙を覗き込む。


「先生、なんて書いてあるんですか?」


「読めない」


 セラが即答した。


「字じゃなくて勢いで書いてない?」


「失礼な。魂を込めた文字だ」


「読めないなら意味ないでしょ」


 アーグまで無言で紙を眺めている。しばらく考えたあと、真顔で言った。


「新種の商標か?」


「違うわ!」


 オタクミは紙を持ち上げた。


「ここに書いてあるのは――『ラザリス秋葉原化計画』だ!」


 沈黙。


 リアが首を傾げた。


「……あきはばら?」


「秋の、原?」


 セラも続く。


『また始まったな』


 腰の鞘からゴルドスの声がする。


「またとはなんだ、またとは! 今回は昨日の夜からちゃんと考えた!」


「それ、考えた時間が長いって意味にはならないから」


「セラさん今日も厳しい!」


 オタクミは咳払いを一つすると、紙を机へ戻した。


「いいか。昨日、俺たちは話しただろ。見るだけじゃなくて、作って、選んで、語れる場所があったら面白いって」


「言ってたわね」


「それを考えてたら思い出したんだよ。俺のいた世界に、それに近い場所があった」


 オタクミは立ち上がった。


「秋葉原――通称アキバ。それは、このオタクミという男を育てた聖地にして沼!」


「育てた場所を沼って言うの?」


「褒め言葉だ!」


「そうなの……?」


 リアが不安そうにメモを取る。


「アキバにはな、いろんな店がある。絵もある。グッズもある。本もある。人もいる。何かを作る奴がいて、それを売る奴がいて、買う奴がいて、語る奴がいる。イベントを見に行く奴もいれば、たまたま通りかかって、今まで知らなかったものを好きになる奴もいる」


 アーグが少しだけ眉を動かした。


「要するに、特定の商品や趣味へ需要が集中した市場か」


「市場だけじゃねえんだよ!」


「違うのか?」


「違う! いや市場でもあるけど、それだけじゃない!」


 オタクミは机を叩きそうになって、一度手を止めた。昨日までの注文票が置かれているのを見て、そっと位置をずらしてから叩く。


「こう、なんていうか……好きなものを持ってる奴らが、それぞれ勝手に集まってんだよ!」


「急に説明が雑になった」


「でも大事なんだって!」


 リアが少し考える。


「知らなかった絵を、そこで初めて見ることもあるんですか?」


「ある!」


「描いた人に会えることも?」


「ある!」


「自分で描いたものを持っていく人も?」


「いる!」


 リアの表情が明るくなる。


「それ、楽しそうです」


「だろ!?」


「待って」


 セラが二人の間へ手を出した。


「つまり、ラザリスをその……アキバって場所みたいにするってこと?」


「そう!」


「街を?」


「そう!」


「全部?」


「できれば!」


「規模!」


「夢はでかく!」


 セラが額を押さえた。


「昨日より話が大きくなってる……」


「文化ってのはな、育つ時は育つんだよ!」


「誰が世話するの」


「みんな!」


「一番危ない答え出た」


 アーグが紙へ視線を落とす。


「だが、完全な空想でもない」


「お?」


「すでに近いものはある」


 その言葉に、オタクミが口を閉じる。


 アーグは指を一本ずつ折った。


「リアは描く。職人は加工する。客は選ぶ。贈る者もいる。複数を並べる者もいる。売場では、知らない客同士が絵について話していることもある」


 セラが付け足す。


「勝手に変な解釈する人もいるし」


「誰のことかなあ?」


「知らない」


「こっち見て言え!」


 リアが苦笑する。


 オタクミは黙ったまま、机の上の紙を見た。


 描く人。


 作る人。


 選ぶ人。


 語る人。


 昨夜の吟遊詩人だってそうだ。誰かが昔の物語を語り、それを聞いた少年が続きを知りたがった。


「……あれ?」


「何?」


「もう始まってない?」


 セラが眉を上げる。


「何が」


「アキバ化」


「してない」


「いやでも、要素はあるだろ!」


「街を勝手に改造したみたいに言うな」


「違う違う。そうじゃなくてさ」


 オタクミは紙の空いている場所へ、丸をいくつも描き始めた。


「俺が全部作る必要ないんだよ」


 リアが手元を見る。


「どういうことですか?」


「リアはもう描いてる。職人はもう作ってる。客は勝手に選び始めた。セラは勝手に話を盛り始めた」


「最後だけ言い方悪くない?」


「アーグは売れ方とか、人が何を選ぶか見てる」


「私は分析しているだけだ」


「それでいいんだよ。もう、それぞれ始めてるんだ」


 丸と丸の間に線を引く。


「だったら、あとはつなげればいい」


 誰かが描いたものを、別の誰かが見る。


 見た人が語る。


 語られたものに興味を持った人が、別の何かを探す。


 売るためだけではなく、知るために。


 知ったものを、自分の好きな形で持つために。


「俺さ、昨日まで『何を作るか』ばっか考えてたんだけど」


 オタクミはペンを止めた。


「『誰がいるか』も大事なんだな」


 リアが笑う。


「人が集まる場所にするんですね」


「そう!」


 オタクミの勢いが戻る。


「絵を描く奴! 物を作る奴! 語る奴! 売る奴! 買う奴! なんかよく分からんけど見に来た奴! そういう連中が一緒になったら絶対面白い!」


「最後の人、かなり雑だけどね」


「新規層は大事だぞ!」


 アーグが頷く。


「未知の客が入ってくる導線は重要だ」


「ほら!」


「そこで急に商売の顔しないで」


 オタクミは笑いながら、さらに紙へ書き足そうとして手を止めた。


「……人、か」


 昨夜の言葉が頭へ戻る。


 自分がどうしてミスティアを好きになったのか。


 物語を知ることで、知らなかった誰かを気にするようになること。


 そしてもう一つ。


 オタクミの世界には、物語の中の人物だけではなく、目の前で歌い、踊り、喋り、失敗し、成長していく姿そのものを応援する文化もあった。


「そうだ」


 オタクミの声色が変わる。


 セラが嫌そうな顔をした。


「何その顔」


「また何か思いついたでしょ」


「俺、まだ何も言ってない!」


「言う前から分かるようになった」


「成長したな!」


「嬉しくない」


 オタクミは構わず、人差し指を立てた。


「アキバにいるのは、物だけじゃない」


「さっき人もいるって言ってたでしょ」


「そういう意味じゃなくて! その人自身を応援する文化もあるんだよ!」


 リアが瞬きをする。


「その人自身を?」


「そう。歌ったり、踊ったり、喋ったり。最初は上手くなくてもいい。頑張って、失敗して、少しずつできるようになって……その姿を見てるうちに、『この人を応援したい』って思うんだ」


 アーグが考え込む。


「技能ではなく、過程にも価値が生まれる?」


「そう! もちろん歌とか演技とか、上手いに越したことはない。でも、それだけじゃない。本人の挑戦ごと好きになる」


「それが?」


 リアが尋ねる。


 オタクミは胸を張った。


「アイドルだ!」


「アイ……ドル」


 リアが慎重に復唱する。


「食べ物ではない」


「先に言うな!」


「言いそうだったから」


 セラが口元をわずかに上げる。


「そのアイドルって、誰か決まってるの?」


「いや」


「決まってないの?」


「まだ!」


「計画ガバガバじゃない?」


「これから探すんだよ!」


 オタクミは紙へ大きく書き足した。


 描く人。


 作る人。


 売る人。


 選ぶ人。


 語る人。


 歌う人。


 応援する人。


 文字の並びを見たリアが、少し嬉しそうに笑う。


「増えましたね」


「増えたな」


 アーグが言う。


「増えたわね」


 セラも続く。


『増えたな』


 ゴルドスまで乗った。


「お前ら何その冷静な連携!?」


「事実だから」


 オタクミはぶつぶつ言いながら、紙の一番上を丸で囲んだ。


 ラザリス秋葉原化計画。


 自分でも、でかすぎる名前だと思う。


 だが、不思議と前ほど「自分が全部広めてやる」という感じではなかった。


 もう、この街では誰かが勝手に何かを好きになり、誰かが作り、誰かが自分なりの楽しみ方を始めている。


 なら、自分がやるのは、その全部を一つの形へ揃えることではない。


 出会えるようにすることだ。


「よし」


 オタクミは立ち上がった。


「まずは探すぞ!」


「何を?」


「人!」


「広すぎる」


「歌える奴! 何か伝えたい奴! 見てると応援したくなる奴!」


 セラが眉を寄せる。


「条件が増えたのに全然絞れてない」


「そういうのは会ってから分かる!」


「完全に勢いじゃない」


「勢いは大事!」


 リアはすでに新しいページを開いていた。


「見つけた人を描いてもいいですか?」


「もちろん!」


「本人が嫌がったら?」


 セラの一言に、オタクミが止まる。


「……許可取ります」


「よろしい」


「先生扱い逆じゃない?」


『日頃の行いだな』


「昨日も聞いたぞそれ!」


 笑い声が宿の一室に広がる。


 紙の上には、まだ雑な言葉しかない。


 街をどうするのか。


 誰を探すのか。


 何から始めるのか。


 決まっていないことばかりだった。


 それでもオタクミには、昨夜より少しだけ先が見えていた。


 好きなものを見せるだけではなく、好きなものについて話せる場所。


 誰かが作ったものを、別の誰かが見つけられる場所。


 そしていつか、まだ誰にも知られていない誰かを、「応援したい」と思える場所。


 そんな街になったら面白い。


 その最初の一歩が、どこにいるのかも知らない誰かを探すことだった。

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