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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
3 推しを飾れば、世界が変わる!

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物語のはじまりに還る夜

 夜の宿で、オタクミは机の上に並んだ注文票を眺めていた。今日もよく売れた。ミスティアの絵を選んだ者もいれば、リアが描いた別の絵を選んだ者もいる。贈り物にする者、二つ並べたいと言う者、少し濁った一枚を「これがいい」と持っていった者までいた。


 最初の頃なら、ミスティア以外の絵を選ばれた瞬間に「そこはミスティア様だろ!?」くらい言っていたかもしれない。今は、そうでもない。


「……好きに選んでくれるの、結構いいよな」


 ぽつりと呟く。


 向かいでは、リアが今日使った絵をまとめていた。セラは余った台座の数を確認し、アーグは紙に何かを書き込んでいる。


「何が?」


 セラが聞いた。


「いや。最初はさ、ミスティア様を広めるぞー! って、それしか考えてなかったじゃん?」


「今も十分考えてるでしょ」


「もちろん!」


「即答なんだ」


「そこは揺るがねえ!」


 胸を張ったオタクミに、セラが呆れたように息を吐く。


 だが、オタクミはもう一度注文票へ視線を落とした。


「でもさ。みんな同じものを好きになってるわけじゃないんだよな」


 笑顔の絵を選ぶ者もいれば、横顔を選ぶ者もいる。自分の思い出と重ねる者も、贈る相手のために選ぶ者もいる。同じ絵を見ても、その先にある理由は違う。


「当たり前でしょ」


 セラは言った。


「人が違うんだから」


「うん。最近やっと、そこが面白いって思えてきた」


「最近なのね」


「成長を褒めろ!」


「自分で言うな」


 リアが小さく笑った。


 その手元には、一枚の絵がある。ミスティア。いつもの姿だ。今日の「もしも」の絵ではなく、リアが最初の頃から何度も描いてきた姿だった。


 しばらくそれを眺めていたリアが、不意に顔を上げる。


「あの、先生」


「ん?」


「先生って、どうしてミスティア様を好きになったんですか?」


 オタクミは固まった。


「……え?」


「ですから、どうして好きになったんですか?」


「それはお前――」


 勢いよく口を開く。


「尊いから!」


「それは知ってます」


 即座に返された。


「可愛い!」


「それも知ってます」


「美しい!」


「知ってます」


「声がいい!」


「聞きました」


「衣装が神!」


「何回も聞きました」


「じゃあ何を聞いてんの!?」


 リアは困ったように笑った。


「そういうことじゃなくて……先生が最初に『この人、好きだな』って思った時のことです」


「最初に……?」


「はい。どんな場面を見たんですか? どんなところが心に残ったんですか?」


「……」


「先生、いつもミスティア様のことをたくさん話しますけど、そういうお話、あんまり聞いたことないなって」


 オタクミは瞬きをした。


 言われてみれば、ミスティアがどれほど素晴らしいかは山ほど語ってきた。デザイン、仕草、声、衣装、表情。推しポイントなら一晩でも足りない。


 だが、自分がいつ、どんな場面で、どうしてミスティアを好きになったのか。それを誰かへちゃんと話したことがあっただろうか。


「……あれ?」


 オタクミは頭を抱えた。


「俺、布教してるくせに推しとの出会い語ってなくない?」


「やっと気づいた」


 セラが言った。


「いや待って!? これ結構重大じゃない!?」


「知らないよ」


「だって俺、推しを広めるために異世界まで来たみたいな顔してるのに!」


『実際には別の理由もあるがな』


 腰の鞘からゴルドスの声がした。


「今そういう正論いらない!」


 アーグが筆を止める。


「商品の特徴と、欲しくなった理由は別だ」


「うっ」


「売れる理由とも違う」


「さらに刺すな」


「事実だ」


 アーグは淡々と続けた。


「ミスティアという人物について、お前から聞いた情報は多い。だが、お前自身がなぜそこまで執着しているのかは、私もよく知らない」


「執着って言うな。愛だ」


「名称はどうでもいい」


「よくない!」


 セラが机へ肘をつく。


「でも、私も知らない」


「お前まで!?」


「『尊い』は聞いた」


「便利な言葉みたいに言うなよ!」


「便利でしょ。何聞いても最後それだし」


「ぐっ……」


 反論できない。


 リアは、少し申し訳なさそうに絵を抱えた。


「すみません。別に、今すぐ話してほしいわけじゃないんです」


「いや」


 オタクミは首を振った。


「俺が気になってきた」


 自分の推しの話なのに、言葉にしようとした途端、妙に難しい。最初に見たのはどこだったか。何に惹かれ、いつ「このキャラ好きだ」と思ったのか。好きだったから覚えているはずなのに、細かく取り出そうとすると記憶同士が重なっている。


「……散歩してくる」


「急ね」


「頭の整理!」


「一人で?」


「みんな来る?」


「最初からそう言えば」


     ◇


 夜のラザリスは、昼とはまるで違って見えた。市場の店はほとんど閉まり、石畳の上を歩く人影も少ない。灯りの落ちた店先を横目に、一行はゆっくりと歩いていく。


「で、思い出した?」


 セラが聞く。


「まだ」


「遅い」


「推しの原点を雑に掘るな!」


「自分で散歩すれば思い出すと思ったんでしょ」


「夜風にはそういう効果があるかもしれないだろ!」


「ないと思う」


 リアが笑う。


 少し後ろでは、アーグが静かについてきていた。


「お前は本当に思いつきで動くな」


「でも来てるじゃん」


「観察だ」


「はいはい」


「……本当だ」


「え?」


 アーグはそれ以上言わなかった。


 その時、路地の先で小さな灯りが揺れた。


 青白い。


 一瞬だけ、星のように見えた。


 オタクミの足が止まる。


「先生?」


「……」


 胸の奥が、微かにざわついた。どこかで同じような色を見たことがある。強い光と音。その中で、視界の端に小さな何かが揺れていたような気がする。


「どうしたの?」


 セラが振り返った。


「……いや」


 オタクミは目を細めた。


 路地の灯りは、もう普通の魔石灯にしか見えない。


「なんか、見覚えある色だった気がした」


「どこで?」


「それが分かんないんだよな」


 ゴルドスは何も言わなかった。オタクミも深く追わない。


「まあいいか」


「いいの?」


「今思い出せないものは仕方ない!」


「切り替え早いわね」


「推し活は前向きに!」


「便利な言葉増えた」


 歩き出した一行は、ほどなくして小さな広場へ出た。


 そこには数人の人が集まっていた。中心にいるのは、年老いた男。手には古びた弦楽器を抱えている。派手な飾りも大きな舞台もなく、集まっているのも荷物を抱えた少年や、帰り道らしい衛兵、老夫婦など、ほんの数人だけだった。


 男が弦を鳴らす。


 細い音が夜へ伸びていく。


「昔、一人の騎士がおった」


 静かな声だった。


「名はもう残っておらん。ただ、竜に焼かれた村で、最後まで剣を握っていたという」


 オタクミたちは足を止めた。


「騎士は強くなかった。むしろ、何度も負けた。仲間も失った。それでも、逃げる民の最後尾に立った」


 語りに合わせ、弦が鳴る。


「なぜそこまで戦ったのか。それを問われた騎士は――」


 老人は少し間を置いた。


「『後ろに、帰る場所を待つ者がいるからだ』と答えたそうな」


 誰も喋らない。風が吹く中、少年はいつの間にか強く拳を握り、衛兵は目を伏せ、老婆はそっと夫の手へ自分の手を重ねていた。


 やがて話が終わると、小さな拍手が起きた。


 聞いていた少年が、真っ先に老人へ駆け寄る。


「ねえ、その騎士、そのあとどうなったの?」


「さて」


 老人は笑った。


「そこまでは残っておらん」


「ええー!」


「古い話というのは、そういうものだ」


「でも気になる!」


「なら、自分で続きを考えるのもよかろう」


 少年は不満そうにしながらも、まだその場を離れなかった。


 オタクミは、その横顔を見ていた。さっきまで、あの少年はその騎士の存在すら知らなかった。名前さえ残っていない人物で、絵もなければグッズもない。それなのに、数分の話を聞いただけで、その先を知りたがっている。


「……ああ」


 声が漏れた。


 リアが横を見る。


「先生?」


「分かったかも」


「何が?」


「俺、見せることばっか考えてた」


 アクスタや絵、武器やその形。目に入れば興味を持ってもらえる。それは間違いではないし、実際、それで好きになった人間もいる。


「見せるのは悪くない」


 自分へ言い聞かせるように続ける。


「作るのも、売るのも、選んでもらうのも。全部楽しい」


「はい」


「でも、俺がどうして好きなのかを話すのも……同じくらい大事なのかもしれない」


 リアが少し笑った。


「聞きたいです」


「今?」


「今じゃなくても」


「助かった。まだまとまってない」


 セラが鼻で笑う。


「そこは即答できないんだ」


「推しへの感情は繊細なんだよ!」


「さっき尊いで全部済ませてたじゃない」


「それは圧縮言語!」


「便利ね」


 アーグが広場を眺めながら言った。


「話を聞く前と後で、あの少年の行動は変わった」


「うん」


「物の価値が変わったわけではない。そもそも物がない」


「……そうだな」


「それでも欲しいものが生まれた」


「続きを知りたい、って気持ちか」


「おそらく」


 オタクミは笑った。


「それも、いいな」


 誰かへ同じ感想を持たせる必要はない。同じ場面で泣く必要もない。ミスティアを同じように好きになる必要だってない。


 ただ、自分がどうして好きなのか。何を見て、何を感じたのか。それを話す。その先で、相手が何を感じるかは相手の自由だ。


「決めた」


 オタクミが言った。


「何を?」


「まず俺が、ミスティア様を好きになった話をする」


 リアの目が輝く。


「聞きたいです!」


「長いぞ!」


「知ってます!」


「途中で三回くらい脱線すると思う!」


「それも知ってます!」


「たぶん五回くらい『尊い』って言う!」


「そこは減らしてください!」


「無理!」


 セラが呆れ、アーグが小さく息を吐く。それでも、誰も帰ろうとはしなかった。


 オタクミは夜のラザリスを見回した。


 物を置く場所。絵を見る場所。誰かが作る場所。好きなものを話す場所。


 それぞれが別々にあるだけでなく、全部が混ざったらどうなるのだろう。


「……見るだけじゃなくて」


「ん?」


「作って、選んで、語って……そういうのを全部できる場所があったら、面白くない?」


 セラが眉を上げる。


「また何か思いついた顔してる」


「失礼な!」


「その顔で何回巻き込まれたと思ってるの」


「でも面白そうです!」


 リアはすでに乗っていた。


 アーグだけが警戒するように目を細める。


「規模による」


「まだ何も言ってないだろ!」


「だから先に言っている」


「信用ないな!?」


 ゴルドスの笑い声が鞘から響いた。


『日頃の行いだな』


「お前まで!」


 夜の広場に声が響き、老いた吟遊詩人が少しだけこちらを見て笑った。


 オタクミはまだ、自分が何を作りたいのかを上手く言葉にできていなかった。けれど、最初にやることだけは決まった。


 何かを売る前に、何かを広げる前に。


 自分がどうしてそれを好きなのか。


 そこから、もう一度始めてみようと思った。

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