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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
3 推しを飾れば、世界が変わる!

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神々のチェス盤

 そこがどこなのかを、ゴルドスはうまく説明できなかった。


 空とも違う。地面もない。遠くには星のような光が浮かんでいるが、それが本当に星なのかも分からない。ただ、地上とは隔絶された場所であることだけは確かだった。


 気づけばゴルドスは、その場所へ呼ばれていた。


「……相変わらず、落ち着かん場所だな」


 周囲にはいくつかの気配がある。


 姿がはっきり見える者もいれば、光の向こうに輪郭だけが浮かぶ者もいる。


 誰がどの役割を持ち、どこまで上位なのか。


 ゴルドス自身も、すべてを知っているわけではない。


 やがて、正面の光がゆっくりと揺れた。


『報告を』


 低くも高くもない声。


 誰のものなのか分からない。ただ、その場にいる者たちが自然と静かになる程度には重い。


 ゴルドスは背筋を伸ばした。


「はっ!」


 すると目の前へ、地上の光景が浮かび上がる。


 ラザリス。


 市場。


 小さな売場。


 並べられた透明な板。


 その前で、客たちが絵を選んでいる。


 ある者は笑っている姿。


 ある者は横顔。


 ある者は誰かへの贈り物。


 ある者は、少し濁った一枚をわざわざ手に取る。


 次の光景。


 宿の一室で、リアとセラが紙を広げている。


 二人が何か言い合いながら、存在しない人物の姿を増やしていた。


 誰かがそれを見て、短く呟く。


『……奇妙だ』


 別の気配が続けた。


『武器でもない』


『治癒でもない』


『食料でもない』


『それでも、人が集まっている』


 ゴルドスは、少しだけ胸を張った。


「そうであろう」


『お前がやらせたのか』


「いや」


 即答だった。


「拙者は何もしておらん」


『では、あの者が?』


「それも違う」


 光の中。


 オタクミが客へ何かを説明し、客が笑いながら首を振る。


 次の瞬間には別の客が違う絵を選び、オタクミがまた騒いでいる。


「奴はきっかけを持ち込んだだけだ」


 ゴルドスは、映像を見ながら言った。


「絵を描いたのはリア。選んだのは客。妙な見方を始めたのはセラ。勝手に増やし、勝手に悩み、勝手に楽しんでおる」


『統制されていない』


「うむ」


『効率も悪い』


「うむ」


『なら、なぜ笑っている』


「それを拙者に聞くな」


 少し間を置いてから、ゴルドスは笑った。


「たぶん、本人たちも分かっておらん」


 周囲の光がわずかに揺れる。


 興味なのか、呆れなのか。


 その時だった。


「相変わらず、随分と人間を高く買うのね」


 声がした。


 ゴルドスの表情が変わる。


 星の光の向こうから、一人の女が歩いてくる。


 銀色の髪。


 紫の瞳。


 口元には、薄い笑み。


「マリス」


「ごきげんよう、ゴルドス」


 マリスはラザリスの光景へ目を向ける。


 客が絵を選ぶ。


 別の客が受け取る。


 リアが描く。


 セラが何か注文をつける。


「小さな熱狂」


 マリスはそう言った。


「人はいつもそう。何かを見つけて、群がって、飽きて、次へ行く」


「それの何が悪い」


「あら。悪いとは言っていないわ」


「その顔で言われると全部悪口に聞こえる」


「失礼ね」


 マリスは笑った。


「ただ、あなたはそれを少し美しく見すぎている」


「美しくなど見ておらん」


「では?」


 ゴルドスは映像へ視線を戻す。


 オタクミが何かを力説している。


 向かいの客は困っている。


 リアが横から止めている。


 セラは呆れている。


「……うるさいし」


「ええ」


「暴走するし」


「ええ」


「金の使い方も怪しいし」


「ええ」


「余計なことを思いつく」


「ええ」


「貴様、楽しんでおらんか?」


「少し」


 ゴルドスは小さく舌打ちした。


「だが」


 声が少し低くなる。


「拙者の思い通りになったことなど、一度もない」


 マリスの目が細くなった。


「それを誇るの?」


「当然だ」


『ほう』


 どこかの気配が、興味を示した。


 ゴルドスは続ける。


「拙者があやつを連れてきたからといって、あやつの考えまで拙者のものになったわけではない。何を好きになるかも、誰と組むかも、何を作るかも、最後に決めておるのは地上の連中だ」


 マリスがゆっくりと首を傾げる。


「駒ではない、と?」


「人間を駒だと思うな」


「まあ」


 マリスは楽しそうに笑った。


「神に向かって、それを言うのね」


「貴様が相手だから言っておる」


「光栄だこと」


 そのやり取りに、周囲の気配が微かに揺れた。


 笑ったのかもしれない。


 マリスは一歩、光景へ近づく。


「では、ゴルドス。あなたは、人間が自分の意思だけで動いていると思う?」


「……何が言いたい」


「見たものに影響される。言われた言葉に傷つく。欲しいと思わされる。嫌いだったものを好きになる。好きだったものを、嫌いになる」


 指先で、光をなぞる。


「他人に動かされているとも言えるでしょう?」


「だから何だ」


「あなたの大好きな“好き”も、本当に本人だけのものなのかしら」


 ゴルドスは返事をしなかった。


 ラザリスの映像が揺らぐ。


 代わりに、別の景色が浮かび始めた。


 暗い部屋。


 机。


 紙。


 誰かが報告を読み上げている。


「ラザリスで、“推し”と呼ばれる言葉が広がり始めています」


 椅子に座っていた男の手が止まった。


 顔は影に隠れている。


「……推し?」


 低い声。


 それだけだった。


 映像はすぐに消えた。


 ゴルドスがマリスを見る。


「今のは誰だ」


「あら」


「誤魔化すな」


「私は何も言っていないでしょう?」


「だから聞いている」


 マリスは答えなかった。


 ただ、笑っている。


 ゴルドスの胸の奥に、嫌な感覚が残る。


 あの声。


 そして、あの言葉への反応。


「マリス」


「何かしら」


「貴様、何をしている」


「何も」


「嘘をつけ」


「本当に」


 マリスは両手を広げる。


「私はただ、見ているだけ」


「信じると思うか」


「思っていないわ」


 そこでマリスの笑みが、少しだけ薄くなった。


「でも、ゴルドス」


「何だ」


「あなたは、人が“好き”だけで前へ進めると思っている」


「……」


「けれど」


 紫の瞳が細くなる。


「好きだったからこそ、憎むこともあるでしょう?」


 ゴルドスの目が見開かれた。


「何を――」


「あら、時間ね」


 周囲の光が大きく揺れた。


『報告は以上』


 最初の声が響く。


 景色が崩れ始める。


「待て、マリス!」


「またね、ゴルドス」


「今の言葉はどういう意味だ!」


「自分で考えたら?」


 マリスの姿が光の中へ消えていく。


 最後まで、笑っていた。


     ◇


 次の瞬間、聞き慣れたオタクミの声が飛び込んできた。


「いや違う! 俺は見てないから!」


「絶対見ました!」


「見てないって!」


「見ようとしたでしょ」


「それは……ちょっとだけ!」


 宿の一室。


 オタクミ。


 リア。


 セラ。


 机の上には、紙。


 リアが慌てて何枚か裏返している。


 セラがその上へ腕を置いて隠す。


「何描いてんの?」


「なんでもありません!」


「だから見せろって!」


「嫌!」


 ゴルドスは、しばらく黙ってその様子を聞いていた。


 さっきまでいた場所。


 あそこで交わされた言葉。


 人は駒か。


 好きは本人だけのものか。


 誰かに動かされても、その感情は本人のものと言えるのか。


 答えは分からない。


 だが。


『オタクミ』


「お、戻ったか。どこ行ってたんだよ」


『少し呼ばれていた』


「ふーん。で、これどう思う?」


「先生!」


「何だよ! 一枚くらい――」


『知らん』


「即答!?」


 ゴルドスは少しだけ笑った。


『自分で決めろ』


「何を!?」


『全部だ』


「急に話でかくない!?」


 リアとセラが顔を見合わせる。


 ゴルドスはそれ以上、何も言わなかった。


 駒は、勝手に動く。


 なら盤面を見る者がどれだけ先を読んでも、すべてを思い通りにはできない。


 そのはずだ。


 そうであってほしい。


 オタクミがまた紙を覗こうとして、セラに頭を叩かれた。


「痛っ!」


「見るなって言った」


「ちょっとくらいいいだろ!」


「駄目です先生!」


『……うむ』


 ゴルドスは、鞘の中で小さく呟いた。


『やはり、駒ではないな』


「何が?」


『何でもない』


 地上では今日も、誰にも頼まれていない何かが勝手に生まれていた。


 それを、遠くから見ている者がいることなど知らないまま。

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