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痛武器勇者~最強武器らしいけど、観賞用にして推しを布教します~  作者: 桝田キゲン
2 スライム製アクスタ編

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〜腐〜覚醒

 午後の宿は、妙に静かだった。


 オタクミとアーグは市場へ出ている。先日の騒ぎで壊れた売場を直すため、必要な木材や留め具を確認しに行ったのだ。ゴルドスも当然オタクミの腰にぶら下がっているため、普段なら途切れることなく飛んでくる大声も、鞘からのツッコミも今日はない。


 残ったのは、リアとセラだけだった。


 別に仲が悪いわけではない。むしろ今では、一緒に食事もするし、仕事もするし、危ない場面では背中を預ける程度には互いを信用している。


 ただ。


「…………」


「…………」


 オタクミがいないと、こんなに静かだっただろうか。


 リアは机の端を布で拭きながら、ちらりとセラを見る。セラは椅子へ腰掛け、昨日傷んだ注文票を一枚ずつ確認していた。


 紙の擦れる音。


 布が机を滑る音。


 以上。


「……先生って」


「うん?」


「よくあんなにずっと喋れますよね」


「今さら?」


「いなくなると分かりますね……」


「静かでいいじゃん」


「はい」


「……」


「……」


「やっぱちょっと静かすぎるわね」


 セラが先に負けた。


 リアは小さく笑い、掃除道具を片づけると、自分のスケッチブックを持ってきた。


「絵、描いててもいいですか?」


「何で私に許可取るの」


「なんとなく……」


「好きにしなよ」


「はいっ」


 リアは向かいの席へ座り、鉛筆を走らせ始めた。


 最初に描いたのは、いつものようにミスティアだった。


 何度も描いてきた姿。


 長い髪。


 衣装。


 立ち姿。


 けれど今日は、途中で手が止まった。


「……」


 昨日までの数日で、いろいろな人がいろいろな絵を選んだ。


 強そうな姿。


 笑っている姿。


 横顔。


 誰かと並んでいる姿。


 同じミスティアでも、どこを好きになるかは人によって違う。


 なら。


 実際にはない姿を描いたら、どうなるのだろう。


 リアは新しい頁を開いた。


(もし、ミスティア様が……男の人だったら)


 髪を少し短くする。


 目元を鋭くする。


 肩回りを変える。


 それでも、完全に別人にはしたくない。リアがミスティアを見て感じてきた、凛とした雰囲気や、どこか遠くを見るような表情は残す。


 描いているうちに、だんだん楽しくなってきた。


(剣を持たせてもいいかも……。あ、でも普通の剣じゃなくて、細い方が似合うかな)


 紙の上に、存在しない人物が出来上がっていく。


 それはミスティアであって、ミスティアではない。


 けれどリアの中では、確かに「もしも」の先にいる誰かだった。


「……何それ」


「ひゃっ」


 気づけば、セラが横に立っていた。


「い、いつから見てたんですか?」


「髪短くしたあたり」


「ほとんど最初からじゃないですか!」


「で、誰?」


「えっと……ミスティア様を男の人にしたら、どうなるかなって」


 セラが絵を見る。


 長い。


 視線が、やけに長い。


「……変、ですよね?」


「いや」


 セラは椅子を引き、リアの隣へ座った。


「もうちょい見せて」


「え?」


「これ、性格は同じなの?」


 リアは瞬きをした。


「性格……」


「見た目だけ変えたのか、中身も違うのか」


「そこまで考えてませんでした」


「じゃあ考えよう」


「えっ」


 セラの目が真剣だった。


 昨日ジルバたちの動きを見ていた時と、少し似ている。


「この顔で元と同じ性格だと、ちょっと違う気がする」


「そうですか?」


「無口そう」


「……確かに」


「でも無口なだけだとつまんない。たまに変なところで真面目とか」


「甘いものが好きとか?」


「それ」


「戦いの後、一人でこっそり食べてるんです」


「誰にも見られたくないの?」


「強そうに見られたいから……?」


「いいじゃん」


 セラが頷く。


 リアの鉛筆が、また動いた。


 小さな菓子を持っている姿。


 誰かに見つかって、少しだけ困った顔。


「……もう一枚描いて」


「はい!」


 返事が早かった。


 今度は戦っている場面。


 傷を負いながらも剣を離さない姿。


 セラがその絵を見て、腕を組む。


「こいつ、一人で無茶するタイプだね」


「そう見えます?」


「助けを呼ばない顔してる」


「顔でそこまで分かるんですか?」


「分かるっていうか……そうだったら面白い」


 リアの手が止まる。


「面白い……」


 それは、自分が描いたものに対して今まであまり聞いたことのない言葉だった。


 上手い。


 似ている。


 綺麗。


 そういう評価とは違う。


 この先を見たい。


 そう言われている。


「じゃあ……助けてくれる人がいた方がいいですね」


「いるの?」


「今から作ります」


「作るんだ」


 リアは新しい頁を開いた。


 そこで少し考えて、顔を上げる。


「……先生を描いたらどうでしょう」


「オタクミ?」


「はい。今とは違う姿で」


「今とは違うって?」


「男の人っぽい姿に――」


 そこまで言って、二人とも止まった。


「……あいつ、元から男でしょ」


「……あ」


 しばし沈黙。


「そうでした」


「忘れてたの?」


「忘れてたわけじゃ……今の先生を見慣れすぎて……」


「本人聞いたら泣くんじゃない?」


「内緒にしてください!」


 リアは慌てて鉛筆を握り直す。


「じゃ、じゃあ、私が想像した『先生がもっと男の人らしい姿だったら』にします!」


「結局描くのね」


「描きます!」


 今度は少し短い髪。


 動きやすそうな服。


 笑っているけれど、何かを企んでいそうな目。


 剣ではなく、変わった形の武器を持たせようとして――リアは思い直した。


「武器は描かないの?」


「これ以上先生の武器を勝手に増やすと怒られそうなので」


「そこは気にするんだ」


 出来上がった男の人物を見て、セラが首を傾げる。


「こっちはよく喋りそう」


「喋ります」


「絶対うるさい」


「うるさいです」


「そこは変えないんだ」


 二人で少し笑う。


 リアは二枚の絵を並べた。


 無口で孤独そうな男。


 やかましくて距離の近そうな男。


「……合わなそうですね」


「うん」


「仲悪そうです」


「たぶん最初はね」


 セラが何気なく言った。


「最初は?」


「この二人、背中預けるようになると思う」


 リアが振り向く。


「どうしてです?」


「こっちは一人で何でもやろうとする。こっちは勝手に入ってくる」


「……」


「絶対最初は揉める。でも危ない時だけは助ける」


「……」


「で、助けた方は『別にお前のためじゃない』とか言う」


「セラさん」


「何?」


「もう一回言ってください」


「何で」


「描きます」


 リアが新しい紙を出す。


「二人並べます!」


「じゃあ背中合わせ」


「はい!」


「でも離れすぎ」


「これくらい?」


「遠い」


「えっ」


「もうちょい近く」


 リアが描き直す。


「これくらい?」


「まだ」


「セラさん?」


「背中預けるなら、触れるくらいでしょ」


「な、なるほど……」


 線が増える。


 肩が近づく。


 背中が触れる。


 そこまで描いた時、リアの胸の奥が妙にざわついた。


「……」


「どうしたの?」


「なんか……」


 言葉にできない。


 ただ二人が近いだけ。


 それなのに、その間に何かがあるように見える。


「こっち、傷ついてる方にしよう」


 セラが指を差す。


「どっちです?」


「無口な方」


「じゃあ、こっちが支えて……」


「でも人前では触らせない」


「え?」


「二人きりならいい」


「…………」


「何その顔」


「いえ」


 リアの手が早くなる。


 傷ついた男の腕を、もう一人が肩へ回す。


 嫌そうな顔。


 でも振りほどかない。


 顔の距離が、近い。


「……これ」


 セラが呟く。


「もうちょい近くてもよくない?」


「えっ」


「いや、支えるなら」


「そ、そうですね。支えるなら」


 合理的な理由がある。


 そういうことにした。


 リアはさらに距離を詰める。


「……」


「……」


 二人とも黙った。


 さっきまでただの落書きだったはずなのに。


 紙の上の二人が、急に勝手に生き始めたように見える。


「……この後」


 リアが小さく言う。


「どうなるんでしょう」


「知らない」


「でも見たいです」


「……私も」


 また紙を出す。


 今度は向かい合う二人。


「喧嘩した後とか?」


「いいですね」


「片方だけ怒ってる」


「もう片方は?」


「何で怒ってるか分かってない」


「先生みたいですね」


「それは本人のままじゃん」


 くすくす笑いながら描く。


 次。


 雨の中。


 次。


 片方が眠っている場面。


 次。


「待ってください」


 リアの手が止まった。


「何?」


「これ……本当のミスティア様とは、全然違います」


「そうね」


「先生も、本当はこんな人じゃないですし」


「そりゃそうでしょ」


「勝手にこんなこと描いて……いいんでしょうか」


 セラは少し考えた。


「これを『本当はこういう人です』って売りつけるなら駄目じゃない?」


「はい」


「でも、違うって分かってて楽しんでるだけなら……別にいいんじゃない」


「……」


「少なくとも私は、今の方が面白い」


 その言葉で。


 リアの中に何かが弾けた。


 自分が描いたものを見て。


 誰かが勝手に何かを感じて。


 そこから、自分が思いつかなかった物語を言い出す。


 その言葉を聞いて、また描きたくなる。


 描けば、今度は別の何かが見えてくる。


「……楽しい」


「何?」


「これ、すごく楽しいです」


「そう?」


「はい!」


 リアは勢いよく次の頁を開いた。


「次、何にします!?」


「えっ、まだ描くの?」


「描きます!」


「じゃ……二人が同じ部屋に泊まらなきゃいけなくなった時」


「ふへっ」


「今変な声出た」


「出てません!」


「出た」


「出てませんっ!」


 リアは真っ赤になりながら描き始めた。


     ◇


 夕方。


「ただいまー!」


 扉が開く。


 オタクミの声。


 リアとセラが同時に顔を上げた。


「いやー、木材思ったより高くてさ。アーグが値段見た瞬間に店主と話し込み始めて――って、何してんの?」


「なんでもないです!」


「見るな!」


「えっ」


 二人が同時に紙を伏せる。


 オタクミが止まった。


「何その連携」


『怪しいな』


「怪しくないです!」


「怪しくない!」


「絶対怪しいじゃん!」


 オタクミが横から覗こうとする。


 セラが紙束を抱えて避ける。


「ちょ、見せろよ!」


「嫌」


「なんで!?」


「なんでも」


「リア!」


「だ、駄目です先生!」


「俺だけ仲間外れ!?」


 騒ぎながら、オタクミは一枚だけ床へ落ちた紙に気づいた。


「あ」


「あっ」


 リアの顔色が変わる。


 オタクミが拾う。


 そこには。


 男の姿になったミスティアらしき人物と、別の男が背中合わせに立っていた。


 距離がやたら近い。


「……これ誰?」


「返してください!」


「待って、この金髪のやつ……なんか俺に似てない?」


「気のせい!」


 セラが紙を奪う。


「ええ!? 何!? 俺なんかされてる!?」


『……オタクミ』


「何だよゴルドス!」


『俺でも、それ以上は聞かない方がいい気がする』


「なんで!?」


 リアは紙束を胸へ抱きしめる。


 セラと目が合った。


 ほんの少しだけ。


 二人とも笑った。


 誰かが用意したものを、そのまま受け取るだけではない。


 見て。


 考えて。


 勝手に想像して。


 そこから、まだ存在しない何かを作る。


 そんな楽しみ方があることを、二人は知ってしまった。


「……セラさん」


「何?」


「あとで続きを」


「うん」


「聞こえてるんだけど!?」


 オタクミの声が響く。


 リアはまた笑った。


 そして胸元の紙束を、誰にも見せないようにそっと抱え直した。

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